【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

39 / 60
改めて続きを書くということで、適当すぎた本作のタイトルを変更しました。
とは言え不評過ぎたらまた変えようかなあ、なんて。
何かとブレブレの作者が書く本作ですが、どうか応援頂ければ幸いです。


<0> prequel

「7番」

 

 最初の名前はそれだった。

 命令されるとき一緒に呼ばれるその数字が、わたしに与えられる唯一のものだった。

 声は鞭でも打つようで、温もりなんてなかったけれど。

 もう一度わたしを呼んで欲しくて、言われた通りにし続けた。

 

 ――地獄の門を、この手で開けて――。

 

 

「「漆門寺(しちもんじ)ナナ」」

 

 次の名前はそれだった。

 音の数こそ増えたけれど、名を呼ぶ声には恐怖と嫌悪だけがあって。

 皆わたしを否定していて、どこかへ消えろと思っているのが分かったから。

 ここに居ることを許して欲しくて、でもどうすればいいのかも分からなくて、言われたことをひたすらこなした。

 

 ――地獄の門を、再び開けて――。

 

 

「ナナ子」

 

 その名は突然与えられた。

 冷たく低くぶっきらぼうで、それでもどこか柔らかい声。

 触れた手のひらから伝わる、この胸を満たすような温もり。

 その声で名前を呼ばれるたび、わたしにも心臓があることを思い出した。

 

 ――地獄の門の、ことさえ忘れて――。

 

 

「ナナちゃん」「ナナ」「どうした? ナナ子」

 

 そして、わたしは。

 ふんわりした声。綺麗な声。心臓の場所を教えてくれる、声。

 初めて膝の上に乗せてもらった。初めて食べ物を口まで運んでもらった。初めて、カタチある(プレゼント)ももらった。

 そこに命令はなく。支配はなく。嫌悪も敵意もどこにもなくて。

 生まれて初めて、優しいだけの場所を知った。

 

 ――地獄の門よ、わたしを忘れて――。

 

 

『――ナナ子』

 

 ああ、あの声が聞こえる。

 わたしを求めてくれる声。ここに居ていいよと笑う声。

 あなたに呼んでもらえるから、わたしはわたしを許される。

 けれど、どうしてだろう。

 わたしに触れるその手のひらが、ちっともわたしを温めないのは。

 わたしが持っていた心臓が、冷たい泥に沈んで返ってこないのは――。

 

 

 

 

 ぐわん、と船が一層揺れて、それでわたしは目を覚ました。

 とはいえわたしの目はもう、開いていようが閉じていようが何の光も映さない。

 そういう意味では、わたしにとって起きている時と眠っている時の境は酷く曖昧だ。

 今自分が居るのがが夢か現か。

 それが分からなくなることも、そう珍しいことではない。

 違いと言えば、そう。

 

『ナナ子。起きたか』

 

 『かげみや』だけは見えるのだ。

 闇に閉ざされた世界の中、ただひとり色を持つ彼の存在だけが、わたしにとっての現実の証明だった。

 嗚呼、あるいは。

 私にとってはもう、現実にも悪夢にも変わりはないのかも、なんて――。

 

『こら、ぼーっとしてちゃ駄目だろ。もうすぐ目的地だぞ、ナナ子』

「う、うん……」

 

 『かげみや』に言われて、わたしは今の状況を思い出した。

 今回の命令は、東凶湾スラムに居る星五級賞金首2人の排除。

 相手が星五級というのは稀なことだが、それについては別段思う所もない。

 むしろ気になるのは、これから向かう場所についてだ。

 

「にん、む……また、あのばしょ、へ」

 

 東凶湾スラム。

 そこで出会った『標的』のひとりを思い出す。

 わたしが取り逃がした唯一の標的。姿は見えなかったけど、きっと綺麗で怖い女のひと。

 その声を思い出すだけで、わたしの内臓がざわりと騒ぐ。

 

「あの、ひとは……」

 

 影宮エイトを知っていた。

 それがどういう意味を持つのか……全く見当がつかないからこそ、わたしの中で蟲が鳴く。

 きぃきぃ、ざわざわ、蟲が蠢く。

 それがどういう感情(こと)なのか、考えるほど腑を這う蟲の数は増えてしまって。

 

『――余計なことは考えなくていい』

「かげ、みや」

『頼りにしてるんだぜ、ナナ子。今回も俺の為に、敵を全員殺してくれよ?』

 

 ああ、また『かげみや』が助けてくれた。

 わたしの中から()()()()()を追い出してくれた。

 よかった。うれしい。

 これでまた、わたしはわたしで在れる。

 わたしが居ることを許してもらえる。

 

「うん……がんば、る。だから……うまくできたら、ほめて、ね?」

 

 わたしがそう()()()したら、『かげみや』は笑って頷いてくれた。

 うれしい。うれしいな。

 

 ……あれ、『お願い』?

 何故だろう、その言葉が胸に引っかかった。かつて心臓が鳴っていた辺りで、死にかけの何かが微かに存在を主張している気がする。

 その正体を覚えている気もするけれど……ううん、きっと何でもない。何にも居ないに決まってる。

 

 だって、わたしがすることはいつだってひとつ。

 わたしはそのたったひとつの為に生まれ(つくられ)、その為だけに()だ存在を許されているのだから――。

 

 

 

 さあ、地獄の門を開きましょう。

 罪に裁きを下しましょう。

 穢れたる血を掻き抱いて。

 その温もりで眠りましょう。

 

 あなたは天使、正義の徒。

 罪人の血を浴びてこそ、神はあなたを赦される。

 

 

 

 

 

 

 

 

【記録 2035/12/24】

 

 違法薬物『ミアズマ』による異能犯罪、全国で頻発。

 国防省はこれを星五級の国家緊急事態と認定、元凶と見られる『六道アクジ』を星五級賞金首に指定。

 本学園は同人物及び、協力関係と見られる星五級賞金首『灰かぶり』の確保あるいは排除のため、東凶湾スラムへの武力介入作戦を立案、実行を決定する。

 

 以下、作戦参加特記戦力者。

 星五級異能者、九々等(くくら)ヤイチ(高等部2年)。

 星五級異能者、漆門寺(しちもんじ)ナナ(中等部1年)。

 

 …………

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

【2035/12/31 追加記述】

 

 

 漆門寺ナナ、死亡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。