【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<5> 6日目

 恋を自覚したその日から。

 わたしは、刹那を駆ける流星になった。

 

 

 

 

 

 

 ―――とくん。

 

 あたたかい音で目が覚めた。

 胸の左奥(ちゅうしん)が命を謳う、とても優しくて愛しい音で。

 

「ん……」

 

 カーテン越しの陽光が眩しくて、開きかけていた目を再び閉じる。

 柔らかな光に溢れた世界。

 窓の外からは鳥の声。

 一階(した)から聴こえる料理の音。

 この一週間で覚えた、体を包む朝のにおい。

 

 もぞり、と意識を手繰るように体を動かす。

 まだわたしはぼんやりとしている。

 ぼんやりとできるこの時間を、とても心地いいと感じている。

 きもちいい。

 あたたかい。

 やわらかくて……わたしより、すこしあたたかいからだが、となりに。

 

「ぅ……」

 

 頭の上の方から、わたしのより低い吐息(こえ)が漏れた。

 どうやらわたしは『彼』と密着しているらしい。

 普段ならその事実に何かしらを思っただろうが、今は意識の芯まで麻痺している。

 ただ、夢の続きを見るように薄目を開けて、音のした方を見つめてみる。

 

 そこには、予想通りの寝顔があって。

 ぱさりと流れる髪。閉じた目の睫毛。

 普段は遠い唇が、信じられないほど近くにあって。

 

「……」

 

 寝起きの脳髄は甘く痺れている。

 夢見心地だ。

 考えられない。

 ただ……何となく顔を寄せてみる。

 そっと、音を立てないように。

 

「―――」

 

 数秒、数十センチの旅路が永遠に感じる。

 わたし、今どきどきしている。

 頭はぼんやりしてるのに、何となく、生きているってカンジがする。

 

 唇と唇が近付く。

 もう少し、あと一秒あれば吐息が交わる。

 それが何を意味するのか、今は上手く思い出せない。

 頭の芯がぼーっとしている。

 ただ、摘んだ野苺を食むように、わたしは無邪気に口を寄せて―――。

 

「―――むぐ」

 

 ―――大きな手が。

 わたしよりも熱く命を謳う、硬く筋張った大きな手が、わたしの口元を抑えていた。

 彼の肉体に染み付いた防衛反応。

 

 ぱちん、と目が合う。

 黒曜石を思わせる綺麗な隻眼(ひとみ)が、大きく開いてわたしを見ている。

 

「……朝っぱらから何してんだおまえ。驚き過ぎて一瞬で目が冴えたぞ、俺は」

 

 慌てて上体を起こし、間に合ったんだよな……? と呟きながら唇を指でなぞる彼―――かげみや。

 その顔はまだ至近。

 わたしが見る先で、感触の有無を確かめるように、長い指が薄い唇を撫で回す。

 

 それで、わたしは自分が何をしようとしていたのかを遅まきながら理解した。

 ぽっと思わず赤面して、どぎまぎして……そして、急転直下で不機嫌へ。

 だって仕方ないだろう。

 確かにわたしも悪かったんだろうけれど、それはそれ、今のはちょっとないんじゃないかげみやのバカ……というか。

 むっとして、反射的に彼を問い詰める。

 

「……そんなに、いや、だった?」

 

 そうやって、わたしは必殺の不機嫌顔をお見舞いするも……今回ばかりはまるで通じず、ずびしと反撃のチョップをくらった。

 

「バカ、そういう話じゃありません。こういうのは合意の上でやるもんなの。ただ体の一部が触れただけじゃ無意味なんです」

「……むいみ、なら、いいじゃん」

「その逆、無意味だから駄目なんだよ。無意味な行為に拘ることも、それに記憶や意識の容量を使うことも、互いに損でしかないんだからさ」

 

 そう言って、かげみやは掛け布団とわたしを押しのけ、斜めだった体を垂直に起こす。

 

 ああ、今日も、いつも通りに理屈っぽいかげみやだ。

 わたしの好きな、かげみやだ―――。

 

 さっきまで不満があったはずなのに、今はそれがどうしようもなく嬉しくて……知らず、わたしの声はふやけていた。

 

「……にへ。おはよう、かげみ、や」

「おまえなあ、分かってんのか?」

 

 じとりと睨まれてもわたしの頬は緩んだまま。

 それに毒気を抜かれたのか、かげみやは小さく嘆息して。

 

「……まあいい、おはよう、ナナ子。なんでおまえがベッドじゃなく俺の布団で寝てんのかは、このさい追求しないでおくよ」

 

 そう言って、同じ布団に収まったわたしに、朝の挨拶を返してくれた。

 

 ―――朝は好き。

    その髪と瞳が魔法みたいに綺麗だから。

    今日もそのひとに恋できることが嬉しいから。

 

 布団を出たかげみやに、わたしも起き上がってついて行く。

 まずは顔を洗わないと。

 その後は朝ごはんで、その後は……ああ、今日は何があるだろう。

 予定なんて何もないのに、期待で胸は高鳴るばかりだ。

 

(もしかしたら……次のチャンスは、成功、するかも)

 

 彼の背を追いながらそう思うだけで口元が緩む。

 限りなく確率は低いと分かるのに、それでも想わずにはいられない。

 

 

 この家に拾われて六日目。

 そうして、今日も一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 一階に降り、洗面台で顔を洗う―――冷たい水がきもちいい。

 そのままかげみやと二人並んで歯を磨く―――しゃこしゃこと独特な音が楽しい。

 洗面所を出て、朽無夫婦に挨拶する―――「おはよう」が返ってくるのが嬉しい。

 よくできました、と白湯を貰う―――ごくり、と喉が潤う感覚がたまらない。

 

 やっぱり、ここは天国みたいだ。

 優しいものしかない暮らし。

 全部がきらきらと輝いていて、楽しくて……思わず泣きたくなるくらい。

 

「「いただきます」」

 

 四人揃って朝ごはん―――わたしはこの時間が大好き。

 料理も温かいけれど、何より笑顔で満ちた団欒があたたかくて、胸に沁みる。

 優しくてお調子者のお医者さん(おとうさん)

 賢くて優しい女医さん(おかあさん)

 大好きなかげみや。

 そして、わたし。

 座っているのに、ふわふわしている。

 「ごちそうさま」までが一瞬にも永遠にも感じられる。

 

 夢見心地というならば。

 わたしにとって朝食が終わるまでが、優しい時間に流される夢の中そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 医院が開く時間になったため、わたしとかげみやは二階の部屋に戻って来た。

 かげみやは迷わず勉強机へ。

 今日もノートパソコンで調べ物をするらしい。

 わたしも昨日と同じように本を読む……のではなく、かげみやの座る机に向かった。

 わたしに気付いたかげみやが、ちょっと驚いた声を上げる。

 

「あれ。今日は読書はいいのか? あんなに休まず読んでたのに」

「うん。もういい、の」

 

 かげみやの問いに迷わず頷く。

 

 確かに今まで、休むことなく本を読んできたけれど……わたしにとっての読書は、手段であって目的じゃない。

 もう知識は充分だと思う。

 わたしは無知な子供じゃなくなった、と思う。

 でも……今のわたしじゃまだ、かげみやからすると足りないみたい。

 だから、次は行動だ。

 この前の一件で分かった。

 『子供扱い』を改めさせないと、スタートラインにすら立てない、と。

 だからわたしは、かげみやに、何とか大人っぽいところを見せないと―――。

 

「かげみやは、なに、してるの? わたしに手伝えること、ある?」

 

 小首を傾げて、その横顔に問いかける。

 話したいのもあるけれど、かげみやが何を調べているのかも気になっていた。

 そう訊ねると、かげみやはノートパソコンの画面をこちらに傾けて、

 

「ああ……逃亡先を調べてんだよ。いつまでもここに居るわけにはいかねえし……」

 

 そう、少し言いづらそうに言った。

 ……わたしがここを気に入っていて、去りたくないかもしれない、という配慮を感じる声。

 

 ううん、それは間違いだよ、かげみや。

 確かに、わたしはここが好き。

 でもそれは二番目だ。

 優先順位も分かっている。もう子供ではないのだから、感情より道理を優先できる。

 

 そう目で訴えると、かげみやも分かってくれたらしい。

 軽くわたしの頭を撫でて、彼はパソコン画面に向き直る。

 

「県を跨いだくらいじゃ駄目だ、指名手配は解かれない……どこかの山奥でならひっそりと暮らせるか? 確実なのは国境を超えることだが、この国は島国だしハードルが……スラムに戻る、はねえよなあ。あそこは賞金稼ぎ(アウトロー)の潜伏場所だ、俺はともかくナナ子にとっては危険過ぎる……」

 

 わたしの弱視では画面こそ見えなかったが、その声に苦悩があることはありありと読み取れた。

 かげみやは悩んでいる。

 わたしのせいで……わたしの分まで、悩んでいる。

 

 だから、思わず訊いてしまった。

 

「……ねえ、かげみや。こうかい、してる?」

「はぁ? あのな、俺は元々姿を(くら)ますつもりだったんだよ。おまえに何を言われずともな。もし後悔があったとて、おまえのせいであるもんか」

 

 ……うん。

 かげみやはそう言い切ってくれるけど……実際、わたしは足手まといだと思う。

 目も悪い。足も遅い。身体能力も人並み以下。

 そのうえかげみやは、わたしの右腕の骨折を気遣って大胆な行動を起こせずにいる。

 あの時のことは事故だと言ったのに。

 そういう優しいところが好きで、同時に歯がゆくて……。

 

 ぽすん、とその肩に頭を預けた。

 かげみやが椅子に座っていてよかった。こうして寄りかかるのは、お互い立ったままだと無理だったから。

 

「わたし、どこでも、いいよ。かげみやと一緒、なら」

 

 だって、あなたがわたしの『一番目』だから。

 

 そう伝えると……かげみやの声は、少し柔らかくなった気がした。

 

「……なら、おまえも一緒に考えてくれ。自分の事だしな。それに、二人ならちょっとは良い案が出るかもしれん」

 

 そう言って、かげみやは立ち上がり椅子にわたしを座らせてくれた。

 

 これが子供扱いなのか、それとも見直してくれたからこその行動なのか……。

 分からないなりに嬉しくて。

 少しでも戦力になれるよう、わたしは生まれて初めて向き合うパソコンの画面を真剣な顔で睨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の昼下がり。

 わたしたちの部屋に、お医者さん(おとうさん)―――朽無さんがやってきた。

 その手の中に抱えられていたのは……。

 

「『ゲーム機』?」

「そうそう。君たちには窮屈な思いをさせちゃってるからねぇ。せめてもの気晴らしを、と思って、倉庫から引っ張り出して来たってわけさ。型落ちだけど、遊ぶだけなら申し分ない」

 

 ごとん、と床に置かれたのは謎の機械。

 かげみやは知っていたらしいけれど、わたしはこんなの見たこともない。

 だが、名称と機能を結び付けるだけの知識は既に備えている。

 ゲーム機というならば、それは遊戯(ゲーム)の為の機械に違いない。あの棒みたいな形のモノがコントローラーだろう。

 

 部屋のテレビとゲーム機を繋げて、朽無さんはゲームソフトの入った入れ物(パッケージ)―――ちょっと本に似ている―――を並べ説明してくれる。

 

「こっちはソロプレイ専用だけど……これとか、このソフトならマルチプレイができる。二人とも、ゲームの経験はあったりするかい?」

「……まあ、少しは。学園の遊戯室のビデオゲームを触ったことくらいなら」

「……ない、です」

「おや、二人とも初心者か。大丈夫、今は患者さんも居ないから、僕が一緒にやりながら教えてあげるぞぅ?」

 

 そうやって笑いながら、心なしか子供のようにうきうきと、朽無さんは電源を入れる。

 その手から棒っぽいコントローラーを受け取って、わたしとかげみやは思わず目を見合わせた。

 

 わたしのビデオゲーム初体験は、今のわたしたちに合ったゲームを手探りで探る所から恥じ合った。

 まず、わたしの弱視は貰った眼鏡で補っているとはいえ、本を読むくらいが限界で、かげみやたちと並んでテレビ―――ゲーム画面を見るのはかなり気を遣う。特に、瞬時に情報を拾わなければいけないアクション系のゲームは難しかった。

 そして、そもそもわたしもかげみやも片手しか使えないので、できるゲームは限られる。

 そのため、ゲームの内容は自然と落ち着いたもの、ボウリングやゴルフの再現ゲームなどになっていったのだけど……。

 

 ゲーム開始から数時間後。

 

「あなたー、患者さんですよー」

「え? ああ、すぐ行くよぅ、モチロン……うぅ、良いところだったのに……!」

 

 階下から女医さん(おかあさん)に呼ばれ、泣く泣くゲームを中断して一階へと下りていく白髪交じりの五十代。

 その背を見送りながら、かげみやはぽつり、呟く。

 

「……結局、あの人が一番熱中してたな」

「う、ん」

 

 心の底から同意する。

 テニスゲームで異能者のかげみやに勝とうとムキになったり。

 すごろくパーティーゲームで一人だけ経験があるのを活かして初心者狩り行為をしてきたり。

 ボウリングやゴルフのゲームでも、ゲーム内に登場しない実際のルールや用語を延々と楽し気に解説してたり……。

 

 そんなお医者さん(おとうさん)の姿を思い出し、かげみやと顔を見合わせて。

 なんだかおかしくなって、二人、吹き出して笑い合う―――。

 

 あ。

 今、かげみやが笑った。

 辛いことを誤魔化す為じゃなくて、ただ純粋に楽しそうに、声を上げて笑ってくれた。

 凄い―――すごい、すごい!

 初めて見た、初めて見た。

 そんな子供っぽい顔初めて見た。

 すごい。

 わたしが、はじめて……!

 

 ああ。これ以上ないと思っていた恋が、もっともっと燃え上がるのを感じる。

 心臓がぐわーってなって、全身がぽかぽかと熱くなって、視界がきらきらと輝いて見えて。

 生まれて来た意味とか、幸せとか、そういうものに指先が触れる感覚。

 

 

 

 恋とは、燃え盛る炎のようだ。

 溺れるほどに眩しくて。

 溢れるくらい激しくて。

 どんな闇だって怖くない、世界でわたしだけの不思議な魔法。

 たとえその炎が燃えるための薪が、他ならぬ自分自身だとしても……いっそ燃え尽きてしまいたくなるほど、甘く暖かく優しい光。

 

 本当に―――わたし、生まれてよかった。

 こんなに恋しいひとに出逢えてよかった。

 ここまで頑張って生きてきて、よかった。

 

 そのために今日を懸命に生きようと、明日も変わらず生きていこうと……そう思える恋が出来て、本当によかった。

 たとえ一夜の魔法と同じ、永遠ならぬ恋だとしても。

 それだけで、わたし、今までの全部が報われた気持ちになるのです。

 

 

 

 だから、その……ちょっとくらい気持ちが暴走してしまうこともあるわけで。

 たとえばそれは、夕飯前の夕方のこと、とか。

 

「―――かげ、みや」

「ばっ、ナナ子ぉ!?!? おまえ、なんで―――」

「さみしかった、から」

「いや理由を聞いてんじゃなくて……ここ『風呂場』な!? 俺がマッパで風呂に入ってんのが見えませんかねぇ!? いくら弱視ったってそんくらいは分かるよな!?」

 

 お風呂場で、髪を洗ってたかげみやが背を向けたまま叫ぶ。

 そんなに慌てなくてもいいのに、と思いつつ、わたしも裸でお風呂場の中へ。

 

「うん。見えた。から、きた」

「よーし分かった、おまえが連日の読書によって要らん知識を得てしまったのはよーく分かった! いいから出てけ莫迦野郎、中学生の癖して裸んぼに味を占めてんじゃねえっての!」

 

 どかーん、と。

 お風呂場どころか洗面所からすら乱暴に締め出され、わたしは渋々服を着直す。

 

「……手伝ってあげようと、おもった、のに」

 

 わたしは右腕を骨折している。

 だから、片手でお風呂に入るのが難しいことだと知っている。

 そして、かげみやもわたしと同じように、怪我で右腕が無くなってしまった―――片手しか使えないひとだ。

 だから、お互いに手伝うのは良い案だと思ったのに……議論の余地すらなく追い出されてしまった。

 

(わたしのはだか、見たくせに)

 

 ぶすり、と唇を尖らせる。

 まあ、「見た」というよりは「見せた」ようなものだけど、事実は変わらないわけだし。

 わたしの裸を見た以上、自分だけ裸体を隠すのは不公平ではなかろうか。

 そうだ、かげみやはズルい。けちんぼだ。

 ちょっとくらい見せてくれたっていいだろう。

 わたしだって、かげみやの生まれたままの姿を見てみたいと思っている、のに……。

 

「―――」

 

 あ、あれ……?

 も、もしかして。

 これって、その、俗に云うヘンタイみたいな考え方では……。

 

「……そ、そんな、こと、は……ない、はず……?」

 

 ……うぅ。

 なんか、今になって物凄く恥ずかしくなってきた気がする。

 顔が熱い。

 悶えそうだ。

 もしかしてわたし、とてもはしたないと思われたのでは……?

 

 

 恋とは、やっぱり炎のようだ。

 ときに目が眩んだみたいに正常な判断力を失ったり。

 お尻に火が付いたみたいに焦った結果、とんでもない行動を起こしてしまったりする。

 今も頬や首筋が燃えてるみたいだ。

 恥ずかしくて、もどかしくて、でもやっぱり輝かしい。

 荒れ狂う情動は、「生きている」って感じがして、嫌いになれない。

 

 

 数分後。

 お風呂から出て来たかげみやに謝って、わたしは改めてお風呂に入った。

 体を火照らせる感情を誤魔化すように湯船に浸かってはみたものの……さっきまでここに裸のかげみやが居たんだな、と思うと、頭は茹で上がるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 夕飯後。

 ごちそうさまでした、の後、少しだけ食卓に緊張が走った。

 それが伝播したのか、四人とも席を立たず……機を見て、話がある、と切り出す。

 

「―――あの」「二人とも、ちょっといいかな」

 

 かげみやとお医者さん(おとうさん)の声が被った。

 向かいに座る夫婦はにこにこ笑って身を引き、かげみやに続きを促す。

 

「お先にどうぞ」

「……はい、では遠慮なく」

 

 ちらり、とかげみやがわたしを見る。

 いいよな、という視線。

 それにこくりと頷くと、かげみやも頷いて、夫婦の方を向き直って本題を口にした。

 

「―――明日、俺とナナ子に料理を作らせて欲しいんです。

 お二人は気にするなと言いますが……これだけよくして貰っているんです。せめて、感謝と誠意は示したい」

 

 それを聞いて……ほう、と夫婦は驚いた顔になった。

 

「それは嬉しい事だけど……大丈夫なのかい? エイトくんもナナコちゃんも、料理、できるのかい? 君たちはどっちも片手しか使えないのに」

「そこは努力します。あと、発案者はナナ子です」

 

 そう。

 これは二階の部屋に居るうちにわたしが「何かできないか」とかげみやに相談して、二人で作り上げた恩返しの計画(プラン)

 

「わたし、と、かげみや。手ひとつずつで、いちにんまえ、です」

 

 むん、と力こぶを作ってみる……ポーズだけだけれど、頑張るぞ、という意志は示せたと思う。

 

 それを見た二人は笑顔になって……。

 

「うん、ならありがたい提案だ、素直に甘えるとしよう。それに丁度良かった。実は、僕たちからも提案があるんだ」

「提案?」

「ええ。二人がうちに来てくれてから、明日でちょうど一週間……しかも明日は大晦日でしょう? だから、年が明けないうちに歓迎会でも開いたらどうか、って」

 

 そう、最高の提案を返して来た。

 

「人生は一期一会。知り合えたのが奇跡なら、いつ別れるかも分からない。だからせめて、出会えたことをお祝いしたかったんだけど……君たちが料理したいというなら丁度いい。

 どうだい?明日は四人で台所に立って、楽しく豪勢にパーティーというのは?」

 

 そうやって、いたずらっぽく笑うお医者さん(おとうさん)

 

 四人、となると、わたしたちが最初に立てた『恩返し』というコンセプトは半ば崩壊した感じがある。

 だけどそれ以上に、お医者さん(おとうさん)の口にした響きは不思議な魔力を帯びていて―――。

 

「や―――やりたい、ですっ」

 

 思わず、わたしは食い付いていた。

 

「ナナ子がいいなら、俺も……でも、パーティーのために、できる事は全部やらせてもらいます」

 

 かげみやも、わたしに続いてそう言ってくれる。

 それに安心したのはわたしだけでなく。

 

「よかった、断られたらどうしようかと……」

 

 お医者さん(おとうさん)が肩を撫で下ろす。

 その仕草がなんだかおもしろくて、わたしたちはみんな笑ってしまった。

 

 

 ああ、悔しいなぁ。

 わたしにとって、確かにかげみやが『一番』なのに。

 どこにでもついて行く、なんでも棄てられると言ったのに。

 それでも、やっぱり同じくらい、この家とこの家の夫婦(ひと)が好き。

 恋と同じくらい、このあたたかさが大切で。

 本当に、泣きたいくらい大好きなんだね、わたし―――。

 

 

 

 




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