【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<13> 7日目 風と散って

 恋をされた男と、愛を貰った乙女。

 最後の会話はこのように。

 曇りと雨の僅かな隙間で、寒風荒ぶなか始まった。

 

 

「ナナ子。ナナ子、しっかりしろ、ナナ子!」

 

 倒れた少女の手を握り、何度も何度も呼びかける。

 既に脈はない。

 だが―――瘴気の力か、何らかの奇跡か、血を吐いた少女は僅かだけ息を吹き返した。

 

「ぁ……かげ、みや……」

 

 蘇生というには余りに弱弱しい仕草に、猶予が少ないことを嫌でも理解させられる。

 されど脳内はぐちゃぐちゃのまま。

 

「ナナ子。おまえ、どうして……!」

 

 体内の『何か』をどうして隠していたのか、と。

 その問いに、少女は少し恥ずかしそうに眉尻を下げて。

 

「……うん。ごめん、ね。かくしごと、してた。きらわれたく、なく、て」

 

 傷はともかく、いつ爆死するとも分からぬ女を愛する者は居ないだろう、と。

 そう自嘲する少女の手を、男は叱るように、縋るように握って。

 

「そうじゃない……! おまえ、もしかして、()()()()()んじゃないのか……!?」

 

 分かっていたのか、こうなることが。

 抽象的ともいえるその問いに、少女は弱弱しい微笑みで答えた。

 

「……いい、の。わたし、どうせ、ながくはなかった、から」

 

 その意味は傍らの男には分からない。

 だが、弱弱しい口調に言葉を挟むことは躊躇われ。

 息も絶え絶えの少女の声は、半ば独白のように続いた。

 

「……うん。ちょっと、よくばりすぎた、みたい。ばちがあたった、のかも、ね。わたし、じぶんのことばかり、だった、から」

 

 そんなことがあるものか、と強く首を横に振る。

 

 事実、彼女は恋に溺れていたかもしれない。

 だが、それの何が罪だという。

 そんなことが罰されるべき罪ならば、斃れるのはまず自分であるべきなのに、と―――。

 

「それ、なのに。わたしをみてくれるひとが、しぬ、なんて。そんなの、だめ、だよ」

「―――っ、おまえ、何を言って」

「……うん。やっぱり、わたしで、よかった」

 

 やり取りは、もはや会話になってはいない。

 二人は臨終ですらすれ違っている。

 悲しいかな、愛と恋とはそういうもの。

 自分勝手に先走る恋を、愛を以て良しとした時点で、両者(ふたり)は決して分かり合えない。

 

「おとうさん、と、おかあさん、に……ごめんって、つたえて? パーティー、いけなくて、ごめんなさい、って」

「―――」

「りょうり……たべて、もらいたかった、けど。もう、もどれない、みたいだか、ら……あと、うん。すごく、たのしかった、って」

 

 男の脳裏に(よみがえ)る、天国のような七日間の記憶。

 初めは罪を償うために。

 次第にその身の幸福のために。

 確かに、何度も、永遠を誓ったはず、なのに。

 

「ばか、やろう。『約束』。しただろ、俺たちはっ……!」

「……うん。だから、ごめん、ね」

 

 男の覚悟が積み上げた、少女の為の約束を、少女はもう要らないと手放した。

 たとえ誓いは果たされずとも。

 自分はとっくに救われたのだ、と、絹のように柔らかに微笑んで。

 

 焦燥に。哀憐に。悲嘆に。無力感に。

 男の息が嗚咽に歪む。

 それを以て、少女は充分な贖いとした。

 

「……に、へ。うれしい、な。ないて、くれるんだ。かげみや、は」

「なにを、ばかなこと言ってるんだ、おまえ。なんで、笑って」

 

 ときには自分のことで傷ついて欲しい/いつだって傷付かず生きていて欲しい。

 やはり恋情と愛情は真逆で、愛情では恋情を理解できず。

 その隔たりが埋まる前に、儚くも限界は訪れた。

 

、え……かげ、みや……」

「おい、ナナ子? しっかりしろ、おい―――」

 

 白い瞳が、急速に(いろ)を失っていく。

 絶え絶えの息は既に止まり。

 最後に残った一滴の吐息で、少女は最期の望みを口にする―――。

 

「……………………」

「……ナナ子?」

 

 ―――無情にも。

 今際の声は風に攫われ、最期の言葉は聞き取れぬまま。

 いくら待っても、次が来ることは、もう。

 

「……待て、待てよ。待ってくれ。戻ってこい、頼むから。だって、俺は。まだ、おまえに、何もしてやれていないのに…………!!」

 

 せめて最期の願いくらいは叶えてやりたかったのに。

 これじゃあ、俺は、何ひとつ……!

 

 果たして、その無念が結晶となったのか。

 男の頬を伝った涙が、一粒、その(おとがい)から虚空へ飛び出す。

 

 刹那に終わる水滴の落下。

 それは硝子の欠片のように。

 美しく墜ちる流星のように。

 きらり、虹色に瞬いて、純白の唇へと吸い込まれ―――。

 

 ぽとり。

 落とされた体温(ねつ)に僅か微笑んで、それきり少女は動きを止めた。

 満ち足りた表情(かお)で、童話の眠り姫を思わせる穏やかさのまま。

 ただ、御伽噺と違うのは。

 その死相には、どんな口付けも無意味でしかないということで―――。

 

 

「――――――死、んだ?」

 

 

 ああ、死んだ。

 現実はいつだって残酷に。

 ヒトなどしょせん動く肉に過ぎず。

 生命など炎のような現象に過ぎず。

 そこに確かな約束などなく、善悪に報いの保障はなく、終わりは余りにも呆気ない。

 そんなこと、とっくに承知していたはずの少年は。

 

「…………なんだよ、それ」

 

 呆然と、ただ呆然と。

 力を失くし、()()()と萎れた手を、強く。

 

 約束があった。

 誓いがあった。

 幸せを願う、愛があった。

 

 ただ、その全てが叶わなかっただけ。

 これはきっとそれだけの話。

 途中で破れた絵本のような。

 ハッピーエンドに辿り着けなかった、どこにでもある現実の話―――。

 

 

 冷たい風に、男は白い魂を幻視した。

 逢瀬は終わり、曇天はついに雨粒を吐き出す。

 ぽつぽつと始まった葬列は、涙するように悼みながらも、少女が天国(くものうえ)を目指すことを群れなして拒んでいるようで。

 風が、余りに冷たかったからだろうか。

 ―――嵐が来るな、と。

 傍らの抜け殻に話しかけるように、男は黒々と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 どさり、と倒れた少女を前に。

 リモコンを構えたまま、雷速の女は強烈な違和感に囚われた。

 

(まさか―――)

 

 駆け寄る男の背を不動のまま見送って。

 そして爆ぜる脳内の稲妻。

 安堵と後悔の狭間にて、白杭(しらくい)ライカは確信を得る。

 

「まさか―――()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 そう。

 リモコンのボタンを押し、『緊急停止用』の何か―――恐らく心臓を破壊する爆弾―――を起動し無差別破壊を止めた今の一連。

 今のは『動いた』のではなく『動かされた』のだ。

 避雷針が雷を導くように、他人好みの結末に飛び込んでしまった。

 そしてこの場合の“避雷針”とは、言うまでもなく―――。

 

「―――なにそれ。それじゃ、まるっきり逆じゃんか」

 

 そうだ。それでは逆転している。

 男は騎士(まもるがわ)で少女はお姫様(まもられるがわ)

 動機はともかく、その立場だけは一目瞭然だったのに。

 

 いいや、だからこそ、なのか。

 

 理由は分からないが、あの男は漆門寺ナナを守ろうとしていた。

 そういう理由でライカたちと敵対していた。

 つまり―――漆門寺ナナさえ居なくなれば、その敵対関係も消失する、というのは道理である。

 

 だからこそ、少女はその身を挺したのだ。

 殺戮を餌に雷の槍を導き、その心臓を貫かれながらも。

 これでもう騎士(かれ)が命を懸ける必要もない、と、安心したように微笑んで―――。

 

「――――――」

 

 ぎり、と奥歯が異音を鳴らす。

 彼女の見る先で、少女の呼吸(こえ)が停止する。

 指に残る、その心臓を破壊したスイッチの感触は。

 本当に、冗談のように軽かった。

 人ひとりの命というのは、そんなにも。

 

 ぽつ、ぽつ。

 ぽつぽつぽつ。

 さああ―――。

 

 ああ、なんて、冷たい。

 やはり微塵の迷いもなく。

 白杭ライカは、傍らのフウウを置いて、雨音を蹴散らしながら二人の世界に踏み込んだ。

 

「…………」

 

 じゃり。

 あと一歩という所まで近づいても、何の反応も返っては来ない。

 それは彫像のような、絵画のような。

 白く、燃え尽きた灰にも似た少女の骸と。

 影のように骸に寄り添い、手を握ったままの男の背を見る。

 

 憎しみを推し量ることはしない。

 悲しみに寄り添うこともしない。

 ただ、雷の女は此度も迷わず、その在り方を貫くように。

 

「―――とりあえず、アンタも連行はすっから。もう戦う理由もないっしょ。大人しく付いて来て欲しいんだけど、」

 

 赦しも請わず言い訳もしないのは、理解を求める必要のない彼女の強さの表れだ。

 無礼とは実力で贖えるもの。

 言葉を飾らないことは、時として美徳にもなるだろう。

 内容にも欺瞞や私欲はなく、その声はいつだって正義を謳う。

 

 だがそれも、今回ばかりは。

 

 

 

()?』

 

 

 

 振り向いたのは豹変の凶相。

 そして吹き(すさ)ぶ慟哭の竜巻。

 約束事は紙屑と散り、御伽噺は儚く溶け消え。

 残されたのはただひとつ、不合理極まる『情動』だけ。

 

 

 そうして最後に。

 あらゆる願いを踏み躙り、黒い嵐は産声を上げた。

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