【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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【Tips】
《星等級 (せいとうきゅう)》
 異能の強力さを表すランク。星等級は基本的に一から五の5段階であり、星が多い方が高位。星等級は入学時の計測によって決定し、生徒会主導の昇格審査や職員会議などで変動する可能性がある。また星四以上の生徒には制服の改造を含めた特権が与えられるため、殆どの生徒が星等級の昇格を目標としている。
 一部のキャラクターは「昇格」によって星の数を増やすことが出来る。昇格すると星の数に応じてレベルの最大値が解放される。昇格するためには曜日クエスト『生徒会依頼(初級~超級)』でキャラに応じた属性の「昇格審査書類」を手に入れよう。


<3> 漆門寺ナナ (上)

 災玉(さいたま)国防学園高等部・中央棟5.5階の屋上階段踊り場。

 窓から差し込む夕日が、埃っぽい空気を温く照らす。そんな空間で、階段を椅子代わりに男女が駄弁っていた。

 

「今日の任務は杉波(すぎなみ)区で行方不明になった生徒の救出だったの。旧都はいつも通り薄暗くて怖かったけど、双咲(そうざき)さんが手伝ってくれて。無事に助けることができたんだ」

「……そうか」

「本当は星二の危なくない任務が良かったんだけど、先生に押し付けられちゃって。あ、影宮(かげみや)くんは今日何してたの?」

「あー、俺は今日授業日だったから。話の種になるようなことは何もねぇよ」

「そうだったんだ。あ、そういえば影宮くんは文理どっち? 私は文系だけど……」

「……理系。どうにも国語が苦手でな」

「そっか。一緒ならどこかの授業で会えたかもしれないのに……残念」

 

 俺の名前は影宮エイト。災玉国防学園に通わされている異能者の高校生。

 ちょっと前まで友人の1人も居なかった俺だが……どういう訳かここ最近、ひとりの女子と頻繁に会話するようになった。

 

「私たちクラスも違うし……放課後しか会えないの、ちょっと寂しいね」

「……いや、そうか? ていうか別に毎日のように会う必要無いだろ。そりゃ確かに『基本放課後は此処に居るから何かあったら来い』とは言ったが……それは所謂(いわゆる)駆け込み寺的なイメージを持って欲しかったのであってだな……」

「──もしかして私、邪魔だった?」

「いやそういう訳ではない。ないから泣き真似止めろ、嘘だと分かってても気まずいわ」

「えへ、バレちゃった?」

 

 そうして悪戯っぽく舌を出す彼女の名前は九瀬(くぜ)ヒカリ。『守護天使(ガーディアン)』の呼び名で有名になりだした、戦闘補助系異能の革命児と名高い転入生だ。星四への昇格も近いと噂されている彼女と俺は、一週間ほど前の再会を期に実に奇妙な関係を築いていた。

 

「ふふっ」

「今のやり取りに笑う要素あったか……?」

 

 放課後になると俺お気に入りの休憩所に彼女はやってくる。彼女はやや一方的に喋り、俺は鷹揚に相槌を打つ。この関係性を何と呼べばいいのか、俺の語彙では適切な言葉が思い当たらなかった。

 まず恋愛的な関係ではない。俺は九瀬のことが好きな訳では無いし、九瀬も異性として俺を見ているわけではないだろう。そもそもそんなこと考えるほどの心の余裕は俺たちには無い。

 そして友人関係かと言われると、それも微妙だ。正直、俺は九瀬に対しかなりの負い目がある。それは『救えなかった』がゆえの感傷。そして九瀬が俺に求めているのは俺自身ではなく『本音を吐き出す場所』だろう。それを友人関係と呼ぶには少々歪な気がする。

 

 そんなことを考えていると、九瀬が分かりやすい程明るく作った声を出した。

 

「そうだ影宮くん、今度の任務なんだけど、よかったら一緒に──」

「断る」

「……そっかぁ」

 

 一転して残念そうな表情になる九瀬。彼女の『本音』を知るのは今のところ俺だけらしいので、肩肘張って優等生を演じるのが疲れるのだろう。だが物事には優先順位がある。

 

「そもそも俺以外に強い奴はごまんと居る。本気で生き残ることを考えるなら俺なんかに頼ろうと思うな。おまえの異能なら星四異能者は勿論、星五異能者だって喜んで組んでくれるだろうぜ」

「……うん。そうだよね」

 

 だが九瀬の表情は晴れなかった。

 仕方ない、と溜息を吐きつつ、彼女の機嫌を直すためにひとつの提案をする。

 

「1人。知り合いの星五異能者を紹介してやる。星四任務を押し付けられた時頼れるぞ」

「え?」

 

 この提案は少し前からしようと思っていた。正確には、九瀬に『星四昇格』の噂が立ち始めた辺りから。

 星四に昇格すれば当然、星三任務よりも危険度が高い星四任務が回ってくる。俺と同じ常識的な感性を持つ九瀬は嫌がるだろう。

 だが星四任務には利点もある。それは『星五異能者を連れて行ける』という一点だ。

 

 こちらを振り向いた九瀬が驚いた顔で問う。

 

「星五って学園に4人しか居ない凄い異能者のことだよね。影宮くん、そんな凄い人のひとりと知り合いなの?」

「……ああ、まあな」

 

 星五異能者は別格だ。生徒数2万を超えるこの学園にも星五異能者は4人しかおらず、プロの国防官の中にも滅多に居ない。そしてその全員が、星四とは別格の強さを持っている。もし星五異能者を連れて行けるなら、星四の任務などその時点でクリアしたも同然だ。

 そしてどんな奇縁か、俺にはそんな星五異能者の知り合いが2人いる。

 1人はテンカ(ねえ)こと八重桐(やえきり)テンカ。テンカ姉と俺はそこそこ親密だが、九瀬に紹介するのはこちらではない。何故なら彼女は生徒会長という多忙な立場に加え、彼女が学園の外に出てしまうと学園の防衛力が大きく下がってしまう都合上基本的に普通の任務に同行できないのだ。

 

 故に紹介するのはもう1人の方。

 

九瀬(くぜ)、おまえ『漆門寺(しちもんじ)ナナ』って知ってるか?」

 

 俺の言葉に、九瀬は目を丸くした。

 漆門寺(しちもんじ)。それは災玉国防学園の学長の姓だ。だが彼女が反応したのはそれが理由ではない。

 

「聞いたことある。前、真っ白な女の子が廊下を歩いてて……皆その子を見るなり逃げて行くの。私も双咲さんと五十嵐くんに引っ張られて……そしてこう言われた。『あの白い女の子、漆門寺ナナには関わるな』って」

 

 成程、実にナナ子(アイツ)らしいエピソードだ。正直そうする気持ちは滅茶苦茶分かる。

 これじゃ怖がりな九瀬に紹介するのはキツイかもな……と思っていると、意外な問いかけが飛んで来た。

 

「年下だよね。一体どんなコなの?」

 

 妙に緩い問いの真意は悟れず、とりあえず一般的な知識で答える。

 

「そうだな……近づいたら殺されるとか、そういう噂が本気で信じられてる程度の中等部1年女子だ」

「中等部一年って……中学1年生で星五異能者!?」

「そうだ。まあ2年前から星五だから、初等部5年の頃から星五だな」

「そ、それってとんでもなく凄いよね?」

「まあワンチャン星五昇格の世界最年少記録保持者かもな」

 

 ほえー、と驚く九瀬。その反応は、やはり俺の想像していたのとズレている。

 

「意外だな。怖がらないのか?」

 

 そう訊くと、彼女は真面目な顔でこう言い放つ。

 

「噂でしょ? まだ話したことも無いのに、その人がどんな人かなんて分からないよ。それに影宮くんが私に紹介するってことは、少なくとも私が殺されることはなさそうだしね」

 

 にこ、と笑う九瀬。……彼女は簡単に命を懸けるほどの勇気こそ無いものの、その性根はとんでもなく善良だ。多分イジメとか許せないタイプ。もしそういう場面に鉢合わせたら、加害者に立ち向かう勇気こそないものの被害者に寄り添ってあげる……1週間ほど関わって分かった、九瀬ヒカリはそういう人間だ。

 

「……随分信用されたもんだ。言っとくが、俺もアイツは怖いぞ。何考えてるか分かんねぇし。まあ流石に犯罪者でもない人を殺しはしないとは思うが」

「その言い方だと犯罪者なら殺すみたいに聞こえるけど」

「実際に見たことは無いけどな。俺はやり過ぎるアイツを止める側だった。加減が分かってないんだよアイツ……いや、どちらかと言うと『教えられてない』が近いかな」

 

 彼女の善良さにあてられたのか、思わず俺の口が滑る。

 九瀬も察したようだった。

 漆門寺ナナと俺の関り。そしてアイツの隠された本質を。

 

 九瀬は膝を抱え、静かな声で俺に言う。

 

「聞かせて。漆門寺ちゃんと影宮くんのエピソード」

 

 成程。まあ、これくらいなら良いだろう。

 

「そうだな。そう言えば、丁度この前……」

 

 そうして俺は九瀬と学園で再開する少し前のこと、漆門寺ナナと任務に行ったときの記憶を語りだした。

 

 

 ◆

 

【Tips】

《国防官 (こくぼうかん)》

 瘴気・魔塵から人々を護る、異能者にしか就けない特殊な職業。彼らは基本的に旧都から離れた地方に配置され、担当地域に瘴気と魔塵が発生した場合その対応を行う瘴気関係専門の警察・衛兵のような役割を担う。

 神出鬼没の瘴気に対し国防官の数は未だ不足しており、日本全土が瘴気災害の危険から解放される未来は遠い。

 

 ◆

 

 

 その日は朝から嫌な予感がしていた。

 

 目覚まし時計は電池が切れていて寝坊しかけたし、ルームメイトが水の取り換えを失敗して部屋の花瓶が粉々に割れた。渡り廊下を歩いていたら何故か黒猫が道を横切り、しかもカラスの死骸を落としていった。学食に行けばお気に入りのメニューは悉く品切れ、挙句の果てには何も無い所で転んだのだ。星三相当とはいえ瘴気の影響で五輪金メダルが量産できる程度には身体強化されたこの俺が。

 

 そんな午前中を過ごし、とんでもなく不吉な何かを背中に感じながら廊下を歩いているときだった。

 

「……?」

 

 人の往来の数が急激に減った。

 周囲の生徒が全て、俺の背後を見るや否やどこかに逃げるように去っていく。気付いたときには廊下の向こう側まで人っ子一人いなくなっていた。

 まるで猛獣でも見つけたような反応だな……と思った瞬間。背後から気配を感じ、俺の背中を嫌な汗が流れる。

 まさか。なにかを思う隙も無く、背後の気配は声を放つ。

 

「──みつ、けた」

 

 生気の無い声。例えるならそれは、冥界より(かす)かに届く屍者の(いざな)い。あるいは感情を持たない少女の聲か。

 その闇を纏う不気味な声を、しかし俺は知っていた。

 参ったとばかりに頭を掻きながら、俺はゆっくりと背後を振り向むく。

 

「……久しぶりだな。何の用だ、ナナ()

 

 目線は下に。振り向いた先には予想通り……俺よりも頭ふたつ程小さい、小柄な少女が静かに立っていた。

 脱色したような白色が目を刺す。その少女は全てが白かった。

 

 髪も白。肌も白。右目を覆う眼帯も白なら露出した左目も白。当然睫毛も白。中等部のものである改造制服も、襟元から靴まで全てが真っ白。

 元々持っていた全ての色を漂白したかのような、彼女の周囲だけ『色』という概念が無いかのような……そんな目の錯覚さえ疑ってしまう。その白一色の姿は、この学園で一二を争うほどに有名だと言って良いだろう。尤もその有名は半分以上が悪名だろうが。

 

 曰く。学長の娘である彼女は癇癪で生徒を殺し、それを権力で隠蔽している。

 曰く。彼女は人型の魔塵であり、それを誤魔化すために真っ白に染められている。

 曰く。その眼帯の下の目に見られた者は、その日のうちに死んでしまう。

 

 そんな噂がまことしやかに囁かれる少女──星五異能者、『絶対不可侵(アンタッチャブル)』の漆門寺(しちもんじ)ナナが其処に居た。

 

「ひ、ひさし、ぶり」

 

 つっかえたような口調に、俯きがちで真意の読めない表情。声音は確かに可憐な少女のものなのに、感情という色がない真っ白な声はヒトならざる者がヒトの声真似をしているようで、聴いているだけで妙に不安になる。

 そんな彼女は白い眼帯で塞がれたのと反対側、白濁し殆ど視力を失った左目で此方を見上げながら、一枚の紙を差し出してきた。

 

「かげみや、これ」

 

 中等部一年にしてはたどたどしい言葉遣いと共に差し出されたそれを受け取って見れば、それは。

 

「……任務募集書類?」

 

 ざっと内容を洗う。

 

「星四賞金首異能者・テロリスト〈爆炎のユダ〉拘束任務……?」

 

 〈爆炎のユダ〉。少なくとも7件の現住建造物放火罪及び内乱罪・殺人罪・異能違法使用罪で指名手配中の大罪人。旧都付近の政府施設を狙った爆破テロ事件を何度も起こしたことからその二つ名が付けられたお尋ね者だ。

 分かっているのは荒い解像度の顔写真と異能の大まかな特徴、そして真偽不明の『噂話』くらいか。確か彼は『生死問わず(デッドオアアライブ)』の賞金首だったハズなので、『拘束』というのは上の意向が関わっているのだろう。まあ殺す前に尋問してテロに加担した仲間を吐かせるとか、多分そういう感じのヤツだろうが。

 

 そしてそんな書類を見せられたということは。

 

「……もしかして、俺にバックアップを依頼しに?」

「(こくり)」

 

 バカかテメェは星四異能者なんか山ほど居るんだから素直にそいつらに頼めばいいだろ俺の(ランク)知ってんのかクソガキ──そんな言葉が口から出かけ、必死に呑み込む。

 

 いや、もし相手がテンカ姉なら言っていただろう。あの人はなんだかんだ言って殴る前に拳を振り上げてみせるタイプだ。いきなり首に剣を突き付けられることはあっても、いきなり首が飛ぶことは無い。

 だがコイツは……漆門寺ナナにはそういう常識があるのかどうか分からない。もし怒らせでもしたら、次の瞬間俺は挽肉にされているかもしれない。実際コイツの周りにはその手の噂が腐るほどある。

 

 『危険な任務で死にたくない』と『何考えてるか分からない化物少女の癇癪で死にたくない』が脳内でせめぎ合った結果……出た結論は。

 

「……分かった。だが期待はすんなよ。おまえも知っての通り、俺は危なくなったら逃げるタイプの人間だからな」

「(こくり)」

「言ってる意味分かってんのか……?」

 

 問題の先延ばしだった。今死ぬか後で死ぬかなら後者。それにコイツは、ナナ子は紛れも無い学園最強格・押しも押されぬ星五異能者だ。ヤバくなったらコイツを頼れば、まあ死ぬことは無いだろう。

 

「まあいい。それで、俺は何をすればいい?」

 

 問えば、彼女はその幼いとも不気味ともとれる声で答える。

 

「てき、みつける、の、てつだってほしい。あと、()()()の、しきべつ」

「『コード』ね……」

 

 その言葉に、俺は背筋を奔る怖気を堪えられなかった。

 俺は漆門寺ナナと何度か任務をこなしたことがある。当然その異能も見たことがあり、そのときの事を思い出すと今でも足が震える気がする。それ程にコイツの異能はヤバすぎる。

 

 ……確かに、ヤバい異能はいくつもある。てか星五異能者の異能は全部ヤバい。

 学園最強の呼び声高いチート異能究ノ弐条(パワーオブナイン)、便利すぎるあまり学園の運営に組み込まれた支配者の異能絶滞契厄(ギブアンドテイク)、そして『個人軍隊(ワンマンアーミー)』と呼ばれるテンカ(ねえ)百剣繚乱(ブレードルーラー)

 

 だがその中でも、コイツの異能は別格だ。とびぬけて強いという意味ではなく、強さの方向性が違うというべき意味で。

 なにせ()()は力の仕組みも詳細もまるで分からない。違う世界に住む怪物を連れてきたような……どちらかと言えば魔塵(まじん)の使う異能に近いような、そんな不気味で強大な異能(チカラ)

 名を、地獄門(セブン・シンズ)

 それこそが学園の歴史上唯一初等部の時点で星五異能者に至った天才にして、災玉国防学園に居る4人の星五異能者の一角──漆門寺ナナの異能の名だ。

 

「よ、よろしく、ね」

 

 にへ、と。

 真っ白な少女は、どこか歪な笑顔でそう言った。




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