【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<12> Kanashi BARI

 東凶湾スラムにて。

 とある建物の屋上で、2人の人間が刃を交わしていた。

 

 黒刃閃く。大上段から三日月状の残光を残して振り下ろされる刃は、同じ黒刃に軽々と受け止められた。

 火花のように瘴気散る。

 半固体・半気体の瘴気によって生成された武器を振るう手は、片や獣の爪を持つ子供の手、片やいくつかの傷痕が刻まれた青年の隻腕。

 鍔迫り合いの趨勢は……青年の刃、下からの切り上げが競り勝った。

 

「甘い!」

 

 黒刃が黒刃を跳ね返し、ギィン! と金属音が響く。

 漆黒の刀――影刀(えいとう)月景(つきかげ)を持った手の主、はじき返された側である少女は勢いを殺せずたたらを踏んだ。小さな体が刀に振り回されるようにふらつく。

 そんな少女の見せた隙に、向かい合った隻腕の青年はそれを突くようなことはせず……代わりに、鋭い口調で失態を突く。

 

「今の、手を抜いたなカイコ。本気で振った重さじゃなかった。練習での癖は本番でも出る……次手を抜いたら今日は連れていかないからな」

「でも……」

「力量差はいい加減分かってるだろ。流石に子供のおまえよりは、長い事訓練してきた俺の方が強い。この腕でだって一太刀も浴びず捌ける。分かったら全力で来い」

「……わかった」

 

 少女・カイコが了承すると、青年・影宮エイトも頷いて刃を構え直した。

 じり、と緊張感で空気が焼け付き。

 カイコが地を蹴る――踏み込みと共に勢いよく突き出された刃が、正眼に構えられていた刀の腹で横から叩かれ簡単に軌道を逸らされる。

 

「踏み込みが甘い!」

「っ!」

 

 鋭い叱咤に、カイコが慌てて刃を引こうとする――その足がエイトの足に払われ、バランスを崩して転んだカイコに二度目の叱責が降る。

 

「刀だけに意識を向け過ぎだ!」

「ぅ、がァ!」

 

 カイコが牙を剥き出して飛び掛かる――飛びつきはいとも簡単に躱され、また刺すように鋭い檄が飛んでくる。

 

「だからってリーチを捨ててどうする! 今のは刀の間合いだぞ!」

「む、う~……!」

 

 攻め手を悉く否定され、カイコは焦りと怒りがないまぜになった呻き声を出した。

 

 このままじゃ今日も置いて行かれる。だからってそんなに厳しく言わなくてもいいのに。カイコだって頑張ってるんだから……もう怒った。エイトに目にもの見せてやる!

 

 そう決意したカイコは、刀を口に咥え、四足で床を踏み締めた。

 獣のように重心を低くし、そして地を蹴る……その肉体は旋風と化す。

 

こっひのほうははひゃいほんへ(こっちのほうがはやいもんね)!」

 

 『ノラ』時代での習慣、そして異形化の関係上カイコは二足歩行が不得手であり、四足歩行時にこそポテンシャルを十分に発揮できるのだ。

 床を蹴り、柵を蹴り、貯水タンクを蹴り。目にも止まらぬ縦横無尽の立体機動でエイトの背後を取り、カイコは咥えた刃を己の上半身ごと振り回す。肉食獣の咬合力で刀を咥え、四足での獣じみた敏捷性を保ったまま高速で斬撃を放つその技こそ、人と獣の間に立つカイコが編み出した我流の「剣術」。

 

 刃狼(じんろう)流・影斬(かげぎ)り』!!

 

 背後からの急襲が決まる直前、影宮エイトは振り向いて――。

 

 ガキィン!!!

 

 黒刃、衝突。

 四足の勢いが乗った一刀の/振り向き様に放たれた一刀の衝撃に、互いが一歩後退する。

 カイコは「ぼうぎょされた!」と驚きつつも、追撃せんと四足に力を入れ。

 

「……良し」

 

 というエイトの声で、口から刀を取り落とした。彼女の『月景』が気体となって空気に融ける。

 だがカイコは武器を失った事など気にもとめず、エイトへ問う。

 

「じゃあ、きょうは?」

「ああ、合格だ。連れてってやるよ」

「――ぅ、やったー!」

「ちょ、抱きついてくるな暑苦しい」

 

 カイコは嬉しさの余りエイトに飛びつき、その体にくっつきながら全力で快哉を叫んだ。

 

 ……エイトがカイコの「役に立ちたい、戦いたい」という願いを聞き入れてから1週間。

 早朝から屋上で模擬戦をするのが、2人の日課となっていた。

 これは「カイコが戦いで死ぬ可能性」を減らすためにエイトが考案したものだ。

 ルールはシンプル。カイコがエイトに打ち込んで、エイトが「良し」と言えば合格、その日のエイトの「仕事」に同行できる。ただし訓練が終わるまで合格を引き出せなければ――こんな有様で実戦に出すことは出来ないとエイトに判断された場合は――カイコはその日「お留守番」となる。カイコ曰く血も涙もない、エイト曰く非常に優しいルールである。

 

 そんな日課の中。エイトの設ける基準が日に日に高くなっていることもあり、ここ二日間連続で「お留守番」だったカイコの喜びはひとしおだった。

 

「いっしょ、いっしょ♪ いっしょにしごと♪」

「……ったく、なんでそんなに楽しそうなんだか」

 

 コアラのようにエイトに抱き着いて喜ぶカイコと、そんな彼女に呆れるエイト。

 そうして、彼等の一日は始まった。

 

 

 

 

 

 

 ぴく、と、物音を捉えた耳が動く。それに次いで鼻に入って来る臭気。

 

「――エイト、来た!」

 

 察知した方向を指させば、エイトがそちらを双眼鏡で覗き込んだ。

 レンズ越しの先のその予想外の光景に、彼は眉を顰める。

 

「あれは……戦闘(タイプ)、か?」

 

 エイトにとって見覚えのあるその魔塵は、体調約3mほど。右腕は刃物のようになっており、大人の身長ほどもある刃は人など容易く両断できるだろう。

 ベーシックな戦闘(タイプ)の魔塵……特別な異能を持たないが、その分戦闘能力が高い。いわゆる「高性能な量産型」で、一般推奨ランクは星四級。

 つまり……影宮エイトにとっては、殺されかけたこともある程の強敵。

 

「(……いつもの星二級から、ひとつ飛ばして星四級か)」

 

 エイトは授業で習った魔塵の等級と強さを脳内で諳んじる。

 

 星一級、人型ですらない、とても小さく弱い魔塵。

 星二級、人型の中で最弱、特性を除けば一般人に毛が生えた程度の戦闘能力しか持たない。

 星三級、星二級よりは力が強くそれなりの知性もあるが、特別な武器や異能は持たない。

 星四級、異能は持たないが戦闘能力が高く、体の一部を武器に変化させるなどの能力を持つ。

 更に星四級以上の中に稀に生まれる、固有の異能を持つものは名と賞金が与えられ、その中でも特に脅威と判定されたものが星五級となる。

 

 つまり星四級戦闘(タイプ)の魔塵とは、賞金首以外では最強の魔塵。

 

「(予想外に強いのが来たな。まっすぐこっちに向かってきてる……ここは特に街と距離が近い。応援は間に合わないな)」

 

 1人でやるしかない、か。

 エイトは不運を嘆きながら、冷静に彼我の戦力差を計算する。

 

「(()()()とは違って敵は1体。俺は利き腕と片目を失ったが、身体強化と異能は成長している……勝率6割、逃げも含めるなら9割……逃げられもせず死ぬ確率は10%くらい、かな。まあ少なくとも)」

 

 楽には勝てない。単純な身体強化のレベルで負けているのだ、無傷ではまず無理だろう。

 それでも覚悟を決めた影宮エイトは、気配を悟られぬようゆっくりと立ち上がり――。

 

「――エイト」

 

 呼ばれ振り向く――カイコが、その両の瞳がこちらを見ていた。

 その真剣な眼差しに、宿った覚悟に、エイトはこの1週間カイコを支え続けた彼女の夢を思い出す。

 

「(異能の力で役に立ちたい、だったか)」

 

 エイトは強敵を前に、無意識にカイコを戦わせまいとしていた自分に気付いてそれを恥じた。

 本音の所、エイトはまだカイコを戦わせることに抵抗があった。だがそれでも彼は、1週間前選んだのだ……彼女を己に価値感で安全な場所に縛り付けるのではなく、その心を信念を尊重することを。

 エイトは頷き、カイコが彼に並び立つ。

 

「――行くぞカイコ」

「いく! いっしょに!」

 

 強く頷き、彼等は地上へ飛んだ。

 空中、風に髪を服をあおられながら、影宮エイトとカイコは同時に異能を発動する。

 

 兌瘴暗器(ダークメイカー) / 孤狼殉倶(アローンウルフ)

 

「「『影刀・月景』!」」

 

 影の刃がその手の中に握られるのと、着地は同時。

 

莠コ縲?俣(オ オ オ)

 

 星四級魔塵が2人に気付き、その刃状の腕を構えて地を滑るように突進してくる。

 3mの巨躯、その異様なる高速移動にも怯まず、2人の異能者は同時に前へ。

 

莉イ髢薙?莉(オ ア ア)――

 

 敵を間合いに捉えたと見るや否や、魔塵は鉄さえ両断する刃を横薙ぎに振るう。

 芝を刈るように人の首を落とす致死の斬撃を前に、2人は。

 

「カイコ!」

「うん!」

 

 エイトは空中に、カイコは地を這い。横薙ぎの一撃を飛び越える/潜り抜ける。

 エイトが着地……同時、エイトはしゃがみ込み、その背を踏み台にカイコが飛ぶ。

 

 3mの魔塵、その首元に軽々と跳躍した少女は、勢いのままに刃を振るう。

 

 黒、一閃。

 魔塵の首を影の刃が切り裂く。

 

逞帙>(ア ア)――

 

 だが、魔塵は絶命しなかった。首を裂いた傷はしかし両断させるには至らず、その傷から瘴気と苦悶の空洞音が飛び出すものの致命傷に歯至っていない。

 理由は子供(カイコ)の軽さ、武器の切れ味、そして魔塵の純粋な肉体強度の強さ。

 死を免れた魔塵は、自分の首を切り裂いた、空中で身動きの取れないカイコを狙おうと刃を振るい――。

 

「――」

 

 その腕の刃物状ではない根元を、跳ね上がるように昇った漆黒の斬撃が斬り落とした。

 斬撃の主は影宮エイト――しゃがみ込んで十分に力を溜めた一撃は、その身体能力・技量によって武器の不利を補い、格上の魔塵の腕を断つことに成功したのだ。

 

 魔塵がカイコを殺す為の武器(うで)を失う。

 刀を口に咥えたカイコが四足で着地し、エイトが残心から脱し隻腕で居合の構えを取る。

 じゅわ、と斬り落とされた魔塵の腕が形を失い、空気に溶けて霧散するのと、2人が動くのは同時だった。

 

刃狼(じんろう)――」「限定抜刀――」

 

影斬(かげぎ)り』!! / 影斬刀(えいざんとう)月景真打(つきかげしんうち)』!!

 

 斬撃、交差――遂に胴を首を両断された星四級魔塵は、

 

逧??√#繧√s(イ ア ァ ア)……

 

 断末魔の呻き(ごえ)を上げた後、空気に溶けるように消滅した。

 

 勝利。

 その余韻から早々に抜け出して、刀を消した影宮エイトはカイコの力に感嘆する。

 

「(……凄いな。これがカイコの異能か)」

 

 獣の力――人間離れした鋭い五感と爪牙、猛獣を超える身体強化。

 そして、異能の模倣と「完璧な連携」を可能とする精神的リンク。

 格上相手で露わになったその予想外の強さ、真価に、エイトは驚いていた。

 

「(精神的リンクの発動条件は信頼関係か? それ次第では星五級にも匹敵する異能だろうが……身体強化のレベル的にそれは無いか。恐らくだが異能の模倣は2・3種が限界、なんなら(ひとつ)が限界だろう……もし入れ替えが出来ないタイプならとんだ宝の持ち腐れになっちまったな。俺のクソ異能なんか模倣したって大した役には――)」

 

 そんな彼の思考を遮るように、とてとてとカイコが歩み寄り。

 

「エイト!」

「……なんだ」

「ん!」

 

 カイコが、エイトの目の前に、その獣の耳の生えた頭を突き出した。

 それが何を意味するのか分からない程短い付き合いではない。エイトは少し逡巡して……結局彼女の望み通りにすることにした。

 つまり、その頭をわしゃりと撫でた。

 

「……助かった、カイコ。おまえが居なかったらこんな簡単には勝てなかった」

「んふふ、()()()()()()!」

「……それずっと直らねえよな。最初に間違えて覚えたからか……?」

 

 撫でられ褒められ認められ、この1週間の修行地獄などお釣りがくるほど超上機嫌になったカイコの元気な声に、しかしエイトが言葉の矯正手段を考えてしまうのは保護者の性か。

 ともかく。

 

「見張り台に戻るぞ、カイコ。そんで報告だ」

「はい!」

 

 2人は手を取り、無事に元来た道を戻る。

 長く危険な仕事の時間も、カイコにとっては今や幸せな日常そのものだった。

 

 

 

 

 

 

「――そうして、鬼を退治して奪われた金銀財宝を取り返した桃太郎は、家来の犬・猿・雉と一緒におじいさんとおばあさんの待つ家に帰って、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 

 夜。

 食事と入浴を終え、並び座ったソファの上で繰り広げられた物語が終わると、途端にキラキラと目を輝かせたカイコがくっついたエイトにねだる。

 

「……もういっかいよんで!」

「またか。もう何度目だ……他のは良いのか? 『浦島太郎』も『鶴の恩返し』も、『おむすびころりん』もあるぞ。なんなら『赤ずきん』……いやなんでもない、あと『シンデレラ』……いや『白雪姫』もあるぞ」

「これがいい!」

「なら『はなさかじいさん』でも――いややっぱなんでもない。そうだな、もう一回読むか」

 

 犬が酷い目に合う話――そして個人的なトラウマに関係する話――を避けようとして失敗し、結局先と同じ『桃太郎』を読み聞かせ始める影宮エイト。

 子供用の絵本は組合から貰って来たものだ。組合の最年少は中学生、流石に絵本は卒業しているのでどうせなら、という厚意にエイトが大人しく甘えたのは、カイコに文字を覚えさせたかったからである。

 ページを開きながら読み聞かせるエイト……と、絵本に目を輝かせていたカイコが何かを思いついたかのようにテーブルに手を伸ばした。そこにはこれまた貰って来たスケッチブックとクレヨンが。

 

「みてて!」

「?」

 カイコはスケッチブックに、握ったクレヨンで絵を描き出す……最初に顔の丸い二頭身の、子供らしい絵柄で描かれたのは、黒髪で隻眼隻腕の、刀を持った人間――。

 

「これ、エイト!」

「おう」

 

 次いでカイコが同じような絵柄で書いたのは、頭から獣の耳が生えた人間と……黒いぐちゃぐちゃした、角の生えた怪物。

 

「こっちはカイコ! これが『おに』!」

 

 おそらく今日戦った魔塵と物語の鬼とが混同されている怪物を、カイコはクレヨンで力任せに塗り潰していく。

 

「じゅばーん、カイコがかんでエイトがきる! おに、たいじー!」

 

 その様子に、エイトはカイコの意図を理解した。これは今読んだ童話、『桃太郎』に触発されたお絵描きだろう。しかし、これは。

 

「(こいつ、妙に気に入ってると思ったら、『桃太郎』と自分の境遇を重ねてたのか……しかも自分を主人公(ももたろう)じゃなくて家来(いぬ)に当てはめるとか、どういう楽しみ方だ、それ)」

 

 猿雉居ないし。『おに』が滅茶苦茶に塗り潰されてぐっちゃぐちゃになってるし。

 何と言うか……このままではカイコがバイオレンスな性格に育ってしまってもおかしくない気がする……。

 

「……『桃太郎』は教育に悪い可能性が出たからもうダメだ」

「えー!?」

「(教育に良さそうで動物も出て来る)『うさぎとかめ』にしよう。それか(境遇を重ねられて励ませる)『みにくいアヒルの子』だな」

「エイトのけち! 『ももたろ』じゃないとやだ!」

「……そうか、なら大サービスで今から算数の続きやるか? 確か九九の三の段からだったかな」

「……カイコ、えほんききたくなった」

 

 死んだ目でそう言うカイコの要望に従って、『うさぎとかめ』を読み聞かせ始めるエイト。

 厳しいようで甘いような、でもやっぱり厳しいような親代わり。

 そんなエイトの文句を言いたくなるような厳しさも、何も言えなくなる優しさも、結局カイコの奥底は全部好きなのだった。

 

「眠いのか、カイコ」

「……ん」

「そうか。なら寝る前に歯を磨け」

 

 ちょっと口うるさいところも嫌いじゃないし。

 

「今日もソファ(ここ)で寝るのか」

「……ん。いっしょが、いい」

「……ま、好きにしろ」

 

 くっついて寝てもなんだかんだ許してくれるところも好き。

 全部好きなエイトとの暮らしは、カイコにとって幸せでしかない。

 

 教わって。学んで。遊んで。戦って。くっついて。役に立って。

 寝るのも食べるのもずっと大好きなひとと一緒で。

 そんなひとに、自分と言う存在を認めて貰って。

 

 獣としての毎日に取って代わった、人間としての幸せな日常。まるで夢のような想像だにしなかった日々は、今やカイコにとって当たり前のものになっていて。

 だから、夢にも思わなかったのだ。

 この日常が、まるで夢から覚めるように、あんなにも唐突に終わってしまうなんて――。

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