【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<9> 7日目 雷速を超えて

 

 神器贋造『神薙剣(カミナギノツルギ)影叢雲(カゲノムラクモ)

 

 

 異常な量の瘴気放出と共に、少年・影宮(かげみや)エイトの隻腕が魔剣を抜く。

 その肉体は傷だらけ。

 無数の殴打に血反吐を吐き、果ては雷撃に身を焼かれ。

 立っているのが不思議なほどの、紛れもない満身創痍。

 だが―――その刃を手にした瞬間、萎み切っていた脅威度が爆発的に増す。

 『剣気』としか言えない不可視の(ナニカ)が、相対する白杭(しらくい)ライカの肌を突き刺したのだ。

 

(まさか、短時間で全瘴気を使い切る完全開放!? でも、コレは―――)

 

 立ち昇る瘴気の勢いに、とある高等技術を思い出すライカ。

 だが、ことはそう単純ではないと雷速の判断が頭蓋で閃く。

 なにせ通常の完全開放は、過剰な瘴気(ガソリン)で異能を爆発的に強化する技だが……眼前の()()だけが、どう見てもその範囲を逸脱していた。

 

 ―――その(つるぎ)は余りにも異様だった。

 太陽が閃光を放つように―――放射状に風景(セカイ)を喰い破る、黒。

 切断の極致たるその刃は、人の手に握られている限り、可視光(ひかり)さえも切り裂いてしまう。

 即ち。

 白杭ライカの前に現れたのは、暗黒を超えた『真の虚無』。

 三千世界(ことごと)く斬り伏せる、贋作魔剣。

 

「――――――」

 

 決して理解できぬ(モノ)を前に、雷速の判断力を持つライカをして足が止まる。

 未知に恐怖する人間の本能が、「下手に動くな」と少女の肉体に強制したのだ。

 生存本能の顕在化。

 それはつまり―――眼前の虚無(やいば)が、星五異能者・白杭ライカの命に届きうるという事実(コト)を示していた。

 

 

 そうやって後手に回ったライカに対し、エイトの動きに迷いはなかった。

 

「問答無用、承知した。故にここからは(コイツ)で語る。

 悪いが、もう少しだけ付き合って貰うぞ、『正義の味方』……!」

 

 『ナナ子を自由に』。

 たったひとつの切なる悲願が、彼に停滞を赦さない。

 

 ざり、と両脚は外向きに地を削るが如く。

 重心低く―――前に出るのではなく、上半身に力を伝えるための踏み込み。

 地を蹴ることで得た力を、丹田(こし)を通して螺旋状に上へ。

 それは隻腕のみならず、全身で振るう渾身の一刀。

 地より跳ね上がる逆袈裟は、八重桐流剣術、その秘奥たる一太刀である。

 

 

 八重桐流剣術の八つの奥義は、八重桐テンカが魔剣の宿す『概念切断(ちから)』を十全に活かす為だけに編み出した、八重桐テンカの為の剣。

 故にその奥義(ワザ)を使用できるのは、八重桐テンカその人と―――ただ一人、その修練を隣で見ていた、従者(おとうと)・影宮エイトのみ。

 

 

「八重桐流剣術、()奥義が壱―――」

 

 技の名は祝詞のように。

 諧謔に歪む少年の口端。

 全身に蓄積された痛み、内から裂ける変異臓器(うで)の軋みは、こと此処に至って反転した。

 

 武器も剣術も全て偽物、出来損ないの模造品。

 汚れた地べたから引き剥がそうと、しょせん影は影に過ぎず。

 鮮やかな天才達とは程遠い、凡俗の我が身を嗤わば嗤え。

 だが―――真贋の差、何するものぞ。

 決着も待たず侮りの笑みを浮かべたのなら、それが敗着と知るがいい!

 

 

 ―――天轟斬(てんごうざん)!!!!

 

 

 曇天、一刀にて斬り伏せる!

 分厚い雲に切れ目が奔り、陽光は巨大な刃のように街へと降る。

 そんな天変地異すらただの余波。

 斬撃は確かに、巻藁(ひょうてき)である白杭ライカの胴を右下から左上へ通り抜け、斬り裂いた。

 

 八重桐流剣術・奥義が壱、『天轟斬』。

 間合いの概念、「この距離では届かない」という事実を切り伏せ、結果的に斬撃を天上にさえ届かせる……古今無双、因果逆流の秘剣である。

 

 だが―――。

 

「なに今の、あっぶな……!」

 

 不我雷動(ミカヅチ)〉……!!

 

 ばちり、と繋がっていく少女の傷。

 水面を裂いたかのような手応えに、エイトは「やはり」と歯噛みした。

 

 エイトが剣を振る姿を見た瞬間、ライカは殆ど勘で肉体を『雷化』させていた。

 当然、斬撃が飛ぶことなど彼女は知らない。

 ただ、魔剣を前に膨れ上がった生存本能が、遥か遠間の斬撃動作にさえ反応してしまったというだけ。

 

 雷速の判断は健在なり。

 白杭ライカは逡巡を知らず、躊躇を知らず、恐怖に身が竦むという感覚も知らない。

 彼女が立ち止まったのは、ただ、それが未知に対処するうえでの最善だったから。

 

 ―――ただし、ゆめ忘れるなかれ。

 この世に異能ある限り、最速の雷神すら無敵ではない―――。

 

「、(つぅ)……!?」

 

 じわり、と。

 予想外の痛みにライカが端整な顔を歪める。

 

 その胴。

 『雷化』した状態で受け、異能解除と共に塞がったハズの傷痕から、赤い雫が漏れ出てくる。

 両断とは程遠い、薄皮一枚の斬撃跡。

 だが……確かに裂けた、無敵だったハズの服と皮。

 

 刹那。

 少女の脳内にて轟く雷鳴。

 

(まさか―――あの剣は、ウチの『雷化』を無視できる……!?)

 

 それは星五異能者・白杭ライカをして、過去類を見ないほどの戦慄だった。

 今まで『雷化』の後隙を狙ってきた者は多く居た。だが、『雷化』による無敵そのものを引き裂かれたのはこれが初めて。

 しかも悪い事に、あの剣の真の性能は()()()()ではないという確信がある。

 

 遠間、斬撃の余波でこれだ……もしその太刀を直接浴びせられたなら。

 想像だけで総毛立つ。

 それを確信とし、白杭ライカは己の体が止まった理由を理解する。

 

(今回は離れてたからこの程度で済んだけど、あの剣に()()()()()()のはマズいってカンジか……! それがアイツの狙い系っしょ! そんであの剣にそういう能力があるのなら、ウチも考えなしに(ゴロ)って突っ込むワケにはいかない―――)

 

 少女を操る脊髄よりの全自動操縦。

 確度より速度を優先した雷速の判断が、普段よりずっと冴え渡っているのは、命の危険を前にしているのと無関係ではないだろう。

 

 『雷化』しての突進はもはや使えない。

 攻撃のため電圧を上げれば冷却時間(クールタイム)は長くなるし……最悪の場合、突っ込んだこちらが切り裂かれる。

 イメージは野球の送りバント。

 投げる白球(ボール)はそのままに、バットだけ白刃(カタナ)へ代わった感じ。

 つまり―――今はどんな剛速球も自殺行為。

 雷であろうと人体であろうと、あの刃に触れればお終いだ。

 

 

 世界を本に例えたなら、その魔剣は鉄の(ハサミ)である。

 紙面の上でどれだけ硬いと描写されているとか、雷になれるから無敵だとか、そういう道理は本の中だけの決まり事で、本の外には持ち出せない。

 どんな名文・名言も、どれほど強いキャラクターでも……世界という(テクスチャ)の上に存在する以上、粗暴な鋏のひとつまみで両断されるのが必定だ。

 

 つまり、その刃の前では防御も道理も意味はない。

 ソレは万物を『世界ごと斬る』外法の刃。

 ―――神薙剣(カミナギノツルギ)影叢雲(カゲノムラクモ)

 神さえ殺しうる、贋作魔剣。

 

 

 そんな刃を前にして。

 

「―――ハッ、結局何も変わんねーじゃん。殴り合いで勝てると思ってるワケ!?」

 

 星五異能者・白杭ライカは、あくまで豪気に笑ってみせた。

 当然であろう。

 刀を手に向かってきたエイトを、無手で圧倒していたのは他ならぬ彼女なれば。

 多少武器が強くなろうとやることは変わらず、また造作もなく。

 精密動作が難しい『落雷突進』で駄目なら、精密な動作で殴るだけ。

 

 そうして。

 『雷化』を解除しながらも、少女は恐れず敵を睨み、前へと―――。

 

「―――!?」

 

 敵を睨んだはずのライカの目。

 その網膜(スクリーン)が映したのは、世界が割れたような暗黒だった。

 

 そうして。

 夜の到来を告げる冷風のように、少女の耳に届く、声。

 

「―――影奥義が参、月食(つきばみ)

 

 八重桐流剣術・奥義が参、『月食(つきばみ)』。

 円を描くが如き特殊な太刀筋で可視光を意図的に断ち、ごく短時間ながら相手の視界に欠落を生む“目潰し”の技。

 

(視界が―――斬られた!? 目潰し!? 墨!?)

 

 視界の約五割を虚無に塗りつぶされ、思わず目を擦ってしまうライカ。

 当然そこには何もなく、視界も既に戻っている、が―――その無駄な動作のぶん、彼女はエイトを前に無防備を晒す事となり。

 

(チッ、奴が来るし―――!)

 

 その隙にエイトが距離を詰めてくる。

 接近じたいはライカも望むところ。

 だがそれは彼女の予想に反し、斬りかかる為に作られた隙ではなく―――。

 

「―――」

 

 がちん、と。

 絶対切断の刀を口に咥え、空いた隻腕を掲げるエイト。

 完全開放中の膨大な瘴気。

 それを新たに生み出した『影刀・月景(カタナ)』へと無理矢理に詰め、その刀身を内側から爆ぜさせる。

 

 それは彼の異能の応用。

 限界を超える瘴気の注入は、生成した武器の自壊と、()()()()を呼び起こす……!

 

 ―――『(シン)暗影煙幕(シャドウスモーク)』!

 

「!」

 

 ぶわり、と。

 ライカたちの戦う街の一角を、黒い瘴気が覆い尽くした。

 

「っ、今度は『煙幕』―――!?」

 

 目潰しから繋がったその技に、途端にゼロとなるライカの視界。

 漆黒の濃霧に包まれて、ここだけ星の()い夜のようだ。

 煙幕の範囲も広く、即座の脱出は難しい。

 

 だが、狼狽えたのは一瞬だけ。

 バチバチと、雷鳴。

 ライカは一瞬で冷静さを取り戻し、代わりに闘志を滾らせる。

 

(―――ナルホド。ウチと読み合いをしようってハラね)

 

 予測される敵の行動は大きく二択。

 煙幕越しに『飛ぶ斬撃』で攻撃してくるか、

 煙幕に乗じて『直接』ライカを斬りに来るか。

 

 ―――後者、と少女は雷速で判断した。

 理由は直感と分析。

 判断の後追いで思考が巡る。

 

(まあ間違いなくそっちで来るっしょ。ウチには『雷化』があんだからさ)

 

 前者なら不我雷動(ミカヅチ)による全身雷化が有効だ。雷速の移動さえしなければ、持続に難のあるライカの異能でも10秒は持つ。そうして飛ぶ斬撃を軽傷でいなし、相手の後隙に雷撃なり拳なりを合わせればいい。

 後者の場合、不我雷動(ミカヅチ)の防御は恐らく意味がない。だが()()()()()()()()()()。この状況で『雷化』は使い得。故に前者は無いと判断した。

 

(あんだけ一方的にボコしたんだ、ウチを高く見積もってるハズ。ならウチが最善手を打つことを予測して、その手への有効打をぶつけてくるのが常識ってワケ―――)

 

 即ち敵の狙いは、相討ち覚悟の直接攻撃。

 これはライカにとって非常に厄介だ。

 なにせ『落雷突進』でのカウンターは的が広がりこちらも斬られる恐れがあるし、反対に雷速で後ろへ逃げても、その場合は『飛ぶ斬撃』の追撃が躱せない。

 煙幕から飛び出すのも同じように危険だ。今の敵へ『雷化』の後隙は晒せない。

 つまりライカの活路は、煙幕の中から飛び出してくる暗刃を最小の動作で凌ぎ、相手の二の太刀の前にカウンターを叩き込むことだけ。

 

 以上の考察により、互いの最善手は確定した。

 

 視認限界30センチの即席暗夜。

 コンマの反応とコンマの反撃を強制される決闘場(ウェイストランド)

 その中に閉じ込められ、相手の有利(フィールド)に乗せられてなお……白杭ライカは自身の側に天秤が傾いていると確信する。

 なにせこの状況は、ライカの最も得意とする―――。

 

(―――()()()()()だ。反応勝負なら負けるワケないし!)

 

 ライカは冷却時間(クールタイム)終了と同時に不我雷動(ミカヅチ)を発動、万が一の『飛ぶ斬撃』に注意しつつ、全身を雷化させその時を待つ。

 

(コレでコッチは準備オーケーってワケ。責任からも逃げ出した、臆病逃げ腰の負け犬ヤローが。ウチの土俵に土足で乗り込んできたことを後悔させてやるっての―――)

 

 窮地(ピンチ)好機(チャンス)は表裏一体。

 カウンターが決まれば勝負も決まる。

 バチバチと雷鳴を響かせながら、少女は訪れる瞬間(そのとき)を待つ。

 

 一秒、二秒。

 自然呼吸は止まっていた。時間が粘度を増したようだ。

 三秒、四秒。

 相手も音を出す愚は犯さない。バチバチと鼓動(らいめい)だけが少女を満たす。

 五秒、六秒。

 依然、何の根拠もなく。「来る」、と第六感が確信する。

 果たして―――。

 

 

 ―――ぬるり。

 ライカの視界、その右斜め上限界から。

 煙幕を切り裂いて、同色の、黒い影のような切っ先が―――。

 

 

(―――ハッ、甘いっての!)

 

 ライカの脊髄を稲妻が駆ける。

 生涯最高の超反応。

 時間さえ追い越す勝利の確信に、その口元が狂暴に歪む。

 

 かくて少女は、振り下ろされる黒刃を最小の身を引く動作で躱し。

 

「コレで、終わり!」

 

 1億V(ボルト)の右ストレートが、刃の先に待つ影を情け容赦なく打ち貫く―――!

 

 かくして、白杭ライカはモグラを叩いた。

 その舞台は彼女の独壇場、雷速の判断の面目躍如。

 ああ、確かに微塵の間違いもなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、」

 

 ―――手応えが、ない。

 振り抜かれた拳は、事実、あるハズの敵影を見つけられず。

 虚しく白く。

 必勝を謳われた白い(うで)、その電圧が煙幕を焼く。

 

 そうして―――白杭ライカは。

 濃霧によって隠されていた、雷光によって暴かれた真実を目の当たりにして目を剥いた。

 

()()()―――!?」

 

 そう。

 確かに見えたと思った(モグラ)は、煙幕が作った錯覚で。

 そこには何もなかったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 敗者の世界が停止する。

 時間という()けた硝子が際限なく引き伸ばされる感覚。

 それが最悪の破綻を迎えようとする中で。

 更に絶望的な事実に、少女の脳は気付いてしまった。

 

(―――しかも、この刀は違う)

 

 そうだ。

 眼前で落ちる漆黒の刃。

 それは見るだけで痛みが走るような、あの恐るべき魔剣ではなく。

 何の力も宿していない、色だけが似た影色の刀で。

 

 

 ―――そうして、音もなく影のように。

 

 

 少女を挟んで対角線、全くの死角から、煙幕を裂いて漆黒の騎士は現れた。

 影宮エイト。

 最強の魔剣を持つ少年は、遂に、背を向けた敵を間合いに捉える。

 

(ちゃんと気付いてくれて助かったよ……悪いが、そっちは囮の月景(つきかげ)だ。さんざん殴られて、アンタの強みが『反応速度』だってことくらいは予想がついてる。

 ま、アンタと違って臆病者(よわむし)なんでな、これくらいの仕掛けはするさ)

 

 真実。

 煙幕を介しての読み合いは、エイトがライカの上を行った。

 その報酬こそ()の一秒。

 実力差を返す『詰み』の盤面。

 

 いくら判断が雷速といえど関係ない。

 ライカはこちらに気付いても居ない。

 判断とは獲得した情報を繋ぎ合わせ、最善と思われる方針を決定すること。

 故にどんな天才であれ―――情報という数式(パズル)変数(ピース)が足りなければ、正しい答えは導けない。

 

 数多の綱渡りを越え、ようやく掴んだ千載一遇。

 凡人たる影の少年は、天才を前に確信する。

 

(この条件、この一瞬だけなら―――俺の方が、(はや)い!)

 

 かくして、影宮エイトは『雷速』を超えた。

 振るうは万物問答無用、無形(イカズチ)さえ裂く神殺しの剣。

 時計の針も、ライカの振り向きも、此処に至っては遅すぎる。

 爆発めいて火を噴く少年の心臓(エンジン)

 全身を動かす熱源に、その白い火種に押される(まま)に。

 

 

 かくて刃は振り抜かれ―――。

 

 

 びちゃり。

 目を灼くような鮮血が、黒い路面に徒花を咲かせた。




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