【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<9 / 0> epilogue / 1日目

 12月25日、クリスマス。

 神亡川(かながわ)県のとある港に、ひとつの貨物船が漂着した。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 その夜は雪が降っていた。

 世間一般で言うところのホワイトクリスマス。

 しんしんと降り積もる、聖なる時間。

 とはいえ、聖夜(クリスマス)も普通の日と変わらない。

 違うのはその時間を過ごす人の心持ちであって、その日じたいが何か他と違う、特別な時間という訳ではない。

 祭日というのはそういうものだ。

 

 だからこそ、夫妻は今日もいつも通りに、診療所を夜遅くまで開けていた。

 それは夫婦二人のみで運営している、神亡川某所の小さな個人医院(クリニック)

 夫が外科医で妻が内科医。

 お互いそれなりの大病院に勤務していた経歴はあるが、10年前の大災害を機に、故郷たるこの街に戻って来た。

 大病院から診療所へ。

 設備も薬剤も報酬も、前の職場と比べるべくもない。

 そんな夫妻は、けれど、大きな病院のない地域(まち)の医療を支えているというささやかな誇りだけで充分だった。

 

 10年間、休日は週に一度の火曜のみ。

 それでさえ患者が来れば扉を開ける。

 土日祝を問わず人を襲う怪我に病魔、それらに襲われた不運な者の駆け込み寺として在る為に。

 当然、今日のような祝日(クリスマス)だろうと例外はなく。

 この先も、出来る限りそうやって。

 それが夫妻の、診療所の医師としての矜持(プライド)だった――。

 

 カラン、と。

 診療所のドアベルが鳴った。

 はい、今行きます―――なんて、半ば条件反射的に夫の方が声を飛ばす。

 本日(クリスマス)3人目のお客様だ。

 大事でなければいいんだけど、なんて呟きながら、妻の方が患者を出迎えに小走りで玄関へ。

 そうして訪れた患者へ、今日はどうされましたか、と優しく問いかける……そう、普段ならそんな声がしていただろう。

 けれど、今回に限ってそれはなく。

 疑問に思った夫が立ち上がり、妻と同じように玄関へ向かい……。

 そうして。

 妻と同じように、絶句、した。

 

 ―――しんしんと。

 雪が降る街の夜を背に、その少年は(ユメ)のように立っていた。

 なぜそんな比喩が夫妻の脳裏に浮かんだか、その理由は単純で。

 彼の姿は余りにも、夫妻が培ってきた常識というものから―――あるいは、常識的な人間のカタチから逸脱していたからだ。

 まず、右腕がない。

 顔には罅割れたような黒い亀裂。

 ああ、これは右眼もない、のか。

 更に、その全身は血塗れで。

 雪のような白いシャツが、雪と同じ斑に染まっていて。

 そして―――学生らしい黒髪の少年は、黒い布で包んだ、白髪の少女を抱いていた。

 

 雪の降る中。

 白黒の人影は、まるで映画の世界(なか)から飛び出して来たかのように。

 

 明らかに異常な光景。

 幻覚か、妖怪か、それとも例の異能とかいうモノか。

 されど、そのどれでもないと言いたげに―――少年は白い息を吐いて。

 その目で(しっか)りと夫妻を見つめて、若く低い男の声で言う。

 

「――――助けてくれ。こいつ、腕が折れてるんだ」

 

 ああ、どこから突っ込んでいいのやら。

 こいつ、とは彼が抱いた白髪の少女のことか、とか。

 自分が血塗れなのはいいのか、とか。

 そういう疑問が最低十個は夫妻の脳を駆け巡ったものの。

 ―――『助けてくれ』。

 夫妻にとって、その言葉は全てに優先された。

 

 

 その日。

 夫妻は開業以来初めて、予定より早く診療所を閉める事となる。

 これが、とある雪の聖夜(ホワイト・クリスマス)の出来事。

 少年と少女―――彼等に運命が追い付いてくるまでの、1週間の始まりだった。




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