【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
とは言え不評過ぎたらまた変えようかなあ、なんて。
何かとブレブレの作者が書く本作ですが、どうか応援頂ければ幸いです。
「7番」
最初の名前はそれだった。
命令されるとき一緒に呼ばれるその数字が、わたしに与えられる唯一のものだった。
声は鞭でも打つようで、温もりなんてなかったけれど。
もう一度わたしを呼んで欲しくて、言われた通りにし続けた。
――地獄の門を、この手で開けて――。
「「
次の名前はそれだった。
音の数こそ増えたけれど、名を呼ぶ声には恐怖と嫌悪だけがあって。
皆わたしを否定していて、どこかへ消えろと思っているのが分かったから。
ここに居ることを許して欲しくて、でもどうすればいいのかも分からなくて、言われたことをひたすらこなした。
――地獄の門を、再び開けて――。
「ナナ子」
その名は突然与えられた。
冷たく低くぶっきらぼうで、それでもどこか柔らかい声。
触れた手のひらから伝わる、この胸を満たすような温もり。
その声で名前を呼ばれるたび、わたしにも心臓があることを思い出した。
――地獄の門の、ことさえ忘れて――。
「ナナちゃん」「ナナ」「どうした? ナナ子」
そして、わたしは。
ふんわりした声。綺麗な声。心臓の場所を教えてくれる、声。
初めて膝の上に乗せてもらった。初めて食べ物を口まで運んでもらった。初めて、カタチある
そこに命令はなく。支配はなく。嫌悪も敵意もどこにもなくて。
生まれて初めて、優しいだけの場所を知った。
――地獄の門よ、わたしを忘れて――。
『――ナナ子』
ああ、あの声が聞こえる。
わたしを求めてくれる声。ここに居ていいよと笑う声。
あなたに呼んでもらえるから、わたしはわたしを許される。
けれど、どうしてだろう。
わたしに触れるその手のひらが、ちっともわたしを温めないのは。
わたしが持っていた心臓が、冷たい泥に沈んで返ってこないのは――。
ぐわん、と船が一層揺れて、それでわたしは目を覚ました。
とはいえわたしの目はもう、開いていようが閉じていようが何の光も映さない。
そういう意味では、わたしにとって起きている時と眠っている時の境は酷く曖昧だ。
今自分が居るのがが夢か現か。
それが分からなくなることも、そう珍しいことではない。
違いと言えば、そう。
『ナナ子。起きたか』
『かげみや』だけは見えるのだ。
闇に閉ざされた世界の中、ただひとり色を持つ彼の存在だけが、わたしにとっての現実の証明だった。
嗚呼、あるいは。
私にとってはもう、現実にも悪夢にも変わりはないのかも、なんて――。
『こら、ぼーっとしてちゃ駄目だろ。もうすぐ目的地だぞ、ナナ子』
「う、うん……」
『かげみや』に言われて、わたしは今の状況を思い出した。
今回の命令は、東凶湾スラムに居る星五級賞金首2人の排除。
相手が星五級というのは稀なことだが、それについては別段思う所もない。
むしろ気になるのは、これから向かう場所についてだ。
「にん、む……また、あのばしょ、へ」
東凶湾スラム。
そこで出会った『標的』のひとりを思い出す。
わたしが取り逃がした唯一の標的。姿は見えなかったけど、きっと綺麗で怖い女のひと。
その声を思い出すだけで、わたしの内臓がざわりと騒ぐ。
「あの、ひとは……」
影宮エイトを知っていた。
それがどういう意味を持つのか……全く見当がつかないからこそ、わたしの中で蟲が鳴く。
きぃきぃ、ざわざわ、蟲が蠢く。
それがどういう
『――余計なことは考えなくていい』
「かげ、みや」
『頼りにしてるんだぜ、ナナ子。今回も俺の為に、敵を全員殺してくれよ?』
ああ、また『かげみや』が助けてくれた。
わたしの中から
よかった。うれしい。
これでまた、わたしはわたしで在れる。
わたしが居ることを許してもらえる。
「うん……がんば、る。だから……うまくできたら、ほめて、ね?」
わたしがそう
うれしい。うれしいな。
……あれ、『お願い』?
何故だろう、その言葉が胸に引っかかった。かつて心臓が鳴っていた辺りで、死にかけの何かが微かに存在を主張している気がする。
その正体を覚えている気もするけれど……ううん、きっと何でもない。何にも居ないに決まってる。
だって、わたしがすることはいつだってひとつ。
わたしはそのたったひとつの為に
さあ、地獄の門を開きましょう。
罪に裁きを下しましょう。
穢れたる血を掻き抱いて。
その温もりで眠りましょう。
あなたは天使、正義の徒。
罪人の血を浴びてこそ、神はあなたを赦される。
【記録 2035/12/24】
違法薬物『ミアズマ』による異能犯罪、全国で頻発。
国防省はこれを星五級の国家緊急事態と認定、元凶と見られる『六道アクジ』を星五級賞金首に指定。
本学園は同人物及び、協力関係と見られる星五級賞金首『灰かぶり』の確保あるいは排除のため、東凶湾スラムへの武力介入作戦を立案、実行を決定する。
以下、作戦参加特記戦力者。
星五級異能者、
星五級異能者、
…………
……
【2035/12/31 追加記述】
漆門寺ナナ、死亡。