【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~ 作:龍川芥/タツガワアクタ
死を認識したあの日から。
恋を自覚したその日から。
少女は、刹那を駆ける流星になった。
自滅は必定。
自壊は前提。
転げ落ちるような不可逆の旅路。
問題は、燃え尽きる前にどれだけ美しく輝けるか。
あの人の
それだけが目的。
それだけが輝き。
刹那にしか在れぬ恋の行方を、その一点にのみ定めて墜ちる。
愚かな
そも命とはそういうもの。
ならば、たとえ愚かであろうとも。
己を薪に燃え上がる恋こそが生涯ただ一度の
流星は白く、決して届かぬ
そして今。儚くも刻限は鳴り響き。
指一本、ボタンひとつ。
それはきっと、枠のない動画を再生するのに似て。
踊るように白影が揺れた。
パートナーの居ない孤独なステップ。
たった一歩で踏み外して、少女は糸が切れたみたいに。
どさり。
仰向けに倒れて、それきり動かなくなった。
「――――――」
時間が止まる。
落差で脳が痺れている。
地獄の門は
ほんの頭上に迫っていた死。
それが去って代わりに去来したのは、果たして安堵か後悔か。
そんな、ぶつ切りで訪れた沈黙を。
「、ナナ子……!」
無理矢理に破って、男は白影に駆け寄った。
風神と雷神の間を抜け、倒れた少女のもとに膝を突く。
そんな男の勝手を二人の追手が見逃したのは、依然として地獄の恐怖がその体に残留していたからか……それとも、男の動きが余りにも弱弱しかったからか。
「おい、ナナ―――」
子、と呼びかける声が止まる。
倒れた少女の口から赤色。
思わず腕を取る。
普段から骨を思わせた細腕は、今はもう、本当にそうであるかのように。
「……そ、んな。ばかな」
当然のように、脈はなかった。
ただそれだけが、男の手に入れた真実だった。
ああ、彼は何が起こったのかまるで分かっていない。
だが、既に推測の材料は揃っていた。
追手が取り出した謎のリモコン。
純白を汚す吐血の赤。
そしてあの日見た、左胸の縫合痕。
アレが何のためのものだったのか。
分からずとも、最悪の想像だけは浮かんできて。
「―――は。
ああ、本当に、無知蒙昧も極まった。
どうしてあの日、あの傷を見たときに気付けなかったのか。
彼女を人間扱いしなかった者達が、
彼女を信用して何も細工をしないなんて、そんなことあり得るはずがないのに―――。
「……ぁ」
「! ナナ子っ!」
ふっと。
少女の口から音が漏れて、慌てて男は顔を寄せる。
僅かに見開かれたその瞼より、霞む白の目が確かに彼を。
だが、それは蘇生したのではない。
例えるならきっと慣性の法則。
秒速平均0.5mの血液が完全に停止するまでの僅かな時間。
ああ、目の前で起こっていることが、少女にとって末後の夢めいた別れの時間であることはもう誤魔化しようがなくて。
かくて、今際に二人は引き合わされた。
恋をされた男と、愛を貰った乙女。
最後の会話はこのように。
曇りと雨の僅かな隙間で、苦く甘やかに始まった。
「―――、―――!」
遠く、声がする。
暗い海に浮かんでいるような、
白い雲に包まれているような。
不思議な感覚だ。つめたくて、ふわふわしていて、やけに重い。
そう、お腹いっぱい食べた後、ソファーに寝っ転がったあの感覚が近いかも。
その割には、やけに胸が痛いけれど。
「―――子! ナナ―――!」
ええと、どうなったんだっけ。
なんだか頭がぼーっとする。
そうだ。
誰かがスイッチを押したんだ。
わたしの電源を切ったのだ。
『こんな危険なもの、かならず摘出しましょうね』
そう言ってくれた人もいたっけ。
その優しさは嬉しかったけど。その希望は眩しかったけど。
でもきっと、これがわたしの運命だったのです―――。
「―――子! ナナ子! しっかりしろ!」
「ぁ……かげ、みや……」
少しだけ。
沈んでいく一方の意識が、現実と再接続を果たす。
かげみやが、わたしを覗き込んでいる。
これはきっと都合のいい夢。
神様がくれた最後の猶予。
燃え尽きる寸前の一瞬を、今、わたしは生きている。
それはかげみやにも分かったみたい。
声は叱るように、問い詰めるように。
「おまえ、どうして……!」
「……うん。ごめん、ね。かくしごと、してた。きらわれたく、なく、て」
白状すると。
わたしの心臓の真横には、ずっと爆弾が埋まっていた。
一か月ごとに交換される、それ以上放置すると爆発してしまう安全装置。
まあそんな
「そうじゃない……! おまえ、もしかして、
「……いい、の。わたし、どうせ、ながくはなかった、から」
ああ、これも言ってなかったね。
わたしの体は、ずっと自分の瘴気に蝕まれていた。
身に余る能力の代償は、学園を出ては長く生きられないという不治の病。
とはいえ、ほんとうはもう少し長く踊り続けられるはずだったのに。無粋な人たちのせいで予定が狂って、ちょっと取り乱してしまいました。
「……うん。ちょっと、よくばりすぎた、みたい。ばちがあたった、のかも、ね。わたし、じぶんのことばかり、だった、から」
結局のところ。
わたしは最初から、翼の捥がれた鳥だった。
鳥籠の中でしか生きられない命だった。
だから鳥籠を出た時点で、いつ終わってもおかしくはなかったのでしょう。
それを「ほんとはもう少し猶予が」なんて、思い上がりにもほどがあった。
あるいは、そうだね。
檻の中で大人しく言うことを聞いていれば、もう少し長く生きられたかもしれないけれど。
―――けれど、そんな
だって鳥籠の中に居ては、『彼』に自分を見てもらえない。
だからわたしは飛び出したのだ。
たとえ翼は破れども、空を羽搏いて死にたかった。
どうせこのまま腐るなら。
ただ堕ちるだけの落下でいいから。
せめて美しい軌跡を描いて、それをあの人に見てもらいたかった。
綺麗だ、と。
そう
それだけが、わたしの望みだったのだ。
「それ、なのに。わたしをみてくれるひとが、しぬ、なんて。そんなの、だめ、だよ」
「―――っ、おまえ、何を言って」
ああ、全くもう、眼鏡をかけてくればよかった。
最後なのに顔も見えないなんて。
いいや、そんなことはないか。
だってわたし、あなたの顔なら、目を閉じてても鮮明に。
「……うん。やっぱり、わたしで、よかった」
わたしの恋の代償を、あなたに払わせるわけにはいかないものね。
そう改めて現状に安堵する。
ええ、どれだけ綺麗でも、流星は儚く燃え尽きるもの。
魔法はしょせん一夜の夢。
零時の鐘で破れる幻。
だけど。
「おとうさん、と、おかあさん、に……ごめんって、つたえて? パーティー、いけなくて、ごめんなさい、って」
「―――」
「りょうり……たべて、もらいたかった、けど。もう、もどれない、みたいだか、ら……あと、うん。すごく、たのしかった、って」
本当に、天国に居たようでした。
紛れもなく、心の底から、魔法をかけられたシンデレラの気分でした。
たった一夜にも感じられる、一週間に満たない時間でも。
瞬きのような日々だったとしても。
本当に、幸せだった。
あなたに恋が出来て、今までで一番生きていた。
―――だから、わたしは。
「じぶん、かってで、ごめん、ね。でも、こうかいは、ない、の。
わたし、は……ほかのぜんぶより、恋を、とったの。このおわりかたを、えらんだ、の。かって、だけど……恋って、そういうもの、なんでしょう……?」
「……! おまえ、あの日のこと、聞いて……!」
わたしは、あなたを好きなまま。
あなたに恋したわたしのまま、あなたの腕の中で終わりたかったのです。
たとえ地獄に堕ちるとも、この恋だけは手放したくなかったのです。
零時の前に、魔法のドレスに飾られたまま。
そのまま王子様の腕の中で終われたら、それはどんなに幸せか、と……そんな夢を捨てられなかった、なんて言ったら、笑われてしまうかもしれないけれど。
「ばか、やろう。『約束』。しただろ、俺たちはっ……!」
「……うん。だから、ごめん、ね」
もしくは、そう。
白状すれば。
本当に罪深いことだけど―――。
それは、何度も息を呑むような。
似合わない、初めて聞いた嗚咽の音。
ああ、やっぱりお姫様じゃないなぁ、わたし。
性悪なことに、今、すごく嬉しい気持ちなんだもの。
「……に、へ。うれしい、な。ないて、くれるんだ。かげみや、は」
ええ、そうです。
わたし、実はね。
あなたに笑って欲しいのと同じくらい、あなたに泣いて欲しかった。
いつも落ち着いて、大人びたあなたに。
わたしのことで泣いて、叫んで、傷付いて欲しかったのです。
わたし、変でしょう?
あなたの笑顔が何より好きなのに、それだけじゃ足りなかった、なんて。
ぜんぶ独り占めしたかった、なんて―――。
「―――にを、ばかな―――で、笑って―――」
ああ、そんな夢もこれで終わりだ。
もう地の底が近いのか、音も聴こえなくなってきちゃった。
……本当に、あと数秒で終わる。
中途半端で未完成で、満足なんてできるはずもないけど。
終わりはいつだってそういうもの。
悔しくて悲しくて寂しいけれど、でも少しだけ誇らしい。
やり遂げた、とは言えなくても。
やり切った、とは言える旅だったから。
うん。正確には、あと数秒を走り切ったら、そう胸を張って断言できる。
「ね、え……かげ、みや……」
「―――い、ナナ―――っかりし―――」
さあ、わたしの人生最後の言葉だ。
何を言おうか少し迷う。
ありがとう、では大人しすぎる。
大好き、では足りなすぎる。
……そうだね。
どうせなら、最後くらいはとびっきり、人生でいちばんワガママに。
ねえ、最後に―――。
「――――――キス。して?」
……わ、言っちゃった。
本当に本当を言っちゃった。
あの日と同じ、わたしの一番の憧れを。
でも仕方ない。高望みも重々承知。
「抱きしめて」じゃちょっと物足りないなあって思っちゃったんだから。
とはいえ、ちょっと勢い任せだったというか。
何も聴こえないのに沈黙が怖いというか。
断られちゃったらどうしよう。
返事を待つ時間が永遠のよう。
うわあ、どきどきする。
すごく、どきどきしてる。
ああ、素敵―――心臓が無くなっても、あなたに貰った鼓動は、今も確かにこの胸に。
どうだろう。
かげみやは応えてくれるかな。
「ばか」って叱ってくれるのかな。
それともあの日みたいに、口以外に口付けしてくれるのかな。
わたし、あなたに貰えるならきっとなんでも嬉しいけれど。
正直、せめて最期くらいはとびきり甘いほうが欲しいなあ、なんて―――え。
唇に。
大好きなひとの体温が、ぽつり。
……う、そ。
本当に?
ほんとうに、こんなことが起こって、いいの?
想像よりもしょっぱくて。
憧れよりも淡白で。
でも、確かに、今―――!
ああ。
ああ、ああ―――。
ねえ、ねえ、かげみや。
わたし、いま、ほんとうにほんとうにしあわせだよ。
せかいでいちばん、うれしいよ。
せかいでいちばん、あなたがすきだよ。
すき。すき。だいすき。
ああ、ほんとうにゆめみたい。
いいのかな、いいのかな。こんなしあわせでいいのかな。
ずっと、もらってばかり、だったのに。
ころすこと、きずつけることしかできないわたしなのに。
それでも、いいんだね。
こんなしあわせで、しあわせのままおわっても、いいんだ、ね。
うん、そうだね。あなたがゆるしてくれるんだもの。
きっと、いいよね。いいんだね。
ありがとう……ありがとう、かげみや。
わたしのかみさま。
わたしのいちばんすきなひと。
わたしの、かげみや。
ずうっといっしょにいたかった、あなた。
ねえ、かげみや。
どうか、このまま。じごくのそこまで。
わたしをずっと、はなさない、で――――――。
かくして白き流星は、届くはずのなかった
最期の最期で知ったのだ。
苦しいばかりだった
それは。
本当に優しくてあたたかい、夢見るような