【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<4> Breaking!!

 暗くて狭い部屋の中。

 ブラウン管のテレビ画面で、()()()はひとつのゲームをしていた。

 

  『夜明けの団』に加入しますか?

   ▶はい

    いいえ

 

 カチカチ、ガチャガチャ。

 安っぽい画面がここからでも見える。

 そうだ。アレは、元々俺がプレイしていたゲームだ。

 ランダムステータスで鬼畜難易度でコンテニュー不可で職業選択肢がほぼ一択とかいう相当のクソゲーではあったけど、それでも確かに輝くものはあって。

 投げ出さず、なんとかやっていた。必死でくらいつくように。そのうちやりがいも見つかって。

 だから、投げ出すつもりなんてなかったのに。

 それなのに。

 

  漆門寺ナナを攻撃しますか?

   ▶はい

    いいえ

 

 今、俺の手の中にコントローラーはなくて。

 ソレはソイツが持っていた。

 俺しか居ないハズのこの部屋に突然現れた、ソイツが。

 

  漆門寺ナナを攻撃しますか?

   ▶はい

    いいえ

 

 ああ、夢ってあるだろう。眠ったときにみる方の。

 そん中じゃ大抵の場合、勝手に話が進んで。

 自分はそれをただ眺めてるだけで。

 そんなカンジだ。俺は今、そうやってソイツを眺めている。

 

  漆門寺ナナを攻撃しますか?

   ▶はい

    いいえ

 

 カチカチ、ガチャガチャ。画面が見える。

 おいナナ子、おまえそんなに弱かったか? 俺ってアイツに勝てるほど強かったっけ?

 『灰かぶり』、なんでこんなのが仲間になってんだっけ?

 そんなルート選んだ覚えねえぞ。

 だって、俺の『仲間』、は――。

 

  漆門寺ナナを殺しますか?

    はい

    いいえ

 

 ああ、悪夢ってあるだろう。

 高い所から落ちるとか。でかい怪物に襲われるとか、そういうの。

 それは大抵夢のラストに出て来るモンで。

 ただの夢なのに現実みたいに怖くて、ハッとして目が覚めるんだ。

 要するに。

 

 その画面を見たのと、俺が『目覚める』のは同時だった。

 

 

「――おい」

 

 言って、()()()の肩を掴んで振り向かせる。

 力任せに、怒りのままに。

 勝手に人のコントローラーを奪って好き勝手やっていたソイツは……忌々しいことに、鏡で見る自分と同じ顔をしていた。

 違うのは、右目。俺の右目は潰れているが、ソイツの右目は開いていて、そこには俺のものじゃない白い瘴気が満ちていて。

 

 暗くて狭い部屋の中、俺とソイツは睨み合う。

 

『影宮エイト……この肉体の元の所有者。この肉体の主導権は既にこちらにある。この脳はオレの瘴気によって、9割以上の機能の掌握を完了させ――』

 

 ああ、全く聞くに堪えなかったので。

 俺はソイツの顔面を、渾身の力でぶん殴った。

 

「ごちゃごちゃうるせえな寄生虫。てめえの御託はどうでもいンだよ」

『――理解不能。どうしてオマエに意識がある。人間の思考力、認知能力は脳から生じるもの。なぜオマエは未だ自由意思を保ち、オレを認識できている?』

 

 動揺したのかソイツが何かを言っているが、俺にとってはどうでもいい。

 臓腑(はら)を焼くような激しい怒りと共に、体の奥から瘴気が溢れて来る。

 ああ、それは、怒りが炎に例えられるように。

 燃える。黒い瘴気(ほのお)で、全身が。

 

『瘴気。そうか、感情と瘴気の関係を、我々は今まで見落として――』

 

 怒りは炎。

 臓腑(はら)で渦巻いたその熱を吐き出すように、俺は吼えた。

 

「いいからさっさと、俺の体を返しやがれ――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 吼える。

 天に向かって、高く、猛く。

 

「おお、ああああああああああああああああああああああ――!!」

 

 影宮(かげみや)エイト。

 その全身からは激しく瘴気が立ち昇り、まるで漆黒の炎に総身を焼かれているようだった。

 

 船街から東凶湾の沖に出た貨物船の甲板にて。

 あと少しで漆門寺(しちもんじ)ナナの首を落とす……という所で不意に動きを止め、暴走めいて怒吼の叫びと瘴気とを立ち昇らせ始めた影宮エイト。

 その変貌ぶりに死に瀕していた漆門寺ナナだけでなく、すっかり傍観者を気取っていた『灰かぶり』も瞠目する。

 

「!? これは、何が――」

 

 灰かぶりにとって、『影宮エイト』のそのような姿は初めて見るものだった。いいや、漆門寺ナナも驚いているから、これはやはり尋常な様子ではない。

 濛々と、燃えるように吹き上がる瘴気。影宮エイトの全身から放出される、影の色をした異能の源。

 その漆黒の炎の中に、灰かぶりは確かに見た。

 

 影宮エイトの右目。眼球を失ったその瞼が限界まで見開かれ、眼窩という(うろ)から白色の瘴気が溢れ出ていることを。

 白い瘴気。影宮エイトのものではない瘴気(ソレ)が、黒い瘴気に混ざって昇る。

 それはまるで、白い瘴気が黒い瘴気に押し流されるように――。

 

 電流のように、直感奔る。

 

「――まさか! 己の脳に巣食った瘴気を、自らの瘴気で追い出しているとでも……!?」

 

 灰かぶりは影宮エイトの現状について、『脳を気体化した魔塵に乗っ取られている』と解釈していた。意志を持った気体なら、人間の脳内で行われる()()()()に干渉してその体を操ることも可能なのでは、と。

 だが、ならば。

 脳を魔塵の瘴気に乗っ取られてしまったなら。

 その脳へ()()()()()を大量生成し送り込めば、魔塵の瘴気を外へと押し出し、再び肉体の所有権を獲得することができるのでは――?

 

 気体に対して気体で干渉する、考えてみれば当たり前のアプローチ。

 それが今目の前で起こっていることの正体ならば、今『影宮エイト』を操っているのは。

 

 それでも、解せない。

 

「だがこの瘴気放出量、とても星三級のものとは……」

 

 白い瘴気を追い出す為なのだろうが、影宮エイトの全身から立ち昇る瘴気の量は余りに膨大だ。

 天を衝く、黒。

 星五級異能者である灰かぶりでも、果たして同じことができるかどうか。

 

 故に、解せない。

 それを可能としているものが何なのか分からない。

 だが……灰かぶりは()()()()()()()()()()()()()()から、その可能性に辿り着く。

 

『人の心は、人を強くも弱くもする。その複雑さが、見ていてとても面白いんだ』

 

 ああ、確かに自分はそう言った。ならば、目の前のコレは。

 

「――強い感情、それに瘴気が影響されて……? だが、感情の源泉も脳のはず。そこを押さえられていながら、どうやって……」

 

 けれど、それ以上の考察はできなかった。

 

 ――だん、と。

 灰かぶりの思考を断ち切るように、甲板を踏み締める音が響く。

 ああ、燃え上がる勢いだった瘴気が収まっていき……黒い煙の中から現れるのは、黒髪黒目で隻腕隻眼の青年。

 彼は言う。

 

「……どいつも、こいつも。俺をてめえの好き勝手に動かそうとしやがって」

 

 怒りに――感情に満ちた声。わななく肩に鬼の形相。

 その激情に揺れる黒瞳(こくどう)が捉えるのは、目の前に立つ灰かぶり。

 そうして、彼は牙を剥くように。

 

「俺を支配しようとする奴は、誰であろうと俺の敵だ! 俺の剣はただ俺の為だけに――」

 

 一瞬だけ背後に意識を散らし。

 それさえ感情の薪として、彼は腰を落とし居合にも似た構えを取る。

 

「ああ、そうだ。今更許されるとも思っちゃいねえが……せめておまえは、おまえだけは斬る。コイツが俺の三行半だ、受け取れ『灰かぶり』――!」

 

 そうして、()()()()()は地を蹴った。

 黒煙の残滓を置き去りに、黒衣の影は疾風と化す――!

 

 兌瘴暗器(ダークメイカー)――、

 

「――影刀(えいとう)月景(つきかげ)!!」

 

 暗刃一閃!

 踏み込みから流れるように繋がった逆袈裟斬りが、灰かぶりの肉を裂き鮮血を散らした。

 だだん、と。たたらを踏む音と甲板を踏み締める音が並んで響く。

 

「ぐぅっ――」

「(まだだ、浅い! コイツは生かしておけない、覚悟を決めろ!)」

 

 動揺のせいか、初撃を躱し切れなかった灰かぶり。

 体勢を崩した彼女に対し、けれど影宮エイトは手を緩めない。

 影色の刀は流れるように。逆袈裟を振り切った姿勢から軌道を歪め、今度は袈裟切りの一撃へと繋がる。

 

「らッ!」

 

 気迫は渾身。骨を断ち切る威力を乗せた振り下ろしの二撃目。

 それが体勢を崩した灰かぶりを襲い――。

 

 がちん! と。

 そのオペラグローブに包まれた細腕に弾かれた。

 

「!」

 

 手が痺れる程の硬度、渾身の一刀を弾かれたエイトの足は止まり、下がった灰かぶりと間合いが開く。

 ゆらり、ヴェールの隙間から、本性を現した魔女のような禍々しい声。

 

「……多少驚かされはしたけど。君が劇的に強くなったワケじゃない」

「(くそ、仕留めそこなった! 灰かぶりの異能、理屈不明の瞬間移動と超防御か……!)」

「むしろ大量の瘴気を放出したことで、動きに悪影響が出てるみたいだね。この浅い傷がその証拠。そんなフラフラのステップじゃ、わたしの舞台にはついてこれないよ」

 

 灰かぶりの言葉は真実であった。

 意識を取り戻す為に大量の瘴気を放出したエイト、その体内に残存している瘴気の量は最大量の1割程度。結果、瘴気による身体強化も通常時より出力が落ちていた。

 

「(『灰かぶり』は星五級賞金首……初撃で決めれなかったのは痛い、な)」

 

 影宮エイトは過去、灰かぶりと接触した際にその異能の一端を垣間見ている。

 灰かぶりが見せた力はふたつ。

 

 前兆も過程も一切残さない、神出鬼没の『瞬間移動』。

 そして身に纏ったヴェールすら1㎜も動かせなくなる、理屈不明の『超防御』。

 

 だが、異能はひとりにつき一種類しか宿らない。異能が成長・変質することもままあるが、それでも変化は一方通行であり、戦闘中に自由に切り替えるなど不可能だ。

 例えば。エイトは『刀による斬撃』や『銃による遠距離攻撃』などの攻撃手段を持つが、それらは全て『武器を作り出す』という異能兌瘴暗器(ダークメイカー)を元とした力。

 つまり灰かぶりの『瞬間移動』と『超防御』も、ひとつの異能から出力された現象であることは間違いない。

 間違いない、のだが。

 

「――そして、許せないのは私も同じ」

 

 エイトが身構える前で、灰かぶりの全身から硝子めいて透明な瘴気が噴出する。

 色の無い瘴気。ヴェール越しの、硝子玉の瞳。

 それでもなお隠しきれぬ、有色の殺意。

 ああ、奇しくも。相手に対し憤怒を抱いたのは彼女も同じ。

 

「もう少しで最高のクライマックスだったのに……君はそれを台無しにしたんだもの。ええ、とっても不愉快だから――文字通り『首』にしてあげるよ」

 

 ぞわり、エイトの首裏を駆け抜ける壮絶な悪寒。

 

 こちらの異能は既に筒抜け。灰かぶりの異能の正体を見抜けない限り、自分は負ける。

 だが『瞬間移動』を持つ灰かぶりが、その考察を待ってくれるとは思えない――。

 

 星五級と星三級。

 絶望的な彼我の戦力差が、ようやく現実に追いついて来て。

 そうして、灰かぶりが正体不明の異能を行使する――正にその瞬間。

 

 

 ――ぞわ!!!

 

 

「!?」「!」

 

 向き合った両者は、同時に同じ方向へ振り向いた。

 彼等の目を敵から逸らさせたのは……生存本能。より大きな脅威を感じ取ったが故の、反射。

 

 どろり、溢れる瘴気は地獄の汚泥めいて重く。

 黒より昏き闇の中、その少女は(ぼう)と立っていた。

 

 ああ、その姿こそは死の化身。

 黒衣から髑髏の顔を覗かせる死神――それさえ幻視させる不吉さで。

 折れた腕、打撲や流血の跡さえも、今やその不気味さの糧でしかなく。

 昏き死の門の担い手は、今此岸にて復活を果たす。

 

 ――漆門寺(しちもんじ)、ナナ。

 

 はらり、右目を隠す眼帯が落ちて。

 奈落(やみ)の瞳が、敵を見た。

 

「……あな、たは」

 

 声もまた不吉な髑髏(ほね)に似て。

 けれど……けれど。

 影宮エイトは気付いた。彼だからこそ気付くことができた。

 たどたどしい漆門寺ナナの声。そこに普段の彼女ならぬ、強い感情の(いろ)が混ざっていたことに。

 

「わたしは、恋しちゃいけなかった。そんな『よけいなこと』は、しちゃだめだったって……そう、いった、ね。

 でも、ちがった、よ。わたしの『よけいなこと』、が、かげみやをかげみやに、もどした、の」

 

 ああ、その姿のどこが死神か。

 自らを貶める舞台の上で、されど折れずに立ち上がり。

 鼓動する心臓(むね)に手を当てて、今、白百合の乙女は高らかに。

 

 

「だから、これがゆるされざる罪だとしても――わたし、この恋をだきしめる」

 

 

 瞬間――光、溢れて。

 ああ、塗り替わる。黒より昏き闇の瘴気が、白より清き光の粒へと。

 

「な――」

「コレは――!」

 

 その余りの変容に、灰かぶり、影宮エイト両名とも戦闘さえ忘れ驚愕に呻いた。

 

 闇の瘴気が、光の瘴気に。

 即ちコレは――瘴気、及び異能の属性変化。

 

 ああ、異能に成長や変容の可能性があるとはいえ。その可能性が若年の異能者ほど高いとはいえ……当然、狙ってできることではない。

 それに、一体誰が想像しようか。既に星五級異能者である彼女に、これ以上の伸びしろがあるやもしれぬなど……!

 

 けれど灰かぶりだけは、その変容を受け止めていた。

 辛うじて受け止めてしまえるだけの心構えがあった。

 それは影宮エイトを通して、灰かぶりの中に既に生じていた仮説。

 つまり。

 

「まさか、恋――感情が瘴気に影響して、異能が変質したとでも――!」

 

 激情にて大量の瘴気を生成し、魔塵の支配へ打ち克った影宮エイト。

 それに類する感情と瘴気の共鳴が、漆門寺ナナの中でも起こったのか。

 

 けれど、確かめる時間などない。

 覚醒は既に始まっており。

 それを止める手段など、最早どこにもないのだから――。

 

 かちり、スイッチでも切り替えたように。

 明確に漆門寺ナナの纏う雰囲気が変わった。たどたどしくも愛を語る乙女から、超然とした空気を纏う天使のソレへ。

 即ち、死へ繋がる門の担い手のソレへ。

 

 純白の瘴気の中に立ち、その少女は白き死を呼び覚ます。

 

栄華の灰 純潔の愛 終わらぬ贖いの旅の(つい)

 主の義を此処に 主の聖なるを此処に 主と人の第一たるものを、此処に

 不変不滅なる天の鍵にて、われ救世(ぐぜ)の梯子を架け、永遠なる天上の白きを示す

 

 紡がれるは(しゅ)。奇跡を願いし祈りの言葉。

 その呼び声に応えるように、その門は現世へと姿を現す。

 地獄の門、ではない。

 そもそも現れしモノは、扉のカタチをしていない。

 それは、例えるなら穴のような。

 天使の群れ、あるいは純白の薔薇を思わせる、巨大にして最も聖なる門。

 

 白き双眸、灰の女をしかと捉え。

 宣告のように、天使は放つ。

 

汝この門をくぐるもの、その悪なるの一切を棄てよ――!

 

 完成する門より感じられるは愛の光。

 裁きによる惨たらしい死ではなく。

 全てを浄する聖光こそが、その門の先に待つ『死』の(カタチ)

 

 故に、それは地獄を招く門ではなく。

 名を。

 

「解錠――天獄門(ヘブン・シンズ)

 

 白き乙女の呼び声に応え。

 至高の天へと穿たれた門は、今、楽土ならぬ世界に希望を示す――!

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