【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
<14> epilogue or ...
「――うん、実際驚いたんだよ?」
東凶湾スラム、廃墟にて。
死骸めいて薄暗い室内に、女の呟く声が木霊した。
灰色のヴェールの奥から鳴る声は、若く澄んでいるのにどこか御伽噺の悪い魔女を思わせる、そんな不吉な美しさを孕んだ声だった。
そんな声が向けられる先。
頭からぼろの外套をすっぽりと覆った人物が、女に背を向けて立っている。
女の来訪は予想外のことだったろうに、その人物は慌てて振り向くこともなく、最初の姿勢のまま動きを見せない。何らかの声を漏らすことも、感情を覗かせることもない。
なんだか昆虫じみているな、という感想をヴェールの中に留めつつ、夜会から抜け出してきたような姿の女は言葉を続けた。
「あの赤ずきんちゃんもとい、可愛い狼ちゃんのこと。君があの子を捨てるとは思わなかったなぁ。君はそんな人間には見えなかった。だって本当は、あの子を使って君を手に入れようと思っていたんだから」
女にとって、それは数少ない計算外の出来事であった。
東凶湾スラムの片隅で暮らしていた、捨て犬めいた少女とそれを拾った流れ者の青年のこと。
少女は幼いながらも真っ直ぐに少年を慕っていた。
青年はそんな少女のために、街を支配する極道の頭さえ撃破してみせた。
だからこそ、折を見て少女を上手く使えば青年を手駒にできるだろう、と彼女は密かに考えていたのに。
何があったか知らないが、ある日青年は姿を消した。
少女が泣こうが叫ぼうが、青年は戻ってこなかった。
そして。
消えたハズの青年は、今、女の眼前に。
廃墟に溶け込む外套の背に、女――『灰かぶり』は上辺だけの微笑で問う。
「――それで。
外套の彼がゆらりと振り向く。
黒い瞳に黒い髪、そして死体じみて白い肌。潰れた右目に
そして――首に一閃したような、真黒に染まった大きな傷痕。
いや、あるいは偶々そう見えただけかもしれない。
それくらい生気のない、無限の奈落みたいな瞳だった。
ああ、それもやはり死人のようで。何も見ぬ、何も映さぬ、死体の死んだ目のようで。
そんな死人の口が、開く。
「……あ、あー」
「?」
「あ――ああ。オレは、
それは余りに不気味な発音で……ともすれば単なる音の羅列が偶然日本語に聴こえただけのような、そんな錯覚を抱かせる声だった。
聴いた女が常人ならば、それこそ死体が喋ったとまで思わされ、気後れなどを覚えたかもしれない。
けれども灰かぶりの見せた反応は、うーんと指をその
「(なんだろう、コレ。異能による変装、って感じじゃないよねえ)」
影宮エイト――ああ、その姿は正しく影宮エイトそのものだ、と。彼と既知である灰かぶりは理解する。首に傷痕こそ増えているものの、これほど精巧な偽物はそれこそ異能でしか作り得ぬだろう。
いや、首の傷を見るに、あるいは……影宮エイトの生首を、見知らぬ死体に縫い付けたような。
「(……それもないかなぁ。隻腕はともかく、袖から覗く腕も彼本人のものだし。じゃあなんだろうあの傷……一度斬首して別れた胴を、もう一度繋ぎ直した、とか?)」
ヴェールの外には一切漏れぬ女の思考。
それを遮る声を出せるのは、今この場にはひとりしか居ない。
「お、レに――オレに何か、用?」
「まあそうなんだけど……」
……急に言葉が流暢になった。
その瀑布めいた前後の落差が、余計に
灰かぶりは首を傾げた人影に何を言ったものかと迷い、
その姿は、刹那で背後に。
「――ねえ、影宮エイトくん。私のコト、ちゃんと憶えてる?」
ふわり、後ろから抱きしめるようにその首に
過程を微塵も捉えさせぬ瞬間移動。女の香りと共に相手を襲う死の直感。
灰かぶりの、いつもの悪戯。
相手を驚かせるための『異能』による襲撃を受けて、彼は――。
――彼は、何の反応も見せなかった。
そして、何でもないように振り向いて。
「今思い出すよ……ああ、キミは『灰かぶり』、だ。星五級異能者。人間の敵、テロリストの首魁。そうだろう?」
本当に何の反応もない。反射で振り払おうともしないとか、そういう次元ですらない。
灰かぶりには分かる。この青年は驚愕どころか、この状況に些細な違和感すら覚えていない。
心底から「この状況は普通である」と判断したからこそ、問いに普通に返事をしたのだ。
その様に、体を離した灰かぶりは断言した。
「んー。やっぱ君、エイトくんじゃないでしょ」
「いいえ。オレは影宮エイト。災玉国防学園の2年生、星三級異能者」
「……」
帰ってくる返答は発語こそ滑らかなものの、やはり何かがズレている。
灰かぶりは再び元の位置に『瞬間移動』して、首を振ってヴェールを揺らした。
「なんだかなぁ。演技にしては雑過ぎだし。君、まるで人のココロが無いみたい」
「――」
がちん、と。
廃墟に硬質な音が響いた。
死骸めいた室内に熱を取り戻す、というには、余りに無機質で恐ろしい音。
それは、『影宮エイト』が黒刃を灰かぶりに突き出した音だった。
それは、灰かぶりが黒刃の切っ先を背中のヴェールで止めた音だった。
何の前兆も無い、異能による不意打ち。
けれど何の驚愕もないまま完璧に防御し振り向いて、予想通りと魔女は嗤う。
「ホント、無機質で無感情。まるで『魔塵』、みたいだね」
『影宮エイト』が首を傾げて、異能で生成した黒刃を見る。
それすら可愛げの欠片も無い、蟷螂を思わせる無機質さ。
そんな怪人に、けれど灰かぶりは微笑んだ。
「でもいいよ。せっかく台本の無い劇なんだから、こういうのも醍醐味というものだよね。ねえ君、私の
「キャスト?」
「『夜明けの団』に入らない? ってコトだよ。どう?」
すっ、と灰かぶりがドレスに飾られた腕を伸ばす。まるでダンスにでも誘うように。
ほっそりと優雅に伸びたそれは、虫を誘う蜜のような、抗い難い魔性の誘い。
あるいは真の魔性――魔塵すら屈してしまうほどの。
そんな誘いの腕に、『影宮エイト』は
がしり、と。
その手首を掴み、渾身の力で捻り上げた。
「!」
「……が」
そして、獣が噛み付くように。
ヴェールに触れる程迫った顔が、剥き出しの敵意で言葉を吐く。
「
「――」
ヴェールを挟んで、吐息が触れた。
瞳に宿った意志の炎は、顔を歪ませる表情は、誰がどう見ても本物で。
その熱を覚えていた女は、ほとんど無意識でその名を呼ぶ。
「ねえ、君――影宮エイトくん、だよね?」
「だったら……ッ、ぐ……!?」
ずきん、という音が外に漏れる程の苦痛に影宮エイトが表情を歪め。
灰かぶりを掴んでいた左手を離し右眼を押さえた。
ふらり、人影が数歩たたらを踏み。
踏み止まった青年は、女へ再び口を開く。
「……『灰かぶり』」
ああ、無機質な、声。無感情な瞳。
先の面影などまるでない『影宮エイト』は、瑕疵の無い流暢な日本語で、言う。
「『灰かぶり』。人間の敵。オレはオマエの仲間になるよ」
そして、無機質で無感情なその存在は。
死体の顔で、薄く薄く――ワラった。
「仲間。協力。友情。家族。互助。縁。愛。絆。ソレらを知りたかったんだ、ちょうど」
「うふ」
ふふふ、と童女めいた笑声がヴェールを揺らす。
されど、笑声は抑えきれず哄笑へ。
あははと肩を震わせて笑い、灰かぶりは心底からの言葉を溢した。
「いいね君、最っ高……!」
ヴェールの奥、瞳が爛々と『彼』を見る。
――人を操るのが好きだ。動かす規模は大きければ大きいほど興奮する。
けれど、人形遊びに興味はない。
絶対に自分の思い通りになるものを動かしてもつまらない。
「どうなるか分からない」……だからこそ、思い通りに動いたときに気持ちいい。
それのみが、国内最悪の異能テロリスト『灰かぶり』の行動理念。
そうやって国をさんざん引っ掻き回して来た彼女は、出会ってしまった。
特大の爆弾。
どう動くかまるで分からない
「(ああ、
あの、初めて人を動かした
『彼等』ならば自分の魂を、更なる未知の快楽で蕩かせてくれるかもしれない――。
その昂ぶりを、ヴェールですら隠しきれぬまま。
くるりと踊るように背を向けて、彼女は暗い廃墟の外へと。
「それじゃ、最高の君が踊るに相応しい、最上の舞台にご案内しよう」
「最上の舞台?」
「ああ」
頷くそれさえ演劇の一幕めいて。
ちらりヴェールの隙間から、硝子玉じみた碧眼が覗く。
「
そうして、灰を被った魔女は言った。
踊るように。歌うように。御伽噺の悪い魔女が、童女を
呪いのように、女は
――
次なる敵はかつての仲間。
無敵を謳われた白黒の死神は、今、絶死の呪いに囚われた。
ありがたいことに続きを望む声があったので久しぶりに書きました。
が、なにせかなり前の作品ゆえ、正直至らぬ点ばかり目についてしまって……このまま続きを書くか一旦加筆修正などをするか迷っております。例の「≡」含め他にも書きたいものがあるので両方というのも選び難く。勝手なのは重々承知ですが、どうか参考となる意見を下さると嬉しいです。