【書籍化】残影の英雄 ~俺が死んだらみんな曇るとか聞いてない~   作:龍川芥/タツガワアクタ

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<16> epilogue or ...

 神亡川異能育成学院(かながわいのういくせいがくいん)大聖堂(だいせいどう)

 御東(ステンドグラス)の祝福に照らされながら、その女子生徒はぽつりと呟く。

 

「―――結局。ウチもアンタも生きてるとか、どういうラッキーなんだろねー」

 

 いつになくボンヤリとしたギャル―――白杭(しらくい)ライカ。

 全身包帯だらけの彼女の言葉に、通路を挟んで向かいに座った、同じく包帯だらけのゴスロリ―――黒槌(くろつち)フウウが反応した。

 

「……冗談……全然幸運じゃないわ……こういうのはね、生き恥、って言うのよライカちゃん……」

「はっ。そりゃあ悪うございましたってーか。二度とやんねーよバカフウウ」

「……?……」

 

 首を傾げるフウウ。

 当然、気絶していた彼女はライカに助けられたことなど知らない。そしてライカも、それをわざわざ説明してやるような気分ではなかった。

 

(あの後。ウチは何故か生きてて、目が覚めたら入った覚えもない家の中で、応急処置さえ終わってた。そうでなきゃあの雨だし、低体温症で死んでたかもだけど―――)

「―――ホント、意味不明な奴だったし」

 

 今回の任務を滅茶苦茶にした男の顔を思い出し渋面を作る。

 と、そんな呟きを聞きつけた三人目が、くすり。

 

「うん、報告は受けているとも。中々大変だったみたいだね」

 

 祭壇に立つ彼こそは大聖堂の主、浄魔神教大司教・朽無(くちなし)キョウメイ。

 朽無メイスケ・キョウカの一人息子でもある男は、いつも通りの透明な微笑で。

 

「でも、あまり気に病まなくていいよ、二人とも。

 学園(あちら)の異能者の確認でね。脅威の可能性を取り除くという意味では、君たちの任務は成功だよ」

 

 微笑のまま何でもないようにそう言われて、ライカはただ一言。

 

「―――そっか。死んだんだ、アイツ」

 

 そう、決して嬉しそうには見えない顔で呟いた。

 そしてその後、雷速の意識を恨めしく思いながら首を横に振る。

 

 死んだ? いいや違う。

 他ならぬこの手で殺したのだ。

 たとえそれが、自らの信じた正義のためでも。

 少なくとも結果だけを見れば……今回の戦いでは、『殺人』を行ったのは自分だけだと、そう心に刻み込むように。

 

 そんなライカの内心を見透かしたように、祭壇の上から声が降る。

 

「ああ。君たちは私の命令通り、見事御東(みあずま)の敵を抹殺せしめたというわけだ」

 

 それは無色透明な、だからこそ聞き手の好きな色を投影してしまえる声。

 柔らかな善意が籠った彼の両親のそれとは似て非なる、誰にとっても都合のいい声色。

 そんな声掛けに少しでも慰められた自分の弱さが嫌で、白杭ライカは長椅子を鳴らし叩い上がった。

 

 雷になって立ち去ろうとする雷神。

 そんな彼女の背に、再び透明な声がかけられた。

 

「ああ、もう少しだけ。君たちが交戦した『謎の人物』だけれど……どうやら、学園に投降して来たみたいだよ」

「!」

「もちろん、本当に同一人物かは分からないけれどね。少なくとも特徴は一致している」

 

 ふわり。

 瘴気(かぜ)に乗ってライカとフウウの手元に書類が飛んで来る。

 その紙には、確かにあの日見た男の顔が。

 

「名前は影宮(かげみや)エイト。死亡届が出されていた生徒で、高等部二年、登録されていた星等級(ランク)は三。どうも、彼には前代未聞である『魔塵化』の疑いがあるらしい」

 

 影宮エイト、とライカはその名を諳んじる。

 謎の男はそんな名だったのか。

 知りたくなかった、と顔を顰めた彼女だったが、お構いなしに司教の言葉は続いた。

 無色透明の、慈悲深くも冷血無比にも聴こえる声で。

 

「うん、君たちからも証言をしてあげて欲しいな。なにせ学園は、彼を魔塵として『処分』するかどうかで、かなり揉めているみたいだからね―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――時間は戻り、7日目。

 きっと一分にも満たない黒い嵐と、幾度も降った雷が去った後。

 

 カラン、とあの日のようにベルを鳴らして。

 男は白い少女を抱えて、朽無(くちなし)医院に帰ってきた。

 違うのは……。

 

「そんな……ナナコ、ちゃん……」

 

 出迎えるや否や崩れ落ちる女医。

 そう、先にそのことを察したのは妻のキョウカだった。

 どさり、その足から力が抜け、堪えきれず嗚咽を溢す。

 

「もしかして、胸の爆弾が……!」

「……やっぱり、そうだったんですね」

 

 夫、メイスケもまた悲痛に目を伏せる。

 それを見て、影宮エイトもまた顔を歪めた。

 

 愛すれば相手の傷が我がことのように感じると、誰かが言った。

 ならばきっと、この夫婦は突然現れた患者を、実の子供のように愛してくれたのだ。

 だからこそ―――。

 

「…………」

 

 病室のベッドにそっとナナを寝かせ、ようやくエイトは二人のほうを振り向いた。

 とても顔見せできないけれど、せめて最後くらいは礼儀を果たすため目を合わせる。

 

「ここに来たのは、俺の最後の我儘です。あいつはここが好きだったから……少しでも長く居させてやりたいんです。お二人には迷惑を掛けますが」

「そんな、迷惑なんて―――せめて、せめてそのくらい、させてくれ」

「……ありがとうございます。学園が『回収』に来るのもそう遠くないと思います。その時は、くれぐれも抵抗しないように」

 

 夫婦は何も訊かない。

 少年はそれ以上何も語らない。

 事実は動かず、誰の目にも明らかなほどに見えていたから。

 

 そうして、少年は病室の扉を開けた。

 その背に酷く寂しさを感じて、メイスケは咄嗟に呼び止める。

 

「ま、待ってくれエイトくん。君は、どこに?」

「……ナナ子は、『おとうさん』と『おかあさん』に―――あなたたちに感謝してました。俺も、同じ気持ちです」

 

 振り向かず、問いにも答えず。

 ただ彼は、静かに燃えるような、どこか泣き出しそうな声で。

 

「幸せな七日間(ユメ)をありがとう、ドクター。何の恩返しにもなりませんが……あなたたちの平穏は、命に代えても守り抜きます」

 

 それで、医者夫婦は手を伸ばせなくなった。

 覚悟と決意。自責と後悔。

 どんな名医だろうと、自ら治療を拒む人間を救うことはできない。それが本人の救いになるならば猶更。

 だから……朽無医師は呼び止める言葉ではなく、別れの言葉を無理矢理笑って。

 

「そう、か。エイトくん。僕も、君たちが大好きだったよ。うん、目に入れても、痛くない、ほどに」

「……。馬鹿言わないでください。そんなの、医学的にありえないでしょう」

 

 一滴の雫のような苦笑を。今できる精一杯の笑顔を最後に残して、少年は病室の外へ―――未だ降りしきる土砂降りの中に消えていった。

 

 

 かくして偽りの息子は去り、病室に沈黙が訪れる。

 母親(キョウカ)は涙ながらに。父親(メイスケ)は涙を堪えて、ベッドに横たわった少女を見つめた。

 

「ナナコちゃん……」

 

 冬の病室は、今日はひどく冷たかった。

 横たわった小さなからだ。

 その白い手を、偽物の父親がそっと握る。

 

「……脈拍、なし。ああ、酷いな。非道すぎる。全身に、火傷したような痕まで、あるじゃないか。いったい、何をされれば、こんな、ことに……」

 

 職業病か。

 単に諦めきれなかったのか。

 あるいは、せめてその死を直視する為か。

 父親である前に外科である男は、少女の服に手をかけ、ありのままの惨状を確認しようとして……。

 

「…………待て。変だ」

 

 外科の男が目を見開く。

 彼は素早く少女の服を脱がせ、その左胸部を触診する。

 

「レントゲン写真で見た爆弾のサイズ、そこから推測していた爆破規模なら、間違いなく周囲の臓器も巻き込む。つまり、肋骨が無事で済むとは思えない」

「……!」

()()()()()()()()()()。触れば分かる。そのうえ、それらしき内出血の痕跡もない……火薬の匂いもなし。鳩尾に打撃痕……吐血の怪我はこの時に?」

「え……だとしたら……()()()()()? でも、ナナコちゃんの脈はもう……」

 

 加速していく医者の思考。加熱していく病室の空気。

 一秒で戦場と化した空間の中、その閃きは霹靂のように。

 

「―――『雷』の、音。全身に火傷痕。まさか、もしかしたら……!」

 

 がしゃん、と慌ただしい音を立てて、メイスケがベッドサイドの装置から電極を引っ張り出して少女の体に貼り付ける。

 それは鼓動を波形へ変換する生命線(ケーブル)

 そうしてベッドサイドモニターに映し出される心電図は、ピー、と電子音を鳴らすほど殆ど横一線だったが……少しだけ、ほんの僅かに波打っていた。

 つまり、()()()ではなく()()()

 ほんの微弱ながら心臓が動いている状態。

 

「―――キョウカ、AEDを! その後は人工呼吸を頼む!」

「っ、分かりました! レントゲンは―――」

「大丈夫、完璧に憶えてる! ()()は極力避けて心臓をマッサージするとも!」

 

 火のついたように、それこそ爆発めいて動き出す病室。

 最速で胸骨圧迫を行いながら、外科の名医は脳内であらゆる可能性を巡らせる。

 

「爆弾が爆発、つまり心臓が破壊されたのなら、心電図が動くはずはない……! つまり心臓は破壊されていない! そして『雷』……! 考えられる可能性は……」

 

 医者は考える。

 雷とは生命を殺すだけに非ず。

 ()()()()()()()()()()()

 

 雷による強力な電磁波は、電子回路にダメージを与えることがある。

 これを『雷サージ』という。

 爆弾には、信管に電子回路を採用しているものも多い。それに時限装置が仕込まれているなら……そこには必ずバッテリー、電池が存在する。

 そして、ここからは本来ならあり得るはずのない仮定だが―――。

 

「―――いや、エイトくんとナナコちゃんは異能者だ。そしてライカちゃんたちも。異能という超能力の前で常識は無用、どんなあり得ないことだって起きてしまうのだろう。ならば、こんな可能性だって―――!」

 

 もし、ナナごと胸の爆弾が雷に打たれたのなら。

 その衝撃でバッテリーの回路がショートしたのなら。

 起爆装置を作動させようと電圧が上がった瞬間にバッテリーが『漏電』を引き起こし、信管まで信号が伝わらず爆弾が不発となる可能性は、ごくごく僅かにではあるが存在し。

 その漏電による流出電気(ショック)を至近で受けた心臓が機能不全を起こすこともまた、決してあり得ない話ではない―――。

 

「―――ああ、それならただの急性心不全と考えていい。そして爆弾が作動していないのに心停止を起こしている以上、もうそう考えるしかない。つまり、治療法は通常の救命措置(コレ)で正しいはずだ……!」

 

 その結論を得て、メイスケは胸骨圧迫を続ける。

 そんな彼のもとにキョウカが戻り、人工呼吸と胸骨圧迫を引き継いだ。

 

 一般に。

 人間は心停止から3分程度で脳に深刻なダメージが発生し、救命率が著しく低下する。

 酸素の供給を断たれた脳細胞が次々に壊死していくのだ。

 いったい心停止からどれ程の時間が経過したのか。現在の救命率は何%なのか。

 知らぬまま夫婦は蘇生を続ける。

 『脳死』という言葉が否応なしにチラつく中、それでもその先の奇跡を引き寄せようと足掻くように。

 

「必ず、助ける。助けるんだ……!」

 

 疲労を燃やす使命感と抜群の連携(コンビネーション)。救命措置を淀みなく行いながらも情報共有とAEDの準備が完了する。

 そうして、蘇生のために電極パッドを張ろうとして……キョウカが手を止めぬまま、僅かな懸念を口にした。

 

「でも、大丈夫かしら。もしあなたの仮説通り、爆弾が壊れていても、AEDの電流で起動してしまったら……」

 

 そうなれば本末転倒。

 その危険を冒すよりは、このままAEDに頼らない蘇生を続けるべきでは、という妻の言葉に、夫は首を横に振った。

 

「……いや、確率は低いと思う。登録された電波以外には反応しないよう、爆弾には安全装置が付けられているはずだ。誤爆が怖すぎるしね。それに、信管の容器にはまず間違いなく絶縁体が採用されているだろう……とはいえ、今度こそ爆弾が起爆する可能性は、0%ではないだろうね」

「なら……!」

「……でも、胸骨圧迫だけじゃ限界がある。もう時間が無い。脳死のリスクを天秤に乗せれば、ここで賭けに出るしかないんだ」

「……分かったわ。でも、できることはやりましょう。なるべく爆弾に電流が流れないように、電極パッドの貼り方を工夫します」

 

 三十秒足らず。

 それで最後の確認、最後の足掻きが完了する。

 

 ああ、ここからは本当に神頼み。

 医療の道を一度は邁進した彼等だからこそ分かる……この世に完璧は無く、奇跡も万が一も等しく起こり、時には人の手の及ばぬ天運に結果を委ねるしかないのだと。

 だから。

 たとえ医者として失格と言われようとも、彼等は祈った。

 

「ああ、もしこの世に電気の神様が居るのなら。どうか、この子を殺さないでください。私たちの家族を助けてください―――」

 

 かくて、二度目の雷が少女に落ちる。

 一度目は奪うため。

 そして二度目の今、電流は夫妻の祈りを乗せて、停止した心臓へと流れ込み―――。

 

 

  ナナ子が『漏電』により心停止してから約8分。

  後遺症は確実の死の淵(デッドライン)ギリギリ。

  ただの偶然か瘴気の影響か。

  その脳細胞損傷は大脳、とりわけ記憶を司る海馬付近に集中していた。

 

  瘴気や異能の世界において、『魂』という概念はたびたび現れる。

  だが現代医学において、そんな曖昧なものはない。

  心とは脳の機能であり、記憶の積み木であり、ただそこにある現象に過ぎない。

 

  ならば、長時間の酸欠により脳細胞の一部が壊死すれば。

  それによって記憶が失われ、性格に変化が起きたならば。

  異能と結びついていた心は、全く別のものに変わってしまう。

  つまり、それは『魂』の死と新生。

  そうなったとき……きっと異能は旧い魂と共に死に、新たな魂には引き継がれない。

 

 

 ヒトなどしょせん動く肉に過ぎず。

 生命など炎のような現象に過ぎず。

 故にこそ、死者を捕らえる地獄など、幼子しか惑わせぬ御伽噺。

 世の法則に適うのならば、神の奇蹟でさえこれこのように―――。

 

「―――ぁ、―――」

 

 一呼吸。

 たった一呼吸だが、確かに少女の口が命を唄い。

 ぴっ、ぴっ。

 機械を通して、蘇生した鼓動が波形を描く。

 爆弾が爆発した様子はない。

 つまり、これは。

 

「……! よく、よく頑張った、ナナコちゃん……!」

「ああ、ああ―――!」

 

 とはいえ、意識が戻った訳ではない。

 状況は予断を許さず、鼓動は脳死状態を否定する要素にはならない。

 それでも、確かに。

 少女の体は必死に生きようと足掻いていた。

 ならば、それに応えるのが医者の、親の義務(つとめ)―――。

 

 人工呼吸器を装着し、各種測定装置を繋ぎ。

 容体が安定したと確信するや否や、弾かれたように、朽無メイスケは医院の外へと。

 

「っ、エイトくん……!」

 

 飛び出した土砂降りの中には、当然、もうその背中は残っておらず。

 恐らくは永遠に戻らないのだと悟りながら、それでも医者は名を呼んだ。

 執念でも愛情でも、決意でも誠実でも、ただの偶然でも何でもいい。

 ただ、君の“何か”がひとつの命を救ったに違いないのだと、何度も何度も叫び続けた―――。

 

 

 そうして、長かった一週間は終わりを告げた。

 雪の聖誕祭(クリスマス)より7日。

 新年と共に、全ての悲劇を清算する男の旅路が始まる。

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