【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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タイトル・あらすじ試行錯誤中……


   /迷わぬ強さ

■■■

 

 

 

 

 国防三校の一角、『災玉国防学園』から『神亡川異能育成学院』へと委託された、脱走者・漆門寺ナナの捜索と対処。

 その命が下されたのは、『学院』の星五異能者―――標的(ターゲット)たる漆門寺ナナと同格の二人だった。

 

 ソレは『風神雷神』と呼称される学院最強の二人組(コンビ)

 大聖堂の長椅子にふんぞり返り、足を前の背もたれに乗せた白杭(しらくい)ライカと、

 室内というのに豪奢な黒い日傘を差し、楚々と座った黒槌(くろつち)フウウ。

 ギャルとゴスロリ、対照的ながら揃って可憐な女子生徒……にしか見えぬ超人たち。

 

 そんな彼女等へ、今しがた命令を下した『司教』は、大聖堂と同じくガランドウの心で言葉を続けた。

 

「君たちには辛い試練になるかもしれない。けれどこれも国家秩序の安寧の為、ひいては『御東(みあずま)』の鎮魂の為だ。……引き受けて、くれるかい?」

 

 『御東(みあずま)』。

 それは彼女らの信じる『神』の名前。

 司教の口からそれを出された時点で、『学院』生徒の八割は断れないだろう。

 神の名を出され、大役に身を引き締めるか。

 あるいは喜びに身を震わせるか。

 たいていはそのどちらかの反応になる。

 

 だが……司教からの言葉を賜った二人組の片割れ、白杭ライカは、「うざ」と表情を歪めて長椅子を軋ませた。

 

「あーもー、そーゆーのいーから、ウチの体質(コト)知ってるっしょ、しきょーちゃんは。汚れ仕事は慣れてっし? ま、いつも通り、()()()()もひっついて来てるケドさ」

「…………」

 

 明朗ながら容易く心を裂くような声は、美しく閃く雷光めいて。

 そんな彼女の視線は、通路を挟んで隣に座った黒槌フウウへ。

 ライカの睨みと嫌味を無言で受け流すその横顔に、彼女の心はさざ波立った。

 

「なんとか言えしコノ()()()()。前から気になってたんだけどさぁ、アンタ、その厚底でどーやって走るつもりなワケ?」

「……フゥは走る必要ないし……ていうか、ライカちゃんこそ肌出し過ぎだよね……別にどうでもいいけど、自信過剰ってイタいよね、見てて……」

 

 日傘の下から漏れた声は、どこかまばらな雨音を思わせる。

 キッパリとモノを言うライカとは対照的な、殆ど独り言のような呟きの粒。

 端整な人形のように無表情を貫く横顔に、ライカはいっそう機嫌を悪くし眉根を寄せる。

 

「くっら。相変わらず気圧低すぎっしょアンタ。電波のクセにいまいちアンテナ立ってねーっつーか、もうちょいハキハキ喋れないワケ? てか室内でもそんな日傘さしてっから根暗になるんだよ雨女」

「……フゥ、口悪い女の子嫌いだな……」

「あっそ。ウチはアンタのコトが嫌いだよゴスロリ星人」

 

 日々清廉な祈りが捧げられる大聖堂の中とは思えない罵り合い。

 迂遠な嫌悪と直球の拒絶が衝突し、神聖だった周囲の空気が卑俗に淀んでいく。

 そう。

 実際のところ……学院屈指の名コンビ、などと言われているライカとフウウは、その実、顔を突き合わせれば必ず口喧嘩になることで有名であった。

 

 そんな二人のムードが険悪になっていくのを止める者がひとり。

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて。御東も二人が仲違いすることは望まれないよ」

 

 そんな司教(おとな)の声に諭され、ライカとフウウは揃って「はーい」と敵意を収めた。

 

 まったく、仲が良いのか悪いのか。

 そんな、口にすれば間違いなく嵐が起こる言葉を心の中だけで留め、司教は自らが始めた話を纏める。

 

「とにかく、任務には二人で取り掛かりなさい。漆門寺ナナ(ターゲット)は言わずと知れた『対人最強』……私はまだ君たちに死んでほしくはないし、御東もその魂を求めてはいない。くれぐれも油断する事のないように」

 

 そうして、二人の信者の見上げる前で。

 その嘘しか並べぬ舌が、今日も高々と平和(あい)を謳う。

 

「―――君たちに、御東の加護があらんことを」

 

 ばちり、と稲妻の音。

 司教の言葉が終わった瞬間、白杭ライカは黒槌フウウを置き去りに、その姿を忽然と消していた。

 

 

 

 

 

 

 『学院』で最も高い電波塔(タワー)

 高さ200mを超える、旧都を睥睨するかのような摩天楼は、その実たった一人の生徒の住む『家』である。

 白杭(しらくい)ライカ。

 塔の天辺に位置する私室……無数のモニターとプロジェクターで満たされた異常な空間にて、彼女はだらしなくソファーに寝そべっていた。

 

 任務を受けたその日とは思えない一見やる気のない姿だが、けれどライカにとって横臥は怠惰を意味しない。

 そもそも任務には対象の捜索も含まれており、そちらは人手を使うしかない。

 敵の位置が分からなければ攻撃できないのは道理だ。

 そういう意味では、寧ろ今の彼女は『仕事中』と言えた。

 

 ぱちぱちと脳内を行き交う電気信号。

 そのネイルに飾られた手でボタンがひとつしか付いていない謎のリモコンを玩びながら、白杭ライカは独り言をぼやく。

 

「こんな任務(しごと)、ウチだけでも充分なのに。しきょーちゃんも分かんねーよなー」

 

 それが星五異能者であるライカの口癖であった。

 彼女が黒槌(くろつち)フウウと並んで『風神雷神』と呼ばれ始めてから早一年。

 無敗の黄金コンビと称えられ始めた切欠は憶えていないが……ともかく、ライカはその呼び名が気に入らなかった。

 

「ニコイチセットみたいに呼ぶんじゃねーっての。ウチは一人でも完璧だし? フウウのヤツはどんくさいったらありゃしねーし。絶対ウチ一人で終わらせるのが早いっしょ、じょーこー(※常識的に考えて)」

 

 ごろごろと巨大かつ高級なソファーを転がりながら、ライカは唇を尖らせる。

 

 ライカから見た黒槌フウウは、正直「星五」の看板に見合う異能者とは思えない。

 遅い、鈍い、どんくさい。

 不動のまま広域攻撃で場を制圧する―――と言えば聞こえはいいが、ライカからすればどんな時も棒立ちの彼女はいい的だ。

 なので率直に言って足手まといだ、と何度も提言してはいるのだが……二人で上げた戦果が大きいせいか、上には聞き入れては貰えなかった。

 

 星五賞金首【灰かぶり】の撃退。

 星五魔塵【監獄のジェイル】の討滅。

 その他、星五相当任務四件の完全成功。

 

 ―――それがどうした。

 自分一人ならもっと短い期間で、もっと多くの結果を出してみせるのに。

 

「そもそも、ウチについてこれる相棒なんか居るワケねーっての」

 

 傲慢に思えるその呟きは、けれど純然たる真実だ。

 『速さ(スピード)』。

 その一点においては、他のどんな星五異能者(ちょうじん)であろうと白杭ライカには及ばない。

 その速さとは肉体の速度ではなく、また異能の速度でもない。

 彼女が超越している部分とは、その精神の初速(スピード)にある。

 

 異能は持ち主の精神に影響を受けている。

 強力な異能を持つ者ほどその精神構造は常人離れしており、特に五ツ星ともなるとそれは顕著だ。

 即ち―――星五異能者は、瘴気云々以前に()()()()()()()()()()()

 

 白杭ライカの場合、それは『雷速の判断』という特異体質。

 彼女は生まれつき()()()()()()()()

 それがどんな難題であれ、脳内の伝達信号がやりとりした瞬間にあらゆる意思決定が完了している、文字通り雷速の判断速度を持つ。

 だから、白杭ライカは迷わない。

 勇気を振り絞るとか、不安で足踏みするとか、そんなの経験したこともない。

 彼女にとっての思考とは行動の後にあるモノで。

 脳を持つ生命体である以上、あらゆる存在はその初速(スピード)に追いつけない。

 

 そんな彼女にとって、あらゆる他人は遅すぎた。

 逡巡も、混迷も、停滞も、躊躇も、彼女の世界には無いモノだ。

 それなのにどうして他人と歩幅を合わせられようか。

 それなのに……どうしてあのノロマな同級生と、共に戦わねばならぬのか。

 

「ま、別にいーけどさー。しきょーちゃんが決めたコトなら意味あるんだろーし」

 

 決して迷わない白き雷光。

 その暴走を押し留めるのは、ひとえに『司教』への信頼だ。

 天秤に乗った不満やストレスは、()()()で失われるモノと釣り合うにはまだ遠い。

 だから動かない。

 とはいえ……もしも天秤が逆転すれば。

 そのときは、例えそれが数ミリ以下の差だったとしても、彼女は決して迷わないだろうが。

 

 ぱちん、とその脳内で電光が弾ける。

 『雷神』の異名に相応しき肉体が、不可視の電波を直接情報として己に取り込む。

 

「しっかし、『漆門寺ナナ』ねぇ。自分らで作っといて手に負えなくなったら人任せとか、どんだけ責任感ないんだか。やっぱ学園はダメだなー。根性ないってーか、お利口さんに見えて信念ブレブレってーか」

 

 くるくると、その手の中で回るリモコン。

 電波信号の放出しか出来ない単純な機械を玩びながら、彼女はソレを向けることになるだろう標的を想う。

 白い死神。

 人造の異能。

 白痴が如き断罪機構(エクスキューショナー)にして、今は逃走(バグ)った暴走兵器。

 

 ぱちん、と脳内で弾ける画像データに、少女は心底詰まらなそうに笑う。

 

「ふーん、こんな顔か。辛気臭いったらありゃしねー。ぜってー嫌いなタイプだし。

 ま、実際、探し出せたら後は瞬殺じゃん? フウウのヤツが回りくどいことする前に―――ウチが直接、家出少女の心臓を電光石火で貫いたげるし」

 

 『対人無敗』たる漆門寺ナナの噂は聞いている。

 それでもなお己の方が上と、その少女は迷わず断言する。

 

 其は全てを置き去る最速の雷光。

 神敵を貫く白い杭(ブリツシュラーグ)

 黒い嵐の日はまだ遠く―――それでも確かに、暗雲は遥か天国へと迫る。




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