【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

64 / 72
<10> 7日目 身を灼く覚悟

 白杭(しらくい)ライカは迷わない。

 生涯において、一度も迷ったことがない。

 それは些細な日常の選択から、人生の方向性を決定づける決断まで。

 凡人の言う『迷い』というモノを、彼女は知らない。

 それは本人の生き方が証明している。

 

 

 東凶大瘴災で、生き延びるため瓦礫に埋もれた両親を見捨てたときも。

 当時コンビだった実の兄ごと魔塵(てき)を貫くしかなかったときも。

 かつての学友が賞金首に堕ち、自分を殺そうと襲って来たときも。

 

 

 一度だって彼女は迷わなかった。

 即座に“すべきこと”を行った。

 そうやって目の前の一を捨て、見えない大勢を救ってきた。

 

 

 

 「何故あなたは迷わないのか」。

 

 人は問う。

 その冷酷とも言える果断さの是非を。

 駆け抜ける白雷のような、鮮烈(するど)過ぎる生き方の源泉を。

 

 当然、ライカはそんな問いにも迷わず。

 彼女はいつだって即答する。

 何故ならば―――。

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 ―――かくて、俺は刹那のみ『雷速』を超えた。

 

(この条件、この一瞬だけなら―――俺の方が、迅(はや)い!)

 

 間違いなく詰ませた(チェックメイト)。

 恐らく五ツ星(かくうえ)だろう難敵、その背を前に確信し。 

 勝敗を確定させるため、必殺の刃を振り抜こうとして―――。

 

 

『―――おい』

 

 

隻腕(うで)を引く、多腕(うで)。

 

 時間が止まった。

 全身が凍り付いた。

 過去(うしろ)からの呼び声に、魂が肉体から引き剥がされた。

 

 俺の意識だけが振り返る。

 強引に掴まれて引き摺られる。

 果たして―――そこに、居たのは。

 

  死相、死相、死相。

  夥しい、十を超える死人の群れ。

  それは先程まで生きていた姿で。

  それは凶刃に命を奪われた姿で。

  それは血みどろの悍ましい姿で。

  生者を赦さぬように、

  生者を羨望(うらや)むように、

  光を失った腐目(くさりめ)で、恨みがましく俺を睨む。

 

 彼らが何者であるのか、その正体には一瞬で気付いた。

 寧ろ今まで忘れられていたのが異常だった。

 だって、その顔は。

 その亡者たちは。

 

(ッ、コイツらは―――東(・)凶(・)湾(・)ス(・)ラ(・)ム(・)の(・)時(・)、俺(・)が(・)殺(・)し(・)た(・)……!)

 

 東凶湾スラムにおける三大勢力の一つ、極道組織『六道會(りくどうかい)』。

 俺はその構成員十余人と、使いの若者(チンピラ)一人を、この手で殺害した過去がある。

 思えば、あのときの俺は正気ではなかったのだろう。

 ナナ子を攻撃してしまった時のように―――内側に居た魔塵(なにものか)に、操られるとまではいかずとも、影響を受けていたのだと思う。

 だけど……そんなのは所詮、死んだ彼らには全く関係のない言い訳で。

 

  血泡を吹く口が。

  だらしなく開いた口が。

  左右に割れて脳漿を含んだその口が。

  多種多様の死相たちが、口々に俺へと喚き立てる。

 

  『いてえ、いてえよ……』

  『よぐも俺だちを殺じでぐれだなぁ』

  『テメエ、テメエのせいで、俺は……』

  『ああ、母ちゃん……』

  『ゆるさねえ』

  『なあ、責任取れよお、死刑になれよお』

  『死ね、オマエも死ねッ』

  『人殺し』

  『人殺し』

  『人殺し』

 

 ギシギシと、掴まれた腕が悲鳴を上げる。

 頬に、首に、胴に、足に。

 爪を立てられて揺さぶられて、引き摺り込まれそうで眩暈がする。

 息が出来ない。息苦しい。生き、苦しい。

 頭蓋を満たす怨嗟の叫び。

 視界を圧迫(つぶ)す死体の群れ。

 死の臭いに噎せ返るようだ。

 グロテスク過ぎて直視できない。

 自分の罪を、奪ったものを、どうしても直視できない(したくない)。

 

  『人殺し(ゆるさない)』

  『人殺し(ユルサナイ)』

  『オマエも死ね、人殺し』

 

 それは。

 脳が生み出した錯覚とは到底思えない、質量すら伴う糾弾だった。

 

 忘却の彼方より。

 追い付いてきた過去の罪が、俺を罰しようと迫ってくる。

 絶対に振り払えないモノが、俺の全身にしがみついている。

 

(―――っ!)

 

 畜生、何で今更こんな時に。

 消えろ、頼むから消えてくれ。

 今だけは勘弁してほしい。

 

 ―――そう願っても感触は消えない。

    いみじくも、過去が決して消えないように。

 

(そうかよ。なら―――)

 

 もういい。

 オマエらにどれだけ腕を引かれようが、足を引っ張られようが……後で呪い殺されようが、関係ない。

 たかが一刀、全部背負ったまま、無理矢理に振り抜いてやる。

 まだ時計の針は動いていない。

 敵はこちらに気付いていない。

 この一撃は、どれだけ弱くとも絶対に当たるし、絶対切れる。

 だからとにかく、狙いだけは外さないよう、正確に……!

 

 そこまでを思って。

 それでようやく、俺は、余りにも自分が愚かだったことに気が付いた。

 

 狙い―――ど(・)こ(・)を(・)、狙(・)う(・)?

 

 止まっていた時間が更に粘度を増す。

 首を絞められるまでもなく窒息する。

 背後よりの怨嗟の声が、どこかで聞いた嘲りの声にすり替わる。

 

そうだ、どこを狙うつもりだったんだ俺(おまえ)は。

頸? それで見事に頭を落とす?

胸? 心臓を貫いてさようなら?

胴? 真ん中で綺麗に真っ二つ?

 

 ―――違う、殺すつもりなんてない。

 

ならどういうつもりだったんだ阿呆(オマエ)は。

ああ、殺さないよう部位を削ぐか?

腕? いいな、自分と同じ不便な体にしてあげようぜ。

脚? 悪くない、自分より酷い有様を見れば胸がすく。

目? ああ、そいつは最高にいい考えだ、気に入った!

どうせ傷物(ブサイク)にするんなら、自分の顔も見えなくしてやるのが恩情だもんな!

 

 ―――黙れ! そんなの出来るワケがないだろう!

 

は、黙るのはオマエだよ臆病野郎。

ナナ子を守るんじゃなかったのか?

なら殺せ、迷わず殺せ、今すぐ殺せ。

それが一番確実だ。

それで俺(オマエ)たちはシアワセだ。

 

 ―――もういい、分かったから黙ってくれ……!

 

 声の主は俺自身。

 本能に寄った合理性と暴力性。

 直視させられた己自身の醜悪は、吐き気を催す程だった。

 

(く、そ……!)

 

 それを堪えるように歯噛みするも、それでは何も進まない。

 

 進退窮まる。

 いや、無知蒙昧も極まった。

 

 嗚呼―――俺は本当に、莫迦だ。

 なんでこんな時に、だと?

 違う。こんな時だから出てきたんだ。

 だって俺は凡人なんだから。

 殺(・)人(・)が(・)ト(・)ラ(・)ウ(・)マ(・)に(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)な(・)ん(・)て(・)、そ(・)ん(・)な(・)虫(・)の(・)い(・)い(・)話(・)は(・)な(・)い(・)ん(・)だ(・)か(・)ら(・)……!

 

 ああ、時間が徐々に動き出す。

 眼前の女が振り向こうとしているのが嫌でも分かる。

 最早迷っている猶予はない。

 だが俺は未だに、ど(・)こ(・)を斬ればいいのか分からない。

 

(殺す、のか? 逃げ出した俺が、逃げ出さなかったこの女(ひと)を?)

 

 悪夢めいた自問自答の無限螺旋(ループ)。

 あるいは相手が悪人なら……かの六道會構成員やその若頭とは言わないまでも、そこに大義名分があったなら、俺は勇気を出せたかもしれない。

 だが、今俺が斬ろうとしているのは違う。

 あの時とは余りにも状況が違う。

 

 もう俺の中に、ドス黒い『俺以外の意思』はなく。

 目前の敵はヤクザという社会の屑から、ナナ子と同じ『星五異能者』に。

 

 その、数多人命を救っただろう『正義の味方』を斬り捨てて。

 もう誰も殺したくないと、そう言ったナナ子を幸せにする―――?

 

(駄目だ、殺せない……!)

 

 殺していい訳がない。

 怨霊たちの手(こえ)に押し負けるように、俺の腕は僅かに硬直した。

 

 だが、斬らないワケにもいかない。

 現実は盤面(チェックメイト)を作っただけでは不十分。

 最後に王(キング)を取ってこそ、ようやく勝負は決着する。

 

 殺すわけにはいかない。

 勝たないわけにもいかない。

 ならば、狙いは。

 

(『脚』! 治せる程度に斬って戦闘力を奪う、それしかない―――!)

 

 言うまでもなく、足は行動の起点。足さえ潰せばこの場は逃げ切れる。

 更に太腿の内側に走る大腿動脈(だいたいどうみゃく)は、人間の持つ血管の中では、頸動脈に次いで二番目に太い。

 つまり、そこを斬られれば……引き起こされるのは、意識を失うレベルの大量出血だ。

 

 かくて時間は動き出す。

 果たして―――俺の一撃は、相手が俺を見咎めるよりも先んじた。

 

 

「影奥義―――『千鳥千殺(ちどりせんさつ)』!」

 

 

 八重桐流剣術奥義が漆、『千鳥千殺(ちどりせんさつ)』。

 鳥の群れを落とす程の速度と正確さで、狙った部位のみを貫く“連続突き”。

 

 ピュウピュウ、と。

 風が吹くような、あるいは鳥が鳴くような音が響いて。

 

 一拍遅れ。

 少女の両の内腿から、鮮血が噴き出した。

 

「ち……!」

 

 舌打ちにも聞こえる、確かな苦悶。

 路面に鮮血が狂い咲く。

 両腿の負傷と失血でよろめく女。

 

 確かに『雷化』の異能を貫通し、その両脚を斬り付けた。

 『神薙剣(カミナギノツルギ)・影叢雲(カゲノムラクモ)』の絶対切断。

 神すら斬る魔剣は、正確にその内腿のみを裂いたのだ。

 

 傍目に見ても出血量は多い。

 骨の直前で止めたが、神経と筋肉の損傷は立っていることすら辛いだろう。

 いいや、そうでないと困る。

 戦闘不能になってもらわなければ駄目なのだ。

 

(頼む、出血性ショックで気絶してくれ! ただの失血なら―――)

 

 

「―――お(・)近(・)く(・)の(・)病(・)院(・)で命は助けられるって? はッ、要らないんですけどそんなモン」

 

 

 ―――まるで、心を読まれたようだった。

 ハッとして目が合う。

 こちらを射抜くような、余りにも真っ直ぐな黄金の双眸を畏れるように心臓が跳ねて。

 

 バチン! と異音。

 じゅう、と何かが焼ける音。

 そして、無防備な鼻孔を蹂躙する、

 つい最近嗅いだ、

 人体(にく)が 焦げる ニオイ。

 

 蛇に睨まれた蛙のように、俺は目を合わせたまま逸らせない。

 だけど今何が起こったのか、脳に黒油(コールタール)が染み込むように、ゆっくりと理解していって。

 あるいは、そんな猶予すら与えぬと言わんばかりに、激痛を堪えて彼女は言った。

 

「ウチの異能は、体の一部だけを雷にすることもできる。つまりちょっと無理すれば、その雷で自分を焼くこともできる、ってワケ」

 

 つまり、それは。

 

(雷(じぶん)で腿(じぶん)の傷を焼いて止血したのか……!?)

 

 余りの事に声すら出ない。

 眼前の光景が理解できない。

 だって影宮エイトという男は、どこまで行っても凡人で。

 一瞬だって迷わないその鮮烈(まぶし)さに、驚嘆と畏怖を禁じ得ない。

 

 

  人は理解できないものを恐れる。

  白杭ライカが虚無の刃を恐れたように。

  その在り方は少年にとって、恐ろしい未知だったのだ。

 

 

 つまり、それは致命的な隙だった。

 気が緩み、間近に迫っていた限界が一秒だけ早まる。

 俺が握っていた最強の魔剣が、瘴気不足により霧散する。

 

「覚悟が半端だったか、そこまで堕ちてなかったか。ま、どっちでもいいけど」

 

 そして。

 手心を加えられたとて、その女は決して迷わない―――。

 

 ばちん、と音がして。

 それで全部は真っ暗に。

 倒れ込む最中、俺の後ろから女の声。

 

「生き方くらい生まれた時に決めとけよ、凡人。それもできないで、どうして落雷(ウチ)を追い越せると思ったワケ?」

 

 つまり、それが決定打。

 相手の正体を悟ると同時、俺の体はブレーカーが落ちるように崩れ落ちた。

 

 

 

 其は初志貫徹の体現者、原初の衝動で今なお走る雷の女(ブリズシュラーグ)。

 既に放たれた矢のような、

 目に付いた高所を目指す落雷のような。

 幼少に決めた『正義』という方針(いきかた)を死ぬまで貫く、他の可能性(みち)全てを削ぎ落したが故の、誰にも追い付けぬ“最速(さいきょう)”である。




評価、感想、諸々お待ちしております!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。