【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
星五級賞金首、
その異能〈
水を固体にして足場を作る『
そして、水蒸気爆発を自在に操る『
海上に限定すれば、その戦闘能力は星五級の中でもかなりの上位に位置するだろう。
一度
海上での戦闘、足場の支配と水蒸気爆発の無限に近しい火力こそが〈
故に、六道アクジが海上で戦い敗北した例はない――。
――今この時までは、そうだった。
船の上。
甲板に叩きつけられたアクジの首を、その手は掴み押さえつけている。
その指は骨など容易く砕く獣の牙。そして首を掴むのと反対の手で構えられた拳は、神をも殺す必殺の大砲。
文字通り命を握られている状況……何か反撃の素振りを見せるだけで、この手は瞬く間に己の首を握り潰すだろう。
そう理解できるのは、戦いの中で
自らの首を掴み拳を構える金髪の男へ、六道アクジは息も絶え絶えに呟いた。
「……テメエ、化け物か」
「こんだけ大暴れしといてよく言うぜ。言っとくけどオマエ、オレが今まで戦ったどんな魔塵よりもよっぽどバケモンしてたからな?」
ああ、その賞賛に噓偽りはないのだろう。
確かに六道アクジは、それこそ旧都に巣食う星五級魔塵もかくやの力を見せつけたのだろう。船街と港は爆撃でも受けたのかという有様で、文字通り地形が変わってしまっている。
だが……その地形を変えるほどの力を一身に受けて大した傷も負わず、ついには勝利したこの男の底知れなさこそが、真に恐ろしいものではないのか。
「(あの女の部下共も早々に下されちまったしなァ……まあ、俺でさえこのザマだ、肉壁に役に立てと言う方が無茶か)」
『夜明けの団』の援軍も、九々等ヤイチという怪物の前では何の役にも立たなかった……尤も、そもそも期待などしていなかったが。
六道アクジは筋を通さない者を「人非人」と嫌悪する。彼の基準から言えば、そこらで
そんな思考の世界から引き上げるように。
アクジの首に食い込む、五指。
ああ、これが例の学生――影宮エイトのものだったなら、直に触れたその肉体を液体に変えて終幕だっただろう。
だが、六道アクジはそうしない。否、そうできない。
何故ならば。
「(……何より、
〈
仁義、任侠――「筋を通す」こと。それが諸行無常の
九々等ヤイチは
あるいはそれこそが、六道アクジの敗因だったのかもしれない。
「……学生野郎だのテロリストだの、元々ケチは付いてたんだ。まァ、筋も通せねえ
「?」
「さっさと殺せやクソ野郎。俺を殺しに来てんだろうが」
言って、六道アクジは力を抜いた。
聡明な彼からしても、ここから逆転できる目は無い。ならば最期は潔く……それも相手が『人間』であるから故の選択だが。
自分は任侠に生きる者。死ぬ覚悟など呼吸の仕方や歩き方と同じ、片時も忘れたことはない。
けれど、九々等ヤイチは構えた拳を振り下ろすことも、首を掴む手に力を籠めることもなかった。
彼は言う。
「いやあ、やっぱ駄目だなぁ、オレ」
「……あァ?」
「あー、オレってば諦め悪くてさ。ココは『逮捕』ってカタチで手を打たねえ? アンタも地獄に行くよりは、
どこか自嘲的に笑って。
そうやって、九々等ヤイチはそう提案した。
『監獄』……噂に聞く、絶海の孤島に建てられた対異能者専用の刑務所。
決して生きて出られぬと謳われる、異能犯罪者が辿り着く現世の地獄。
だが、『逮捕』し手間をかけてそんな場所に移送せずとも、今此処で殺してしまった方が絶対に楽だし確実だろう。ただでさえ賞金首は
だから、アクジには分からなかった。圧倒的な力を持つ彼が、何故そんな面倒な手段を提案してきたのかを。
……何故。
三色の目で問えば、九々等ヤイチは答えた。
「……アンタ、滅茶苦茶強かったし。どっかで改心して、仲間になってくんねーかなー、なんて。そういうの諦められないんだよね、オレ……皆には怒られそうだけどな」
「……」
「ま、無理だってんならしょうがねえけど。どうする?」
青臭い理想論さえ超えた夢物語を語りながらも、その腕に籠った力が緩まることは無い。問う笑顔の横にある拳は、返答次第で相手の頭を潰せるよう油断なく構えられたままだ。
……筋が通ってない、とは言えない。
コイツは自分に与えられた役割を投げ出している訳ではなく、あくまでその範囲の中で許される最大の我儘を通そうとしているだけに過ぎない。
それを賢しいと取るか大馬鹿と取るか。
ともかく、六道アクジは溜息を吐いた。降参だ、と両手を上げる。
それを見てヤイチがほっとしたのを、アクジは内心で馬鹿にはできず、ただ「不気味な奴だ」とだけ評した。
「(……まァ、もうどうやったって今回の負けは覆らねえしなァ。コイツの提案はこっちからしても好都合だ。『監獄』だろうがなんだろうが生きてりゃ再起の目はあるが、ここで死んだらそれもねェ。俺の命ァ
そうやって、六道アクジはその『逮捕』を受け入れたのだった。
【記録 2035/12/24】
星五級賞金首、『六道會』若頭・六道アクジ、確保。
身柄は異黄島監獄へ移送の後、島内での特別裁判で処分を決定予定。
東凶湾スラム、湾岸部。
先程まで街を騒がせていた戦闘も終わり、普段往来が行き交う道には沢山の人が――あるいは人だったものが転がっていた。
その殆どはもう体内の血を流しきった、黒いスーツを着た男性で。
転がった彼等を見下すように、毅然と立つ少女がひとり。
「いくら『ミアズマ』が異能者と同じ身体強化を与えると言っても。肉体硬度が上がらないんじゃ、そこらの魔塵処理と変わらないわね」
災玉国防学園生徒会副会長、
異能〈
「状況は?」
「は、はい。六道アクジは九々等ヤイチにより拘束。他構成員と同様に移送待ちです」
「なんとか目標は達成できたってコトね。それで、
「現在無事の確認が取れている生徒は28名……そして重体の生徒が、8名」
「死亡は?」
「えっと……確認できているのが、3名……」
「そう。残りは14人はまだ連絡が取れていないのね」
作戦によって生じた被害は、正直に言って事前の予想を大きく超えていた。
それもこれも今回の
「(六道アクジの異能は凄まじかった……超星五級の威力を前に半数が無事だったのは間違いなく幸運。あの規模の爆発なら、死体がすぐには出ないってコトもあるでしょうし――)」
ほとんど事前情報が無かった敵とはいえ……六道アクジの力は想定外だった。
こちらの狙いと作戦を読んでの、集団で先手を打って来る行動力・組織力。空爆でもされたのかという規模の、船街を蹂躙した水蒸気爆発の超威力。
特に作戦を読まれたのが痛かった。普段の相手である魔塵ならぬ、人間特有の知恵と悪意。そこに魔塵にも勝る星五級の異能が加わった結果、学園側は想像以上の被害を被った。
それでも、勝ったのは
何故なら学園最強の異能者が――九々等ヤイチと
その確信を深めつつ、アリサは現場責任者として補助役の生徒に命令する。
「――現時刻を以て状況終了。これより15分で死亡者含めた全人員を可能な限り捜索・回収、並行して拘束した構成員たちを船に収容した後、漆門寺ナナと合流して帰投するわ」
「そ、それが、副会長……」
「? 何か問題が?」
妥当な判断だと自認しているのだが、どこに瑕疵が。
けれど返って来た答えを聞いて、彼女は作戦中のどのタイミングよりも驚愕することとなる。
「連絡の取れない14人の中に、漆門寺ナナも入ってるんです」
「――何ですって?」
双咲アリサは目を見開く。
だって、あの漆門寺ナナが相手を仕留め損なうなどありえないのに。
「何度やっても漆門寺ナナと連絡がつきません……! それどころか、彼女が配置されていた船が、どこにも見当たらないんです!」
漆門寺ナナ。対犯罪者では無敵の星五級異能者。
その強さを誰よりも知っているからこそ、彼女が賞金首相手に後れを取るというのは、アリサの発想にもなかったもので。
ナナが、消えた?
無敵の彼女が、行方不明?
「そんな、バカな――!」
驚愕と困惑に、双咲アリサの視界が歪む。
完了したハズの作戦が、学園に新たな波紋を広げようとしていた。
【記録】
『六道會』構成員82名を国防法抵触容疑で摘発、うち63名は現場で死亡。
全国に流通予定と見られる違法薬物『ミアズマ』約180kgを拠点から押収。
若頭の身柄拘束も含め、同組織は事実上の壊滅と認定。
更に指名手配賞金首2名を含む、『夜明けの団』構成員5名を確保。
同組織首魁の星五級賞金首『灰かぶり』は行方不明。
【特記事項】
漆門寺ナナ、消息不明。
『灰かぶり』の動向と何らかの関連があると見られ、調査を決定。