【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
12月25日、クリスマス。
その夜は雪が降っていた。
世間一般で言うところのホワイトクリスマス。
しんしんと降り積もる、聖なる時間。
とはいえ、
違うのはその時間を過ごす人の心持ちであって、その日じたいが何か他と違う、特別な時間という訳ではない。
祭日というのはそういうものだ。
だからこそ、夫妻は今日もいつも通りに、診療所を夜遅くまで開けていた。
それは夫婦二人のみで運営している、神亡川某所の小さな
夫が外科医で妻が内科医。
お互いそれなりの大病院に勤務していた経歴はあるが、10年前の大災害を機に、故郷たるこの街に戻って来た。
大病院から診療所へ。
設備も薬剤も報酬も、前の職場と比べるべくもない。
そんな夫妻は、けれど、大きな病院のない
10年間、休日は週に一度の火曜のみ。
それでさえ患者が来れば扉を開ける。
土日祝を問わず人を襲う怪我に病魔、それらに襲われた不運な者の駆け込み寺として在る為に。
当然、今日のような
この先も、出来る限りそうやって。
それが夫妻の、診療所の医師としての
カラン、と。
診療所のドアベルが鳴った。
はい、今行きます―――なんて、半ば条件反射的に夫の方が声を飛ばす。
大事でなければいいんだけど、なんて呟きながら、妻の方が患者を出迎えに小走りで玄関へ。
そうして訪れた患者へ、今日はどうされましたか、と優しく問いかける……そう、普段ならそんな声がしていただろう。
けれど、今回に限ってそれはなく。
疑問に思った夫が立ち上がり、妻と同じように玄関へ向かい……。
そうして。
妻と同じように、絶句、した。
―――しんしんと。
雪が降る街の夜を背に、その少年は
なぜそんな比喩が夫妻の脳裏に浮かんだか、その理由は単純で。
彼の姿は余りにも、夫妻が培ってきた常識というものから―――あるいは、常識的な人間のカタチから逸脱していたからだ。
まず、右腕がない。
顔には罅割れたような黒い亀裂。
ああ、これは右眼もない、のか。
更に、その全身は血塗れで。
雪のような白いシャツが、雪と同じ斑に染まっていて。
そして―――学生らしい黒髪の少年は、黒い布で包んだ、白髪の少女を抱いていた。
雪の降る中。
白黒の人影は、まるで映画の
明らかに異常な光景。
幻覚か、妖怪か、それとも例の異能とかいうモノか。
されど、そのどれでもないと言いたげに―――少年は白い息を吐いて。
その目で
「――――助けてくれ。こいつ、腕が折れてるんだ」
ああ、どこから突っ込んでいいのやら。
こいつ、とは彼が抱いた白髪の少女のことか、とか。
自分が血塗れなのはいいのか、とか。
そういう疑問が最低十個は夫妻の脳を駆け巡ったものの。
―――『助けてくれ』。
夫妻にとって、その言葉は全てに優先された。
その日。
夫妻は開業以来初めて、予定より早く診療所を閉める事となる。
これが、とある
少年と少女―――彼等に運命が追い付いてくるまでの、1週間の始まりだった。
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