【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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   /とけるまほう

 

 

 

 

 さて。

 俺とナナ子が朽無(くちなし)医院に匿われてはや四日。

 当初、俺は当分外出するつもりはなかった。

 

 なにせナナ子は言わずもがな、今の俺は目立つのである。

 考えてみて欲しい。

 もし右目と右腕が無い謎の若者を道や公園で見かけたら、君はどう思うだろうか。

 ふーんそんな人も居るんだなー、で一秒後に忘れてもらえるか。

 無理だ。

 少なくともこの国じゃ無理だ。

 いくら十年前に『大瘴災』があったといえ、そんな奴は滅多にいないし。

 要するに、不用意に外に出てしまえば、それは学園側に嗅ぎ付けられる原因になり得るのだ。

 

 なので、外出は出来ない。

 出来ても自重するべきと思っていたのだが……。

 

(……まさか、『変装』なんてモノをする日が来るとはね)

 

 マフラーの影に埋めた口元を歪ませて、俺は内心で独り自嘲する。

 そう。

 今の俺は正にお尋ね者らしく、変装で正体を誤魔化して外出していた。

 

 右目は傷痕が残っているので、ナナ子よろしく眼帯で隠す。

 右腕は医院にあった義手で外見だけ繕って、その上で厚手の手袋を付ける事で偽装し、更にジャケットのポケットに突っ込ませることで完全に露出をゼロにしている。

 全身はできるだけ着込んでシルエットを誤魔化し、首の傷もマフラーで隠蔽。

 今は寒さも厳しい12月なのでなんらおかしな恰好ではないし、これなら余程のことがない限り一見で見抜かれることはないだろう。

 

(そもそも追われてるのはナナ子だけで、俺は死亡扱い、学園にも知られちゃいないだろう。単独で動く分にはまず問題ない)

 

 そんな怪盗もかくやの変装もこもこスタイルを身に纏ってまで外出を敢行した理由はふたつ。

 まず、全身の傷が誤魔化せたから。俺はナナ子と違って学園側に追われる身ではない―――今はまだ―――ので、変装できるなら動かない理由が無い。

 そして次に、異能者としての身体能力を大量の買い出しに活かす為だ。

 

 『顔色を窺うな』とは言われたものの、やはり何もしないでは気持ち悪い。

 そんなとき俺が思いついたのがこの変装と外出。

 特に日用品の買い出しなら隻腕でも問題ないし、夫妻の手間をひとつ減らせるし、その他にも色々俺に利がある。

 要するに『お使い』くらいならできる、と提言し、渋々ながら受け入れてもらったのだ。

 気を付けるのは、医院に出入りする姿を見られるのは出来るだけ避ける、くらいか。

 

「ま、この程度で負債を返せるとは思わないけど。せめてこのくらいはしないと、こっちの心が持たないってモンだしな」

 

 ここ数日で分かったことだが……ただ優しくされるのもそれなりに辛い。

 結局、この買い出しも自分の為だ。

 本当に、俺というヤツは……何処まで行っても救い難くて、厭になる。

 

 

 てくてくてくてく。

 曇り空が頭上を覆う、平和な昼間の街を往く。

 自然の緑より圧倒的にコンクリートの灰色が多いながら、人通りも車通りも少ない穏やかな郊外。

 解放感と緊張感の狭間を歩きながら、俺は悩みを吹き飛ばす爽快さからは程遠い鈍色の空に物思いを募らせる。

 

(しかし……あいつが(シンデレラ)の一件から読書にハマるとか、ちょっと予想外だったよな)

 

 そう。

 ナナ子は今、絶賛読書にドハマり中。

 朽無夫人から昔使っていた眼鏡を借りて弱視を補い、貪るように部屋の本を読んでいる。

 その集中力は話しかけても碌に反応が返ってこない程だ。

 

 なので多少遠回りしても大丈夫だろう……いや、ナナ子のことを寂しがりみたいに言っているが、実際がどうなのかは定かではないけれど。

 ともかく、これもいい機会だ。

 俺は教えてもらったスーパーへの道を外れ、見知らぬ街を少し見て回ることにした。

 

(折角だ。一応、この辺の地理情報を頭に叩き込んどかないとな……緊急時の逃走経路を組み立てておくことに損はない。

 あとは迷うべきは『行き先』か。ナナ子にスラムは無理として……どこまで行けば追手を撒ける? 県外? 離島? 国外? ……は、考えれば考えるほど絶望的だな、畜生)

 

 いつまでも朽無医院でお世話になるワケにはいかない。

 だが、政府の追跡が絶対に届かない、そんな安寧の地はとんと思いつかない。

 

 ……ああ、そろそろ誤魔化せなくなってきた。

 この逃走劇が上手く行くハズがないことを、自分に誤魔化すのが難しくなってきた。

 そもそも勝算がない。

 最初から策などどこにもない。

 ただナナ子が「逃げたい」と言ったから逃げたと云う、本当にそれだけの、正に学生の家出みたいな二人旅。

 それがここまで続いたのが既に奇跡なのだ。

 この先に幸福な未来などまず存在せず、時間を稼げば稼ぐほど最後の審判は厳しいものになる。

 

(……分かってるんだ。分かってるんだけど、な)

 

 それでも、諦める事はできない。

 非合理の極みながら、どうしても諦められない。

 果たして、それは本当にナナ子の為なのか、それとも自分の感情の為なのか……。

 

 そうやって頭を悩ませていた時であった。

 ()()()()が、道の先からコツコツと音を立てて歩いて来たのは。

 

 コツ、コツ、コツ、コツ。

 ブーツがアスファルトを叩く音。

 規則的だが随分と大袈裟な足音に、俺は俯いていた顔を上げて―――。

 

「―――」

 

 前から歩いて来たその人物の風貌に、思わず絶句させられた。

 それは、道でバッタリ宇宙人に会ったのと同じ反応だったと思う。

 なにせその人物は、この大都会とは程遠い風景から明らかに浮いた、物凄く異様な出で立ちをしていたのだから。

 

 黒を基調に、ありったけのレースとフリルとリボンをあしらった華美な洋服。

 パニエで膨らんだスカートに、長い足を半分以上包んだ編み上げの厚底ブーツ。

 まあ、縦ロールっぽい黒髪やヘッドドレスまではいいとして、この冬の曇りの日に黒い日傘を差しているのは一体何の冗談なのか。

 お洒落とかファッションとか、そういうのとは次元が違う。

 アレは俺とは全く異なる法則の世界で生きている、と直感させられる異様な風体。

 

 アレは―――ゴスロリだ。

 たぶんあの恰好(ふく)の名前はゴスロリで、着ている女はゴスロリ星人とかだ。

 

(……うん、明らかに関わっちゃマズい。スルーしよう。

 ―――いや。というかコイツ、もしかしなくても異能者じゃないか……!?)

 

 何となく。

 本当に何となく、直感でそう思う。

 俺が八年過ごした学園には、異能者も非異能者もいた。俺はどちらも見慣れていた。

 だから分かる。

 微細な違和感をキャッチできる。

 この女からは、異能者が持つ独特の気配が滲み出ている、と。

 

 コツ、コツ、コツ、コツ。

 女の身長を最低5センチは底上げしているだろう厚底のブーツが立てる足音は、何とも大袈裟で、いやに耳に残る。

 まるで威嚇音だ。

 ただ歩いているだけで気圧されると言うか、妙にこっちの心を乱される謎の迫力。

 

 とはいえ、相手が異能者かもしれなくとも、おいそれと逃げる訳にもいかない。

 こんな場所で急に踵を返してはそれこそ不自然だ。

 相手がこっちの正体(ひみつ)に気付いた様子もない。

 

 だから俺は、出来る限りそのまま。

 当たり前の無関心を装って、謎の女の横をすれ違おうとして―――。

 

「……ふぅん……そっか、フゥのこと無視するんだ……」

 

 ぼそり、と。

 そうこれ見よがしに呟かれて、俺は思わず立ち止まった。

 鏡写しのように相手も立ち止まる。

 見れば、そこには日傘の(した)から俺を見据える深緑(くろ)い瞳。

 人形のような端整な顔は無表情で、蠟のように白い顔色と相まって、美しいがどこか不気味だ。

 生気がない、というのか。

 それとも無いのは現実感か。

 コンクリートの街並みと完全に乖離した黒い姿は、俺の常識からすると余りに異質で、真昼の一部が夜になっているようだった。

 整った容姿より、その違い過ぎる世界観の方に圧倒される。

 そんな幻想(ユメ)のような女の、文句あり気に見えなくもない瞳へ、俺は弁解のように話しかけた。

 

「……失礼、初対面の女に声掛けるほど飢えちゃいないんでね。別にアンタ、困ってるようにも見えないし。それとも何か、見かけによらず挨拶は重んじるタイプ?」

 

 一体何の弁明なのか。

 自分でも不思議に思いながら、「俺の正体に気付いているのか」と探りを入れるように話しかければ……ゴスロリ女は俺から視線を外して、心底どうでもよさげに呟く。

 

「……そうね……別に困ってはないわ……挨拶も、したい人だけすればいいし……」

「……(なんだコイツ。反応したのは失敗だったか……?)」

 

 思わず閉口する。

 自分で「へぇ、貴方この私を無視するんだ」みたいなこと言っておいて、いざ話しかけられたら困ったような反応するとか、一体どういう心理なのか。

 しかも、この感じ……俺の正体に気付いたからそういうことを言った、という訳でもない、のか……?

 

 困惑と疑念。

 そのせいで返事を返しそびれてしまったせいか、しばらく沈黙が場を支配した。

 ……どうしよう。

 いっそ何も言わずに立ち去るべきか、と俺が真剣に悩んでいると……黒い女は、再びその目で俺を見て、機を潰すように尋ねてきた。

 

「……ねえ貴方(あなた)、この街の人……?」

 

 可憐だが、どこか夢見がちな印象を受ける独特な韻律。

 その真意不明の問いかけに、俺は内心の警戒を出来るだけ露出せぬように答える。

 

「……いや、知り合いの所に遊びに来ただけだよ。それが何か?」

 

 当然嘘だ。

 だが女は俺の嘘に気付いた風もなく、残念そうに目を伏せる。

 

「……そう……この街、思ったより風の通りが悪かったから……一番高い場所、知りたかったのに……」

「高い、場所? そんなの、景色を見てれば分かるモンじゃないのか」

「……そうね……でも、別にどうしてもって訳じゃないし……聞きづらくても声は聞こえるわ……フゥ、そこまで何も出来ない人に見えたんだ……」

「……」

 

 ……本当に、何なんだコイツは。

 打てど響かず。

 第一印象の通り、一人だけ別世界というか。

 絶妙に会話が成立しなくて、話しているだけで気が滅入りそうだ。

 

 はぁ、と溜息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

 何であれ、正体に気付かれたわけではないらしい。ならばこれ以上関わるメリットはない。何か勘づかれないうちに離れよう。

 

「もういいか。どうやら用もなさそうだし。アンタも女子だろう、見知らぬ男に悪戯気分で声をかけるモンじゃない」

「……ふぅん……貴方、フゥのこと心配してくれるの……?」

「あ、ああ。アンタは(一応)美人だしな」

 

 当然、それは会話を切り上げるための方便だ。

 

「(つったって、異能者ならそう危険もないだろうが……ここは気付かないフリだ。俺が勘づいていることに悟らせたくないし……)じゃ、俺はこれで」

 

 思惑はおくびにも出さぬまま。

 そのやって、俺は日傘の横を通り過ぎようとして。

 

「……素敵ね……でも間違いよ、見知らぬひと……」

 

 ―――ぞくり、と。

 背筋が泡立つような、日傘の下の魔性を見た。

 

 またしても機を潰すように放たれた声。

 妖しいまでに艶やかな響き。

 僅かに口の端を吊り上げた微笑は、日傘が作る陰影のせいで、令嬢のモノというよりは魔物のソレだ。

 まるで真昼に現れた吸血鬼。

 西洋かぶれの黒い雪女、なんて比喩さえ頭に浮かぶ。

 

 ぞわぞわと、背中を這い回る悪寒。

 なんだか妙に寒気がする。

 周囲の気温が下がっていく錯覚―――。

 

(いや、これは錯覚じゃない……!)

 

 強い風が体を叩いて、そのせいで体感気温が下がっている。

 ばたばたと音を立て暴れる服。

 咄嗟に首の傷を隠すマフラーを抑える。

 

 ……いや待て、なんだこの強風は。

 さっきまでこんなに風は強くなかった。

 というか……風が、この女の周囲を取り囲んでいく……!?

 

 小規模ながら明白な天変地異に俺が戦慄する前で。

 渦巻くような風の中、けれど殆ど強風の影響を受けず、蠟人形は不気味に(ワラ)う。

 

「……フゥはね、『台風の目』なんだぁ……だから嫌な事があれば、こんな街くらい、みんな纏めて潰せちゃうのよ……?」

 

 女を包む旋風(つむじかぜ)

 されど女には触れられぬ冬の風。

 黒いスカートだけが僅かに、けれど魔物の翼のように踊る。

 風は、今や女の奴隷であった。

 空。大気。天候。

 人間のスケールでは理解できない、余りにも巨大なモノが、目の前の女に隷属していることを直感で理解する。

 

(異能……! まさか、気付かれた―――!?)

 

 吹き荒ぶ風の鎧。

 女を軸に回転し、ごうごうと悲鳴(うなり)を上げる人造竜巻(シルフィード)

 風は猛獣の群れのようだ。

 耳元で唸りを上げ、衣服に噛み付いて引き千切ろうと猛りながら、もっと致命的な合図を―――主人たる女の命令を待っている。

 直感する。

 一秒後、その牙は俺の肉を抉り命を絶つ、と。

 

(やるしか、ないのか……!?)

 

 そうして、暴風が災害に変貌しようとした瞬間―――。

 

 ぶわり、と。

 吹き荒れていた風は、実に唐突に霧散した。

 一瞬前までの暴風が冗談のような、耳が痛くなるほどの無音。

 街は既に穏やかな無風を取り戻している。

 あまりの状況の落差に、安堵より先に困惑する俺に対し……黒い女は実に無感動に、止めていた足を踏み出した。

 

「……じゃあ、フゥは行くね……貴方も行っていいよ、眼帯さん……」

 

 そんなことを一方的に言い放って。呼び止める暇もなく。

 嵐のような黒い女は、俺が来た道へ日傘を揺らして消えていった。

 コツ、コツ、コツ、コツ……。

 その厚底の足音が聴こえなくなってから、俺はようやく全身の力を抜いて肩を落とす。

 

「っ、は―――(去った。追手、じゃなかったのか……?)」

 

 戦闘を覚悟したものの、ついぞ攻撃は来なかった。

 とはいえあの『風』は偶然のものとは思えない。

 

(……何にせよ、今のは間違いなく異能者だ……だが、なんつーか)

 

 意味深だった割には俺が異能者だと気付いたふうでもなかったし、

 能力らしきものを見せた癖に攻撃はしてこなかったし。

 

「何だったんだ? マジで……」

 

 言動が不可解すぎて真意が読めない。

 いや、あるいは……()()()()()()()()、のか。

 風音が時たま不気味に聴こえるのと同じようなもので、その意味深な言動には実際は何の意味もない、のか。

 

「……まさかな」

 

 ともかく、俺は若干警戒しながらも止まっていた足を再開させる。

 アレが追手であろうと、俺が異能者であることに気付かれなかった以上、俺とナナ子を繋ぎ合わせるのは不可能だろう。

 

 予定外の会話で思考が乱れた。

 脳内の地図が破綻する前に、元の道に戻って買い物を済ませよう。

 

 

 

 

 

 

 道中色々あったものの、無事に買い出しを終え、朽無医院に帰ってきた。

 人目につかないよう裏口からの帰還。

 ともかく、初めてのお使いは成功という訳だ。

 

「……ただいま帰りました」

「はい、お帰りなさい」

 

 未だ慣れない挨拶(ただいま)に、朽無キョウカ夫人は笑顔で挨拶(おかえり)を返してくれる。

 と、階段を下りてくる軽い音。

 

「あら。帰ってくる音を聞きつけたみたいね?」

 

 果たしてキョウカさんの言葉通りか。

 勝手口のある台所に現れたのは、珍しい眼鏡姿のナナ子だった。

 胸に本を抱いたまま()()()()と近付いてきた彼女は、どことなく嬉しそうに、俺に何かを言おうとして―――ピタリ。

 

「―――おんなのひと、の、匂い?」

 

 なんか急に凍り付いたみたいに真顔になって、そんなことをのたまいやがった。

 彼女はそのまま、初めて見る角度に眉を吊り上げて俺のほうに詰め寄ってくる。

 

「かげみや。どういう、こと?」

 

 何だろう。ちっこい癖になんか怖い。

 いや、確かにあのゴスロリ女は独特の香水をつけてたが、にしたってどんな嗅覚だよ……とはなんだか言える空気ではなくて、俺はとりあえず無難に答える。

 

「……ど、どういうコトも、何も。知らない女に道を聞かれただけだよ」

「……ふぅ、ん。否定、しないんだ、ね」

「なっ……」

 

 妙な迫力に押されて答えれば、実は誘導尋問だった、だとぅ……!?

 こいつ、こんな頭が回ったのか!?

 というか。

 

「そっ、か。わたしが見てない、と、すぐ、そういうこと、するんだ」

 

 ……うん、おかしい。

 明らかにおかしい。妙だ。

 

「……おいナナ子。おまえ、何か語彙が増えてないか? 発音も心なしかよくなってる気が……」

「ごまかし、た……後ろめたいんだ、かげみや、は」

「なっ……だからそんなキャラじゃなかっただろ、おまえ……!?」

「もう、いい。ふんっ」

 ぷい、と顔を背けて二階に戻っていくナナ子。

 ……信じられない。

 外見どころか感情まで真っ白みたいだったあいつが、俺がお使いに出た数時間で、一体何があったってんだ……!?

 

 思わず監督していた―――とはいえ何も知らない可能性のが高いだろうが―――キョウカさんを振り向いて、何がったのかを尋ねてしまう。

 

「キョ、キョウカさん、アレ……」

「あら、子供の成長は早いものよ? 男子三日合わざれば……なら、女子三時間合わざれば……かしら。特にナナコちゃんは中学生なんだから、あのくらいで健全じゃない? 今迄が子供っぽ過ぎたのよ、きっと」

 

 ……いや、にしたって刮目させられ過ぎというか、むしろ瞠目させられたというか。

 キョウカさんも具体的なことは知らないらしいので、俺は何が原因かを考え……。

 ふと、ナナ子が何かを胸に抱いていたことを思い出した。

 そうだ、アレは―――。

 

 ―――『本』。

 それは外付けの知識。不可能の経験。視座を押し上げる、人生の土台―――。

 

「……ま、まさかな」

 

 ちょっとだけ想像して、「馬鹿らしい」と首を横に振る。

 いくら育ち盛りだからって、人間がそう一日二日の読書体験で変わってたまるか。

 今のは多分……そう、なんかのドラマを真似したくなっただけだ。

 あいつも中学生というなら、それこそ中学生らしい可愛らしさだろう。

 

 

 ―――そのときの俺は知らなかった。

 星五異能者の持つ異常性も。

 ナナ子が俺の想定よりずっと『何も知らなかった』という事実も。

 だから、絶対に気付けなかったのだ。

 

 中学生とは。

 思春期の女の子とは、かくも制御不能の暴走列車であると……遠からず身を以て思い知ることとなる、なんて。




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