【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<1> 漆門寺ナナ / Tragedy Begins

 旧都、東凶湾スラム・船街にて。

 

 どさり、甲板に拘束された黒服――元指定暴力団『六道會』の構成員の男が転がる。

 それを足蹴にしつつ、災玉国防学園の制服を着た男子生徒は呟いた。

 

「ふぅ。これで『船街』の制圧は完了、かな」

 

 長い金髪を頭の後ろでひとつに括った、変わった出で立ちの青年だった。血統書付きの家猫めいた整った顔立ちの上に、猛獣もかくやの強気な表情を貼り付けている。

 船街にて任務をこなすのは彼だけではない。男女問わず、あちらこちらで学園の制服を着た生徒たちが『六道會』構成員たちを制圧・拘束している。ただその中でも最も多くの黒服を制圧した者が、その金髪の男子生徒であった。

 

 

 2035年、12月24日。 

 災玉国防学園は『ミアズマ』による国内の混乱を迅速に解決するため、異能者(せいと)53名を東凶湾スラムに投入した。人間の賞金首に対してこの人数を動員するというのは、学園からしても過去類を見ない大規模な作戦である。

 そんな生徒たちの最初の仕事は、海上に浮かぶスラムの『船街』……特にミアズマ流通の元凶である『六道會』の所有する船を武力にて制圧、構成員を拘束することであった。

 

 その仕事に従事していた生徒のうちのひとりにして、この任務に投入された二名の星五級異能者のうちの片方……背で尾のように揺れる長い金髪が特徴的な男子生徒は、傍に居た現場責任者の方を振り向いた。

 

「それで、言われた通り船街は押さえたけど……船街(こっち)六道(りくどう)アクジは居なかったし、こっからどうすんだ()()()漆門寺(しちもんじ)は機動力がないんだし、まずオレがひとっ飛び、『港町』の方を探してこようか?」

「……九々等(くくら)ヤイチ。アナタは別命あるまでここで待機。作戦会議を聞いてなかったの? ええ、聞いてなかったんでしょうけれど」

 

 学園最強、九々等(くくら)ヤイチ。

 星五級の中でも屈指の強さと、座学ダメダメの残念な()()()を持つ高等部3年生の男子生徒を……星四級異能者にして生徒会副会長にして現場責任者の高等部2年、双咲(そうざき)アリサはじろりと睨み付けた。ただでさえ目つきが鋭いのに、目の下の濃い(くま)のせいで迫力が五割増しになっている。

 そんな、中等部の生徒辺りなら泣き出しそうな非難の目にもまるで怯まず、ヤイチは自らの手で拘束した黒いスーツのヤクザを小突く。

 

「でも、こんな堂々と船で港に入って来て、構成員を片っ端から制圧してさあ。もう誰が来てるかとか相手にバレてるだろ、コレ。漆門寺(しちもんじ)にビビッて相手が逃げたらどうすんだ? 六道(りくどう)アクジってのを捕まえなきゃ、『ミアズマ』の流通は止められないんだろ?」

 

 漆門寺ナナは犯罪者に対して無敵で有名だ。彼女が追手だと知れば、たいていの犯罪者は勝負を諦め逃走するだろう。

 それはつまり標的を取り逃がす――任務失敗に繋がるのでは、というヤイチに対し、アリサはやれやれと首を振った。

 

「そこが間違いなのよ。私達学園側がこの港を押さえた時点で、相手の逃げ道はもうどこにもないんだから」

「?」

「東凶湾スラムの立地を考えなさい。内陸に逃げようが、旧23区は知っての通り人間が生きれる環境じゃないわ。例え突破できたとしても、今度は国防三校の守りに引っかかる。これを抜けるのは例え星五級異能者でも不可能よ」

 

 アリサは言って、船上からスラムの内陸を指した。

 

 東凶湾スラムはその名の通り、魔塵が攻めて来ない海沿い……つまり東凶湾に面した街だ。

 つまり、アリサたちの現在地から内陸側に進んだ先にあるのは『港町』、更に先には旧都23区……そしてその先の先には、旧都を包囲するように建てられた国防三校。その城壁めいて高い壁と数多の異能者による守りは、この10年間一度も破られていない正に鉄壁。例え星五級賞金首だろうが、たったふたりでは正面から挑もうと突破は不可能だろう。

 だから六道アクジ、ひいては『灰かぶり』は、内陸に逃げ込むことはできない。

 

「そして唯一の逃げ道、海へ出る港は私たちが押さえている。ここなら出入りする船は見逃さないし、不審な船は私含めた遠距離系異能で積み荷ごと海の藻屑にできる。この時点で私たちの、『ミアズマの流通を止める』という作戦はほぼ成功しているのよ……要するに、後はすぐ終わるか長引くかの違いだけ」

 

 こつん、とアリサが甲板を靴で叩く。

 先の通り、行き止まりの内陸に逃げることはできない。同様に内陸側から『ミアズマ』を運ぶルートはない。

 つまり、東凶湾スラムで作られた『ミアズマ』は全て、海路にてスラムの外へ運ばれている筈。

 だがその海路……その入り口たる港と船街は、既に学園側が押さえた。出入りする船は全て検閲できるし、不審な船なら異能で沈めてしまえばいい。これで『ミアズマ』をスラムの外へ流通させることは実質不可能となったわけだ……学園の生徒たちを排除し、港を取り戻さない限りは。

 

 だが、敵は港を取り返しには来ないだろう、と双咲アリサは考える。

 何故なら港には抑止力として、九々等ヤイチ・漆門寺ナナ両名をこれ見よがしに常駐させるからだ。裏の世界で名が通った、対人最強クラスの星五級異能者が二名……これでは敵も迂闊に手は出せまいという算段だ。

 

「つまり、アンタたち星五級は制圧した船の積み荷を検めつつここで待機。動いていいのは、斥候によって(ターゲット)の位置を確認した後だけ。理解した?」

 

 そうやって作戦を説明すれば……ヤイチは既に明後日の方を向いていた。

 コイツ話聞いてんのか思い切り怒鳴りつけてやろうか、とアリサは拳を握りしめたが。

 その前に、実はちゃんと話を聞いていたヤイチが呑気な声を上げる。

 

「説明サンキュ。で、それは分かったけど」

「ケド?」

「相手が先に攻めてきたらどうすんだ? ホラ」

 

 ヤイチが指さす先――港の波止場にて。

 見れば……個性のない黒いスーツで固めた手下たちを背後に引き連れ、その男が堂々と姿を現す所だった。

 

「――雁首揃えてご苦労なこったなァ、学生(ガキ)共。悪ィが、手前(テメエ)等にやる分の(ヤク)はねェ。さっさと消えるか、死んでくれ」

 

 一部だけ色が付いた黒髪、スーツの上から和服を羽織った格好や端正な顔立ちよりも目を引くのは、眼鏡(サングラス)の奥の三色の目。

 藍蒼翠の双眸を忌々し気に細めた男は、煙管(キセル)で吸った紫煙を苛立ちと共に(くゆ)らせる。

 その特徴的な容姿を前に、誰ともなくその名を叫ぶ。

 

「わお、アイツって作戦会議で見た……」

六道(りくどう)、アクジ――!」

 

 ――『六道會』若頭にして星五級賞金首、六道(りくどう)アクジ。

 学園側の今回の目標である男は、アリサの予想外にも港を取り戻す為か、自らその姿を現した。三色の瞳がアリサを、慄く生徒たちをじろりと睨む。

 

「チッ、よりにもよって災玉(さいたま)の方か。その制服には良い思い出が無いんでなァ……」

 

 余りにも堂々とした登場に、生徒たちが呆気にとられる中。

 彼は動く。

 手にした漆黒の球体を、何の気なしに宙に放って。

 

「さっさと消えて貰おうか。天拿(あまつかみ)流転(るてん)

 

 瞬間、黒い球体はぐわんと膨張した。

 否、それは色のついた気体をまき散らしているのだ。

 そうして生まれた自然現象ならぬ黒い霧――高濃度の瘴気が、アリサたち学園側が制圧した船街を包み込む。

 これは。

 

「瘴気の、煙幕――!?」

 

 それは六道アクジが予め用意していた、瘴気を固体にし圧縮して固めた特殊な塊。

 『ミアズマ』の原料でもあるそれは、異能の解除によって再び気体に戻り、周囲に濃度の高い瘴気をまき散らす即席の発煙手榴弾(スモークグレネード)として機能していた。

 黒い霧に覆われた視界の中。

 アリサとヤイチは確かに聴いた。身構えた自分たちを嘲笑うように、背後……海しかないハズの方角から放たれた声を。

 

地獄(じごく)波止間(はどま)

 

 煙幕の中。

 その男は既に船を飛び越え、全員の目を盗み()()()()()していた。

 ちゃぷり、そのまま靴の爪先だけをほんの僅か水面に沈め。

 星五級の賞金首は、何の気負いもないままに言う。

 

「そんなに欲しかったなら船はやらァ。せいぜい三途の川渡りにでも使いやがれ――畜生霊激(ちくしょうれいげき)(さい)河原(かわら)

 

 そうして六道アクジの異能が、爪先で触れた海に対して発動され――。

 

 ――大爆発。

 

 海、空へ牙を剥く。

 瞬く間に立ち昇った白い爆風は、轟音と共に船街と港とを蹂躙した。

 

 爆発したのは、海そのもの。

 海面から上方向へと荒れ狂ったエネルギーが周囲の船の船底を砕き、その船体を傾け吹き飛ばし、乗っていたものを海へ陸へと容赦なく投げ出す。

 濛々と天を衝く水煙が思わせるのは火山の噴火。それは雲にも届かんばかりに伸び、東凶湾スラムの誰もが何事かと東の空を見る。

 

 天変地異めいたその爆発の正体とは、異能によって引き起こされた『水蒸気爆発』。

 液体である水は気体である水蒸気に変化すると、体積が約1700倍にもなる。つまり大量の水が一瞬で水蒸気に変化すれば、火山の噴火さえ引き起こす大爆発が発生するのだ。

 今回、六道アクジが水蒸気へと強制変化させた水の量は約10万リットル。発生した爆発の威力はTNT爆薬10万t(トン)分にも匹敵する。

 これにより、東凶湾スラムの港に停泊していた船――即ち学園側が制圧したほとんどの船は壊滅的な被害を受けた。

 

 異能、強制輪廻(サンフェーズサーラ)。触れた物質の三態――つまり気体・液体・固体という状態を、温度を無視して自由に変化させる。人以外の全てを強制的に輪廻させる、星五級の格に相応しい異能である。

 

 その異能による技のひとつ、地獄(じごく)波止間(はどま)によって固体化させた水……つまり凍り付いた海の上に立ち、六道アクジは瘴気を固めて作った傘を差す。

 ざあざあと降る豪雨(スコール)めいた水滴の群れは、爆発の余波で吹きあがった水が落下したもの。

 それを瘴気の唐傘で防ぎつつ、アクジは自らが生みだした惨状を眺め何でもないように呟く。

 

「さて。ここまでは段取り通りだが……チッ、あのクソ女は本当に信用できんだろうなァ?」

 

 陸の方から銃声が連続して響くのが聞こえる。

 それはアクジが連れてきた部下たちによる、学園生徒への銃撃音だ。当然『ミアズマ』を渡してある彼等は、水蒸気爆発から生き残った生徒を追撃する戦力としては充分だろう。

 

 10万リットルの水を瞬時に気体化させ、それを遥かに超える量の海水までもを固体化する、桁違いの異能出力。

 そして水蒸気爆発の指向性さえ完璧にコントロールする、卓越した異能の技量。

 その上で『ミアズマ』を開発・全国に流通させる明晰な頭脳と、部下が喜んで命を捧げる求心力をも持つ星五級賞金首の不安と嫌悪とは、敵である学園生徒ではなく協力関係たるテロリストの首魁に向けられていた。

 

 ――『灰かぶり』。

 ()()()()()()()()()()()()だが、果たして奴はどこまで本気なのだろうか。

 あるいは双方に利があると口では嘯きながら、あくまでこちらを裏切る腹積もりなのか……。

 

 そんなことを考えていた六道アクジに、不意に背後から声をかかる。

 

「――オイ」

「あァ?」

 

 振り向けば、そこに居たのはひとりの男子生徒。

 アクジと同じく凍った海の上に立つ彼は、振り向いたアクジへ噛み付くように問う。

 

「オマエが六道アクジ、だよな? さっきの爆発もオマエの仕業か?」

 

 ゆっくりと水煙が引いていき、相手の容姿が露わになる。

 その特徴的な姿は、異能犯罪者の間では漆門寺(しちもんじ)ナナの次に有名であった。

 

「尻尾みてェな金の長髪……災玉の星五級異能者、九々等(くくら)ヤイチか。で、だったらどうする?」

 

 星五級の異能者を間に、さしもの六道アクジも目を細め油断なく相手を睨む。

 そんな彼に対し、九々等ヤイチの行動(こたえ)はシンプルだった。

 

「ぶっ飛ばす――!」

 

 即ち、猪突猛進の先制攻撃。

 そうしてヤイチは氷の大地を蹴り、猛獣めいた動きで標的に襲い掛かる――その直前、水煙を割って新たな人物が戦場に割り込んできた。

 そして快活な声が響く。

 

「――ハイ、ここでクイズです! 我が国における海に面していない県、五つ答えよ!」

「はぁ!?」

 

 ずびし、と乱入者の少女に指先で指名されたヤイチは、突撃するタイミングを逃してずっこけた。そして咄嗟に出されたクイズに付き合ってしまう。

 

「海に面してない県~? ちょっと待てよ、えーとえーと、災玉(さいたま)病梨(やまなし)……東凶(とうきょう)、は当然違うよな。あー、えーっと――」

「残念、時間切れDEATH(デス)☆」

 

 少女の宣告と同時――突如としてヤイチの頭上が爆発し、爆炎がその全身を包み込んだ。

 

 異能、致死問答(ファイブボンバー)。問題を出し、制限時間以内に五つ答えられなかった場合、解答者の頭上で爆発が起こる。

 

 爆発の威力は問題の難易度に反比例するが、今回なら人間ひとり丸焦げにして余りある。

 そうして愚者を罰する爆炎が晴れ……中からちょっとだけ金髪の毛先を焦がした、ほぼ無傷のヤイチが現れた。

 

「ゲホッ、なんだよ一体――」

 

 自身を襲った突然の爆発に困惑を隠せないヤイチ。

 だが、彼には息つく暇も与えられない。

 何故ならその頭上、水煙を裂いて更なる刺客が登場したのだから――。

 

「グリム童話『狼と七ひきの子ヤギ』より剣を()つ――幻装錬創(エピソード)!」

 

 上空から現れた気難しそうな青年は、右手で開いた童話集から瘴気を纏った剣を生み出し、それを左手で振るって九々等ヤイチを斬りつけた。

 落下の勢いを乗せた斬撃は、如何なる理由かノーガードのヤイチに傷をつけることはできず。

 けれど――ずしんとヤイチの体が重くなり、彼はその場に膝を突く。

 

「うお、何だこりゃ……!」

「『狼と七匹の子山羊』にて……母山羊は狼の腹を切り裂き、子山羊の代わりに石を詰めた。故にその物語から創り出せし我が剣は、斬った者の肉体を立っていられぬほど重くするのである!」

 

 異能、幻装錬創(エピソード)

 有名な本を媒介として剣を創り出す。生成した剣は本の内容に沿った特殊能力を持つ。

 

 瓶底眼鏡をかけた小柄な少女。 

 波打つ黒髪が特徴的な、気難しそうな青年。

 

 彼等は本来、六道アクジの部下ではない……彼等は協力者灰かぶりの部下、即ち『夜明けの団』に所属する異能者。

 そんな彼等が助太刀として現れたことに、六道アクジは鼻を鳴らした。

 

「……フン。どうやらあのクソ女、一応は筋を通したようだなァ」

「む、これは聞き逃せない故に問おう。クソ女、というのは我等『夜明けの団』のリーダーのことか? ならばそれは暴言、故に――」

 

 『夜明けの団』の青年が、アクジの暴言に食って掛かる……その瞬間。

 ぼごん! という音と共に奔った金色の砲弾が、『夜明けの団』の青年に襲い掛かった。

 

「!」

 

 咄嗟に身を躱す青年――だが完全には避けきれず、右手の本を取り落としてしまう。するとその左手に握られていた剣も、空気に溶けるように消滅した。

 青年は自らを攻撃した下手人の方へ首を向ける。即ち、飛び蹴りの姿勢で空中を滑る九々等ヤイチの方へ。

 

「なァるほど。本を手放せば剣と効果が消えるのか、良い事知ったぜ」

 

 たん、と軽やかに着地するヤイチ。

 そんな彼の動きと……そして先程まで彼が居た場所に残る、凄まじい力の反動でクレーターめいて凹んだ氷の大地の姿に対し、『夜明けの団』の2人は戦慄した。

 

「な、何故(なにゆえ)あの加重で素早く動けた……! 文字通り、絶対に『上手く歩けない』重量であった筈なのに……!」

「開幕致死問答(ファイブボンバー)も余裕で耐えられちゃいましたしねぇ。さすが星五級と言った所ですか……アレ、コレちょっとマズいのでは?」

 

 慄く青年は星四級、少女は星三級の異能者。

 そんな彼等にとって、星五級のヤイチは正に別格と言える。それは彼等も理解していた。

 だが、知識と経験は違う。完璧に決まったはずの自らの異能がこうも容易く無効化されれば、自らの異能に自信を持つ者ほど動揺するのは避けられない。

 

 そんな2人を尻目に、けれど全く動じていない者が居た。

 

「ハッ。最初から筋が通ってねェ手前(テメエ)等なんぞに期待はしてねェ。せいぜい邪魔にならねェよう、嫌がらせに勤しんでろや蛆肉共」

 

 六道(りくどう)アクジ。

 彼は何の衒いもなく、九々等ヤイチの方へ一歩踏み出す。

 

「星五級は星五級が殺す。そいつが道理ってモンだろ、なァ?」

 

 ぞわり、アクジの全身から禍々しい三色の瘴気が噴き出す。

 水風氷。世にも珍しい三種の複数属性を持つ彼に対し、けれどヤイチも全く引かない。

 

「見事なまでに悪者だなあオイ。良いのか? 相手が悪いほど燃えるタイプだぜ、オレは!」

 

 ずあ、とヤイチの全身から金色の瘴気が噴出する。

 その属性は光。魔塵に最も有効と言われる聖なる光が、正義の心と共に燃え上がる。

 

 そうして彼等は、全く同時に星五級の異能を発動させた。

 

「死ねや。強制輪廻(サンフェーズサーラ)――修羅創具(しゅらそうぐ)

「行くぜ、究ノ弐条(パワーオブナイン)――脚力、9倍!」

 

 そうして、2人の星五級異能者は激突し。

 発生した衝撃が、先の水蒸気爆発の余韻を吹き飛ばすように東凶湾スラムを揺らした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音が世界を揺らす。

 大波に船が激しく揺れ、漆門寺ナナは甲板の上に手をついてしゃがみ込むことで揺れを堪えた。

 

「……! なに、これ……」

 

 精神的ショックの影響で視力を喪失しているナナは、港の反対側で大爆発が起こったことなど分からない。ただ揺れる船の上、華奢な体が投げ出されないよう必死に耐える。目は見えないが、同じ船に居た生徒たちも同じようにしているのを感じる。

 

 そうしているうちに、段々と揺れが収まって来て……。

 

「いやあ、派手でいいねえ彼の異能は。舞台の開幕を告げる花火としては実に贅沢だ……これはインパクトで負けないよう、私も気合いを入れなきゃね」

 

 そんな声が聴こえた。

 立ち上がったナナは異常に気付く。同じ船に配置されていたハズの数人の生徒たち、その気配がない。

 

 そして代わりに、余りに不気味な気配がひとつ、自分と同じ船に乗っている。

 

「お久しぶりだね、死神さん。いや、今回の君の役に合わせれば……こんな穢れた地までようこそご足労いただきました天使サマ、かな?」

「! その、こえ……」

 

 聴こえてくる声にも、気配にも、漆門寺ナナには憶えがあった。

 

 『灰かぶり』。星五級の賞金首にして、異能テロリスト集団『夜明けの団』の首魁。

 

 彼女が居るのに誰も反応しないということは、同乗していた生徒たちは殺されたのか。

 ああ、今更磯の匂いをかき分け鼻腔に入ってきた血の匂いが、その推測が真実であると盲目のナナに理解させる。

 

 そして、異変はもうひとつ。

 ぶおお、と乗っている船が汽笛を上げ、ごうんと揺れながら動き出すのが分かる。

 今ナナと灰かぶりが乗っているこの船は、平べったい甲板が船首から船尾までいっぱいに広がっている中型の貨物船。そんな船街の一部だった船が、周囲の船との連結を破壊して、ひとりでに沖に進み始めたのだ。

 ふたりの星五級を乗せたまま、東凶湾スラムから離れていく船。

 それはまるで、これからの戦いに邪魔が入るのを予防するように。

 

 波を砕いて進む船の上。

 ここまでの全てを仕組んでいた『灰かぶり』は、眼前のナナに語り掛ける。

 

「さて、白い翼の天使サマ。君は仲間のコトが気になったりするのかな? 実を言うとね、あの大爆発を起こした若頭さんは、海上だと無敵もいいとこなんだ。つまり君の仲間は、遠からず皆殺しになると思うんだけど――」

 

 けれど、灰かぶりの言葉などナナの耳にはまるで入っていなかった。

 何故なら彼女の頭の中は、初めて『灰かぶり』と戦った日からずっと抱いてきた疑問でいっぱいだったからだ。

 

「……どう、して。どうしてあなた、は、かげみやのこと、しってるの」

「ふふっ。やっぱり、君が気になるのは『影宮エイト』についてだけみたいだね」

「っ」

 

 やはり、『かげみや』を知っている。

 その事実が、ナナの神経をざわりざわりと逆撫でする。

 いつもは落ち着かせてくれる彼女の隣の『かげみや』も、どうしてか今は声を出さない。

 

「では、これにて前座の問答は終わり。君を退屈させないように、そろそろ舞台の幕を開けよう」

 

 それを良い事に、ナナの調子を千々に乱す灰かぶりの芝居がかった言葉は続いた。

 

「――さあ、罪人を裁く天使様。貴女の犯した罪の名を、私が教えてあげましょう」

 

 歌うような声は、気付いたときには背後から。

 咄嗟に振り向けど、そこにはもう気配の欠片も無くて。

 

「貴女の罪は、恋をしたこと。絶対の天秤を担う天使は、誰よりも無垢でなければならなかったのに」

 

 今度は右から。船べりから女の声は語る。

 

「けれど貴女は知ってしまった。彼を特別にしてしまった」

 

 次は左から。至近に立った女は囁く。

 

「そうして天使は地に堕ちるのです。自らの恋に穢されて、無敵の翼を捥がれるのです――」

 

 つうと、不意に指で背をなぞられて。

 咄嗟にナナは腕を振ったけど、やはりそこには誰も居なかった。

 そうして元の位置、正面に戻った灰かぶりは、御伽噺の悪い魔女のように。

 絶望の呪文を、するりと溢す。

 

「――さあ。君の出番だよ、『影宮エイト』くん?」

 

 ふらり。

 灰かぶりの横に、もうひとつの気配が生まれた。今までどこに……いや、あるいは最初から船に同乗していたのか。ナナは目が見えなかったから、そのことに気付けなかった。

 けれどそんな()()()()()は、次の瞬間彼方へ消えた。

 

「ぁ――」

 

 ナナの喉から、声にならない音が漏れる。

 ()()()()()。わたしはこの気配を知っている。

 相手の呼気の音に、ほんの微かな匂いに、強烈な懐かしさを覚えてしまって思考がぐちゃぐちゃになっていく。

 どうして体が凍り付いたように動かないのか……あるいは今嬉しいのか、悲しいのかすらも分からないままに、ナナは完全に行動不能となっていた。

 

 そんな、機能不全の死神へと。

 新たに現れたその人物は、その顔を見て名前を呼ぶ。

 

「――()()()()()

 

 ああ、その声は。

 冷たく低くぶっきらぼうで、それでもどこか柔らかい声は。

 縋っていた幻聴ならぬ、もう永遠に聴けなかったハズのその声こそは――!

 

「かげ、みや――?」

 

 呆然と呟く漆門寺ナナの前に。

 自分の隣に居るはずの、愛しの『かげみや』が立っていた。

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