【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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【Tips】
《学生寮 (がくせいりょう)》
 学園敷地内に建造された男女別の学生寮。中等部と高等部でも分かれているので、全4つの寮棟が学園内には存在する。基本的に寮は「1学年・3学年」「2学年・2学年」の相部屋制であるが、特別に多く寄付をした家の生徒や一部の星四・星五の生徒は特権として個室を与えられる。
 仲間にした生徒をマイルームに招待することで会話が楽しめるぞ。
 また仲間になった生徒の信頼度を上げた状態で部屋を訪れると、個別のイベントが発生することがある。アイテムやお金をゲットするチャンスなので積極的に挑戦してみよう。


<4> 双咲アリサ

 眠ると、いつも同じ夢を見る。

 

 今や視力の殆どを失った左目が、鮮明に映した最後の光景。

 視界を覆う濃密な瘴気。その毒を吸い込み、苦しみに喘ぎながら死んでいく何十人もの『兄弟』たち。

 それを見ていたわたしも瘴気に倒れ、次に目を覚ましたときには世界が色と輪郭を失っていた。

 

 そして、もう己の眼窩から『無くなった』右目が最後に見たもの。

 万象の彼方、世を覆う法則・遍く運命のその先・魂の終着駅に佇む『神』の姿。

 

 視界を覆う悲劇、悲劇、悲劇。

 姉と慕った誰かが死ぬ。兄と頼った誰かも死ぬ。

 罪人と呼ばれた誰かが死ぬ。正義を語った誰かが死ぬ。

 それは誰のせい? 悪人? 神? それともわたし?

 

 血に濡れた暗闇をただ歩く。死体の山を踏んで、『神』の言うままにただ前へ。

 そんな夢。鮮明な悪夢。

 次第に景色は朧げに歪みだし、色と輪郭を失っていく。そうして私は目覚めるのだ。色鮮やかな地獄の夢から、鮮明ならぬ現実の世界へ。

 

 けれど。いつもの悪夢が、今日は違った。

 最後に()と会った日の記憶が、1週間経った今でも辛うじて残っているから。

 

 手に伝わるあたたかい体温。

 何故だか落ち着くその匂い。

 耳を撫でるような心地よい声。

 ぼやけて見えない笑顔の代わりに積み上げた思い出が、わたしを優しく微睡から連れ出して……。

 

 

「……かげ、みや」

 

 呟く。

 目を覚ました部屋――災玉国防学園中等部女子寮の自室、星五異能者に与えられる完全個室であるその寝台には当然()の姿は無い。あの日繋いだ手は、もうあのあたたかさを忘れそうになっている。

 胸を覆うなんらかの感情によって意識が完全に覚醒する。手探りでベッド脇のスマホを触れば、自動的に送られてきていたメッセージが音声として再生される。

 

『学長 から 007番 へ指令。星四賞金首 〈悪食のカイン〉 討伐 を 命ずる。対象 の 生死問わず』

「……りょう、かい」

『送信が 完了しました』

 

 返答も自動で文字に変更され送信される。このハイテクなスマホも星四以上の異能者に与えられる特権のひとつ……活動をサポートする個別調整のアイテムだ。ナナの場合弱視で文字が読めないので、スマホには画面上に表示された文字を自動で読んでくれる機能と口頭操作機能が備わっている。

 

 と、普段通り『命令』の受諾で終わるはずだった目覚めの時間は異変を見せた。

 

『影宮エイト からのメッセージ:1件』

「! きか、せて」

 

 ナナの声を判別し、スマホは自動でメッセージアプリを開き機械音声で文字を読み上げる。

 

『新しいバックアップ要員を紹介可能 必要なら今日12:30に高等部中央棟掲示板前で そうでない場合は返信不要』

「いく」

 

 即答だった。

 

『送信が 完了しました』

 

 その声が聴こえてもなんだか不安で、ナナはスマホを両手で掴むと白く濁った左目に近付ける。

 

―――

 

[影宮エイト]<「新しいバックアップ要員を紹介可能

        必要なら今日12:30に高等部中央棟掲示板前で

        そうでない場合は返信不要」 6:42

 

7:13 「いく」>[漆門寺ナナ]

 

―――

 

 きちんと返信出来ていると辛うじて分かり、にへ、と笑う。そのままナナはストラップを使ってスマホを首から下げた。

 普段と変わらない冷たいはずの機械の箱が、何故だか妙に愛おしい。

 あの日のぬくもりを確かめるように己の手を握って、学園最年少の星五異能者・漆門寺(しちもんじ)ナナの一日は始まった。

 

 

 ◆

 

【Tips】

《時間割 (じかんわり)》

 災玉国防学園では、生徒は午前か午後のどちらかを通常授業に宛て、もう一方で任務をこなす。両方授業の日もあれば任務が長引き授業が潰れる日もある。学業の成績は余り重視されておらず、もしテストが散々な結果でも任務をこなせば最低限の単位は獲得できる。また夜間に任務を行う「夜間組」なるグループも存在するとか。

 難しい任務ほどスタミナを消費する。主人公が学業に励む時間は、プレイヤーも目を休めよう。

 

 ◆

 

 

 昼休みの災玉国防学園、高等部中央棟1階渡り廊下。

 ()()()普段の賑わいが嘘のように人の往来が途絶えたその場所で、俺はその真っ白な少女を迎えていた。

 

「ようナナ子」

「かげみや。おは、よう」

「いやもう昼だが……まあおはよう?」

「ん」

 

 にへ、と笑う彼女は漆門寺ナナ。現在進行形で道行く生徒全てに逃げられ避けられている、学園生徒の殆どに畏怖されし星五異能者。

 中等部の生徒である彼女が高等部(ここ)に来た理由は、俺が呼び出したからだ。他の生徒には申し訳ないが、まあ此方にも事情がある。

 

「悪いなわざわざ来てもらって。迎えが必要かもと思ったが、星三の権限じゃ気軽に中等部の敷地に入れねぇんだよな」

「だい、じょうぶ」

 

 そういう彼女とはやはり目が合わない。白い眼帯に覆われた右目に、白く濁った左の瞳。こいつが俯きがちなのは弱視のせいもあるのだろう。

 と、俺はあることに気付く。

 

「あれ、おまえ杖はどうした?」

 

 ナナ子は普段、視力を補う白杖を持っていた筈だ。他の知覚に頼りがちらしく忘れることもあるみたいだが、それでも杖を忘れた彼女が何度か転んでいるところを見た事がある。

 学園は広い。中等部からここまでかなりの距離なので、歩いてきたのなら杖が無いとそれなりに苦労するハズなのだが……。

 

「……わす、れた」

 

 とのことだった。

 ……もしかして俺が気にし過ぎなだけなのだろうか。そう思っていると、すっと目の前に小さな手が。

 

「かげみや、つえ、かわり」

 

 言わんとすることは理解できた。だが……いや、まあ良いけども。

 

「次は忘れんなよマジで」

「……むず、かしい」

「何がムズイんだよ……」

 

 ナナ子と手を繋いで廊下を歩く。

 なんというか、スッゲー窮屈だ。歩幅を合わせないといけないし、なんかの弾みで機嫌を損ねそうで怖いし、あとこれは勘だが変な誤解とかされそうだし。

 次は杖を忘れんなよと念押ししながら暫く進んでいると、不意にナナ子が不安げととれなくもない声を出した。

 

「かげみや、あたらしいひと、おしえるって。わたし、こわがられ、ない?」

「うーん……ま、多分大丈夫。九瀬(くぜ)は間違いなく良いやつだよ……ちょっと気が弱いところがあるが」

「……」

 

 ナナ子の異能のポテンシャルを100%引き出すためには、彼女の代わりに敵の詳細を調べる援護人員(バックアップ)が必要だ。だがこいつは滅茶苦茶怖がられてるし『やり方』もグロすぎるため、よくバックアップに逃げられる。そんなことを何度も経験していれば、流石の星五異能者も及び腰になるのだろう。

 九瀬は正直『絶対大丈夫』とは断言できない人員だが……それでも上手く行けばWin-Winだ。

 

 そう言っていると、任務掲示板の前に待機してもらっていた九瀬の姿が見えて来た。

 彼女は此方に気付くと同時、ぱっと笑顔を咲かせて手を振ってくる。

 

「あ、影宮くん!」

「おう」

 

 ぱたぱたと駆け寄ってくる九瀬は、俺の横の真っ白な少女に気付いて視線を向ける。

 握った手が少しだけ強張ったのは気のせいだろうか。

 

「この子が?」

「ああ。ナナ子、こいつが九瀬ヒカリ」

漆門寺(しちもんじ)ナナちゃん、だよね」

 

 九瀬(くぜ)が少しかがんで握手のために手を差し出すと、ナナ子はぱちくりと目をしばたたかせた。白い左目で九瀬の顔を見上げて、問う。

 

「こわく、ないの?」

「それはまだ分かんない。でも、分からないうちから怖がるなんて違うんじゃないかなって」

 

 ……どうやら第一印象は良さそうだ。ナナ子はなんかヤバイ瘴気(オーラ)出てんじゃないかってくらい怖がられてるんだが、九瀬はそうは感じなかったらしい。ナナ子の方も、このグッドコミュニケーションで九瀬を嫌うことは多分ないだろう。

 

「よろしくね」

「……う、ん」

 

 九瀬とナナ子が握手するのを見て、俺は安堵の溜息を吐いた。これなら上手くやれるだろう。

 

 だが結果から言うと、それは少々早計だった。

 九瀬の背後からもう1人の女子が現れ、険しい顔で九瀬に話しかける。

 

「本気なのねヒカリ」

「アリサちゃん」

 

 金髪ツインテールに改造制服の彼女はアリサというらしい。どこかで見た事ある気がしたが、その名前でピンときた。

 〈双星砲撃(ツインカノン)〉の双咲(そうざき)アリサ。華やかな容姿と異能の強力さ、そしてその苛烈な性格で学園内じゃ結構有名だ。()()学園最強・九々等(くくら)ヤイチに喧嘩を売ったなんて噂も一時期立っていた……ことの顛末までは知らないが。

 そんな彼女はナナ子を指さしながら九瀬に鋭い口調で言う。

 

「アンタは分かって無いかもしれないけど、コイツから漏れる瘴気、とんでもなく嫌な感じがする。今まで見たどんな魔塵よりも悍ましい気配……本能が拒否する『ヤバイ』感覚。前に立たれただけで背筋が泡立つみたい」

「……」

 

 俺は思わず黙りこくってしまったナナ子を見た。確かにその眼帯の隙間から黒い瘴気が僅かに漏れているが、双咲アリサの言う『ヤバイ』感覚は感じない。もしかしたら個人差なのだろうか。

 どこからも反論が飛ばない中、双咲アリサは言葉を重ねる。

 

「正直、こうして向き合って確信したわ。この女は得体が知れなさすぎる。強い異能者を頼るのは良いけど、コイツを頼るのだけは反対ね」

 

 ぎゅ、と俺の手を強く握る感触。星五異能者にしては余りにも弱弱しい感覚に、俺は思わず声を上げる。

 

「おい、ナナ子……」

 

 と、言い終わる前に手が離された。

 双咲アリサに背を向けたナナ子が、たどたどしい口調で、

 

「……きょうは、にんむが、ある。かげみや、くぜ、さん。また、あお」

「う、うん……」

 

 そう言って、彼女はこの場を去っていた。杖が無いからか、その背中はかなりフラフラしているように見える。

 追うべきか留まるべきか、と迷っていると、あの鋭い声が飛んで来た。

 

「……それで、アンタは?」

 

 双咲アリサが俺を睨んでいた。美人が凄むと迫力があるというが、星四異能者に敵意を向けられてるこの状況が俺は怖い。

 

「俺はただの一般星三生徒だよ。それじゃ、俺も……」

「待ちなさい」

 

 踵を返し逃げようとする俺の背にぴしゃりとした声がかかり、思わず俺の足が止まる。背後から感じる重圧は、まるで背中に銃口を突き付けられているようだ。

 

「ヒカリに『漆門寺ナナを頼る』なんて妄言を吹き込んだのはアンタね」

「……いやまあそうだが、決めたのは九瀬だしな……」

 

 歯切れ悪く言って振り返る。双咲アリサは、どうやら本気で怒っているようだった。

 そんな彼女と、その剣幕に戸惑っている九瀬を見て、俺は思う。

 

「(なんだ、ちゃんと友達居るんじゃねぇか)」

 

 毎日のように俺に会いに来るもんだから、九瀬には友達が居ないのかと思っていた。だが少なくとも、九瀬の為に本気で怒る『友達』が目の前に立っている。

 

「アンタがどうかは知らないけど、ヒカリはもう星四級に匹敵する強さを持ってる。星三級のアンタがいちいち手を回す必要なんて無いから」

 

 棘がある言葉だったが、まあ特に異論も文句も無い。ナナ子が怖いのは同意だし、彼女視点俺が怪しく見えるのも分かる。どっちかというと早くこの場から逃げたい。

 星四級異能者は人型の戦車みたいなものだ。砲弾を装填した戦車の砲塔が自分に向けられてると考えると分かりやすいだろう。実際に撃ってくるかどうかは置いておいて、そんな場所からはすぐさま離れたいと思うのが人情だ。

 という訳で全面降伏して撤退を決意。

 

「分かった。じゃあ俺はナナ子を送ってくるから――」

「ちょっと待ってアリサちゃん」

 

 と、ここで想定外の横槍が入った。さっきまで双咲アリサの剣幕に押されて口を挟めなかった九瀬が、ここに来て彼女らしからぬ強い口調で反論を口にする。

 

「影宮くんは私の命の恩人なの。いくらアリサちゃんでも、蔑ろにするのは許せない」

「……へぇ。アタシよりその星三男の肩を持つって?」

 

 ……なんか場の空気が変な感じになってないか?

 

「いくらアリサちゃんでもこれは譲れない。それに影宮くんは強いんだから!」

「へぇ、そこまで言うならアタシが直接確かめてあげる」

 

 おい双咲アリサ、なんで俺に指をさしてる?

 

「ソイツと『訓練場』で戦わせなさい。ヒカリはそっちについていいわ。星三級と星四級の格の違いを見せてあげる」

「分かった。でも私たちが勝ったら影宮くんに謝ってよね! あと漆門寺ちゃんにも!」

 

 おい九瀬、なんで勝手に試合決定宣言してる!?

 

「頑張ろうね影宮くん!」

 

 あれ? いやちょっと待て、何がどうしてこんなことになっている?

 ゲームの強制イベントに巻き込まれた気分だ。ホラあれ、どの選択肢選んでも絶対やらされるボスバトルみたいな。

 呆気にとられ思考が動かなくなった俺は、そのまま『訓練場』に連行されていくのだった。

 

 

 ◆

 

【Tips】

《訓練場 (くんれんじょう)》

 グラウンドに設置された、生徒なら誰でも使うことが出来る模擬戦用のバトルコート。コートには異能が掛かっており、口頭で『契約』すればどんな訓練内容も安全に行うことが出来る。

 敵の属性が日替わりで変化する『訓練場(初級~超級)』では沢山の育成用経験値を獲得することが出来る。周回してお気に入りの生徒のレベルを上げよう。

 

 ◆

 

 

 そんなこんなでグラウンドの『訓練場』。先程まで居た中央棟1階渡り廊下から見えるくらいの距離にあるここは、簡単に言ってしまえばゴールの無いバスケコートのような見た目だ。

 そんなバトルコートが並ぶ中のひとつ、遮蔽も何もないタイプの訓練場に俺は気付けば立っていた。異能攻撃でも喰らったのかと思うくらいのスピード感だった。

 俺の前に立つ金髪ツインテ星四女子が通る声で言う。

 

「勝負内容は『一本先取』、有効打を先に一撃入れられた方の勝ち。ダメージ無効で場外は負け。異論がなければ『契約』を宣言して」

「影宮くん、大丈夫かな?」

「……大丈夫じゃない。本当に大丈夫じゃない」

 

 どこのルールがだめだったかな、という顔をする九瀬。いやそういうことじゃない……が、もうなんか全てがめんどくさくなって溜息ひとつで諦めた。

 

「はぁ。まあいいよ、それで。『契約する』」

 

 瞬間、俺と九瀬、そして双咲アリサの3人を、この場の誰のものでもない灰色の瘴気(オーラ)が包み込んだ。それがこの『訓練場』全体に掛けられた異能の効果。

 

 災玉国防学園に4人在籍する星五異能者のうちのひとり、『裏支配者(ゲームマスター)六道(りくどう)リンネ。その学年・姿・性別すら誰も知らない、けれどその名と異能だけが学園中に知れ渡っている謎の人物。

 その異能絶滞契厄(ギブアンドテイク)は、『合意かつ等価の契約を具現化する』というもの。『勝負に負けた方が死ぬ契約』を結べばトランプゲームで死人が出、『これから24時間お互いを害せない契約』を結べばその相手からの24時間の絶対安全が保障される。余りにも便利な異能故、六道リンネはいち異能者の身で学園側と『異能を貸し出す代わりにその間任務免除等の特権を受ける』という契約さえ結んだらしい。

 

 その契約の効果が俺たち3人に適用された。これで『一本先取・ダメージ無効・場外負け』というルールが現実のものとなり、安全に訓練試合が行える。

 死なないと分かれば少し心の余裕も出てくる。……うーん、学園生活が長いからか、『死ぬか死なないか』で物事を判断する癖が付いちまった気がする……。

 

「……ま、なんかもう断れる空気じゃねぇしな。その代わり、ひとつ確認いいか双咲アリサ」

「何?」

「俺は負けたらどうすりゃいいんだ?」

「……そうね。ヒカリに2度と近寄らないこと」

「ちょっと、アリサちゃん!」

「オッケー。じゃ、俺が勝ったら頼み事ひとついいか?」

 

 そういうと目の前の戦車がマングースを見つけたライオンの表情で此方を睨む。

 

「勝てるつもりなのね。まあ良いわ、なんなら『契約』してもいいわよ」

「それは良いよ、別に強制するつもりないし。そっちのは『契約』するか?」

「……私も良いわ。約束破ってたらその時は消し炭にするだけだもの」

 

 なんかとんでもないことを言われた気がするが、今は気にしないことにする。

 だってそんなことに思考を使っちまえば怪我しそうなくらい、眼前の双咲アリサから殺気と瘴気が溢れていたから。

 

「それじゃ、始めましょうか」

 

 言うや否や、双咲の体の両側にふたつの瘴気の塊が出現する。片方は赤、片方は金。バスケットボールくらいのそれは瘴気から渦巻くエネルギーに変質し、その勢いと大きさを増していく。

 みるみるうちにエネルギー球は直径1メートルほどの塊に変貌し、圧縮された破壊力が解放先を求めて暴れ回る。

 

「(とんでもない異能出力だなオイ……!)」

 

 ダメージを受けないと分かって尚本能が警鐘を鳴らす、凄まじい力。

 その照準が、俺を捉える。

 

 双咲アリサ、異能双星砲撃(ツインカノン)。感情によって威力と属性が決定するふたつのエネルギーキャノンを放つ。

 

「吹き飛べ、傲岸で不遜の双撃(ファイア・アース・カノン)!!」

 

 ビカァ! と閃光が奔った。少なくとも俺の感覚ではそうだった。

 

「(やべ、これ無理――)」

 

 猛る業火と、貫く岩塊。

 死すら覚悟する極太の光線が眼前に迫り。

 

 回避も防御も出来なかった俺の前に、光の盾が出現した。

 

 盾と二色の光線が激突。激しい衝突音と衝撃が訓練場全体を暴れ回る。

 果たして――光の盾は、10秒は続いただろうエネルギーの奔流を辛うじて凌ぎきった。

 

「(これは)」

「ま、アンタはこれくらい防げるわよね、ヒカリ」

 

 俺を救った光の盾。それを出したのは、俺の背後、訓練場の敷地外ギリギリに立つ少女。彼女の体、こちらに伸ばした手が光属性の瘴気(オーラ)を纏っている。

 

盾光(ガード)……!」

 

 九瀬ヒカリ、異能光ノ加護(スターライト)。『仲間に編成』した最大4人に様々な支援能力を使う異能。この『盾』はそのうちのひとつだろう。

 

「(九瀬……)」

 

 ちらりと振り返った時に見た九瀬の目は、短い付き合いでも分かるくらい真剣そのものだった。

 

「(正直、大したモチベの置き所がなかったが……おまえが勝ちたいってんなら、俺もちょっとくらいは頑張らねぇと寝覚めが悪くなっちまうよな)」

 

 『頼み事』もあるしな、と口の中だけで呟き、俺は影色の瘴気(オーラ)を解放する。

 

「ふぅん。今のを見ても戦意喪失しないのね」

「ま、()()()()()は見慣れてるんでな」

 

 軽口を叩きながらも、意識は脳内に集中する。()()はかなり神経使うのだ。

 

 限界強度:決定。

 仮想元素:構築。

 武装設計:複合。

 全構造──形成開始。

 

 俺が最も愛用している刀影刀(えいとう)月景(つきかげ)の柄に、いろんな場面で便利な鎖分銅怨鎖(えんさ)鉄蛇(てつへび)を装着した変則武器の生成。

 徒手居合の構えから手を離し、影の刃を虚空から引き抜く。

 

兌瘴暗器(ダークメイカー)――鎖太刀(くさりだち)蛇王月景(じゃおうつきかげ)

 

 手の中に納まった、鎖鎌ならぬ『鎖刀』とも言うべき武器を持ち俺は地を踏みしめる。

 

「(小手調べだ。鎖で巻き取って場外に出す!)」

 

 呼気一拍、放たれた鎖はガラガラヘビの威嚇音にも似た耳障りな音で鳴きながら双咲の元へ疾走する。

 その攻撃を見た双咲は、一笑し再びエネルギー光線を放つ。

 

嘲笑と自信の双撃(アイス・アース・カノン)っ」

 

 その双撃で鎖は跡形もなく吹き飛んだ。辛うじて上に跳躍することで光線を回避した俺は、ただの刀になってしまった『影刀(えいとう)月景(つきかげ)』を投擲する。

 

「フン」

 

 狙いの甘い切っ先は、素早く身を躱した双咲には当たらなかった。その両脇に再びエネルギーが集まっていく。

 だが。

 

「(空中で躱しようのない俺に撃って来ない。見た所再装填(リロード)に数秒。連射は出来ないみたいだな)」

 

 正直あの威力・弾速で連射が可能なら俺に勝ち目は無かった。

 着地前、背後に回した両手の指の間に挟むように、4×2本の短刀を生成。腕に渾身の力を込め、それらを一斉に投擲する。

 

暗器(あんき)鴉刃(からすば)ッ」

 

 鴉の羽根に似た刃が飛翔する。九瀬の砲撃は間に合わないタイミング。狙いも完璧、頭・首・心臓・鳩尾と正中線を捉えた4つの刃と、肩や足を荒く狙った回避ルートを減らす4つの刃。

 

「っ」

 

 その攻撃はしかし、双咲の体を掠めただけに終わった。あるものはその細腕で叩き落とされ、あるものは見切られ身を捻ることで回避される。

 そのことに驚きはない。『暗器(あんき)鴉刃(からすば)』には追尾機能も高速化機能もないし、何より異能者の多くは瘴気によって身体能力が強化されるからだ。

 着地して体勢を整えつつ高速で思考する。

 

「(身体強化……動きは俺と同じ位か。勝負始まってからずっと仁王立ちのままなことを見ると異能の操作に意識使うのか余裕なのか……星三相手だから当然後者かな)」

『それは違うと思うよ影宮くんっ』

「(うお、頭の中に声が……これもおまえの異能か九瀬)」

『うん、テレパシーみたいな能力なの。それで、アリサちゃんはいつもあの不動スタイルなんだ。でも攻撃を避ける時は動くから……』

「(回避に専念してるってことか。攻撃力はビームで足りてるから、身体能力で防御力を補ってるって訳だ)」

 

 しかし便利な異能だな、と九瀬に聴かれてるのかどうかも分からない脳内で感嘆しつつ、俺は次の武器を生成する。両手を組むようにして両肘にそれぞれ手を当て、グリップを握るイメージと共に引き抜く。

 

黒銃(こくじゅう)九十九型(つくもがた)

 

 両手に構えた二丁拳銃を連射する。

 その銃弾を右に左にステップすることで躱す双咲の両側、赤と青のエネルギー球が光を放つ。

 

「鬱陶しい、苛立ちと余裕の双撃(ファイア・アイス・カノン)!!」

盾光(ガード)!」

 

 ガガガガガガ! と俺の眼前で激しく火花を散らす2属性の光線と光の壁。それに守られながら、冷や汗と共に俺は影の銃を捨てる。

 

「(遠距離戦はあっちの土俵、このまま続けても勝ち目はないな)」

 

 と、光線を防ぎきった光の盾が異音を放った。ぱき、と盾に罅が入り、そのまま硝子のように砕け散る。

 これは、まさか。

 

『どうしよう影宮くん、「盾光(ガード)」割れちゃった! こうなるとしばらく盾が出せなくなっちゃうのはアリサちゃんも知ってるの!』

 

 成程。

 

「(……ま、こっちでなんとかするよ)」

 

 そう頭の中で呟き、俺は双咲の様子をちらりと見た。

 彼女は再び双星砲撃(ツインカノン)のチャージに入っている。彼我の距離は10メートルないくらいか。この距離を詰めるには数秒が必要なので、依然あちらの優位は揺るがない。

 更に問題は、彼女が回避・防御に専念していること。身体能力にさしたる差がない以上、馬鹿正直に攻めても数発は躱される可能性が高い。そうなれば至近距離で極太光線を喰らって試合終了だ。

 

 遠距離戦主体の相手。圧倒的不利状況。

 だが、こちとら人生の半分を『異能者』やってるのだ。こんな状況は初めてではない。

 そして、その対策が無ければ俺はとっくに死んでいる。

 

「(仕方ない。()()()で行くか)」

 

 これは俺の異能の真髄と同じ、学園も知らない異能の『小技』。

 俺は徒手居合の構えを取り、手の中に影色の瘴気をありったけ込める。

 

 限界強度:()()

 仮想元素:構築。

 武装設計:流用。

 全構造──()()()()

 

 生成された武器は肉厚の両刃剣……だがその刀身は、内側からの圧力に耐えかねてビキビキと悲鳴を上げる。俺が生成された武器の中に、過剰に瘴気を送り続けているのだ。

 結果、剣は風船のように破裂――その中に込められていた影色の瘴気が、爆発したように空気を覆った。

 

兌瘴暗器(ダークメイカー)――『魔剣(まけん)竜墜(たつおとし)』形成失敗、転じて暗影煙幕(シャドウスモーク)

 

 訓練場のコート内に、真っ黒な瘴気が充満する。

 

「煙幕……っ1?」

 

 焦ったような双咲の声。この煙幕は10秒ほどしか持たないが、その間に俺を見つけるのは容易ではないだろう。その隙に距離を詰めさせてもらう。

 

「ッ、憤りと焦りの双撃(ファイア・ウィンド・カノン)ッ!!」

 

 と、俺が先程までいた場所を光線が通り抜けた。熱風が体を叩く。

 

「(斜めに走って正解だった……と、これは)」

 

 攻撃を躱せたのは幸運だったが、問題はエネルギー弾の属性である『風』。コート内に風が吹き荒れ、滞留していた煙幕が散らされていく。俺の居る場所まで風は届き、姿を白日に晒そうと迫る。

 

「(タイミング的に、ここが最後の勝負所か)」

 

 俺は片手で一本の短刀を集中して生成し、煙幕が掻き消える一瞬前にそれを放つ。

 

暗器(あんき)鴉刃(からすば)

「!」

 

 双咲の眼前に迫る短刀。だが反応された。その目は短刀の切っ先を捉えている。

 

「(防げる――)」

 

 そう確信しただろう。一度見た攻撃ならば猶更だ。

 だがその短刀は、先程見せた物とは別。4つの刃を作る瘴気を無理矢理込めた――自壊した竜墜(たつおとし)と同じ製法で作った武器。

 即ち。

 

「強度限界到達――壊・暗影煙幕(シャドウスモーク・グレネード)

 

 双咲アリサの眼前で短刀が砕け散り、爆発するように瘴気を撒き散らした。

 

「!?」

 

 短刀を払おうとしていた双咲の腕は空を切り、その視界は影色の瘴気に包まれる。至近距離の煙幕は先ほどにも増してその視界を奪っているだろう。

 

「(ビームの異能、視界が潰れりゃ怖くない。やっと余裕がなくなったな)」

 

 俺は最後の数メートルを詰めるため飛び上がり、空中で徒手居合の構えを取る。

 

兌瘴暗器(ダークメイカー)――」

 

 生成するのは今度こそ壊れない刀。瘴気を手から放出し、脳内に保存された設計図に流し込むようにして影の刃を組み上げる。

 

 限界強度:決定。

 仮想元素:構築。

 武装設計:複合。

 全構造──形成開始。

 

 虚像(かげ)実体(かたち)に。瘴気は刀に。この斬撃は勝利の元に。

 届く。

 

「――影刀(えいとう)月景(つきかげ)

 

 双咲アリサの体を、虚構(実在)なる刀が斬り裂いた。肩から腰に届くその一刀は、しかし傷を残さず敗北だけを相手に与える。

 

『影宮エイト、一本先取により勝利。勝負終了、契約は消滅する』

 

 頭の中に響く、『契約』の気だるげなアナウンス。

 呆気にとられた双咲が膝を付き、勝負は決着した。

 

「ふぅ。死なないって分かってる戦いは気楽でいいな」

 

 心底から出た言葉を呟きつつ、俺は煙幕から解放されこちらを呆然と見上げる双咲に手を伸ばす。

 

「小狡い真似だったら謝るよ。こちとら万年星三なんだ、あんたと違ってこういう小技がなきゃ生き残れなかったんでな」

 

 と、背後からぱたぱたと駆け寄ってくる足音。九瀬だ。なんかすっごいキラキラした目でこっちを見てくる。

 

「影宮くん、凄い! 私『盾』しか使ってないのに勝っちゃった!」

「……いや、それが無きゃざっと3回は負けてる。それに瘴気の出力・体の動きが普段の2割増しで良かった。これもおまえの光ノ加護(スターライト)の効果だろ」

 

 普段の俺こんなに強くねーし、とぼやきつつ九瀬の誉め言葉乱打を躱していると、双咲がやっと自我を取り戻したようだった。

 

「……負けたわ」

 

 彼女は俺の差し出した手を使わずに立ち上がり、いまいち感情の読めない表情で言葉少なに言う。

 

「それで、アンタの頼みって?」

 

 ……そういやそういう話だった。

 俺はこんな無茶苦茶な展開に乗ったモチベの半分である『頼み事』を思い出した。

 

「ああ。あんた、ナナ子が信用できないって言ってたよな」

「……ええ。あの禍々しい瘴気を感じれば誰だってそう思うわよ」

 

 不服そうな表情。ちょっと誤解があるな、と思いつつ、俺は語る。

 

「別に、ナナ子を信用して仲良しこよしやれとは言わねえよ。俺だってあいつが何考えてるか分かんねぇし、ちゃんと怖いしな」

 

 漆門寺ナナ。『絶対不可侵(アンタッチャブル)』の処刑人、後ろ暗い噂が無限に出てくる白い怪人。けれどその力は必ず、敵を倒し九瀬(なかま)を助ける力になる。

 だから。

 

「だからあんたが見張ればいい。九瀬の傍でな。友達なんだろ?」

 

 これよく考えたら頼み事じゃなくて提案か……? と思いつつ反応を見守る。

 果たして、双咲の答えは。

 

「……お断りよ」

 

 ……まあそうだよな、と俺が思っていると。

 双咲はまたしても、まるっきり俺が予想していなかったことを言い放った。

 

「アンタが直接やりなさい。連れて来たのはアンタなんだから、その責任はとってよね」

「……は?」

 

 その言い方はまるで……俺が九瀬のパーティーに入るみたいなニュアンスの言葉では……?

 俺の困惑顔に言わんとすることを感じ取ったのか、双咲は何でもないように畳みかけてくる。

 

「ちょっと事情があって、今ウチのパーティー前衛が足りないのよ。()()()ヒカリもアンタのこと信頼してるみたいだし丁度いいじゃない」

「! 影宮くんと一緒に任務に行けるの!?」

「いや、俺は大した戦力にならない星三の雑魚であってだな……!」

 

 何とかこの妙な流れを断ち切ろうと抗議すれば、双咲アリサは俺の胸に指を突き付けて。

 

「アンタ今、ヒカリの援護があれば星四異能者(アタシ)にも勝てるって証明したばかりじゃない」

「――あ"」

 

 反論の材料を失った俺は、隣で目を輝かせる九瀬(くぜ)を抑えることなど出来ず。

 

「それじゃ、次の任務で」

 

 そう言い残し、踵を返して去っていく双咲。

 そして残された俺と九瀬。

 

「――これからよろしくね、影宮くん……あ、その、仲間だからエイトくんって呼んでも良い? 良いよね、エイトくんっ!」

「……」

 

 ほんとにどうしてこうなった。俺は九瀬にナナ子を紹介しようと思っただけなのに、どうして。

 訓練場のコートの真ん中で、俺は静かに天を仰いだ。




【☆☆☆☆ 双咲アリサ】
▶異能
ツインカノン
〈双星砲撃〉
■性質:遠距離・エネルギー ■属性:可変
■ステータス
 [基本六項目]
攻撃力 :★★★★★
防御力 :★☆☆☆☆
機動力 :★☆☆☆☆
操作性 :★★☆☆☆
射程距離:★★★★☆
効果持続:★☆☆☆☆
 [特殊二項目]
特殊技能:★★★☆☆
身体強化:★★★☆☆
<総合異能ランク> ★★★★☆
■概要
感情に応じた属性のエネルギー光線を同時にふたつ放つ、火力に特化した異能。感情と対応する属性は以下の通り。
怒り:炎
悲しみ:水
冷静;氷
焦り:風
自信:土
驚き:雷
正義感:光
憎悪:闇
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