【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<13> kaiko

 『気体』。

 それは全ての生物と密接に関わる物質。

 

 生物は呼吸によって気体を――酸素を取り込み、それを血液を介して全身に送ることで生命活動を維持する。これは哺乳類も魚類も鳥類も、爬虫類も昆虫も変わらない。光合成で酸素を作り出す植物だって呼吸はする。

 真空の宇宙空間に生物が存在しないように、「気体なくして生命なし」。

 ならば。

 

 例えば、『意思を持つ気体』のようなものがあったなら。

 それが酸素の代わりに生物の血中に溶け込み、脳に、筋肉に、全身の細胞に入り込んだなら。

 果たしてその生物を支配するのは、生物自身の意思か、それとも――。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

「おつかれさまー!」

「……お疲れ様です。では」

 

 『組合』リーダー・銅山(どうやま)イサオへの報告を終え、今日の仕事を終えた俺・影宮(かげみや)エイトと連れのカイコは、木の板で補修された『いさな』を後にする。

 仕事終わりでルンルンと尻尾を振る――いや仕事前だろうと仕事中だろうといつも尻尾を振っている気がするが――カイコが、隣を歩きながら訊ねてくる。

 

「エイト、きょうのごはんはー?」

「まだ決めてない。何が食いたい?」

「なんでもいい!」

「出たよ1番困るやつ……」

 

 道を往きながらぼやきをひとつ。

 最近は街内での信用も高まり金も溜まり、食事の選択肢も増えて来た。東凶湾スラムにも小規模な飲食店くらいはあるし、魚や鶏卵、簡単な菜園で獲れた野菜など新鮮な食材も手に入る。

 

「じゃあレーションで良いか?」

「う……うー、ちょっとやだ……」

「なら何が良いか、家につくまでに考えとけよ」

「はーい。うーんと……」

 

 なにがいいかなと考えるカイコを連れ、さあ帰るかと港町を歩き始めた時。

 

『おい』

「――!」

 

 ノイズのように走る幻聴。

 思わず振り向けば、視界の先には。

 

「ここ、は」

「? エイト?」

 

 ――往来の隅に隠れるように佇む、狭く薄暗い路地の入り口。

 見慣れない、けれど見知った光景。

 決して帰路ではないそこから、俺は何故か目を放せなくて。

 献立の事など彼方に忘れ……ふらり、吸い込まれるように路地に入り込む。

 

「(あれ、なんで……)」

 

 この路地には見覚えがある。

 足は心を置き去りにして、奥へ奥へと体を運ぶ。

 強烈なデジャヴと思い通りにならない自分は、まるで夢を見ているよう。

 

 そうして、俺は辿り着いた。

 表通りからは見えない路地裏。その闇の中へ。

 

 肺腑を犯すような鉄錆の匂いが、空気が吹き溜まるような路地裏に重く()し掛かっている。

 地面と壁には液体が飛び散り乾いた跡の掠れた赤色。

 壁にくたりともたれ掛かる絞首縄。

 死、その残響する気配。

 

 ずきり――右眼が痛み、視界に黒い砂嵐(ノイズ)が走る。

 壁に背を預けた斬首死体。絶望の表情で固まった生首。

 その首を汚らわしいと蹴飛ばしたのは、見慣れた靴を履いた足。

 

 ずきり、思い出す。この場で何が起こったのか。

 ずきり、思い出す。この場で己が何をしたのか。

 

 3人のチンピラに連れ込まれ。

 『ミアズマ』を使った彼等と戦闘になり/

 /俺は無傷で死体の残った路地を後にした。

 嗚呼、つまり。

 

「俺が、殺した――?」

 

 ずきり。

 失くした右眼の痕、がらんどうの眼窩に滲んだ痛みで、俺はあの光景を……感情を感触を思い出す。

 

 向かって来た男の腕を斬り飛ばし。

 戦意を失った相手の、赦しを懇願するその首を飛ばした。

 斬った感触も。殺意も情景も、その全ては紛れもなく自分のもので。

 

「――俺が、殺した」

 

 人数差を、そして『ミアズマ』の力を差し引いても力量差はあった。一度は戦意喪失もさせた。殺さず制圧は出来たハズだ……そもそも『組合』が近いのだから逃げるだけでも良かった。

 それに、チンピラといっても所詮は『六道會』に良い様に利用されている捨て駒だろう。福利厚生など存在しない東凶湾スラムで育ったとすれば、更生の余地はあったはずだ。

 殺さず切り抜ける方法も、殺さない理由も、いくらでも見つけられていた。

 殺人なんてしたくなかった。責任を負う覚悟も強さもないことを自覚していた。

 けれど、俺は殺した。奪う必要の無い人の命を――奪った。

 

「俺 が 殺し た」

 

 あれ。なんで。俺は。

 

 ――殺せ。

 

「――え」

 

 声が、聴こえた。

 右眼の痛みがそう言っていた。

 

 ――人間を殺せ。

 

 ずきり。

 頭蓋が真っ二つに裂けたかのような強烈な痛みが脳髄を貫いて、俺は思わず頭を押さえた。

 

「が……あ……っ」

 

 苦悶の声が唾液と一緒に血塗られた路地に零れ落ちる。ふらり、体が傾いて、立っていられず壁に身を預ける。

 

 ――人間を殺せ。

 

 ずきり、ずきり。頭が割れる。脳が灼熱し、目の裏が耳の穴が強烈に焼け焦げる。右眼はそれ以上で、熱した剣で貫かれぐりぐりと抉られているようだった。

 

「ぐぅ……うあ、っあ……!」

 

 最早痛みは人間が耐えられるレベルを超えていた。

 人が痛みを覚えた場所を思わず手で抑えるのと同じ原理か……激痛によって思考は空白となり、頭にガンガンと響く声がその隙を埋めるように意識に入り込んでくる。

 

 ――人間(カイコ)を、殺せ!!

 

 そうして、痛みは臨界を超えて爆ぜ――。

 

「ああ、がああああああああああああああああ――!!」

 

 絶叫と共に、人間の脆弱な自我は消し飛び。

 影宮エイトの中に潜んでいたモノが、顕現する。

 

 

 その様子を、カイコは傍らで見ていた。

 見えない何かに呼ばれたように、ふらりと路地裏に入り込んだエイトが……唐突に頭を押さえて苦しみだし、全身から夥しい量の瘴気を立ち昇らせながら、遂には苦悶に満ちた絶叫を上げたのを。

 

「エ、エイト! エイトっ!」

 

 幼い少女は『それ』が何なのか想像もできない。ただ分かるのは、影宮エイトの身に『悪い何か』が起こっているということだけ。

 不安で。心配で。役に立ちたくて。少女は影宮エイトに駆け寄って。

 

 ぎろり、と。

 あまりにも生気を感じさせない動きで、唐突に左目がこちらを睨み――。

 

 漆黒、噴火が如く。

 吹き上がった大量の瘴気が、のたうつ巨大な腕となってカイコに叩き付けられる――!

 

 轟音が響く。

 衝撃は地を揺らし、余波が暴風を生む。

 瘴気の怒濤、その爪痕は大きく地面を抉り取っており、異能者であってもその威力の前では即死だろうことが容易に察せられた。

 

「……!」

 

 ――そんな破壊の一撃を間一髪で躱したカイコは、息を荒げてエイトを見やる。

 否、今や『影宮エイトだったもの』を。

 

「あぁ、ア、縺ゅ≠縺(ア ア ア)――!」

 

 全身から立ち上る瘴気が体に纏わり付き、膨らみ、その肉体を異形へと変じさせていく。

 漆黒の瘴気に腕が覆われれば、丸太よりも太い瘴気の腕が近くの壁を爪で切り裂き。

 胴が覆われれば、そこから無数の細い触手が飛び出て周囲を無差別に抉り。

 そして顔が覆われれば、人間(エイト)の苦悶の声は魔塵が放つ様な空洞音となる。

 

「エイ、ト――?」

 

 変貌――。

 愛しき者、その変貌。

 それを前にしてカイコは呆然と立ち尽くし。

 

縺薙m縺(ア ア" ッ)!」

 

 瞬間、瘴気の腕爪、迫る。

 轟、と死の一撃がカイコの耳元を通過する――躱せたのはひとえに獣の本能と瞬発力ゆえ。それでも混乱によって初動は遅れ、躱し切れず頬を爪が掠る。

 

「っ!」

 

 狙いを外した瘴気の腕が、建物の壁を苦も無く砕く。ガラガラと崩れるコンクリートの壁……自らが生んだ瓦礫の山に押し潰されたかのように思われた腕はしかし、ずるり、と僅かに形を崩しながらも引き戻される。

 

 全てを壊し、しかし壊されぬ腕。

 カイコの頬に血が滲み、獣の本能が痛みを通して『敵』の殺意を感じ取る。

 

 

 通常。異能の効果でもない限り、異能者の瘴気が強く固体の性質を示すことはない。影宮エイトの異能が「物質生成」、瘴気を固体化させる異能だったとしても、ここまで大量かつ流動的な瘴気を固体化させることは、あくまで「傷から武器を作り出す」彼の異能では不可能だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 気体であり固体。物理的攻撃を無効化するが物理的破壊力は持つ。

 これはまるで、魔塵の肉体と同じ――。

 

 

 既に人間の面影など見いだせない程肥大化した瘴気の怪物を前に、カイコは思わず溢す。

 

「エイト、じゃない……!?」

 

 それは決して印象や希望的観測から出ただけの言葉ではない。野生の勘が感じ取る、眼前の『バケモノ』の異質さ――生物として当たり前にあるべき『本能』や『意思』が感じられない違和感。

 そして。

 

「(エイトのかんがえること、カイコわかった。おこる、つらい、わかった。でもいまは、なにもわからない、なにもきこえない……!)」

 

 カイコの異能孤狼殉倶(アローンウルフ)は、主と定めた者との精神的リンクによってその意図を読み取り異能を模倣する。だがその『つながり』が、今は完全に途絶えていた。何者かに邪魔されているかのように――例えば水底に沈められた者の声が、地上に届くことはないように。

 

 けれどカイコはエイトが瘴気に取り込まれる場面を見ているし、濃密な瘴気の中微かにエイトの匂いも感じる。だから目の前の怪物の正体がエイトである事も分かっている。だから「逃げろ」と叫ぶ本能を理性で押しのけて、その場に留まり声をかける。

 

「エイト、エイト! おきて! もとにもどってよ……!」

 

 悲痛に叫ぶ少女を前に。

 『魔塵』は異形の腕を振り上げる――。

 

 

 暗い水底、泥の中。

 影宮エイトは泡を吐く。

 

「(痛い、痛い)」

 

 頭が裂けるような激痛。誰かの声が聴こえる気がするが、耳が重い膜に覆われているように何も聞き取ることはできない。いや、例え聞こえたとしても、この激痛では何が聴こえたのかを考えることすら不可能だったろう。

 体を動かすこともまた不可能。全身を重い泥の中に沈められているように、自力では指一本動かせない。

 全身に纏わりつく、黒。

 依然として去らない頭が割れるような痛み。

 

「(痛い、痛い――)」

 

 何も見えず、何も出来ず、何も考えられないまま彼は闇の中で苦痛を味わい続け。

 

 ふと。その失くした右眼が何かを見た。

 

 それは巨大な魔塵の腕に襲われる少女の姿。頭頂部から獣の耳を生やし、毛皮のような長い髪と爪牙、尻尾を持つ少女――彼女は俊敏に攻撃を躱すが、避けきれずにかすり傷を作るたび血に濡れる。

 それでも背を向けて逃げず、何事かをこちらに叫び続ける……そんな少女の名を、影宮エイトは知っていた。痛みに支配された思考でも、喉奥まで泥の詰まった口でも、その名前だけは呼ぶことができた。

 だってそれは、他ならぬ自分が付けた名だから――。

 

「(――カイ、コ)」

 

 瞬間。

 その体に力が戻る。痛みに耐えて思考が動く。

 それは本来の1%にも満たない力……それでも、彼は抵抗の意思を手に入れた。

 

 ――カイコを、守る。

 

 その誓いが、影宮エイトに諦めることを許さない。

 全身に纏わり付く黒、指一本動かせない闇の中で、何度も思考を空白に戻して来る頭痛を与えられながら……それでも影宮エイトは藻掻き、抗う。

 

「(痛い、痛い……嗚呼、そうだ。痛いってことは、傷があるってことだ。こんなにも痛いのだから、代償としては充分だろ――)」

 

 痛いということは異能の代償になり。

 指一本動かせずとも武器は生み出せ。

 全身に纏わりつくものが何だろうと、武器さえあれば切り裂ける――!

 

兌瘴、暗器(ダーク、メイカー)

 

 瞬間、暗い水底に影色が閃き。

 

 

 斬!!

 一刀、瘴気を内から断つ。

 ぶしゅう、と『魔塵』の肉体が内側から刃によって切り裂かれ。

 断たれた瘴気の肉塊の間から、黒髪の青年が顔を出す。

 

「――エイト!!」

「カイ、コ……」

 

 自分の叫びに応えようやく帰って来てくれた愛しき人を前に――カイコの目尻に涙が滲む。

 そんな彼女を前に、未だ魔塵の肉体に胸から下を埋めたまま、荒く息を吐く影宮エイトは。

 再会したカイコへ強く願った。

 目で、声で、心で……どれを通しても伝わるよう、強く。

 

 ――(エイト)を、殺せ。

 

「え――」

 

 ――世界から、音が消えた。

 耳鳴りがして目が眩む。どくん、どくんと自分の心臓の音だけが五月蠅い。

 どうか自分の聞き間違いで、思い違いであってくれ。

 そんな願いも虚しく、再び影宮エイトの声だけがカイコの耳に届く。

 

「俺を殺せ、カイコ。俺がまだ俺であるうちに」

 

 それは。

 復活した精神的つながりを辿らずとも理解できる本気の言葉で。

 

「俺には分かる、今は一時的に退けてるだけで、この状況もそう持たない。また意識が乗っ取られる。そうすれば、ソレはもう俺じゃない。何をするか分からない」

 

 影宮エイトは懇願する。

 己の右眼で「人を殺せ」と叫ぶものが、すぐにこの肉体を支配し直すと理解して。

 己がもう死人同然であることを、魔塵へと変じてしまったと理解して。

 

「今しかないんだ。俺は誰も殺したくない――おまえを殺したく、ない。そうなるくらいなら、」

 

 自らの手で、死を選ぶ。

 だが……今の影宮エイトには、自害の為の力すらない。それは先の、己を覆う瘴気を退ける為の一撃で使い果たした。

 だというのに退けた瘴気は力を取り戻し、未だ力の入らない影宮エイトの隻腕を絡めとって再び己の体内へと引きずり込む。胸も、肩も、徐々に瘴気の肉塊の中へ沈んでいく。

 

「ぐ、マズい、もう持たない……ッ。俺を殺せカイコ、早く――」

 

 焦りと共に、影宮エイトはカイコへ叫び。

 

 ふるふる、と。

 弱弱しく首を横に振る、小さな子供の泣き顔を見た。

 

「カイコ――」

 

 ことここに至って。初めて影宮エイトは、己が突き付けた嘆願の非情さを理解した。

 

 例え、どんな理由があろうとも。

 誰よりも孤独を知る幼子は、影宮エイトという幸福に刃を突き立てるということなどできない。

 

「(でも、このままじゃおまえは俺じゃなくなった俺に――)」

 

 殺される。あるいはその方が、カイコにとってはいくらか幸せな結末なのかもしれない。

 ここに、余命幾ばくも無い親代わりの青年は、最後の岐路に立たされた。

 

 「カイコを守る」――真に守るべきは、彼女の『心』か、それとも『命』か。

 

 手の上に乗った蚕蛾を。

 自らの指に縋り付いて来る小さな命を。

 我知らずくしゃりと握り潰してしまうか、そうなる前に野に放つか……その、二択。

 

 人生最後の選択肢。

 けれど、すぐに答えは出た……考えるまでもなく、影宮エイトが出せる答えはひとつだけだった。

 だから問題は、それを実行する手段だけ。

 

「(カイコを、守る)」

 

 だが、それがどのような意味であれ、このままでは叶わない。

 誓いを果たす為に必要なのは思考――固まった決意が力となり、走馬灯よりも早く記憶を巡らせる。突破口を探して脳内で閃く。

 そうだ、おまえは。

 

「……ッ」

 

 歯噛みする。

 これを言うのは余りに残酷だ。こんな手段しか取れない自分に最期まで嫌気が差す。

 それでも――『最悪』よりはマシなはずだ。

 

 ずぶり、と体がまた少し瘴気に沈む。残された時間はほとんどない。

 意を決し――すぅ、と息を吸い込み。

 影宮エイトは、叫ぶ。

 

「――俺の命令が聞けないのか、カイコ!!」

 

 それは。

 あらん限りの力で放たれた、まごうことなき怒号だった。

 カイコが初めて聞く、影宮エイトの放つ怒声。

 静かな夜に唐突に吹き荒れた冷たい嵐のような、不意の大声。

 

 怒鳴りつけられたことなど初めてで――びくり、カイコの体が震える。余りの衝撃に涙が止まり、嗚咽していた喉が張り付く。

 そんなカイコに、再び怒鳴り声が叩き付けられる。

 

「人の役に立つんじゃなかったのか!? あの日の言葉は嘘だったのか!!」

「あ、う」

 

 カイコは。

 影宮エイトの役に立ちたいと言った。

 桃太郎(ヒーロー)ではなく、その(おとも)に憧れていた。

 だから。

 

「おまえはもう役立たずの『ノラ』じゃないだろう! 拾ったのが、育てたのが、俺の最期が! 『カイコ(おまえ)で良かった』って俺に思わせろ、カイコ――!!」

 

 心臓を握り潰すような強い言葉が。

 逆らうことを許さない主従関係が。

 流れ込んでくる強烈な『命令』が。

 遂に、追い詰められたカイコの背を押した。

 

「う、わあああああああああああああ――!!」

 

 飼われた子供は獣のように。

 絶叫し、獲物に向かって跳躍し。

 限界を迎え破裂した自我は、流れ込んでくる『命令』を再現するだけの機械となる。

 そして。

 

 孤狼殉倶(アローンウルフ)模倣(もほう)月景真打(つきかげしんうち)……っ!!

 

 闇、一閃。

 カイコへ与えられた命令通りに、影宮エイトの首へ刃が吸い込まれ。

 皮膚が、頸動脈が、脊椎が、見事一刀の下に切断され。

 体から切り離された頭が、落ちる。

 

 それは、雫が堪えきれず垂れるように/世界の終わりを告げる隕石のように――。

 

 重力に引かれ落ちる首は、最期に小さく微笑んだ。

 

「……それで、いい――」

 

 嗚呼。こんなこと思う資格、俺には無いのかもしれないけど。

 それでも。例え許されずとも。

 ありがとう――あの日あの時出会えたのが、カイコ(おまえ)で本当に良かったよ。

 

 ――どちゃ、と影宮エイトの生首が地面に転がり。

 その絶命に連鎖してか、纏わりついていた大量の瘴気が霧散し、体もそのまま糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。

 

 

 そして、路地に静寂が満ちる。耳が痛いくらいの静寂が。

 ここにはもう、誰も居ない。

 否、1人だけ。獣か人かも判然としない子供が独り、広がる血の海に立ち尽くす――。

 

 路地には1人。カイコが1人。

 後は死体がひとつだけ。転がる生首ひとつだけ。

 

「あ」

 

 それは。唐突にカイコの喉から零れた音は、最早言葉ですら無かった。

 脳は機能していなかった。体の自由は利かなかった。

 もしも正常に思考してしまえば、その瞬間壊れてしまうから。

 もしも体を思うまま動かせたなら、自分の体を壊しただろうから。

 だから、カイコの全身を支配した防衛本能は、ただ己の体を抱きしめさせた。

 

「ああ、あ」

 

 膝が落ちる。ぐるんぐるんと世界が回っていて、とても立ってなんて居られない。

 冷たくて寒くて苦しくて、ぎゅうと己の体を搔き抱いた。なのに何にも変わらない。

 ざらざらした地面が気持ち悪い。ぬるい吐瀉物が気持ち悪い。生きているのが、気持ち悪い。

 体の中に空気があるのすら気持ち悪くて、空っぽになりたい一心でただひたすらに声を吐く。

 

「ああぁあ、ぁあ、ああああぁぁあぁぁ――!!」

 

 それは人間の嗚咽でも、まして獣の慟哭ですらなく。

 空洞音にも似た無意味な絶叫が、虚しい鎮魂歌となって響き続ける。

 

 

 人肌の熱で微睡むような、蛹の中で夢見るような、優しい夜の世界は終わり。

 蚕蛾は今、冷たくなった飼い主の手から独り野良へと放たれた。

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