【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<7> 7日目 影、雷、門、風

 ばちん、と音がして。

 それで全ては真っ白になった。

 

 熱いとか、痛いとか、そういうのは一瞬だけだった。

 (そと)(なか)を繋ぐコードがごっそり断線した感覚。

 わたしは脳味噌だけで暗闇に浮かぶ生き物になって、海月(くらげ)のように、右から左へと流れる時間を漂っている。

 

『だから、「アンタは誰だ」って聞いてんだけど。耳と脳ミソ、どっちが不良品なワケ?』

『誰も何も、俺はそいつのナイトだよ……!』

 

 ―――嗚呼。

 外で、あのひとが戦っている。

 なら自分も戦わないと。

 今すぐ立ち上がらないと。

 でも……立ち上がるって、どうするの。

 体って、一体なんだっけ。

 

 たぶん、わたしは芋虫だった。

 脳味噌だけが地面に()()()()と投げ出されて、這ってみるけどうまくいかない。

 やっぱり体がないと駄目なんだ。

 でも、体ってどこにあるんだっけ……?

 

  殴られる音。

  蹴られる音。

  あのひとが戦っている、音。

 

 「はやく」。そんな焦りだけが脳味噌(わたし)を満たす。

 体、からだ。

 返事をして、わたしの体……。

 ……。

 駄目だ。

 何も動かない。何も分からない。

 まるでいつもの悪い夢だ。

 わたしは何も出来ず、ただ地獄を眺めている。

 早く目覚めたいのに、どうすれば目が覚めるのか、この中ではちっとも分からない。

 手を伸ばそうにも腕がない。

 目を凝らそうにも瞳がない。

 ならばこのまま這いずろうにも、そもそも行き先が分からない。

 分からないから進めない。

 でもこのままじゃ、かげみやが……!

 

 ―――とくん。

 

 音が、聞こえた。

 見えなくなっていた体が自分の存在を教えるように、優しい音がわたしに響いた。

 それは心臓の鼓動。

 ずっと忘れていた響き。

 あのひとがわたしにくれたもの。

 

 とくん、とくん。

 

 鼓動はまだ続いている。

 あのひとに貰った感情(モノ)は、今もこの胸で脈打っている。

 だから、つまり。

 無明の闇を照らす光のように、()()()()()()と叫んでいる。

 

 どくん、どくん。

 

 鼓動の音が大きくなる。

 決して失いたくない恋情(モノ)が、はやくおきろと騒いでいる。

 そうだ、このままでは全てが手遅れになる。

 わたしの全てが崩れ去る。

 その、前に。

 

「う、ぁああ……っ!」

 

 何でもいいから、動け、わたし……!

 

 どくん、どくん―――!

 

 鼓動が頭蓋を爆発させる。

 血と神経と骨と肉が、脳から伸びて心臓へと走る。

 ばちん。

 ひとつ繋がればあとは一瞬。

 ばちんばちん。

 (なか)(そと)、断線していた回路が音を立てて繋がっていく。

 そのたび眼球に火花が散る。

 取り戻した痛覚が、壊れるくらいに生命(いのち)を叫ぶ。

 

 もう一秒だって待っていられない。

 泥の中を藻掻くように重い手で己の顔を掴み。

 痺れた腕で、無理矢理に右目の眼帯を外す。

 

 ―――さあ、断罪の刻だ。

    乙女(ひと)の恋路を邪魔する者よ。

    我が変異臓器たる罪曝(つみざら)しの魔眼、その醜悪を目にも見よ―――!

 

「かげみや、は……わたしが、まもる……!」

 

 

 開け、〈天獄門(ヘブン・シンズ)〉……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 影宮エイトと白杭ライカ。

 彼等の戦闘は一方的だった。

 

「くっ……!」

「―――」

 

 漆黒の刀と女の拳。

 非異能者であれば圧倒的な武器の差は、異能という要素の前では焼け石に水程度の差でしかない。

 もう何度目かの光景が繰り返される。

 エイトの刃が振り下ろされるより先に、その顔面に拳が突き刺さり、体勢を崩した斬撃は空を切る。

 

 当然ながら、圧倒しているのは星五異能者たるライカの方だ。

 殴る、蹴る、叩く、突く。

 単純な徒手空拳だけで、エイトは手も足も出ず殴られる。

 

(なんだ、コイツの速度……! 速いが、単純に速いだけじゃない……まるで追い付けない、追い付ける気がしない……!)

 

 ごん、がん、ずん。

 体の芯まで抉ってくる痛み、揺れる意識と血色の視界。

 痛みに耐えての考察も遅い。

 反撃はあえなく空を切り、追撃は容赦なく少年を打つ。

 

 

 ―――こと戦闘において、白杭ライカは無敵に近い。

 

 人間は、どうやっても認識から行動に時間差(タイムラグ)がある。

 平均して約0.25秒。

 眼球が風景を捉え、脳が情報を処理し、その判断が筋肉に伝わるまでには通常それくらいの時間がかかるのだ。

 当然異能者は脳の情報伝達を瘴気で補助し、体感時間の加速などを行うことが可能だが……それでも脳による情報処理は複雑で、その時間をゼロにすることは不可能。

 

 世界とは、どうあっても人間の認識より一瞬早く。

 人がそれに追いつくことはできない。

 

 だが……白杭ライカだけは違う。

 彼女の脳は生まれつき特殊な構造をしており、そこに異能の力が加わることで、あらゆる判断を疑似的な“脊髄反射”で行うことが可能となった。

 脳による情報処理という過程(プロセス)を丸々吹っ飛ばしてしまえば、認識から行動まで、その時間差(タイムラグ)はおよそ0.02秒。

 本人の意志さえ介在しない『全自動(フルオート)肉体操作』。

 それが生み出す初速(スピード)は、国防三校全異能者の中で紛れもない『最速』である。

 

 

 影宮エイトが追い付けないのは当然だ。

 なにせ彼とライカでは、文字通り()()()()()()()()

 約0.2秒、コンマ単位の時間軸(ステージ)のズレ。

 それだけでエイトの攻撃はライカに届かず、ライカの攻撃にエイトは反応しきれない。

 

「ぐ、づ―――っ」

「ハッ、遅すぎなんだけど!」

 

 一方的な展開が続く。

 だが……それだけ圧倒しておいて、ライカの表情もまた晴れなかった。

 

(何コイツ。異能も身体強化(うごき)も典型的な星四ってトコだけど……とにかく打たれ強いし、勘がいい? 当たるは当たるんだけど、クリティカルヒットを外されてるカンジ。そもそもホントに誰だっての。殺していいかも分かんないじゃん)

 

 星五異能者であるライカからすれば、エイトはお世辞にも「強い」とは言えない相手だ。

 現に徒手空拳だけで刀を持つ彼を翻弄できている。

 だが……それだけ拳を叩き込んで、なお倒れない耐久力、なおも向かって来る精神力は間違いなく異常の域だった。

 

 牽制のジャブは漏れなく当たるが、“決め”の一撃だけは辛うじて躱される……いや、当たりこそするが、直撃(クリーンヒット)を死んでも避けてくる。

 更に果敢なる反撃の刀が、ライカに回避の必要性を与え、そのぶん攻撃の手が減ってしまう。

 力量差を埋めんとする、ひとつひとつは本当に些細な要素たち。

 それが積み重なった結果が、今のエイトの奮戦だった。

 だが―――。

 

「生成、『暗器・

「させるかっての!」

「ぐっ!?」

 

 あくまで実力差は歴然。

 未だに勝負が続いているのは、ライカに異能使用を躊躇わせる漆門寺ナナの存在と……ライカがエイトを『殺す』のではなく『鎮圧』しようとしているから。

 だが……ライカの見立てでは数秒で片が付くはずだった勝負は、もう一分以上続いてしまっている。

 

 ―――面倒だ。やはり殺すか?

 

 少女の脳内で弾ける問い。

 その議題に対し雷速の判断が完了する、正にその瞬間―――。

 

 

 ―――ずあ、と横面に突き刺さる威圧感。

 

「かげみや、は……わたしが、まもる……!」

 

 振り向いたライカは見た。

 白い矮躯から吹き上がる膨大な瘴気を。

 それが空中で形を成し、円状の門が空間を裂くのを。

 

 開け、〈天獄門(ヘブン・シンズ)〉……!!

 

 天使の群れを思わせる円が徐々に直径を広げ、開いた門から浄化の聖光が溢れ出す。

 

 事前の情報とは全く異なる異能の様相。

 そして想定よりずっと早い漆門寺ナナの復活。

 ライカからすれば二重の予想外。

 だが……例え天地がひっくり返ろうと、その雷速(はんだん)が鈍る事はない。

 

「―――フウウ!」

「……はーい……」

 

 かつん、と道を塞ぐように。

 厚底のブーツを響かせて、彼女はナナの前に立ちはだかった。

 

 ―――黒槌(くろつち)フウウ。

 

 この場における三人目の星五異能者は、今にも開きかけた天国の門と相対する。

 

「……残念ね、恋をした小さな彫刻姫(ガラテイア)……貴女の相手はフゥみたい……王子様ではないけれど……私と一曲、踊ってくださる……?」

「―――っ、そこを、どい、て……っ!」

「……どけないわ……だって、風はどこにでもあるものでしょう……?」

 

 ぶわり、と風が吹き上がる。

 それだけで、漆黒の洋服(ゴシックロリータ)は神楽に相応しい神聖さを帯びた。

 死の白光と鍔迫り合うは、台風(ハリケーン)と見紛う風の黒槌。

 

 《i》月に叢雲、花に風。とかく浮世に風は絶えまじ。《i》

 

 風神来臨

 荒らせ、〈疾風神来(シナトべ)〉―――。

 

 

 

 

 

 

 

 漆門寺ナナと黒槌フウウ、二人の星五異能者の異能がぶつかり合う。

 イメージは堤防を壊さんと猛る濁流。

 どちらが荒波かと問えば、両方ともが()()だった。

 

 全てを浄する白き聖光―――その暴虐に抗するは、どす黒く唸る暴風の怒濤。

 あるいは巨竜が如き漆黒の嵐を、天国の光が圧し留めているのか。

 (ソラ)を覆わんばかりの異能の衝突。

 二色は互いに喰らい合い、相克し、結果的に延々と鍔競り合う。

 

 黒槌フウウの異能疾風神来(シナトべ)は、『風を操る』という単純なもの。

 だがそこに街ひとつ覆い尽くす程の膨大な能力範囲と、実際の台風にも勝る出力が加われば、それは歩く天変地異となる。

 

 つまりフウウは、『あらゆる瘴気を消滅させ異能を無効化する』という天獄門(ヘブン・シンズ)の聖光を、膨大な瘴気と風をぶつけることで無理矢理相殺しているのだ。

 余りにも単純な力技。

 だが、それだけで漆門寺ナナと拮抗できるのが、黒槌フウウという異能者(おんな)だった。

 

 

 そんな規格外の激突を横目に……その相棒・白杭ライカは、普段通りに悪態をついた。

 

「ったく、こんな時まで指示待ち人間とか、ホントありえねーあのバカ―――」

 

 ライカの悪態は当然だった。

 

 黒槌フウウは強力な能力を持つが、その代わり人格面に問題がある。

 一言で表せば、「自分以外はどうでもいい」―――そんな超が付く自己中心主義こそが彼女、黒槌フウウの異常性だ。

 なので、フウウは基本的に仲間を助けたりなどしない。

 今もライカが檄を飛ばさなければ、そのまま戦いを傍観するだけだっただろう―――あるいはライカに「怒ると怖い」という特徴を見出していなければ、何を言われようと無視して傍観を決め込んだかもしれない。

 それが黒槌フウウという少女……我儘極まるクソ女にして、誰もが頼らざるを得ない五ツ星の特大戦力である。

 

 なので、ライカが指示を飛ばしたのは、フウウの性格上やむを得ない行為だったのだが―――。

 一瞬。

 その一瞬だけ、ライカの意識は目の前の相手から離れてしまった。

 

(―――ここ!)

 

 当然、その隙を影宮エイトは見逃さない。

 

兌瘴暗器(ダークメイカー)〉、『怨鎖(えんさ)鉄蛇(てつへび)』ッ!

 

 生成するは影の鎖。

 ジャラジャラと鳴く鎖分銅が、獲物を締め上げんと空を駆ける。

 

(助かったぜナナ子、おまえが作ってくれた隙だ!)

 

 不意に訪れた一瞬の好機。

 咄嗟に『鎖』を選んだエイトの判断は賞賛されるべきものだ。

 なにせ純粋に躱し難い。

 横薙ぎに胴を狙う鎖は、前後左右、どの方向でも避けきれないだろう。

 あるいは上に跳躍しようとも足を捉え、身を屈めようとも首を襲い、防御しようものなら腕を取る。

 そうして動きが鈍ってしまえば、いくら判断が雷速でも関係ない。

 

(まずは動きを止める! そっから畳みかけて、次はナナ子を助けに―――)

 

 出来得る限り最善の判断。

 そんな鎖が、狙い違わず白杭ライカの胴を捉え―――。

 

 ばちり。

 火花が散るような音と共に、少女の輪郭が揺らめいた。

 

「な―――()()()()()()()……!?」

 

 目を見張るエイト。

 だが眼前の光景は紛れもない真実。

 

 鎖は確かに白杭ライカの胴を捉えたものの……その肉体に引っかかることはなく、水面の月を切るように、その細い胴を()()したのだ。

 鎖が腹を貫通したようにも見えるが、何の手応えも血の赤もない。

 すり抜けた、としか言えない異常事態。

 だがそれは『異常』ならず、星五異能者の『異能』である。

 

「―――悪いけど。今、アンタに構ってられる余裕(ヒマ)なくなったから」

 

 白杭ライカ。

 彼女がエイトとの戦いで徒手空拳に拘ったのは、『殺さない為』と、もうひとつ。

 能力未知数な相手との戦闘において、自分の異能の情報を隠し、その切札(カード)を最も効果的なタイミングで明かす為。

 

 即ち今。

 奇しくもエイトの好手により―――白杭ライカの必勝の戦略は結実した。してしまった。

 ばちり、ばちり。

 前髪だけでなく全身から異音を響かせながら、光と化した女は吼える。

 

 

「殺す気でやるけど、イマサラ文句(まった)とか言わせないし―――!」

 

 

 星五異能者、白杭ライカ。

 その異能は『肉体』を『雷』に変質させる。

 速度は雷速。

 威力は雷撃。

 そして雷となった肉体は、あらゆる物理的干渉を無効化する。

 簡単な話。

 いったいこの世のどこに、落雷に触れられる者が居るというのか。

 

 入った側より逆の胴から飛び出して、虚しく(ライカ)を切る鎖。

 それを見てようやくエイトも悟った。

 つまり、それは既に骨肉で構成された人体ではなく。

 一秒前まで『白杭ライカ』という女()()()、人の輪郭(カタチ)をした無敵の(イカズチ)―――。

 

 

 雷神変化

 轟け、〈不我雷動(ミカヅチ)〉!!

 

 

 ―――白く。

 爆発する閃光が世界を貫く。

 音も認識も全ては遅い。

 其は時さえ置き去りにする真の最速。

 神敵を穿つ、必中必勝の“白き杭”。

 

 回避能わぬ人型の落雷が、影宮エイトへと炸裂し。

 遅れて響いた轟音が、犠牲者共々大気を()いた。

 

 

 




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