【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<7> 漆門寺ナナ / Romance

 ――とくん。

 胸の内で音が鳴っている。心臓が存在を主張している。

 あなたがくれた心臓が、あなたを前に高く鳴っている。

 焦がれたあなたが、すぐそこにいる。

 

「かげ、みや」

 

 名を呼べば、そのひとはゆっくりとこっちを向いて。

 きっとその、太陽(ひざし)の瞳がわたしを見て。

 

「……ナナ子」

 

 ――とくん。

 鍛冶(はがね)の声に跳ねる鼓動も。

 呼ばれるだけで胸を打つ名前も、あなたから貰った宝物。

 

 ああ、誘蛾灯に吸い寄せられる虫のように、わたしの体は勝手に動く。

 立ち上がれぬほど痛んだ体で、折れてない方の腕を何とか伸ばして。

 

 触れたい。

 触れてほしい。

 あの温もりに、もう一度。

 飢えにも似た感覚のまま、わたしは言った。

 

「かげみや。て、にぎって」

「……いや、俺はおまえを……」

「おね、がい」

「……」

 

 そっと。

 指が、手のひらが、お互いの脈が、触れて。

 

 ああ、大きな手。

 刃を振るい戦うひとの硬い指。

 わたしを包み込むように、温かい生命(いのち)の肌。

 とくん、とくん。

 この体温を、感触を、わたしが間違えるはずはない。

 だってこの熱は、わたしをいつも悪夢の中から連れ出してくれた――。

 

「おい、分かってんのか。おまえの腕を折ったのは……」

「――かげ、みや」

「……なんだよ、ナナ子」

 

 触れた手に、ぶっきらぼうな声に、確信する。

 

 ああ、このひとはかげみやだ。

 間違いなく、かげみやだ。

 わたしに恋をくれたひとだ――。

 

 確信すると、涙が零れた。

 悲しいのか、嬉しいのか。処理しきれない感情が、そのまま溢れてしまったような、涙。

 わたしはほとんど忘我の中で、そのひとの胸に縋りついた。

 

「かげみや。どこ、いってたの」

「……それは」

「わたし、さみしかった、よ。くるしくて、ずっと、わるいゆめのなかにいた、みたいで」

「……」

「ずっと、ずっと、どこいってたの……!」

「……すまん」

 

 それからしばらく、わたしは泣いていたように思う。

 かげみやの胸に縋りついて、ただ、泣いた。

 そんなわたしの背中を、かげみやはぽんぽんと叩いてくれたけど……でも、それじゃあまるで足りなくなって。

 

「ぎゅってして」

「は?」

「ぎゅって、して」

「いやおまえ、腕が折れて……」

「おねがい、だから」

 

 わたしはかげみやのせいで寂しかったのだから、きっとこのくらいの我儘は許されるはず。

 そうして……かげみやはわたしの背に腕を回して、わたしの体を引き寄せて。

 ぎゅっと。

 

 隻腕の抱擁は、強く。

 ああ、胸の奥をぎゅうと締め付けられるような、けれど温かい不思議な感覚。

 苦しいのに嬉しい。苦いのに甘い。蜜のような、蛇のような、胸を衝く天使の矢のような。

 これが、恋。

 この胸のふるえるような痛みが、あなたがわたしにくれた(モノ)

 

 ああ、欠けたピースが埋まったよう。

 そうだ、わたしは今まで欠けていたのだ。かげみやと強く触れ合うことで、ようやくわたしはわたしになれたのだと……そう確信できるほど満たされた。この熱が、力が、鼓動がわたしを満たしてくれた。

 なんて、幸せ――二度と手放したくない程の、愛しい痛み。

 

「かげ、みや」

「……なんだ、ナナ子」

「わたし、ずっとさみしかった、から。もう、はなれたく、ない」

 

 ぎゅうと。わたしはその体をもっと、もっと近くに引き寄せる。一分の隙間もなくなるように、二度と別れることのないように。そう祈るように。

 

「こんどこそ、わたし、かげみやをまもるから。だから、このまま」

 

 ああ、燃え上がる。

 かげみやから貰った体温が、わたしの中で炎となって。

 焦がれる恋を、告白する。

 

「ずっといっしょが、いい。このまま、とけるくらいにくっついた、まま。ずっと、ずうっといっしょにいて、ほしい……」

 

 とくん、とくん。

 重なった体、ふたつの鼓動が融け合っていく。

 そんな、永遠にも思えるような、時間。

 それを終わらせるのは、大好きなかげみやの声――。

 

「……ナナ子」

「かげみや――」

「――現実的に考えて、そりゃあ無理だ」

「え」

 

 ぴしり、世界が固まったみたいだった。

 きっとわたしの顔からは血の気が引いて、蒼白にでもなっていただろう。

 それが予想外だったのか、かげみやは少し慌てた様子で。

 わたしの背を宥めるように軽く叩きながら、彼は言う。

 

「俺は学園には帰れねえ。なにせ体ン中に魔塵が居たからな」

「……?」

「今はイマイチ存在を感じねえし、まだ居るのかまでは微妙なとこだが……おまえはその、見ただろ、俺じゃない俺を」

「……うん。やっぱり、かげみやじゃなかった、んだね」

「……まあ精神的な意味では、そうだ。で、また同じことが起こるかどうかとか、そん時に抑え込めるかどうかとか、正直現時点では分からない。こうしている今も、そうだ」

 

 わたしの背に添えられた腕。そこから感じる葛藤、焦燥、あるいは恐れ。

 かげみやは恐れている。誰かを傷つけることを。そして、誰かに傷付けられることを。

 

「つまり、学園がこんな俺を『おかえりよく頑張ったね』と迎え入れる理由がねえんだよ。有り得るとしたら『へえー君の中に魔塵が居るんだ、じゃあ危険だから殺すね、死体は解剖させてね』って感じか……俺自身に大した価値もないし、そっちのが絶対安全だからな。俺が逆の立場でもそうする。要するに、学園に戻ったら最後……良くて即処刑、悪くて生きたまま研究材料だろう」

 

 ……それは、駄目だ。

 かげみやがまた死んじゃうのは、絶対に駄目だ。

 だけど……。

 

「んで、俺はまだ死にたくない。だから、ここでお別れだナナ子――」

「なん、で?」

「……おまえ、今の話ちゃんと聞いてたか?」

 

 だけど、かげみやが学園に帰れないのと、わたしと一緒に居られないのは繋がらない。

 とても簡単な話だ。

 

「かげみやが、かえらない、なら、わたしも、かえらない」

「はぁ? おまえ、何言って――」

「『やくそく』」

 

 言って、わたしは小指を差し出した。

 思い出すのはあの約束のこと。

 

『おまえが本当の意味で俺に頼ってきたとき――俺なんかに頼らざるを得なくなっちまったその時は。たとえ地獄の底だろうが、せいぜい着いて行ってやるさ』

 

 かげみやは確かにそう言った。

 その約束の為に戻って来てくれた。

 だから、今度はわたしが言うのだ。

 

「わたし。かげみやといっしょなら、じごくでも、いいの」

「な」

「かげみや、は、いや?」

 

 そう、生まれてから一番の真剣さで尋ねて。

 

 かげみやは、笑わなかった。

 ただ、言った。

 

「……それが、おまえの『お願い』か?」

「うん」

「まあ、おまえの境遇は理解してるつもりだし。本気ってんなら、それでもいいが」

「ほんき、だよ」

「……処刑人が、学園の言いなりが嫌になったか?」

「……うん。わたし、もう『よけいなこと』がゆるされないわたしは、いや……」

「そうか……だが、いくら星五級とはいえ、たぶん脱走兵扱いで逃亡生活だぞ。二度と陽の当たる場所に出られないかもしれない。一生追われ続けるかもしれない」

「それ、でも」

 

 ぎゅうと、かげみやの体にわたしの体を押し付ける。

 あなたがくれた鼓動の音が。

 わたしの恋が触れ合った熱から伝われと、強く。

 

「それでも、かげみやといっしょが、いいの。だれにゆるされなくても……だれもころさない、だれかをすきなわたしがいいの。よけいなものだらけのわたしが、いいの」

「……そうか」

 

 とくん、とくん。

 高鳴る心臓に押されるように、わたしの喉から言葉が溢れる。

 

「かげみや。ずっといっしょって、『やくそく』、して、くれる?」

 

 もう一度、小指を立てて。かげみやの前に差し出して。

 少し間が空いて。

 

 ――指が、絡まる。

 

「……ああ、『約束』だ。俺の地獄におまえを連れてく。その代わり、おまえの地獄に俺を連れてけ、ナナ子」

 

 そうして。

 そうしてわたしとかげみやは、小指と小指で契りを結んだ。

 行先も分からぬ船の上で、それでもふたり永遠を誓った。

 世界の全てが融けていく。飴色の夕陽にとけて、まざって。

 

 ああ――なんて眩しい、落陽。

 冷たい闇の訪れすら、思わず歓迎してしまうほどの。

 いいえ、どれほど暗い夜だろうと……ふたりで居られるなら構わない。

 だって。

 あなたの声は鍛冶(はがね)の声。聴くだけで胸を打たれるような。

 あなたの肌は生命(いのち)の肌。触れれば温もりが心を融かす。

 あなたの瞳は太陽(ひざし)の瞳。注がれたわたしにも熱をくれる。

 だから、もう眩しいだけの光は要らない。

 かげみやと一緒に、わたし、このまま夜に融けていく――。

 

 

 

 

 わたしの懺悔をここに。

 

 地獄の門を開いていました。

 罪に裁きを下していました。

 穢れたる血を掻き抱いて。

 その温もりで眠っていました。

 

 わたしは死神、正義の徒。

 罪人の血を浴びてこそ、神はわたしを赦されるのだと……そう、信じて。

 

 けれど――。

 けれど、わたしは気付いたのです。

 血を浴びて得た温もりは、冷たくなる血に奪われるのだと。

 だから、血を浴びるのはもうやめて。

 神様に祈る両手を解いて。

 代わりにあの人の手を取って。

 その温もりに笑いましょう。

 

 わたしはただの、恋する乙女。

 誰がわたしを赦さなくとも、わたしはわたしで居たいだけ。

 あなたを好きで居たいだけ。

 

 とくん、とくんと。

 あなたを好きで胸が痛いのが、好きなわたしで居たいのです。

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