【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
夜、学院における消灯時間の後。
本来この時間には入れない大聖堂を使って、定例会議は行われる。
ステンドグラス越しの月夜の下。
清らかな神の祈りによって包まれているべき空間は、今は、二人の学生が火花を散らす不可視の嵐で満ちていた。
「―――そんで神亡川じゅう歩き回って成果ナシ、か。無駄足だったね、バカフウウ」
「……仕方ないじゃない……フゥは『風』を介して街中の声を聴けるけど、風の流れが断ち切られた建物の中とかは無理だし……引き籠られてたらお手上げ……」
通路を挟んで長椅子に座り、ギャルとゴスロリは仲間とは思えぬ火花を散らす。
今は
「は、冬場は特に無様よね、アンタの『
ライカの侮辱めいた物言いに、フウウは人形のように端正な眉を僅かに傾ける。
―――『風の噂』。
黒槌フウウの異能の“付随能力”。風を媒介にすることで、何キロも先の囁き声すらハッキリと聴くことができる。街の会話全てを把握する、異能の精密操作の極致。
そんな能力によって行った数日の調査を否定されたのが癇に障ったのか。
フウウは視線を無気力に伏せたまま、いつものように独り言めいて、ぼそり。
「……ライカちゃんよりマシでしょ……体を通った電波を情報として受け取っちゃう、なんて、通知が鳴りやまないスマホみたい……フゥだったらそんな体で生きてけないよ、気持ち悪くて……」
言及するのはフウウと似て非なる、ライカの持つ索敵能力。
―――『電波受信体質』。
白杭ライカの異能の“付随能力”。自信の肉体が受信した電波を情報として脳に取り込む。そこに居るだけであらゆる通信・データ転送を傍受する、生きた最新鋭盗聴兵器。
街に居るときだけ使用すればいいフウウの『風の噂』と違い、ライカは任務を受けた直後から、あらゆる情報を見逃さないためこの能力を解除できない。
現に今も学院内の電波塔を介し、神亡川じゅうのオンライン通信を常時
瘴気による脳機能の強化を加味しても圧倒的な―――それこそ憐れまれ忌避されかねない情報圧。
それを涼しい顔で受け流し、ライカは寧ろ小馬鹿にするように笑った。
「はっ、ウチとアンタじゃ情報処理能力が違うんだよ。てかイマドキ
「……でも、ライカちゃんも見つけれてないよね、
とはいえ、その一言だけは受け流せなかったようで、笑みはすぐに歪んでしまったが。
「うっせー。あっちが電話とかメールとかしてくれたら一発だっての。それもないってことは、もうどこぞで野垂れ死んでるか……よっぽど上手く匿われてるかの二択かなー。もし死んでるなら嫌でも耳に入るだろうし、さ」
ボタンが一つしかないリモコンを玩びながら、金髪のギャルは溜息を吐く。
街を覆う風の耳と、電波を掴む雷の体。
それらを以てしても調査の進みが芳しくないという現状が、両名の機嫌を普段の二割増しで悪化させている原因だった。
フウウによる神亡川県全域の調査は成果ゼロ。
対象が屋外、あるいは窓の開いた部屋で一言でも発せば即座に居場所を特定できたが、そう簡単にはいかなかった。
そして、ライカによる電波通信の監視・及び調査状況の情報統括。これは現在進行形で継続中だが……こちらも現時点では進歩ナシ。
漆門寺ナナ本人の
GPSなどの付いた携帯端末は破壊され、乗っていたと思われる船に放置されていた。
つまり、全く以て手掛かりなし。
「……」
ばちばちと、ライカの毛先が苛立ちで火花を発する。
フウウもライカも強力な索敵能力を有しているが、その索敵方法は受動的であり、能動的に標的を探すことは難しい。
巣を張って狩りをする蜘蛛のようなものだ。
不可視の感知網は強力だが、運
雷速の判断力も、行動を決定できるだけの
と、ライカの脳内でその情報が弾けた。
受信したのは警察の聞き込み調査の結果。その中に懐かしい
「『
「……朽無? なにそれ……」
「あー、ウチが『大瘴災』んときに世話になった
「…………ふぅん、そう……」
「ま、アンタには関係ないハナシか」
がたん、とライカが長椅子から立ち上がる。
これ以上話していても無駄、と態度で示した彼女は、座ったままのフウウを振り向きもせずに。
「それじゃ、ウチは
それだけ言って、ばちん、という
大聖堂に残されたフウウの目は、どことなく不機嫌そうにも見えた。
同刻、神亡川県某所・
すっかり夜も更けた中、診察室には朽無キョウカと漆門寺ナナの二名だけ。
どこか隠れるような低いトーンで、女医はレントゲン写真を示しながら患者へ診察結果を語る。
「……やっぱり、これの摘出は
「……それは、むずかしい、です。きっと、見つかってしまう、から」
「そうね……でも大丈夫、安心して。一人くらいコッソリ手術できる伝手はあるつもりだから。知ってる? うちの人、十年前までは凄く人望のある名医だったのよ? 近いうち……そうね、一週間以内には話を付けるわ」
安心させるように微笑む担当医。
だがその声は、無理に明るさを装ったものだ。
若いというよりはまだ幼い患者の容体を、その痛ましさを、直に診た彼女は誰よりも知っている。
それでも微笑みを保つのは、ひとえに患者の心へ要らぬ波を立てぬという医者としての矜持。人生の半分以上を医者として過ごして来た彼女の、その魂に染み付いた生き様の具現だ。
だが……今まだ様々な難病と向き合って来た彼女も、
だから、だろう。
完璧だった医者としての仮面に、罅が入ってしまったのは。
「それでも……これの摘出が済んだとしても、ナナコちゃん、あなたの体は……」
「……わかって、います。でも、もうすこし、だけ……できるだけながく、いっしょに居たい、のです」
強がりが剥がれかけた女医と違い、幼い患者の表情はどこまでも―――見る者の息を詰まらせるほどに穏やかだった。
そんな表情のまま、己の左胸に手を置いて。
そこに鼓動を与えてくれた
安全な鳥籠の中に籠り、翼を腐らせて死を待つよりは。
自由に大空を羽搏きながら、夢を目指して死にたいのだ、と。
たとえ叶わぬ夢であろうとも……それが
それに、と彼女は続ける。
「いまは、明日がたのしみ、だから。それが、うれしい、んです。たとえ、わたしに明日がこなくても……それだけで、いい、んです」
少女の鼓動を弾ませる、明日の歓迎会の約束。
その未来に辿り着けるかは分からないけれど、
―――夜は好き。
寝る前に、大好きなひとの「おやすみ」を聴けるから。
明日のことが、心の底から楽しみだから―――。
それは、ありふれた/ありえざる人間性。
地獄を唯一生き延びながら、今まで死んでいたに等しい純白の少女は。
「生きる」とは目の前の事象を眺める
この天国みたいな日常で、ようやく知ることができたのだった。
死を認識したあの日から。
恋を自覚したその日から。
少女は、刹那を駆ける流星になった。
走るは
天国のある場所を貫き墜ちる。
決して届かぬと知りながら、それでも羽搏く夜鷹のように。
流星は白く、遥か彼方の
たとえ身に余る恋の
そのために自分は生まれたのだと、とても誇らしく輝いて―――。
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