【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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   /天国の音

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 ―――聖堂に(うた)が響いていた。

 壁と一体化した巨大なパイプオルガンが、聖なる響きを荘厳に歌い上げる。

 

 ここは旧都を囲む国防三校の一角。

 武闘派と名高い神亡川異能育成学院(かながわいのういくせいがくいん)―――その『大聖堂(だいせいどう)』。

 

 宗教的理由によって建設されたその空間は、国内のミッションスクールにあるような一般的な聖堂とは異なり、西欧の地に実在する大聖堂(カテドラル)をそのまま持ってきたかのような規模を誇る。

 仰げどなお高い湾曲(アーチ)した天井、

 そこから床まで伸びる実利と装飾を兼ねた柱の数々、

 陽光を神の祝福に格上げする巨大なステンドグラス。

 磨き抜かれた吊り下げ式のシャンデリアや、行儀よく整列した長椅子の手入れされ具合などを見れば、それだけでこの施設の重要性が理解できるというものだ。

 

 だが……そんな大聖堂は、このひと時、たった個人(ひとり)の為の私室と成り果てていた。

 ステンドグラスの下、高く聳えるパイプに繋がれた飴色のオルガン。

 聖書に謳われる数百の翼を持つ天使、あるいは巨大な機械によって延命される病人を思わせる管楽器の前には、一人の男が座っている。

 当然だ。

 オルガンが鳴っている以上、演奏をする者は必ず存在する。

 聖堂があるならば、そこで信者たちを導く者が居るように。

 それが彼。

 聖堂の主。

 

 だが、今は導くべき信者は不在。

 大聖堂はガランドウ。

 鍵盤を叩く骨ばった指が宿すものも、普段の信者たちへの真心ではなく……ただ奏者本人の宿す、些細で煩雑な感情の微動(リズム)

 であるが故に、彼はこれを私的な行為だと認識していた。

 我ながらなんて職権乱用、信者たちへの裏切りだろうか、と。

 

「―――ふ」

 

 オルガンの調べに紛れるように、男の口元が涼しく歪む。

 

 だって「裏切り」というのなら、自分はいつだって裏切っている。

 湾曲(アーチ)した天井、芸術めいた柱、祝福を謳うステンドグラス。

 全てが神の存在を称える場所に置いて、ただ独り、私だけが『そんなもの』を信じていないのだから―――と。

 

 そう。

 真実、彼にしてみればなんでもよかったのだ。

 ブッディズム式の仏堂でも、今のような西欧風の聖堂でも、あるいは神社や寺だって。

 神の実感へとすり替えられるほどの感動を引き起こせる建築物なら、本当になんでも。

 この聖堂が建つ決め手となったのは、ただ、「パイプオルガンを演奏できたら楽しいかもしれない」という実に子供じみた願望(おもいつき)だけ。

 なにせ―――彼がこの学院じゅうに広めた宗教とは、既存のどれでもない、てんで出鱈目な新興宗教だったのだから。

 

 ―――ダーン、と。

 彼からすれば無駄に壮大な響きで、名前の無いままに演奏(きょく)は終わった。

 本当に……実際に弾いてみて分かったことだけれど、この楽器は些か大袈裟すぎる。

 パイプを通して聖堂じゅうに響く音は確かに信者の胸を打つのだろうが、所詮は電子音と同じ振動(おと)だ。演奏するふりをして後ろでスピーカーを鳴らしたところで、果たして何人が気付くのか。

 いいや誰も気付くまい、と奏者は苦笑する。

 

 なにせこんな聖堂に集まる者達は―――宗教を求める人間とは、要するに、自ら進んで盲目になることを選んだようなものだからだ。

 目を(めしい)るのではない、在り方としての(めくら)

 イヤなものを見たくない一心で必死に目を閉じる憐れな子羊(スリープウォーカー)

 正に夢遊病だ。

 現実を虚構(ユメ)で上書きしなければ生きていけない、なんて、彼からすれば本当に理解に苦しむ。

 

 ―――けれど、彼はそれを嫌悪しない。

 矛盾するようだが……理解に苦しみはするけれど、理解そのものは出来るのだ。

 人間は愚かなほど賢くて、勇敢な癖に臆病で。

 どうやら自分のように、()()()()()()()()()()()()()()()と正しく理解した儘では、真っ直ぐ歩くコトさえままならないらしいから―――。

 

 うねるようなオルガンの残響が、聖堂の壁に染み込んで永眠する。

 そんな低音と入れ替わるように―――聖堂にふたつ、足音が響いた。

 

 彼はオルガンを弾く為に座っていた椅子から立ち上がり、足音のほうに目を向ける。

 かつん、と音を立てて現れたのは、二人の対照的な女子生徒。

 

「し-きょーちゃーん。ウチが来たぜー、呼ばれたから来たぜー」

「……司教様。フゥに何の用ですか……?」

 

 呼ばれて、男はほんのわずかに苦笑した。

 

 『司教』。そう、司教。

 ソレが彼女たちにとっての彼。十年前、あるいは八年前からの彼。

 『浄魔神教(じょうましんきょう)』という出鱈目を学院じゅうに信じ込ませた、そこそこに優秀な詐欺師へと与えられた大層な称号。

 教祖、という響きよりかは幾分かましだが、それにしたって気恥ずかしい。

 とんだ裸の王様が居たものだ、と自嘲しつつも、彼は心の中で役割(かんむり)を被り直す。

 

「―――よく来てくれたね、二人とも」

 

 心を慰撫する古拙な微笑、包み込むような柔い声。

 いっそ笑ってしまうくらい完璧な、『優しい司教さま』の終生演技(ロールプレイ)

 そこに信者たちへの嘲りはない。

 むしろ誠意さえを抱いて、彼は神を語る装置と果てる。

 

 求められたならカミサマだって演じてしまう。

 それが彼の生まれ持った、悪癖にもにた生態だった。

 

 そんな男は、横に並んだ二人の名を呼ぶ。

 

「『雷神』、白杭(しらくい)ライカ」

「はいはーい。ご使命とあらばビリっと登場、学院(みんな)のアイドル・ライカちゃんでーっす。んでー、今回はウチに何の用なワケー?」

 

 確認作業めいた声に、名を呼ばれた女子生徒が反応する。

 

 有り体に言えば、それはギャルだった。

 目が覚めるような金髪に、快活そうな日焼けした肌。

 メイクで彩られた睫毛の下で影を裂く、雷光を帯びたような黄金(しろ)の瞳。

 学院制服の上着を腰に巻き、丈の短い白シャツにミニスカートと肌色の多い恰好は、とても歴戦の異能者とは思えない。

 

 だが、男がそんな格好に言及することはない。

 彼女らが男の『司教』という呼び名に言及することがないように。

 理解あるが故の無関心。

 だから男がすることは、同様にもう一人の名を呼ぶことだけ。

 

「『風神』、黒槌(くろつち)フウウ」

「……はい。またフゥの出番ですね……いいえ、全然気にしてません……だってみんな使えないもの、なら、みんながフゥを頼るのも仕方ないよね……」

 

 そして隣がギャルなら、こちらはゴスロリというほかない。

 長く波打つ黒い髪に、深窓の令嬢めいて白い肌。

 アイシャドウの隙間から世界を覗くのは、嵐を思わせる深緑(くろ)の瞳。

 黒を基調とした学院制服は原型がなくなるほど改造され、フリルとリボンで溢れた黒い(ダークな)ドレスと化している。相方とは対照的に、こちらは殆ど肌の露出がないが、過剰なまでに装飾されたドレスもまた戦闘に適しているようには見えなかった。

 

 見事なまでに対照的な白と黒。

 片方は軽すぎ、もう片方は重すぎる。

 真面目に鍛錬し昇格(うえ)を目指す生徒たちからすれば悪い冗談のような戦装束。

 

 だが、それでも彼女らは『最強』だ。

 学院に五名所属する星五異能者の二人組(コンビ)

 通り名を『風神雷神』。

 敵将を穿つ白い杭と、敵軍を潰す黒い槌の連携とは、どんな強者も抗うこと能わぬ自然の暴威の具現が故に。

 

 とはいえ。

 

「君たちに任務を与えたい。『学園』から直々の御使命だ。辛い任務になるだろうが、二人とも、頼まれてくれるかい……?」

「当たり前っしょ。つーか、しきょーちゃんはもっと堂々と『殺して来い』『死んで来い』って言ってよねー。ウチ優柔不断ってきらーい」

「フゥも、問題ないです……結局、命令に逆らうとかありえないし……」

 

 二者二様に快諾する二人組に、司教(おとこ)は満足げにも申し訳なさそうにも見える曖昧な表情で頷いた。

 

 とはいえ彼女らが自然の暴威なら、男はいと高き神の代理に他ならぬ。

 学院の実質的な支配者(トップ)

 浄魔神教の元締めたる大司教にして、学院いちの大噓吐きは、災害さえ従える力を持つ。

 

 神を象ったステンドグラス。

 暗雲にしか見えぬ異形を背負い、男は厳かに神命を下す。

 さあ、憐れな子羊よ。

 汝、優しい虚構(ユメ)を望むならば、

 

「『御東(みあずま)』の名の下に―――」

 

 虚像(カミ)の敵を。

 漆門寺(しちもんじ)ナナを、抹殺せよ。

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