【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<曇-Ex> 双咲アリサ / 八重桐テンカ

「敵襲! 敵襲ー!」

 

 カンカンカンカンカン!! と、学園中に緊急事態を知らせる警報が響き渡る。

 災玉国防学園、その南部に設置された、旧都からの魔塵(まじん)の侵入を防ぐ高さ30m・厚さ15m・長さ15㎞にも及ぶ巨大防護壁。

 その上部に設置された見張り台からは、その異常が見て取れた――。

 

 旧都の街から進軍してくる、津波が如き大量の魔塵。

 街を埋め尽くす漆黒は、迷うことなく防護壁に、災玉国防学園に向かって進行してくる。

 

 その様子は学園本棟、放送司令部室にも届いていた。

 

「魔塵の大群による襲撃です!」

「学園防護壁第2、第3ブロックにて大量の魔塵の襲来を確認! 数100以上!」

「星三級以下は学園内に退避! 緊急防衛部隊は至急防護壁上へ!」

「敵勢力、防護壁到達まで残り5分!」

「退魔砲4~6門まで使用許可、魔鋼砲弾装填急げ!」

「こ、この瘴気反応は――『特別星五級』です! 属性は闇!」

 

 有り得ない規模の魔塵たちの襲撃、普段より遥かに忙しい情報処理と伝達作業に、放送司令部が混沌とした喧騒に包まれる。

 

「九々等2学年と連絡は!?」

「つきません! 旧都神宿周辺の中継アンテナが破壊されてます!」

「砲撃許可まだか!? 自衛隊に連絡は!?」

「魔塵の数200を超えました!」

 

 混迷を極める放送司令部の中。

 凛と、声が響いた。

 

「全員、傾聴」

 

 ぴたり――喧騒が切り裂かれたかのように、一瞬で室内に静寂が訪れた。

 声の主は特に声を荒げることも無く、しかし覇気の籠った強い口調で淡々と命令を下す。

 

「生徒会総員に出撃要請。緊急防衛部隊は第一種防衛配置、遠距離攻撃を中心とした足止め・様子見に徹させろ。敵撃破を考える必要は無い」

「! まさか――!」

 

 射干玉の髪、新雪の肌、誰もが見惚れる大和撫子。しかし刃が如き鋭い眼光と軍服じみた改造制服が、その印象を美姫から女将軍へと変えている。

 軍帽を被った彼女は腰に差した四本の軍刀(サーベル)を鳴らしながら、斬撃もかくやの迫力を以て告げた。

 

「ああ。生徒会長(わたし)出陣()る」

 

 一騎当千、快刀乱麻。

 災玉国防学園第八代目生徒会長・『個人軍隊(ワンマンアーミー)八重桐(やえきり)テンカ。

 それが初手で繰り出された、災玉国防学園の切り札の名であった。

 

 

 

 

 

 

 かの大規模作戦、『魔塵繭破壊作戦』の成功後。

 様々な証言や調査により、魔塵繭の残骸から7体の魔塵が発生した事が分かった。

 魔塵たちはそれぞれ異なる()()()()()()を持ち、これまでのどの魔塵とも違う特異な能力を持つらしい。

 

 曰く、奴等は人語を介する。

 曰く、周囲の魔塵を思うままに操る力を持つ。

 曰く、その強さは星五級魔塵と比べてもなんら遜色がない。

 曰く、奴等は縄張りを持たず、旧都に足を踏み入れた人間を積極的に襲う。

 

 これを受け、上層部は彼等を『特別星五級魔塵』と認定。その首に莫大な賞金を懸け、しかし矛盾するように旧都は厳しく立ち入りを制限されるようになった。更に緊急事態として国防三校は厳戒態勢を敷き防衛網を強化、戦争状態もかくやの警戒の中、強力な異能者だけで構成された部隊による慎重な旧都内の調査が日夜進められている。

 そんな折に起こった魔塵の襲撃。主戦力は旧都内での調査を行っている最中であり、更に通信まで妨害されている。

 

 明らかに今までの襲撃とは違う。頭を使う魔塵など聞いたことも無いが……こういう不測の事態の為に、彼女は学園外へ出ることを制限されていたのだ。

 

 

 災玉国防学園、第2防護壁上。

 腰辺りまでの壁しかない高所、地上30mの場所で、八重桐テンカは堂々と立ち眼下を睥睨していた。

 

 旧都奥から津波のように押し寄せる魔塵の群れ。

 だが彼女が見るのは、その中の一点、一体の魔塵のみ。その魔塵を見ながら、彼女は壁上を近付いて来る気配に一瞥も向けず言う。

 

「来たか、副会長」

「ええ。で、アレが――」

 

 並び立った副会長――金髪をツインテールにした星四級の高等部2年生、双咲(そうざき)アリサ。改造制服の腰に剣を差した彼女も同じ一点を見やる。

 

 それは、一体の魔塵。

 目を引くほどの巨躯を誇る訳でもない。形も頭と両腕がある準人型で、普通の魔塵と大して変わらない。

 だが……それでもその魔塵が、200を超える魔塵の軍勢よりも脅威であることが2人には分かった。それ程ドス黒い瘴気を、その魔塵は広範囲に放っていた。

 明らかに強い魔塵。だがその姿を八重桐テンカも双咲アリサも初めて見る。つまり。

 

「『特別星五級魔塵』、だろうな」

 

 未だ未登録・未知数の、名前の無い脅威。

 そんな敵と、そして押し寄せる大量の魔塵を前に、双咲アリサは指示を仰ぐ。

 

「それで、作戦は?」

「……ああ、実際に私と組むのは初めてだったか」

 

 言って、八重桐テンカは白手袋をきゅっと締め、腰から一本軍刀(サーベル)を抜いた。

 そして何でもないように言う。

 

「私がやる、手を出すな。千刃(せんじん)抜剣(ばっけん)

 

 彼女が軍刀を天に掲げる――と同時、凄まじい量の剣の大群が、防護壁の下から空へと飛翔してきた。

 西洋両刃剣、片刃剣、青龍刀、日本刀。レイピア、フランベルジュ、ソードブレイカー、バスターソード、クレイモア、グラディウス、エストック……多種多様な剣が、瞬く間に集合し空を埋め尽くす。

 

 星五異能者・八重桐テンカ。

 その異能、百剣繚乱(ブレードルーラー)は、一度でも触れた事のある剣なら、意のままに浮遊させ操れる。

 

「殺せ、我が『軍勢』よ――型式(かたしき)叢雨(むらさめ)

 

 指揮棒を振るうように、八重桐テンカは掲げた剣を眼下に突き付け。

 瞬間、浮遊する全ての剣は降り注いだ。

 

 ザザザザザザザザザザ!! とこの世のものとは思えない異音と共に、千の剣は魔塵の大群を打ち据えた。

 正に鋼の豪雨。一瞬で浴びせられる千の斬撃。

 100体以上の魔塵が剣に貫かれて消滅する。百剣繚乱(ブレードルーラー)の支配下にある剣は、八重桐テンカの瘴気(オーラ)を纏い『気体であり固体』である魔塵にも有効な武器となる。

 初撃で戦いの趨勢は決した。

 だが。

 

「まだだ。『型式・春嵐(はるあらし)

 

 降り注いだ剣が浮かび上がり、大きな円を描くように回転を始める。

 それは鋼鉄の竜巻、もしくは刃により敵を消し去る洗濯機。

 ミキサーの中に閉じ込められたかのような猛攻で、更に魔塵約50体が消滅した。

 

 正しく剣の軍隊。

 誰一人眼下の街には下りていないのに、八重桐テンカの命令に従って敵を斬る剣たちが魔塵の軍勢を圧倒している。

 『個人軍隊(ワンマンアーミー)』――災玉国防学園をたった1人で難攻不落の無敵城とする個人の力に、双咲アリサは思わず呟く。

 

「……滅茶苦茶ね」

「この程度で星五級は死なん。行くぞ」

 

 ふわり、と八重桐テンカの体が浮いた。次いで双咲アリサの体もふわりと浮遊する。

 百剣繚乱(ブレードルーラー)の応用、腰に差した剣を浮かすことによる疑似的な飛行。

 あっという間に30mの高さを下降した彼女らは、予め目を付けていた魔塵の前に着地する。

 

 その魔塵は、瓦礫の山の上に悠々と構えていた。

 「黒い」。それを見た誰もがそう思わされる程の黒色は、世界に穴が空いているよう。

 日食に例えられるだろうか。その輪郭を後光が差すように白光が飾り、その光がより体の黒色を引き立たせる。

 大きさも、姿も、人とそこまで変わらない。それでもその黒は、月の影が如き闇の色は、他のどの魔塵をも凌駕する存在感をその魔塵に与えていた。

 2人が見上げる前で、漆黒が揺らめく。その顔にあたる部分が確かに蠢いて。

 

に 二、にんゲ ン

 

 そう、この世のものとは思えない不気味な言葉を吐き出した。

 人語を介する――やはり『特別星五級魔塵』。

 強敵を前に緊張を走らせる双咲アリサと違い、八重桐テンカに気後れは無かった。

 彼女はゆるりと踊るように手を翳しながら、内心思う。

 

「(『特別星五級』か。以前の私なら護国の為と奮い立ったろうに……今は何の感慨も無い)」

 

 影宮エイトが死んだときから、使命感や自負などは自分の中から消え去った。残ったのは無力感と、空虚な日常と、その中で以前の「八重桐テンカ」をなぞるだけの空っぽな自分(わたし)

 きっと(エイト)が死んだあの時に、私も幽霊じみたナニカになったのだろう。

 体が死んで心が残ったのが幽霊なら、私はきっとその逆だ。

 心が死んで、それでも体が動いている。積み重ねた経験が、染みついた技術が、死んだ心を置き去りにしたまま肉体を前へ前へと押し進めている。弱い自分から逃げるように、辛い事実から目を背けるように。

 

「(ああ、でも、そうだな。怒りは――憎しみは、ある)」

 

 『魔塵繭破壊作戦』によって現れた『特別星五級魔塵』。

 影宮エイトの命懸けの奮闘を嘲笑うように現れた、新たな脅威。

 彼が命と引き換えに齎した平和が、あっけなく奪われたこの気持ちを――怒りと呼ばずしてなんと呼ぶ。

 

「(おまえが私よりも世界を選んだというのなら。世に再び平和を取り戻すことが――おまえの死を無駄にしないことが、新たな私の存在意義なのかな。今はそうだと、信じよう)」

 

 弟は死者の霊魂を信じていなかったけど。

 浄魔神教(じょうましんきょう)では、立派に戦って死んだ異能者は神と合一となり、同じように魔塵と戦う異能者を守ると言う。

 慰めのまやかしだが、それでも……それで(エイト)の魂が救われる可能性があるのなら。

 私は怒りのままに何度だって剣を抜き、どんな敵だって斬り滅ぼそう。

 

「抜刀――神剣天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)

 

 学園から八重桐テンカの手元に飛来せしそれは、彼女の身長よりも巨大な和風の両刃剣。

 それは、光属性の瘴気を纏う星五級魔鋼武器。『万物を斬り裂く』力を持ち、あらゆる防御を無視して敵を両断する必殺の剣。

 己が操れる中で最強の剣を、そして再び空に浮かんだ1000本の剣を構え、八重桐テンカは軍刀を振るう。

 

「死ね、魔塵――」

 

 その動きに連動するように、天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)を含んだ剣の軍勢が『特別星五級魔塵』に突撃し――。

 

 

て 、テン か、 (ねエ) ?

 

 

「は、ぇ?」

 

 ぴた、と全ての剣が、魔塵に命中する前に停止した。

 なんで。だって、その声は聞き間違えようもなく。

 テンカが硬直し目を見開く前で、魔塵の顔が蠢き続く言葉を発する。

 

オ お、 おレ だ、 よテん かネえ 。 俺 は、かげ み、ヤ

「――エ、イト……?」

 

 蠢く魔塵の顔が、影宮エイトの顔を形作る。

 歪んで聞き取りづらかった声の根底にあったのが、彼の声だったと気付く。

 

ご メん 。 せめ テ ひトコ と あやま リ たく テ

 

 カラン、とテンカの手から軍刀が落ちた。

 

 せめて一目見たかった彼の顔が。

 二度と聴けないと哀しんだ彼の声が。

 影宮エイト、死に別れた最愛の弟が、今自分の目の前に――。

 

「――絶死絶殺の双撃(ツイン・ダーク・カノン)!!!」

 

 黒き閃光、直撃。

 魔塵を襲った闇属性のビーム……大砲じみた一撃、否双撃を放ったのは。

 

「そ、うざき!? 何を――」

 

 双咲アリサ。

 超星四級の火力を持つ彼女は、今しがた双撃を命中させた相手を指さしながら叫ぶ。

 

「何をもクソもないでしょ生徒会長!! アンタ、()()が『影宮エイト』だとでも言うつもり!!?」

 

 魔塵は、双撃を受けて尚健在だった。闇の砲弾が直撃した場所は抉れて揺らめき、しかしすぐに瘴気が集まって再生していく。衝撃で人外のそれに歪んでいた顔も、ざわざわと不気味に蠢き再び影宮エイトの形を作った。だがそれは、その下手くそな人間の模倣は、双咲アリサの怒りを逆撫でする。

 

「騙されるワケないでしょクソ魔塵……!! どんな異能か知らないけど、日本語喋れるようになったくらいで……私を、アイツを舐めてんじゃないわよ!!!」

 

 双咲アリサは激怒する。

 死んだ友人が、影宮エイトが、死して尚魔塵に辱められている事実に。顔を象られ、声を真似られ、人を騙す道具として利用されているこの現実に。

 彼は死んだ。もう居ない。だから復讐を誓ったのだ。

 この胸を覆う憎悪を前に、下手な物真似など殺意を高める理由以外の何にもならない。

 

「悪趣味な真似しやがって、絶対ぶち殺してやる!!! 」

「や、やめろ双咲……やめてっ――」

 

 弱弱しい制止の声など聴かず、双咲アリサは砲撃を放つ。

 

 怒髪天を衝く双撃(ダーク・ファイア・カノン)』!!!!

 

 命中した攻撃が再び魔塵の体を抉り、その輪郭を歪め……魔塵が再び声を上げた。

 

や めテ く レ 、 いタ イヨ そウ ざ キ

「――ッ、ンのクソ野郎ぉッ!!!!」

「ま、待って――」

 

 双咲アリサが更に憤激し新たな砲弾を生成する。

 八重桐テンカはそれを止めようと懇願するように手を伸ばす。

 そして、魔塵は。

 

―― 死 に タく ナ い

 

 思わず。

 双咲アリサの動きが止まった。

 だってそれは……影宮エイトがいつも言っていた言葉。

 「死にたくない」と言いながら、それでも仲間(わたしたち)の為に命を懸けた。そんな彼の死だからこそ、それはとてつもなく重くこの心に圧し掛かったのだ。

 

 偶然だ、姑息な真似を。

 双咲アリサは湧き上がる怒りと憎しみで、なんとか戸惑いを跳ね除けて。

 そして――。

 

知り タ いン だ。 シア わ セ っテ ナんな ノカ

「え、あ……」

 

 ――その言葉で、遂に彼女は絶望した。

 

 だってそれは、私と影宮エイトしか知らない言葉。

 嵐の海を照らす灯台のような、余りにもか細く眩しい(きおく)

 学園内での他愛のない、しかしとても大切なふたりきりの会話……それを、魔塵が知るハズなどない。

 それも、あの忘れられない表情まで同じなんて。

 ならば。もしかして。ほんとうに。

 

「そんな、ことって」

 

 呆然と呟いて。

 彼女の膝が、すとんと力なく地面に落ちた。

 

 戦闘不能になった少女2人を前に。

 死者の亡霊は礼を言う。

 

あ リ がト ォ

 

 その顔が醜悪に笑う、哂う、嗤う。

 それは魔塵が嘲笑う表情(カオ)にも、影宮エイトが苦しむ表情(カオ)にも見えて。

 魔塵は手を掲げ、告げる。己の異能の名を。

 

――兌瘴暗器(繝?繝シ繧ッ繝。繧、繧ォ繝シ)

 

 ソレは、聴いたことも無い響きだったのに。

 八重桐テンカと双咲アリサには確かに聞こえた――「ダークメイカー」、と。

 

 魔塵の手に、10mはあろうかという巨大な刀が出現し。

 

影刀(縺医>縺ィ縺)月景(縺、縺阪°縺)』――

 

 風を断ち地を砕く漆黒の一撃が、無防備な2人に叩きつけられる――。

 

 

 

「――八十一倍神滅飛び蹴り(クリロナ・インパクトエントリー)』!!!

 

 黄金の流星、降り注ぐ闇を一撃粉砕する!!

 

 巨大な刀を飛び蹴りで破壊し、余波で魔塵の片腕までもを奪った黄金の流星は、そのまま激突の衝撃で勢いを殺され2人の前に着地した。

 

(ワリ)ィ、遅くなった! 状況は!?」

 

 頭の後ろで尾のように揺れる、ひとつに結ばれた長い髪。

 ネコ科を思わせる顔立ちに、一見細身に見える体躯。

 その胸、改造制服の胸元に輝く星は――五つ。

 彼こそは獅子奮迅、百戦錬磨の星五級異能者。『学園最強』の名を(ほしいまま)にする、その少年の名こそ。

 

() 々等(くら) 、ヤイ チ

「――、喋るヤツか! 色的に前に会ったヤツとは違うよな……なんでオレの名前知ってんだ?」

 

 九々等(くくら)ヤイチ。自身の能力等をふたつまで9倍にできる異能、究ノ弐条(パワーオブナイン)の使い手である。

 

 猛獣が如き闘志と共に。

 黄金の瘴気、猛る。

 

「教えてくれよ、なァ!!」

 

 ズガン!! と彼が立っていた場所にクレーターができる。否、それ程の威力を持って踏み込み、敵に向かって跳躍したのだ。

 

1莠コ逶ョ(オ オ)兌瘴暗器(繝?繝シ繧ッ繝。繧、繧ォ繝シ)

 

 魔塵も腕を再生させ、巨大な西洋剣を作り出し迎撃する。

 黒と黄金――貫いたのは、黄金の光。

 空中で剣を砕いた九々等ヤイチは、そのまま魔塵目掛けて拳を構える。放つのは、神すら殺す本気の拳。

 

八十一倍(マラドーナ)――」

 

 魔塵の顔面に「最強」の一撃が迫り。

 

「――待てッ!」

 

 ぴたり、と直撃の寸前で止まった。

 魔塵の反撃を飛び退いて躱し、九々等ヤイチは声の主の近くへ着地する。

 

「待って、くれ……」

「……生徒会長。それはアイツの異能関係だよな。カウンター系なのか?」

 

 問いながら、ヤイチは見たことの無いテンカの憔悴ぶりに驚愕していた。

 彼にとって八重桐テンカは、公明正大・豪放磊落・快刀乱麻の、どんな時でも怯まず臆さない、最高に頼れる生徒会長だった。

 そんな、尊敬する生徒会長が……見たことも無い程取り乱し、弱弱しい姿を晒している。

 『魔塵繭破壊作戦』の後からその傾向は見られたが……今の姿は余りにも普段の彼女と乖離している。精神攻撃系の異能を食らったって、八重桐テンカがこうなる姿は想像できない。

 

 ヤイチが動揺する中……更に弱弱しさを増した、今にも泣き出さんばかりの八重桐テンカは途切れ途切れに伝える。

 

「……その魔塵、は……(エイト)かもしれない、んだ」

「そいつは、どういう……」

 

 ヤイチは発言の意図を理解できず固まり……近くに双咲アリサの姿を確認する。

 

「アリサ! おまえも居たのか。なあ、今の生徒会長の発言――」

 

 しかし、彼女もまた様子がおかしかった。地面に座り込んだまま、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「アリサ?」

「アイツ本人しか知らないハズのことを、知ってた。もしかしたら魔塵に憑りつかれて苦しんでるの、かも。そんなアイツに、私は……」

 

 双咲アリサと九々等ヤイチは従兄妹の関係にある。だから双咲アリサの人となりもヤイチは知っていた。

 いつも生意気な程に勝気で、強者としての自負と自信に溢れていたプライドの高い彼女が、今や立ち上がることも忘れて縮こまっている。

 双咲アリサの中では、「もし彼が本物なら」という思考が、他の遥かに現実的な可能性を押しのけて頭を埋めていた。何故ならもしそうだったとしたら……例えば魔塵に憑りつかれるなどして望まぬ敵対を強いられているとしたならば……それに気付けず殺すと息巻いた自分は、全力で撃った砲撃は、どれだけ彼を傷付けてしまったのだろうか。彼の為と放った一撃が、彼本人を抉ったならば……私は私を、許せない。そんな自分を肯定などできない。

 

 完全に戦意を喪失した2人。

 そんな彼女らが漏らした断片的な情報を繋ぎ合わせ、九々等ヤイチは敵魔塵がどういう存在であるのかを理解した。

 

「死んだ人間かもしれない、魔塵……」

 

 そしてその恐ろしさもまた、まざまざと理解させられる。

 

 「できる事ならまた逢いたい」と神にまで祈った故人が、魔塵として蘇り襲って来る。

 正に悪夢だ。どんな人間だって敵意が鈍り、死者が大切であればある程精神的な傷を負うだろう。場合によっては戦闘不能になる程の致命的な傷を。

 それが本物かどうかは問題ではない。「本物かもしれない」と思わされた時点で相手の術中なのだから。

 

「(相手の記憶を読み取ってそれを真似する異能……? いや、ならオレに対してまでその『エイト』くんとして振る舞うワケがねえ。死体の乗っ取り? 本人? そもそもあの武器出しが異能じゃないんか?)」

 

 九々等ヤイチは魔塵の異能を分析しようとするが……答えが出る前に、思考を中断せざるを得なかった。

 

 「死人かもしれない」魔塵が踵を返し、魔塵の生き残りたちが彼に追従しだしたからだ。

 

「逃げんのか……! 生徒会長、足止めできるか!? オレとアンタなら多分殺せる!」

 

 特別星五級魔塵一体ならともかく、八重桐テンカの広範囲攻撃を生き延びた強力な魔塵たちも同時に相手にするのでは、さしもの『学園最強』も持て余す可能性がある。だが八重桐テンカと協力しどちらかが特別星五級を、どちらかが取り巻きの魔塵を、と分担すれば討伐は可能だと、先の激突で九々等ヤイチは判断していた。

 だからこそテンカへ呼びかけるが……答えは、無い。

 

「しっかりしろよ生徒会長! 喋ったから人間!? 思い出を言い当てたからそいつ本人!? どう考えても異能の可能性のが高えし、そもそもアイツは()()()()()()! そういうことする奴だったのかよ、死んだアンタの弟は!」

 

 それは。恐らく現状出せる最高の説得だった。内容も、こもった熱も、躓いた人間を立ち上がらせるのに十分なもの。

 

「99%本人じゃねえ! もし本人でも操られてる! 逃げるってことは追い詰められてて、見逃せば絶対大損だ! どう考えてもここで殺しといた方が、絶対に――」

 

 だが。

 

「……わかって、る。でも……駄目なんだ。駄目なんだよ……」

 

 彼と共に死んだ筈の心が息を吹き返し、肉体に縋り付いている。縋りついて、縛り付けている。

 やめてくれ。駄目だ。心が肉体に追い付いて、そう耳元で叫んでいる。

 どんなまやかしも、どんな慰めも、「そうであったらな」と無碍にできなかった心は……姿形を伴って現れた「可能性」を、決して捨てることができないのだ。

 

 八重桐テンカは、魔塵(かれ)に刃を向けられなかった。

 九々等ヤイチの説得は、彼女らの「絶望」を拭い去ることは出来なかった。

 

「……そうか、ごめん。アンタの事情も知らず無理言った」

 

 それを見届けたからか。魔塵が体を気体に変え、風に乗って旧都へと立ち去る。

 追撃の機会は遂に失われた。

 

 災玉国防学園は魔塵の大群の襲撃を退けたものの、その首魁を取り逃がした――それが、この事件の結末となった。

 

 

 

 

 

 

 ……夢を、見ていた。

 暗い、昏い夢。

 全身が真っ黒な泥に浸かって、俺は体をぴくりとも動かせやしない。

 いや違う、俺は動いている。少なくともその感覚がある。

 何も見えない/旧都が視える。

 何も聞こえない/声が聴こえる。

 何も考えられない/確かに何かを思考している。

 嗚呼、全てが滅茶苦茶だ。

 自分というものが砕け散った陶器みたいにバラバラになったような、そんな感覚。

 俺はそもそも俺なのか。

 俺とは一体何なのか。

 死んだ筈の俺は、何故旧都を見、声を聴いて、何を考え、どこに向かって動いているのか――。

 

 ふと、闇に光が差した。

 泥から顔が出るような、バラバラの体が繋ぎ合わされるような。

 影の中から、浮上するような。

 あらゆる感覚が繋がって、俺は光の中に見た。

 

「テンカ、姉……?」

 

 テンカ姉が居る。視界が暗くて分かりにくいが、確かに彼女は目の前にいる。

 俺の仕えるべきだった人。俺の守りたかった人。俺のすべき、人。

 なんだか随分会えていなかった気がして、俺は嬉しくなってしまう。

 

「俺だよ、影宮エイトだ。やっと会えた」

 

 あれ。テンカ姉に会ったらやりたいことがあったハズ。

 なんだっけ。まだ「自分」が上手く繋がっていない。

 殺したかったんだっけ。騙したかったんだっけ。間違ってないとは思うけど、違う気もする。ううん、なんだかすっきりしない。

 ああ、そうだ。謝りたかったんだ。

 

「ごめん。せめて一言謝りたくて……」

 

 俺も、一度は八重桐テンカの為に死ぬと誓った身だ。そんな彼女を裏切り、結局それを謝ることも出来なかった。そのことが心残りだった。

 ああよかった。これでせる。? うん。間違ってない、よな?

 ! ちょっと待った。あれは……双咲じゃないか。

 

「双咲も居たのか――」

 

 良かった、無事だったんだな。死んでくれ――

 けれど彼女は再会を喜ぶことはなく、その異能でこちらを攻撃してきた。体を衝撃が襲う。

 

「やめてくれ、痛いよ双咲」

 

 攻撃から、表情から、込められた殺気が本物だと分かる。

 どうしてこんなことをするのか。分からない。そこまで仲が悪かったとは思っていない。

 けれど今、俺は双咲から攻撃を受けている。再び彼女の異能が体を叩き、真っ暗な視界が明滅する。

 痛い、怖い。

 

「死にたくない」

 

 ――なんで?

 

 だって、それは、つまり。

 

「知りたいんだ。『幸せ』って何なのか」

 

 ――ありがとう

 

 ぶつん、と電源を抜かれたように、意識がブラックアウトした。

 また俺はバラバラになって、漆黒の泥に浸かって固まる。

 何も考えられない/再会への喜びと悲しさが胸を満たす。

 何も聞こえない/誰かの声が、テンカ姉や双咲の声が聴こえる。

 何も見えない/もう、2人の顔は視えない。

 俺が黒くなって、バラバラになって、俺じゃなくなっていく。

 影宮エイトじゃ、なくなっていく。

 それでも、俺にはそれをどうしようもできなくて。

 

 ああ、眠い……。

 

 ぽつり、それだけを呟いて、泥濘の中で目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 災玉国防学園を襲撃し、星五級異能者2人から逃走した闇属性の特別星五級魔塵。

 畏怖と共に与えられしその名は――残影(ざんえい)のエイト〉

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