【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
「解錠――〈
漆門寺ナナの異能が発動され。
虚空を穿つ白き薔薇の門、花開く。
果たして、その先にあったのは――。
――目も潰れんばかりの、光。
世界を漂白せんばかりの勢いで、その白は門の先にある全てを染める。
怒濤めいた
「(来る――躱せない――ハイリスクだが防御しかない、『預入:5秒』!)」
行使するは『瞬間移動』と『絶対防御』のうちの後者。
影宮エイトの斬撃は勿論、あらゆる攻撃・干渉を無効化する異能がその肉体に無敵の5秒間を与える――。
ハズだった。
しゅうしゅうと。
瘴気が溶かされるような、音。
「――馬鹿な。これは……私の
過去一度として味わったことのない、異能が自らの意志に反して解除される感覚。
それに狼狽する灰かぶりへ、天の門の担い手は告げる。
「てんごく、には」
「……!」
「てんごくには、だれかをきずつけるものはない、の」
漆門寺ナナの〈
その門から地上を照らす光の
即ち――瘴気を媒介とする全ての異能は、〈
「(瘴気の分解・消滅による、異能の強制解除か!) ――だが、瘴気を消されただけでダメージはない。ならば!」
それらの事を婉曲な言い回しから推測した灰かぶりは、懐からその武器を取り出した。
ぎらり、鈍く輝く銀。
それは彼女が念の為携帯していた、魔鋼武器ならぬ鋼の短剣。
鈍色の刃を握り締め、灰かぶりは硝子の靴で甲板を蹴る。
「私の手で直接、君の胸に凶刃を突き立てよう――悲劇のヒロイン・漆門寺ナナ!」
異能が使えないとはいえ、瘴気による身体強化まで完全に奪われたわけではない。
体内で瘴気の動きを完結させようと、体表面組織を貫通してくる光によって身体強化の出力は落ちているが……僅かでも光量が落ちるぶん、瘴気消滅の効果も弱まっているようだ。
これならば、〈
そんな灰かぶりの目論見は、けれど。
「させると思うか?」
「影宮エイト……!」
間に割り込んできた影宮エイトに、短剣を握る腕を掴まれることによって止められた。
「狡いなぁ、瘴気で塞いだ君の『傷』は開かないなんて……!」
そう、灰かぶりは不満を溢す。
影宮エイトは全身に傷があり、その傷を瘴気で塞いでいる。よって瘴気を分解するこの光は彼にとっても致命的なハズだが、それでも彼は迷わず飛び出してきた。
漆門寺ナナの異能は味方には作用しないのか――果たして。
その考察を許さぬように、エイトは叫び返す。
「
白い光の中、殺意を込めた両者の目が合う。
ぐぐぐ、と灰かぶりが掴まれた腕に力を籠め、短剣の切っ先をエイトに向かって押していく。
対し、エイトもなんとか切っ先を反転させ相手に突き立てようと力を籠めた。
だが、隻腕と両腕。男女差と等級差を加味しても、どちらが有利かは言うまでもなく。
一瞬の隙を突き、灰かぶりが一気呵成に短剣を突き出す――それを体を螺子って躱し、そのままカウンターで肘を顔面に叩き込むエイト。
がつん、重い手応えに灰かぶりの体が仰け反る。ヴェールを濡らす赤い鼻血。
エイトは即座に追撃を加えようとして――凶刃が出鱈目に振り回され、咄嗟に後ろに飛びのくことで躱さざるをえなかった。
そのまま両者は泥臭い肉弾戦に突入する。
交差する拳と刃。
現状は隻腕隻眼のエイトに対し、刃物を有する灰かぶりが若干有利か。
「(だが彼も〈
ピッ、と。灰かぶりが振るった短剣の切っ先が、エイトの制服、その首元を掠めた。
ぱちり、ボタンが外れたのか、襟で隠されていたエイトの首が露わになる。
どろどろ、と。
瘴気の瘡蓋が融け出して血を溢す、その首を一閃する傷が露出する。
その様に灰かぶりは邪悪に笑み、影宮エイトは舌打ちした。
「なんだ、開いてるじゃないか、傷! (制服の襟である程度の光を遮り誤魔化していただけか!)」
「ちッ――!」
「か、かげみや……っ!」
〈
瘴気で塞がれた影宮エイトの首の傷。それを制御しきれぬ自分の異能が開かせているという事実。その首は今のところ繋がっているが、瘴気が完全に消滅し傷が開ききれば彼は死ぬだろう。
それを目の当たりにして、漆門寺ナナの心が再び波打つ。
天獄の光が、弱まる。
「出力が緩んだね――だから恋情は罪足りえるんだよ、漆門寺ナナ!」
その隙を見逃さずに嗤い、灰かぶりはこの機を逃さず全霊で瘴気を放出した。
星五級賞金首『灰かぶり』の異能、〈
それは自身の時間と周囲の時間を交互に停止させる、疑似的な時間停止能力。
自身の瘴気に触れた物体・人間の時間を「借入」することで停止させ、「借入」したのと同じぶんだけ自身の時間を停止させることで「返済」する。また、先に自身の時間を停止させることで「預入」し、瘴気に接触したものの時間を同じだけ「引出」して停止させることも可能。
時間停止中の物質はいかなる変化も拒絶し、いかなる干渉をも受けつけない。
出力の弱まった〈
透明な瘴気が遂に、影宮エイト・漆門寺ナナの両名に触れる。
これで条件は達成された。
このまま2人の『時間』を奪い、時間停止解除直後の無防備な漆門寺ナナを殺す。
まだこの異能の正体は露見していない。今まで誰かに見抜かれたこともない。
他人の時間を停止させることによる、相手視点での『瞬間移動』。
自身の時間を停止させることによる、全干渉無効の『絶対防御』。
これこそ灰かぶりの無敵の魔法、最強の初見殺したりうる
「その『時間』、貰ったよ! 『借入:5秒』――」
そうして、灰かぶりは無敵の異能を発動し――。
がしり、と。
発動直前のその手首を、影宮エイトに掴まれた。
「な」
「誰の、何が、罪だって?」
ぎちり、手首を砕かんばかりに掴み。
何一つ思い通りにはさせぬと、影宮エイトは義憤に吼える。
「罪人はてめえだろテロリスト。尤もてめえの場合、
殴るでもなく蹴るでもなく、手を掴む。
それを選んだのは、エイトの中で仮説が組み上がったが故。
「(余裕が無くなって漏れた言葉で、今最後のピースが嵌まった! 俺の予想が正しければ、コイツの異能は『時間停止』! んで、時間の止まったモノは何やったって動かせねえんだろ!?)」
影宮エイトは灰かぶりの『超防御』を経験している。ヴェールやオペラグローブでさえ渾身の刃を止められた苦い記憶は、彼の中に鮮明に残っている。
灰かぶりのふたつの力、『超防御』に『瞬間移動』。
それが『時間停止能力』による現象だと見当がついたなら――影宮エイトの本領たる分析能力は、限りなく正解に近い回答とソレへの対処法を導き出せる。
つまり、彼が手を掴んだ意味は。
「俺が手錠だ、犯罪者」
そうして、異能は発動され――。
ぴたり、凍り付くように。
影宮エイトと漆門寺ナナの『時間』が止まる。
これから5秒間、彼等はぴくりとも動けず、そして時間が止まっている間の一切の出来事を認識できない。
だから、こうなった時点で灰かぶりの勝ちのハズだった。厄介な漆門寺ナナを殺し、その後影宮エイトを殺せるハズだった。
だった、のに。
動けない。
時間停止中の物質はいかなる変化も拒絶し、いかなる干渉をも受けつけないから。
『時間』が停止した――何があっても絶対に動けない、動かない影宮エイトに手首を掴まれているせいで、灰かぶりは漆門寺ナナに接近し攻撃を仕掛けることができない。
それは、正に手錠のように。彼女の行動を制限する、手首に嵌まった不壊の手枷。
――見抜かれた。今まで誰にも気付かれなかった、無敵の異能の正体と唯一の弱点に。
つまりこの5秒は灰かぶりにとって、その屈辱的な事実を噛み締めるだけの5秒間で。
ぎり、ヴェールの奥で歯嚙みして。企み破れた魔女は激昂する。
「ああ。過去、君ほど鬱陶しいと思った者は居ないよ――影宮、エイト!」
5秒、経過――。
同時。
どすり、エイトの腹に短剣が沈む。
血に濡れる、怒りに任せ放たれた凶刃。
時間停止直後の無防備な状態……それも腕を掴んだ至近距離では、この初撃を躱すことは不可能。
「ぐうっ――」
ぼたぼたと、血が零れる。
ぐりぐりと腹に埋まった刀身を動かされ、灼熱の痛みが脳を
エイトからしてみれば、何の前兆も無く腹に沈んだ鋼の刃。
けれど、その負傷は、激痛は彼にとって覚悟の上だった。
灰かぶりの異能を推測しその腕を掴んだ時点で、こうなることも予想済みだった。
だから彼は一切怯む事無く、自分と同じように『時間停止』から解放された漆門寺ナナへ檄を飛ばす。
「ナナ子ッ! 俺に構うな、最大出力で異能を封じろ! じゃなきゃ2人とも死ぬだけだ!」
「わ、わかっ、た……!」
エイトの言葉で再び異能の出力を高めるナナ。眼前の光景よりも影宮エイトの言葉を優先したのは、かつての彼女にあった依存ではなく……恋する相手への、無上の信頼。
全ての
灰かぶりの異能〈
故に再び漆門寺ナナ・影宮エイト両名の時間を止めることは、自分の時間を5秒間止めてからでなくてはできない。そして異能を見抜かれた状態での5秒間の停止は、彼女にとってもリスクが高い――。
そして、そんな計算をさえ無にするように――再び〈
再びの異能を奪われた肉弾戦。
だが、灰かぶりは自身の有利を確信し嗤った。
確かに漆門寺ナナを仕留めそこなったが、状況はさっきよりも断然良い。
新たに腹部を負傷した影宮エイト。それに、彼は――。
「瘴気で塞いだ傷が開き切る前に、君に私を殺せるとでも!? 武器も出せない、片腕片目の今の君が! ほら、今にも首がコロンと落ちてしまいそうじゃないか!」
影宮エイトの首の傷痕、光に晒された瘴気が徐々にほどけ、開いた傷口から血が溢れる。
〈
そして彼等には決定打がない。漆門寺ナナは確かに星五級異能者だが、あの世への門を開ける以外はただの貧弱な少女。影宮エイトも異能の武器なしで灰かぶりに致命傷を与えられるほど卓越した戦闘能力はない。
あと数分適当にあしらっていれば、
そう確信して、灰かぶりは威嚇代わりに短剣の切っ先を振り下ろす――。
びちゃり、鮮血が落ちた。
「な、に?」
そう溢したのは、灰かぶり。
なにせ――影宮エイトが、その短剣の切っ先に自ら手のひらを突き出して来たのだから。
びちゃりと血が甲板を汚すのを、灰かぶりは理解不能と見つめていた。
簡単に躱せる一撃だったハズだ。躱させ、間合いを取らせるつもりで放った一撃なのだから。
けれど、彼は自ら手のひらを割り込ませ、短剣の刀身を貫通させ。
そうやって灰かぶりの腕を摑み、「捕まえた」と薄く笑う。
「……てめえの『瞬間移動』は、時間を止めてそう見せてるだけ。自分の足で行けねえ場所には移動できねえ」
ぼそり、影宮エイトが呟く。
手のひらを貫かれた痛み。刺された腹部の痛み。蓋を失い血を溢す全身の古傷。
それでも、笑う。痛みに顔を歪めながらも、勝利を確信したように。
「『時間を止める』――確かにとんでもねえ異能だよ。だが、逆に言えばてめえに出来るのはそんだけだ。人を直接操ったり、空飛んだりできるワケじゃねえ」
「――」
ぐらり、波に船が揺れて。
それを合図に、影宮エイトは半ば体当たりするように灰かぶりの体を押した。土俵際を目指す力士のように、力任せにその体を運んで。
そうして短剣の刀身で繋がった両者は、取っ組み合ったまま端まで辿り着く。
どん、と船縁に背が触れて。
それでやっと、灰かぶりは相手の狙いを理解した。
「ッ、まさか――!」
「俺ぁオシャレの事はサッパリだが。
一瞬の硬直。それを見逃さず彼は叫んで。
2人、船縁から身を乗り出すように。
船上より、空中へ。
影宮エイトと灰かぶりは、縺れ合いながら海上へ投げ出された。
「あ――」
灰かぶりは咄嗟に手を伸ばすも、その手は船縁には届かない。
時間を止めるその異能でも……ここから船上に戻ることは、できない。
それが影宮エイトの狙い。
『海に落とす』――ソレこそが星三級異能者が編み出した、星五級賞金首への致命の一手。
落下する彼女は、最後に見た。
手のひらに刺さった短剣の柄を咥えて引き抜き、貨物船の舷に〈
それに掴まることで海面への落下を免れる、彼の姿を。
着水までの一瞬――両者の視線が交錯して。
「――影宮、エイト」
「じゃあな、灰かぶり」
そうして、その青年が見つめる先で。
――どぼん。
灰色の女は、黒い冬の海に為すすべなく呑み込まれて。
白い泡が波に攫われて姿を消しても、彼女が水面まで浮かび上がってくることはなかった。
船が辿り着いていたここは、陸まで最低数㎞は離れた沖合。そのうえ真冬の東凶湾にあのドレス姿で沈んだのだ、いくら時間が止められても、時間を止める以外の一切ができぬなら……こんな沖合に落ちた時点で、まず生存は絶望的だろう。
そんな星五級賞金首の末路を前に、影宮エイトは舷に張りついたままぼそりと呟く。
「……『最期は
眼下。
黒くうねる冬の波は、それこそ地獄の刑罰の一種でもあるかのような冷たさで。
沈んだ人影を置き去りにするように、船は沖へと進み続ける。
はらり、降り始めた雪が、戦いの決着を静かに知らせるようだった。
【☆☆☆☆☆ 漆門寺ナナ】
▶所属
災玉国防学園中等部
▶異能
ヘブン・シンズ
〈天獄門〉
■性質:補助 ■属性:光
■ステータス
[基本六項目]
攻撃力 :★★★★★★(対人:☆☆☆☆☆)
防御力 :★★★★☆
機動力 :★☆☆☆☆
操作性 :★★☆☆☆
射程距離:★★★☆☆
効果持続:★★★☆☆
[特殊二項目]
特殊技能:★★★★★
身体強化:★☆☆☆☆
<総合異能ランク> ★★★★★
■概要
あらゆる瘴気を中和・消滅させる、漆門寺ナナの新たな異能。
元々の異能である〈地獄門〉が恋によって変質した結果得られた能力。元の異能とは対称的に対魔塵で真価を発揮する異能であり、反面、人に対する攻撃性能はほぼ皆無となった。