【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
神器贋造『
異常な量の瘴気放出と共に、少年・
その肉体は傷だらけ。
無数の殴打に血反吐を吐き、果ては雷撃に身を焼かれ。
立っているのが不思議なほどの、紛れもない満身創痍。
だが―――その刃を手にした瞬間、萎み切っていた脅威度が爆発的に増す。
『剣気』としか言えない不可視の
(まさか、短時間で全瘴気を使い切る完全開放!? でも、コレは―――)
立ち昇る瘴気の勢いに、とある高等技術を思い出すライカ。
だが、ことはそう単純ではないと雷速の判断が頭蓋で閃く。
なにせ通常の完全開放は、過剰な
―――その
太陽が閃光を放つように―――放射状に
切断の極致たるその刃は、人の手に握られている限り、
即ち。
白杭ライカの前に現れたのは、暗黒を超えた『真の虚無』。
三千世界
「――――――」
決して理解できぬ
未知に恐怖する人間の本能が、「下手に動くな」と少女の肉体に強制したのだ。
生存本能の顕在化。
それはつまり―――眼前の
そうやって後手に回ったライカに対し、エイトの動きに迷いはなかった。
「問答無用、承知した。故にここからは
悪いが、もう少しだけ付き合って貰うぞ、『正義の味方』……!」
『ナナ子を自由に』。
たったひとつの切なる悲願が、彼に停滞を赦さない。
ざり、と両脚は外向きに地を削るが如く。
重心低く―――前に出るのではなく、上半身に力を伝えるための踏み込み。
地を蹴ることで得た力を、
それは隻腕のみならず、全身で振るう渾身の一刀。
地より跳ね上がる逆袈裟は、八重桐流剣術、その秘奥たる一太刀である。
八重桐流剣術の八つの奥義は、八重桐テンカが魔剣の宿す『
故にその
「八重桐流剣術、
技の名は祝詞のように。
諧謔に歪む少年の口端。
全身に蓄積された痛み、内から裂ける
武器も剣術も全て偽物、出来損ないの模造品。
汚れた地べたから引き剥がそうと、しょせん影は影に過ぎず。
鮮やかな天才達とは程遠い、凡俗の我が身を嗤わば嗤え。
だが―――真贋の差、何するものぞ。
決着も待たず侮りの笑みを浮かべたのなら、それが敗着と知るがいい!
―――
曇天、一刀にて斬り伏せる!
分厚い雲に切れ目が奔り、陽光は巨大な刃のように街へと降る。
そんな天変地異すらただの余波。
斬撃は確かに、
八重桐流剣術・奥義が壱、『天轟斬』。
間合いの概念、「この距離では届かない」という事実を切り伏せ、結果的に斬撃を天上にさえ届かせる……古今無双、因果逆流の秘剣である。
だが―――。
「なに今の、あっぶな……!」
〈
ばちり、と繋がっていく少女の傷。
水面を裂いたかのような手応えに、エイトは「やはり」と歯噛みした。
エイトが剣を振る姿を見た瞬間、ライカは殆ど勘で肉体を『雷化』させていた。
当然、斬撃が飛ぶことなど彼女は知らない。
ただ、魔剣を前に膨れ上がった生存本能が、遥か遠間の斬撃動作にさえ反応してしまったというだけ。
雷速の判断は健在なり。
白杭ライカは逡巡を知らず、躊躇を知らず、恐怖に身が竦むという感覚も知らない。
彼女が立ち止まったのは、ただ、それが未知に対処するうえでの最善だったから。
―――ただし、ゆめ忘れるなかれ。
この世に異能ある限り、最速の雷神すら無敵ではない―――。
「、
じわり、と。
予想外の痛みにライカが端整な顔を歪める。
その胴。
『雷化』した状態で受け、異能解除と共に塞がったハズの傷痕から、赤い雫が漏れ出てくる。
両断とは程遠い、薄皮一枚の斬撃跡。
だが……確かに裂けた、無敵だったハズの服と皮。
刹那。
少女の脳内にて轟く雷鳴。
(まさか―――あの剣は、ウチの『雷化』を無視できる……!?)
それは星五異能者・白杭ライカをして、過去類を見ないほどの戦慄だった。
今まで『雷化』の後隙を狙ってきた者は多く居た。だが、『雷化』による無敵そのものを引き裂かれたのはこれが初めて。
しかも悪い事に、あの剣の真の性能は
遠間、斬撃の余波でこれだ……もしその太刀を直接浴びせられたなら。
想像だけで総毛立つ。
それを確信とし、白杭ライカは己の体が止まった理由を理解する。
(今回は離れてたからこの程度で済んだけど、あの剣に
少女を操る脊髄よりの全自動操縦。
確度より速度を優先した雷速の判断が、普段よりずっと冴え渡っているのは、命の危険を前にしているのと無関係ではないだろう。
『雷化』しての突進はもはや使えない。
攻撃のため電圧を上げれば
イメージは野球の送りバント。
投げる
つまり―――今はどんな剛速球も自殺行為。
雷であろうと人体であろうと、あの刃に触れればお終いだ。
世界を本に例えたなら、その魔剣は鉄の
紙面の上でどれだけ硬いと描写されているとか、雷になれるから無敵だとか、そういう道理は本の中だけの決まり事で、本の外には持ち出せない。
どんな名文・名言も、どれほど強いキャラクターでも……世界という
つまり、その刃の前では防御も道理も意味はない。
ソレは万物を『世界ごと斬る』外法の刃。
―――『
神さえ殺しうる、贋作魔剣。
そんな刃を前にして。
「―――ハッ、結局何も変わんねーじゃん。殴り合いで勝てると思ってるワケ!?」
星五異能者・白杭ライカは、あくまで豪気に笑ってみせた。
当然であろう。
刀を手に向かってきたエイトを、無手で圧倒していたのは他ならぬ彼女なれば。
多少武器が強くなろうとやることは変わらず、また造作もなく。
精密動作が難しい『落雷突進』で駄目なら、精密な動作で殴るだけ。
そうして。
『雷化』を解除しながらも、少女は恐れず敵を睨み、前へと―――。
「―――!?」
敵を睨んだはずのライカの目。
その
そうして。
夜の到来を告げる冷風のように、少女の耳に届く、声。
「―――影奥義が参、『
八重桐流剣術・奥義が参、『
円を描くが如き特殊な太刀筋で可視光を意図的に断ち、ごく短時間ながら相手の視界に欠落を生む“目潰し”の技。
(視界が―――斬られた!? 目潰し!? 墨!?)
視界の約五割を虚無に塗りつぶされ、思わず目を擦ってしまうライカ。
当然そこには何もなく、視界も既に戻っている、が―――その無駄な動作のぶん、彼女はエイトを前に無防備を晒す事となり。
(チッ、奴が来るし―――!)
その隙にエイトが距離を詰めてくる。
接近じたいはライカも望むところ。
だがそれは彼女の予想に反し、斬りかかる為に作られた隙ではなく―――。
「―――」
がちん、と。
絶対切断の刀を口に咥え、空いた隻腕を掲げるエイト。
完全開放中の膨大な瘴気。
それを新たに生み出した『
それは彼の異能の応用。
限界を超える瘴気の注入は、生成した武器の自壊と、
―――『
「!」
ぶわり、と。
ライカたちの戦う街の一角を、黒い瘴気が覆い尽くした。
「っ、今度は『煙幕』―――!?」
目潰しから繋がったその技に、途端にゼロとなるライカの視界。
漆黒の濃霧に包まれて、ここだけ星の
煙幕の範囲も広く、即座の脱出は難しい。
だが、狼狽えたのは一瞬だけ。
バチバチと、雷鳴。
ライカは一瞬で冷静さを取り戻し、代わりに闘志を滾らせる。
(―――ナルホド。ウチと読み合いをしようってハラね)
予測される敵の行動は大きく二択。
煙幕越しに『飛ぶ斬撃』で攻撃してくるか、
煙幕に乗じて『直接』ライカを斬りに来るか。
―――後者、と少女は雷速で判断した。
理由は直感と分析。
判断の後追いで思考が巡る。
(まあ間違いなくそっちで来るっしょ。ウチには『雷化』があんだからさ)
前者なら〈
後者の場合、〈
(あんだけ一方的にボコしたんだ、ウチを高く見積もってるハズ。ならウチが最善手を打つことを予測して、その手への有効打をぶつけてくるのが常識ってワケ―――)
即ち敵の狙いは、相討ち覚悟の直接攻撃。
これはライカにとって非常に厄介だ。
なにせ『落雷突進』でのカウンターは的が広がりこちらも斬られる恐れがあるし、反対に雷速で後ろへ逃げても、その場合は『飛ぶ斬撃』の追撃が躱せない。
煙幕から飛び出すのも同じように危険だ。今の敵へ『雷化』の後隙は晒せない。
つまりライカの活路は、煙幕の中から飛び出してくる暗刃を最小の動作で凌ぎ、相手の二の太刀の前にカウンターを叩き込むことだけ。
以上の考察により、互いの最善手は確定した。
視認限界30センチの即席暗夜。
コンマの反応とコンマの反撃を強制される
その中に閉じ込められ、相手の
なにせこの状況は、ライカの最も得意とする―――。
(―――
ライカは
(コレでコッチは準備オーケーってワケ。責任からも逃げ出した、臆病逃げ腰の負け犬ヤローが。ウチの土俵に土足で乗り込んできたことを後悔させてやるっての―――)
カウンターが決まれば勝負も決まる。
バチバチと雷鳴を響かせながら、少女は訪れる
一秒、二秒。
自然呼吸は止まっていた。時間が粘度を増したようだ。
三秒、四秒。
相手も音を出す愚は犯さない。バチバチと
五秒、六秒。
依然、何の根拠もなく。「来る」、と第六感が確信する。
果たして―――。
―――ぬるり。
ライカの視界、その右斜め上限界から。
煙幕を切り裂いて、同色の、黒い影のような切っ先が―――。
(―――ハッ、甘いっての!)
ライカの脊髄を稲妻が駆ける。
生涯最高の超反応。
時間さえ追い越す勝利の確信に、その口元が狂暴に歪む。
かくて少女は、振り下ろされる黒刃を最小の身を引く動作で躱し。
「コレで、終わり!」
1億
かくして、白杭ライカはモグラを叩いた。
その舞台は彼女の独壇場、雷速の判断の面目躍如。
ああ、確かに微塵の間違いもなく。
「な、」
―――手応えが、ない。
振り抜かれた拳は、事実、あるハズの敵影を見つけられず。
虚しく白く。
必勝を謳われた白い
そうして―――白杭ライカは。
濃霧によって隠されていた、雷光によって暴かれた真実を目の当たりにして目を剥いた。
「
そう。
確かに見えたと思った
そこには何もなかったのだ。
敗者の世界が停止する。
時間という
それが最悪の破綻を迎えようとする中で。
更に絶望的な事実に、少女の脳は気付いてしまった。
(―――しかも、この刀は違う)
そうだ。
眼前で落ちる漆黒の刃。
それは見るだけで痛みが走るような、あの恐るべき魔剣ではなく。
何の力も宿していない、色だけが似た影色の刀で。
―――そうして、音もなく影のように。
少女を挟んで対角線、全くの死角から、煙幕を裂いて漆黒の騎士は現れた。
影宮エイト。
最強の魔剣を持つ少年は、遂に、背を向けた敵を間合いに捉える。
(ちゃんと気付いてくれて助かったよ……悪いが、そっちは囮の『
ま、アンタと違って
真実。
煙幕を介しての読み合いは、エイトがライカの上を行った。
その報酬こそ
実力差を返す『詰み』の盤面。
いくら判断が雷速といえど関係ない。
ライカはこちらに気付いても居ない。
判断とは獲得した情報を繋ぎ合わせ、最善と思われる方針を決定すること。
故にどんな天才であれ―――情報という
数多の綱渡りを越え、ようやく掴んだ千載一遇。
凡人たる影の少年は、天才を前に確信する。
(この条件、この一瞬だけなら―――俺の方が、
かくして、影宮エイトは『雷速』を超えた。
振るうは万物問答無用、
時計の針も、ライカの振り向きも、此処に至っては遅すぎる。
爆発めいて火を噴く少年の
全身を動かす熱源に、その白い火種に押される
かくて刃は振り抜かれ―――。
びちゃり。
目を灼くような鮮血が、黒い路面に徒花を咲かせた。
評価、感想、諸々お待ちしております!