【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<14> 7日目 そして、黒い嵐

 ザアザアと。

 壊れる寸前の機械みたいに、どこかで悲鳴(おと)が鳴っている。

 いいや、どこかで、じゃない。

 鳴っているのは俺の脳内で。

 壊れる寸前なのは、きっと。

 

 

ナナ子が死んだ。

ナナ子、が

死んだ死んだ死んだ!

違う殺されたんだ、俺が殺したみたいなものだ

俺のせいでナナ子が、

違う! 俺がやったんじゃない!

ナナ子を、殺した、のは

あいつのせいだ、俺は守ろうとして

でも何も出来なかった、失敗したんだ

そうだ失敗した、失敗した失敗した失敗した

俺のせいで、違う、オマエのせいで

オマエのせいでオマエのせいだオマエが!
 

 

 

 アタマが割れる、ワレソウダ。

 カラダが裂ける、サケテイク。

 ザアザアと、黒い嵐、が。

 俺という殻を破り捨て、現実に孵ろうと暴れている。

 それは何かいけない気がして。

 俺は自分でも分からないまま、必死になって唸る嵐を押さえつけて―――。

 

 

 じゃり。

 すぐ後ろで、足音。

 内側のことで一杯だったところに、突然外側の情報が横入りして来て、思考が一瞬空白になる。

 そんな白紙を、女の声が墨のように。

 

「とりあえず、アンタも連行はすっから。もう戦う理由もないっしょ。大人しく付いて来て欲しいんだけど」

「―――は?」

 

 声は物凄く明瞭に聴こえたのに、脳が理解に失敗していた。

 言っている意味が分からなかった。

 言っている内容が分からなかったのではない。

 ただ、意味不明すぎて、頭が痛い。

 

 だって。

 もう全部終わったのに、この■は、これ以上何をするというのだろう……?

 

 ……あれ。

 ええと、そうか。()()()()()()()()、のか。

 確か、「どんな状態であろうとナナ子を連れ帰る」と、そう言っていたんだっけ。

 変だな。ナナ子は終わってしまったのに、まだ何も終わっていない、なんて。

 いいや……当然、なのか。

 まだ生きている俺たちと、“死体”として遺された物体には、まだ『この後』があるなんてことは、考えてみれば当たり前、で―――。

 

 

 ―――そのとき、脳裏に去来した未来(このあと)幻像(イメージ)

 白い部屋、白い大人。

 手術台の上に白い人形。

 くらくらするほど赤い内臓(なかみ)と。

 丁寧に腑分けされていく、

 丹念に凌辱されていく、既に傷だらけだった(からだ)

 白百合が花弁を一枚ずつ毟られる様を見せつけられているようだ。

 嗚呼。

 バラバラに解体され、

 瓶に詰められた白い眼球(ひとみ)が、

 まるで助けを求めるように、俺を、

 

 

「う、あああああああああああああ―――!!!」

 

 憤怒。悲嘆。憎悪。拒絶。後悔。反感。不快。自責。狂乱。

 爆発のような、

 黒い嵐のような破壊衝動。

 それは血液が沸騰するような、骨が余さず砕けるような、脳天から爪先まで真っ二つに引き裂かれるような。

 

 

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

学園に戻ればアレが? そんなのは駄目だ、駄目に決まってる

なのに、コイツらはナナ子を

コイツがナナ子を

殺す

違う駄目だ、そんなのは間違ってる

違わない、これ以上好きにさせて堪るか

もう全て手遅れなのに?

ああ、もうどうでもいい!

全部、全部、全部―――!

 

 

「だめだダメだ駄目だ、違うチガウ、俺はオレがおれじゃない違わない俺だめだめだ、あああああああああ縺や?昴≠窶昴≠窶昴≠窶昴≠窶(ああああああアアアア)!!!』

 

 狂う、狂う、狂う、くるう。

 余りの嵐に気が触れそうになる。

 いいや、違う。

 狂いたくてシカタガナイ。

 狂わないとイキテイラレナイ。

 目から。

 口から。

 腹の底から。

 この嵐を外に吐き出さないと、俺はどうにかなってしまう。

 

「―――死、ネよ」

 

 耐え切れず、そんな言葉が口から溢れた。

 なんというか、自販機を殴り付けたら偶々“それ”が落ちてきたみたいな、選んでもない言葉だったけれど。

 脳味噌に直接(ジュース)を雪がれたみたいに、その言葉しか考えられなくなってしまった。

 

 ―――死ねよ。

喉が千切れるまで掻き毟りたい。

 ―――死ねよ。

はらわたが零れるまで爪を立てたい。

 ―――全部死ね。

今すぐ、世界が吹っ飛んでしまえばいい。

 

豁サ縺ュ(シネ)豁サ縺ュ(シネ)豁サ縺ュ(シネ)豁サ縺ュ(シネ)豁サ縺ュ(シネ)豁サ縺ュ(シネ)豁サ縺ュ(シネ)、―――』

 

 内側から体を突き刺す破壊衝動。

 理性(オレ)という繭を引き裂かんと膨れ上がる怒りと嘆き。

 今にも風船は破裂しそうで。

 いっそこのまま爆発すれば、一緒に全部巻き込めるのかと、そんなことさえ思う自分。

 狂う、狂う、クルっていく。

 暴走(まわ)る嵐に呑まれていく。

 背骨と精神が捻れ攀じれて、このままでは限界を超えて破綻する。

 破綻すれば、それで終わりだ。

 彼女の意味はそこで終わりだ。

 それがイヤなら、衝動に身を任せるしかない。

 死ねよ、と全身で叫ぶしかない。

 

 ああ、なんて滑稽な話。

 狂わないために狂うしかない。

 殺さないために殺すしかない、なんて、そんなのはまるきり無意味だろうに―――。

 

「―――死んで、しまえ」

 

 それでも、ひたすらに耐え難くて。

 轟々と、哭き叫ぶような黒い嵐に、俺は衝動的に身を預け。

 

 

 

 そうして、俺は。

 訪れた自由に狂騒する、黒い嵐の咆哮(こえ)を聴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

縺や?昴≠窶昴≠窶昴≠窶昴≠窶(あ、あああああアアアア)―――!!!』

 

 それは一瞬の出来事だった。

 いつも通り、白杭(しらくい)ライカの体は勝手に“脅威”に反応した。

 

「―――!」

 

 目の当たりにした凶相、その禍々しい意志を叩き付けられ、雷速でその場から飛び退く体。

 不我雷動(ミカヅチ)による『雷化』の応用回避。

 ばちん、と瞬きの間に20メートルは飛び退いて。

 ―――その横を風の速度で通過する、見慣れた趣味の悪い黒衣(ドレス)を見た。

 

 反射はいつだって思考に先立ち、認識よりもなお早い。

 つまり、ライカは『躱した後』に何が起こったかを理解する。

 

 振り向いた男、それを起点に振り回された幅広の漆黒。

 飛び退いた自分と、その場から動けず巻き込まれた相方(だれか)

 眼前で正体を晒すその漆黒、壁にも見紛った魔塵の巨腕と。

 今しがた横を吹き飛んでいった―――。

 

「―――フウウッ!!」

 

 振り向いた先で、吹き飛ばされた物体が壁に激しく衝突する。

 粉っぽく水っぽい衝突音。

 ずるり、力なく崩れ落ちる黒衣の姫。

 悲鳴を上げる暇さえなく、白杭ライカの相棒は、今。

 

 

 星五異能者、黒槌(くろつち)フウウ。

 広大な能力範囲を持つ彼女だが、そのぶん近接戦闘能力は他の星五異能者と比べても低い。とりわけ反応速度がものを言う不意打ちへの対処は最も苦手とするところだろう。

 故に自動防御技―――彼女曰く『台風の(まぶた)―――でその弱点を埋めていた彼女だが……その“風の鎧”を砕く一撃を前にすれば、このように。

 

 

豁サ縺ュ繧(オ、オオオ)―――』

 

 勝鬨にしては苦し気な、嵐のような唸り声。

 見れば、()()はもう完全に人間性を喪失していた。

 

縺?∪縺吶$縺懊s縺カ(ガアッ、アアア、アアアア)―――』

 

 眼前。ほんの10メートル先で、竜巻が荒れ狂っている。

 そうとしか思えない―――天変地異と見紛うほどの、漆門寺ナナと比べてさえ桁違いの瘴気放出。

 

  吹き荒ぶは地獄、現実に孵った悪夢の光景そのもの。

  影の巨人。

  獣と病と死霊の群れ。

  (たと)えられる(すべ)てを引き連れた、夜を千々に裂く嵐という魔物(ワイルドハント)―――。

 

豁サ繧薙〒縺励∪縺(ゴ、アアアアアアアアアア)―――!!』

 

 黒い嵐のような、魔塵。

 あるいは魔塵のような嵐なのか。

 確かなのは、それがとある人間(おとこ)の成れの果てであるということだけ。

 

 ―――ざり、と。

 ライカの足が、半歩、我知らず後退りしていた。

 

「――――――は?」

 

 雷神が我が目を疑う。

 (おの)が足を信じられぬと凝視する。

 仲間をやられて、それに怒って。

 なのにどうして自分は、今。

 

 嗚呼、その嵐に恐怖するのは当然だ。人間として真っ当だ。

 だって、既に証明は為されている。

 星五異能者とて例外なく。

 人間である以上、死はいつだって傍にあるのだと―――。

 

「―――ッ、上等(ジョートー)じゃんよォ!!」

 

 それはオマエも同じだろ、と。

 今以上の弱気を己に赦さず、怒髪天を衝く稲妻の化身。

 当然、比喩ではなく本当に。

 閃いた雷光は曇天に突き刺さり、同時女の姿が掻き消える。

 

 不我雷動(ミカヅチ)〉!!!

 

 雷鳴轟然、炸裂するは人型の雷霆。

 地を奔った真白の雷光が、黒い嵐ごと中心の人影を刺し貫く!

 

『――――――』

 

 バチバチと魔塵を舐める『落雷』の残滓。

 ライカの異能、5億V(ボルト)に達する高電圧は、魔塵も人間も等しく殺す。

 

「は。どんな奴だろうが、結局、雷を躱せるワケがないっての―――」

 

 雷撃即ち必ず殺し、雷速即ち必ず(あた)る。

 我が身こそは必勝を約束されし神の杭。

 無形(でんき)から有形(にく)に戻ったライカは、確かな手応えにそう吐き捨て。

 

 ―――殺気。

 

「ッ!?」

 

 間一髪、頭蓋の残像を消し飛ばす魔の剛腕。

 咄嗟に振り向きながらも左方向へ倒した上体、その頬を『死』の感触が掠め、予約と言わんばかりに浅く爪痕を刻み込む。

 

(ウソでしょ―――今度こそ手加減とかしてないんだけど!?)

 

 戦慄する雷の化身。

 

 二度。

 己の雷撃を受けて二度立ち上がったのは認めよう。

 だが、それは自分が力を抑えていたからだ、とライカ自身は認識していた。

 人間への手心があった。殺人への忌避感があった。そのせいで仕留めそこなったと。

 なのに。

 

豁サ縺ェ縺ェ縺(オオ、オオオ)―――』

 

 相手が魔塵ならば、躊躇はなかったハズなのに。

 黒い嵐は微塵も衰えず、ライカの体を叩いている。

 

 そんな、悪夢の如くクライ魔境にて。

 

 

 ―――嵐の王と、目が合った。

 

 

 それは、黒い全身鎧(フルプレート)を纏ったようにも見える異形(ヒトガタ)

 失っていた右腕すら―――恐らく中は空洞だろうが―――生えている。

 武器を持っている様子はないが……その両手には大型の爬虫類を思わせる鋭利な爪があり、その輪郭(シルエット)は一目で分かるほど凶器じみていた。

 

 そんな魔爪を備えた右腕が跳ね上がり、

 

「―――!」

 

 心臓を抉らんと繰り出された黒い腕、その手首に即座に裏拳を合わせ軌道を逸らす。

 否―――逸らしきれず肩口を抉られた。

 骨身に響くその重さに、ライカは雷速で戦慄する。

 

 類稀なる反射速度。全身のバネ。星五異能者に相応しい身体強化術。

 どれかひとつでも欠けていれば死んでいた。

 いや―――いた、と過去形にするには些か早い。

 

谿コ豁サ縺ヲ谿コ繧(オ”、アアアアアアアア)―――!!!』

 

 ビリビリと骨まで震える怪物の咆哮。

 滅茶苦茶に荒れ狂う瘴気と魔爪。

 

 嗚呼、やはり生存を喜ぶには早すぎる。

 そうしたいのならば、

 異能冷却(クールダウン)中のライカは、異能復活までの数秒、『雷化』無しでこの嵐を凌がなければならない……!

 

(―――ホント意味不明、どういう理屈なワケ!? 完全開放後の癖に、どっから湧いて来てんのこの瘴気! そもそも明らかに『武器生成』の異能だった癖に、見る影ねーし!)

 

 相手の正体の考察に回す余力などない。有り得ないハズの現象をこの場だけでも受け入れなければ土俵にさえ立てない。

 二三四五、瞬く間に十を超え、既に数え切れぬ魔塵の猛攻。

 それを超人的な反応をフルに発揮して―――つまり必死に捌き、躱すライカ。

 

 脅威は魔爪を備えた剛腕だけではない。

 魔塵を中心に展開する『黒い嵐』も、全てが余さずライカの敵だ。

 破壊衝動が形になったかのような瘴気の嵐―――それだけでも常人を容易に殺しうる災害だが、異能者であるライカにとって真なる脅威は。

 

谿コ縺励※繧?k(ゴ、アアアアアアッ)!』

「ッ!」

 

 遠間で振るわれた魔塵の腕。

 その軌道を延長するように瘴気が奔り、飛び退いたライカの背後にあった電柱をへし折る。

 

(瘴気の密度を高めて、飛ばした!? マジでフウウみたいなことしてくんじゃん!)

 

 この『黒い嵐』は、嵐の王たる魔塵の下僕にして武装。

 その指揮に呼応して凶器となり、巨大な鞭、あるいは人を丸呑みする大蛇となって襲いかかってくる。

 

 嵐を腕の延長とする魔技。

 フウウがやられたのはコレだろう。

 現にライカですら躱し切れず、その横腹を抉られるが―――その実、それは負傷覚悟の突撃であった。

 

(とはいえ猿真似、本物(フウウ)のがよっぽどヤバいし。こんなのウチに通じ、っ、サイアク。こんな、こんなのにアイツが―――!)

 

 仇たる技を前に激昂した彼女は、負傷を覚悟し距離を詰める。

 横腹はしょせんかすり傷。

 異能復活までは僅か足りないが、それすら待っていられぬと、雷速の女は拳を振り上げ。

 

(は、顔面モロ! フウウのぶんじゃないけど、とりあえず死ねし―――!)

 

 ―――がきん!

 そんな、余りにも硬質な手応えに、殴った側が凍り付いた。

 全身鎧(フルプレート)めいた姿は飾りに非ず。

 その体表は、紛れもなく高密度の『魔鋼』の外殻(ヨロイ)である。

 

 ぎろり。

 魔塵の凶眼がライカを睨む。

 

(マズ、)

豁サ縺ュ(ガアッ)!!』

 

 怒れる王の一喝は、そのまま漆黒の衝撃波となってライカを叩いた。

 黒い嵐を武器とした、躱しようのない全方位攻撃。

 受けたライカの体が吹き飛び、家を三棟ぶち抜いてようやく停止する。

 ぺっ、と血反吐を痰のように吐き捨てたのは、果たして強気か強がりか。

 

「―――づッ、硬さも早さも、火力まで桁違いっつーか、別人っつーか。人間でも魔塵でもねーじゃん、もう」

 

 歴戦のライカをして、こんな出鱈目な戦い方をする魔塵は知らない。

 落雷や星五相当の身体強化をものともしない耐久力(タフネス)

 ライカと渡り合うに十分なパワー・スピードに、底無しの―――底を突いたハズの瘴気を使った無茶苦茶な攻撃。

 

 ―――固有能力ナシでやり合えば、間違いなくライカより強い。

 

 呼吸荒く、壁に背を預けたままのライカのもとへ、黒い嵐が近付いて来る。

 怒りの儘に、目に付くすべてを薙ぎ倒しながら。

 

(みそぎ)じゃ明らかに出力たんねーし。落雷突進さえ効いてんだか。ま、ウチとしても、それならそれでやりやすい系っていうか?)

 

 今、天秤は間違いなく魔塵―――仮称・嵐の王に傾いている。

 だがそれも、ライカの異能がなければの話。

 

 ばちん、と金髪の毛先で火花が弾ける。

 冷却時間(クールタイム)の終了は、天秤の再逆転を意味していた。

 

「―――ま、(フウウ)襲ったなら魔塵でしょ。()()だけならショージキ分かっちゃうけどさ、それを言うならウチも一緒っていうか、こっからはドロドロっつーか。ま、ここはシメ方が甘かったモンどうし、反省を活さないとじゃん? みたいな?

 てなワケで―――」

 

 ぱりっ、と空気が罅割れた。

 ズドンッ、雷霆が落ちてきた。

 否―――人の目にはそう映れども、真実、()()()()()()()()()

 

 ―――それは正しく、天変地異の上乗せだった。

 黒い嵐を跳ね返す、黎明めいた白熱の放電。

 極光は比喩でなく目を灼き焦がし、放熱は周辺の豪雨を一滴残らず蒸発させる。

 自然にあり得ざる、地より天へ反逆する雷の九頭竜。

 その中心。

 今や天高く雨雲を背に、雷神と化した女がひとり。

 

 不我雷動(ミカヅチ)〉―――絶殺(ぜっころ)モード!!

 

「お望み通り。超マジで殺してやるし、クソ魔塵(ヤロウ)……!!」

 

 不我雷動(ミカヅチ)。肉体を雷と化す異能。

 その性質上出力を下げるのが難しく、威力を『不殺(スタンガン)』の域に確実に落とすには数秒~十数秒のタメが要る。

 だが逆に―――火力を上げる方は簡単だ。

 ひとたび意志を固めてしまえば、後はアクセルをベタ踏みして際限なく電圧(パワー)を上げるだけ。

 

 彼女が『絶殺モード』と呼称する形態は、その出力上昇の限界点。

 雷化した五体は雲の直下でありながら太陽の如き閃光を放ち、降り注ぐ“側撃雷”で触れずとも周囲を焼き焦がす、正に雷神の顕現そのもの。

 この形態での異能維持可能時間は約五秒。

 終了後、長い変異臓器冷却時間(クールタイム)が約束されたハイリスクな大技。

 

 だが、白杭ライカは“そこ”で満足しなかった。

 地上2000メートルの高みだからこそ分かる、黒い嵐の凄まじさ。地上にて荒れ狂う瘴気の群れはその範囲を拡大し続け、天上にまでその牙を届かせんとしている。

 ……どれほどの大電力であれ、あの嵐を統べる魔塵ならば耐えるかもしれない。そもそも今までのことからして、雷は効果が薄い、なんて可能性さえある。

 ならばどうするか―――それを解決するための呪文詠唱(スペルキャスト)は、地に響くほど高らかに。

 

「“高天原(たかまがはら)に我が(おと)を! この身は烈火(ほのお)光剣(つるぎ)の落とし()荒天(こうてん)打ち鳴らす金剛(こんごう)(つち)

 神生みの神よとくと聴け、黄泉津大神(よもつおおかみ)を堕とした裂雷、その(すえ)の高き()()()()を!”」

 

 それは彼女の異能の為ならぬ、『浄魔術』の為の詠唱。

 祝詞は高き空より更に上、遥か天上に坐す彼女の神にまで到達し。

 

 神剣、来たる。

 

 雨雲を割って現れたるは、瘴気の神・御東(みあずま)が寄越した剣の奇蹟。

 地上からでも容易く視認できる巨剣の出現は、恐らくは嵐の王が正気であろうと原理の推察すらできぬ、正真正銘の“神の御業”だった。

 あるいは……彼ならば、その名くらいは聞き及んでいたかもしれない。

 曰く、浄魔神教における十種の神器。選ばれし信徒にのみ与えられる異能宝剣。

 十束神剣(とつかのかみつるぎ)

 

 そのうちのひと振りが、荒天に規格外の威容を顕し。

 自身の十倍はあろうかという刀身に、ライカは己の右腕を押し付けた。

 バチバチと融合していく腕と剣。

 これにより神剣はライカと一体化し、剣の形をした雷と化す。

 

『―――!』

 

 規格外の光熱と切断能力は、無秩序な暴虐のみを目的とする嵐の王をして『防御』せざるを得ない規格外。

 塔のように先端を尖らせ、限界まで密度を上げる黒い嵐……その抵抗を、雷であり剣である彼女は雷速を以て無駄と断ずる。

 

 それは斬撃にして電撃。天災にして神罰。

 強大無比たる神の剣と、10億V(ボルト)の極大雷霆の融合奥義。

 かの地獄にも匹敵する、雷神・白杭(しらくい)ライカ正真正銘の最大火力が、今。

 

 

 マジ鳴らす! 十束神剣・炎雷断頭(ミアズマ/ライジン・アメノヲハバリ)―――!!!

 

 

 極光が世界より色を奪い。

 轟音が五感を消し飛ばし。

 そんな一瞬の空白の内に、雷神の剣は黒い嵐へ衝突する―――!

 

「ら、あああああああああああああ―――!!」

豁サ縺ュ豸医∴繧肴ュサ繧薙〒縺励∪縺(オ、オオオオオオオオオオオ)―――!!』

 

 刺し殺すは白熱轟雷の神剣。

 迎え撃つは螺旋する黒い嵐。

 衝突の様は神話の規格(さいげん)

 本来世にあっていいハズのない巨大なエネルギーがふたつ、互いを喰らわんと吼え、猛り、のたうち回り。その余波だけで人の世が脆く砕けていく。

 建物の軋み。街灯の点滅。木々の狂乱。道路の亀裂。

 かつて味わったことのない規格外の大災害に、土地(まち)そのものが悲鳴を上げる。

 

 そんな雷雨の中心で。

 槍にも見紛う瘴気の大群と正面から鍔迫り合いながら、雷の女は確信を得る。

 

(―――貫ける! ギリ間に合う!)

 

 いかに黒い嵐が強力・膨大でも、不定形である以上、『切り裂く』という性質(カタチ)を得た瘴気(ライカ)の方が強いのは道理。

 相手もそれを補うために、嵐が起こす上昇気流によって地上の物体を巻き上げ、即席の盾としているが……コンクリートや鋼鉄程度、神剣の切れ味の前では無に等しい。

 事実、白熱する神剣の切っ先は、今にも嵐の壁を突破しようとしていた。

 

 今更狙いは外さない。

 魔塵・嵐の王、その姿を神剣は捉えている。

 今よりコンマ5秒の後、その体を縦に両断し、この神話(たたかい)は決着する。

 

(ウチの、勝ちだ―――!)

 

 そうして、時計の針が運命を刻む刹那。

 雷神と化した彼女は見た。

 

 偶然か、狙ったのか。

 雷神の剣を押し返す為、地上全てを巻き上げんばかりの黒い嵐。

 砂利。屋根の瓦。街灯。自動車。

 重力を忘れ、嵐と共に螺旋を踊るその中に。

 見慣れた黒衣(ドレス)の女、が。

 

「――――――は」

 

 ライカが目を剥く。

 雷速の思考が最悪の未来を理解する。

 目を閉じたまま、死体かどうかも分からない黒槌フウウは、唸りを上げる上昇気流に巻き上げられ、絶死の雷剣へ吸い込まれるように。

 嗚呼、まるであべこべの断頭台(ギロチン)だ。

 今よりコンマ2秒の後、その細い胴ごと敵を引き裂き、この無意味な争いは終結する。

 

 

 ―――白杭ライカは迷わない。

 一度も迷ったことがない。

 

 東凶大瘴災で、生き延びるため瓦礫に埋もれた両親を見捨てたときも。

 当時コンビだった実の兄ごと魔塵(てき)を貫くしかなかったときも。

 かつての学友が賞金首に堕ち、自分を殺そうと襲って来たときも。

 

 一度だって彼女は迷わなかった。

 即座にすべきことを行った。

 白杭ライカは、どんな天秤を前にしても()()()()()()()()()()()

 

 反射で組み立てられる人生。

 “最速”を()()()()()稲妻の化身(ブリズシュラーグ)

 思考した時には死んでいる、死んで欲しくなかった人たち。

 

 別に、考える間があれば助けられたかも、なんて思ったことはない。

 そうやって悩むことさえ彼女の脳は赦さない。

 判断はどんな時だろうと一瞬で。

 「そんな仮定に意味はない」、というのが、白杭ライカの結論だ。

 なぜならば、彼女にとって、『行動』とは『思考』より先に行われているものなのだから。

 

 

 だが……それでも、後悔がない訳じゃない。

 いいや、後悔(それ)はいつだって胸に在った。

 暗雲のように滞留していた。

 だから、彼女は『浄魔神教』を信じたのだ。

 ヴァルハラめいた陳腐(やす)教義(おしえ)を。

 戦って死んだ者は(みあずま)の一部となり、自分たち生者に力を貸してくれるという、なんとも都合のいい救済(すくい)を信じた。

 それを信じると、迷わず決めた。

 

 

 これまでも、これからも。

 白杭ライカは迷わない。

 それは当然、この刹那だって。

 黒槌フウウごと魔塵(てき)を殺すか、愚かにも自ら勝ちを棄てるか。

 判断は雷速。

 親兄弟を見殺(ころ)した女は、今回も一瞬だって迷うことなく―――。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐ、ぅ―――!」

 

 嵐に突っ込む。呑み込まれる。

 剣も雷も掻き消えて、生身で荒れ狂う瘴気を墜ちる。

 肌を引き千切る漆黒の渦。

 骨を軋ませる大小様々な混入物。

 一秒が永遠に等しい、等活にして無間の地獄。

 神の如き星五異能者が、今は木の葉のように無力だ。

 それでも、二人ぶんの重さが幸いしたのか―――。

 

 嵐を抜ける。

 ずしゃり、無風の地面に何とか不時着する。

 

「はっ、はっ―――」

 

 全身は痛まない箇所がない。

 それを押して、半ば無理矢理、抱えた黒衣の女へと震えながら手を伸ばす。

 フウウは……辛うじて息をしていた。どうやら頭を打って気絶していただけだったらしい。あるいはライカの愚行は、それが分かってしまったからこそ、だったのか。

 

 そうして、手放した高み(ソラ)を力なく仰いで。

 見上げた先に、全く収まる気配のない、天蓋を覆う憎悪(やみ)を見た。

 

 

谿コ繧ケ縲∵ョコ豁サ繝??∵ュサ繝翫そ(オオ、アアアアアアアアアア)―――』

 

 

 ここに立場は逆転し。

 どう足掻いても躱せぬ黒い嵐が、地上を砕かんと落ちてくる。

 蟻を踏み潰す子供の癇癪は、蟻の目にはこう映るのか。

 対して神剣を捨てた今のライカに出来るのは、フウウを庇いその身を盾にすることくらいで。

 

(――――――あーあ。サイアク)

 

 いつも通り、行動から一拍遅れてやってくる思考。

 いつもと違う選択肢を選んだところで、結局後悔はするもので。

 

 だってこれ、何の解決にもなっていないし。

 両方死ぬ可能性のが遥かに高いし。

 その場合自分だけでも生き残った方が絶対いいし。

 

(なのに―――なんでできなかったワケ? はっ、ウチもヤキが回ったかな)

 

 本当にそうとしか言えない。

 だって、別に黒槌フウウが好きなワケじゃないし。

 今まで見殺しにした親兄弟や友人に比べれば月と(スッポン)。むしろいけ好かない奴だ、とすら感じているだろう。

 

(なにせコイツ、マジでサイテーのクソ女だしさ。周りの心を乱すだけ乱して、自分は絶対に傷付かないとことか。徹底的に自分しか愛してない、傍迷惑なゴスロリナルシストなんて、好きになれる要素が無さ過ぎて笑っちゃうし)

 

 黒槌フウウ。

 彼女は優れた容姿で人を誘引しておきながら、無自覚に周囲の心をかき乱すような言動をし、いつも集団に不和を振りまいている。

 だが、彼女は常に自分しか見ていない。

 他人は彼女の一挙手一投足に心を振り乱されるのに、彼女自身は他人に何の興味も持たず、いつだって自分のことしか考えていない。

 傍迷惑なまでの天衣無縫。風のように自由であり続ける純粋無垢。

 嵐の中心でただ一人無風を謳歌する……正に台風の目そのものなのだ、彼女は。

 

 

 あるいは。

 ライカが即断即決なら、フウウはそもそも決断をしようとしない、と言えるだろう。

 周囲の全てに興味がなく、何かを変えようともしない―――つまりそれは、『何も選ばない』という意味での『迷わない』。

 神速と不動。

 雷と風。

 両者はまったく別のようでいて、その在り方はどこか似通っている。

 

 

 だから、そこにシンパシーを感じた?

 あるいは自分も、黒槌フウウという嵐に振り回される憐れな被害者の一人?

 

(―――ない。絶対にない。100億パーセント、ない)

 

 断言する。

 そう。

 つまり、まあ、これは単に。

 

(でもま。

 確かに最低のクソ女だけど……それでも、殺されちゃうほど悪い奴ってワケでもないもんね、アンタは)

 

 本当に、ただそれだけの話だった。

 いや。

 もしかしたら、何かしら特別な感情があったかもしれないし。

 あるいは単に、もう誰であれ殺せなかったのかもしれないし。

 家族や友人は、愛ゆえに覚悟を共有できたのかもしれないけれど。

 そんなあれそれを考える為の余裕(じかん)は、もういい加減に品切れで。

 睫毛に触れるほどの至近で、黒い嵐が殺戮を叫ぶ。

 

 

 最後に脳裏を掠めた顔は、つい先ほど自分が殺した年下の少女。

 他人のために自らの命を差し出した、話したこともない誰か。

 どうしてその顔を思い浮かべたのか理解する間もなく。

 

 

 ぐしゃり。

 何かが潰れる音がして、彼女は雷速の意識を失った。

 

 

 

 

 実際、いつかこうなるとは思っていたんだ。

 雷はぱっと瞬いて消えるもの。

 最速で走り抜ける人生は、その実、何かにぶつかればそれでお終いなんだから。

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