矛盾の呪いをかけられて 作:ブリッジ
誤字報告本当に助かります!
送ってくださる皆様、本当にありがとうございます。
「ゼレフ。そろそろ食べないと研究の効率が落ちるぞ」
資料の山の前で頭を捻る俺に声をかけたのは、出会って6年半が経過した師匠だ。
故郷が消え去ったあの後、誰を憎めばいいのかも分からなかった俺を導いてくれたのはこの人だった。
彼女は襲撃犯はアクノロギアという竜だと教えてくれた。
なんでも彼女の師匠が昔、神々の戦いの際に戦った相手らしい。
彼女の村では昔から切り捨てられた奴の腕を保管していたみたいで、実物を見た際に感じた魔力と襲撃犯の残した魔力が同じだったとのこと。
これで村を消し去った敵に目星をつけた俺だったが、復讐よりも優先すべき事があった。
村のみんなの蘇生、細かくいうと両親の蘇生だった。
僅かに残った遺体を生前と同じになるまで治療・修復し、魂を呼び戻すための魔法の造り出すための研究だ。所謂、死者の蘇生というやつだ。
師匠からはこの世で最も罪が重い禁忌だと反対されたが、それでも止まる事はできなかった。
未だに森から村への道を駆ければ皆がいるのではないかとさえ思う。
だが何度試しても、目に写るのは黒焦げた大地とクレーターのみ。
その現実を受け入れられなかった俺は、師匠の反対を押し切って研究を開始した。
てっきり師匠は故郷へと帰るものだと思っていたのだが、意外なことにここに残って生活している。
研究に協力することは出来ないが、その他の手伝いくらいならしてやるとの事だ。正直めちゃくちゃありがたい。
こうして素直に師匠の好意に甘えた俺は、1年半の間研究に没頭し続けた。
まだ死者の蘇生には成功していないが、それでも着実に研究は進んでいた。
師匠はその事にいい顔はしなかったけど、それでも責められることはなかった。
今日も師匠が作ってくれたご飯を食べながら、頭の中では研究について考え続ける。
そんな時だった、窓の外に烏がいた。
俺は特に反応することは無かったが、師匠は慌てて駆け寄った。
逃げるんじゃないか?と考えていた俺だったが、予想に反して烏は逃げずにその場に留まり続けた。
そして烏の体についていた小さな筒を師匠が取ると、烏は飛び立った。
なるほど、伝書鳩みたいなものか。
「里からの報せだ。」
「何が書いてあるんです?」
「アクノロギアが完全に復活したから、その事について話し合うと。招集をかけたのは私の師匠だ。」
師匠は俺の顔色を伺っているが、行くべきなのか悩んでいるんだろうな。
「ゼレフ、私は行こうと思う。」
「そうですね。奴の情報も欲しいですし、後で俺にも報せをもらえたりしますか?」
「ああ、ここに戻ってきて直接伝える。すまないが少しの間留守にするぞ。」
「久しぶりの里帰りですね。いや…エルフ的に言えばまだそこまで時間は経ってないか。」
「…そうだな。だが私はこの6年半は他のと比べても濃いものになったと思うぞ。」
「そりゃありがたい。いつ出発するんです?」
「里への距離を考えると、明後日にはここを発つ予定だ」
「そうですか。少し早いですが、お気を付けて」
「お前もな。」
こうして予期せずして師匠と一旦別れることになった。
少し寂しくなるな───なんて考えていた俺だったが、そんな俺の想いはすぐに師匠の爆弾発言で消し飛ぶことになる。
「そういえばな、ゼレフ。」
「はい?」
「名前を考えてくれないか?」
「名前ですか、なんの?」
「子供のだ。」
「誰の?」
「私達の。」
思考が?で埋め尽くされていく。
さっきまで師匠と話しながら同時進行で進めていた研究が一気に思考から吹き飛んでしまった。私達の子供?
「──────?」
「おや、言い忘れていたか。実はな、孕んだ。」
「はらんだ。」
思わずオウム返しになってしまった。
孕んだってどういう意味だったっけ。妊娠?
俺が子持ちになるってことか?えぇ…?マジでか?
「ああ、孕んだぞ。」
「…もっと早く言ってくださいよ。」
「いや私もすっかり伝えるのを忘れていてな、すまなかった。」
「妊娠した状態で村に行けるんですか?俺が道中護衛した方がいい気がするんですけど…。」
「まだ孕んで一月くらいだから問題ない。帰ってくる時は我が子を抱いてるだろうからな、先に名前をつけてやって欲しかった。」
「なるほど…。」
「女の子なら私の考えた名前をつけたい。だからお前は男の子の名前を考えてやって欲しい」
「…分かりましたよ。出発するまでに考えておきます」
「ああ、頼んだぞ。」
嬉しい知らせなのだが、唐突すぎて事態がイマイチ飲み込めない。
流石の師匠でもあんな冗談は言わないだろうから、妊娠したのは事実だと思う。それに6年半の間、ずっと一緒に過ごしてきたのも俺である。
状況的に俺が父親であることは間違いない。
子供かぁ。日本にいた頃は年の離れた弟がいた記憶はあるが、結婚して子供がいた覚えはない。
最近ではすっかりあっちでの知識も薄れていき、自分がこの世界に染まっていくのを感じる日々だ。
そこに加え、人生で初めての子供と来た。
最近は暗い話題しか上がってこなかったので、少しだけ気力を持ち直すことが出来た。
それにしても名前か…。しっかり考えないとな。
1年以上も研究にばかり明け暮れていた俺にとって、それ以外の事を考えるという些細な出来事さえも新鮮になっていた。
それが我が子への名付けともなると、言葉では上手く言い表せない感情が込み上げてくる。
しかしそんな幸せと共に、恐怖も相応にわいてくる。
また両親のように喪うのではないか。出産は母子ともに命懸けだ、ましてや現代のように医学が進んでいないこの世界となると───。
せっかく持ち直した気力を完全に消耗する前に、無理やり思考を打ち切る。
諸々の心配をするのは明後日以降でいい。
今は新しく産まれてくるであろう家族の名前を考えなければ。
こうして俺は束の間の幸せを再び感じていた。
その幸せを喪う痛みは身に染みているのに、それでも抗うことは出来なかった。一時でもあの地獄を頭の隅に置いておける。
それが如何に愚かしいことであるか、知りもせずに。
◇
「ミュートス様、烏が戻りました」
「誰からのものだ?」
「ローリエ様からです」
日課の剣術の鍛錬を行っていると、私の副官であるアードラーが弟子からの手紙を運んできた。
現在大陸の各地で我らの戦友の末裔達が惨殺される事件が立て続けに発生している。手口は全て同様のものであり、襲撃に遭った村や街は全て跡形もなく消え去っている。
その魔力から襲撃はアクノロギアによるものだと断定され。
遂に我等の宿敵と決着をつける時が来たのだ。
私はこの日に備えて同胞達を数千年に渡って鍛え上げた。
その中には今回連絡したローリエも含まれている。
アクノロギアの消滅は我等エルフの悲願であり、私がしくじった事で一度失敗したことでもある。
あの地獄の大戦から焼け落ちた森を復興させ、やつが地上に戻った時に備えて出来ることは全て成した。
討伐隊を編成しても、恐らく過半数は散ることになるだろう。
それでもアクノロギアだけは討伐しなくてはならない。
今は亡き巨神によって「害を為せ」と生み出された悪意の化身。
神々も地上に頻繁に介入する事は以前のようにかなわず、あの大戦を生き延びた我らがやり遂げるしかない。
そのためにも各地に出向いている同胞を結集し、アクノロギアの討伐に向かわないといけないのだが…。
ふむ。ローリエも問題なく合流出来るらしい。
中には妊娠したなど少し気になる事もあるが、戦力の完全な結集には最低でも2年はかかるだろうから決戦の際には問題ないだろう。
ローリエと同じように、彼女の妹であるゼーリエも旅に出ていて現在は不在だ。
しかし彼女は未だに17歳になったばかりなので、アクノロギアとの戦いに参加出来るほどにはまだ育っておらぬ。
しかし彼女の旅に同行しているティーフェは村でも随一の魔法使いだ。
世界各地に出没する特殊な魔物の討伐のためにゼーリエと共に旅をしているが、今回はその旅を中断せざるを得ない緊急事態だ。
既にこちらに向かっていると報せを受けているが、海を渡ったことで少し合流に時間がかかるらしい。
それでも1年もあれば到着するどのことだ。
「…それと、また7つの氏族が族滅したとのことです。」
「そうか。目撃者は?」
「居合わせたであろう同族の使者を含め全てが既に亡く。」
「つまり誰もおらぬ、というわけか。」
ローリエからの便りに目を通しながらいくつも我々に不利な報告を受ける。
「アードラー、族滅したのは8つの氏族だ。」
「…はっ。ローリエ様からの報せでありましょうか?」
私の言葉に一瞬視線が揺らいだように見えたが、アードラーはすぐに何事も無かったかのように振舞った。
「そうだ。北の氏族のひとつで弟子を取ったらしいが、その弟子を除いて村の者達は皆殺しにされたとのことだ。」
私の言葉に表情を歪めるアードラーだったが、その直後に新たな鳥が奴のもとへ下ってきた。
そして中には私が受けたのと同様の報告があったようであり、族滅した氏族は8つである事に確信が持てた。
「惨いものよな。アクノロギアに喰われた者の魂は
やはりあんなものは唾棄すべき存在よ。今すぐ切り刻んでやりたい。」
私の親兄弟も皆アクノロギアに喰われて散った。
あの大戦で神々を除いても、幾万もの戦士達が散っていった。
そして少なくない数がアクノロギアによって葬られたのだ。
今も多くの氏族がこの地上から姿を消しつつある。
すぐにでもアクノロギアを討伐したいが、戦力を結集しなくては餌になるだけだ。だからこうして私はただ集合地点である森で馬鹿のように立ち尽くしている。
不甲斐ない自分に嫌気がさす。
近年は魔物による被害が増大しており、中には埒外の力を得た人型の種族までもが出現した。
その討伐のために各氏族が戦力を分散させたため、今もこの地に集合するのに手間取り各個撃破されている。
状況を整理すればするほどに最悪だな。
数千年もの間備えてきたというのに、なんという体たらくだ。
「失礼します!郊外の南の森にて人型の魔物が現れました!
森にて採取に出ていた者が幾人か襲われておりまする」
「わかった。アードラー、少し出てくる」
「承りました。私はこちらに控え他の続報を待ちます。」
「うむ。緊急の場合は直ぐに伝令を送れ」
私は今非常に機嫌が悪い。
とりあえず人型の魔物を討ち取って気を落ち着けよう。
エルフの長老である私が暴走すれば、それは他の同胞にも伝染して大混乱をうむのだ。
落ち着け、逸るな。機会は必ず訪れるのだから。
◇
とある港町にて、2人のエルフが談笑していた。
どちらも背が高いわけではないが、周囲の人間達の視線が自然に吸い寄せられる圧倒的な存在感を放っていた。
「ティーフェ、姉上も里に戻っていると思うか?」
「ローリエもミュートス様の弟子として自覚があるのなら戻るでしょう。なんせあの方のアクノロギアへの憎悪の深さはよく知っていますから。」
姉のことを尋ねる彼女こそがローリエの妹であり、後に神話の時代で有数の大魔法使いにまで上り詰めるゼーリエである。
現在はまだ御歳17歳の年若い魔法使いの少女だが。
ちなみに姉のローリエとは4桁の歳の差だったりする。
「確かにな。姉上は里に向かっておられることだろう。
私も短い旅ではあったが、その中でもいくらか成長した。この成果をはやく姉上に見せたいものよ。」
「まだ実戦においては未熟さが抜けてませんけどね。」
「お前から見れば仕方ないだろ。私はまだ17歳なのだぞ?
既に数千歳のお前なんぞと比べたら───」
「ゼーリエ、何か言いましたか?」
「わかった。すまなかったから、下ろしてくれ。」
「次言ったら本当に落としますからね。」
「……なんでこんなのが、ここまでデタラメな魔法を使えるんだ。」
「私の才能と努力の結晶ですよ。」
「もはやここまで来れば年の功というやつだな。」
「……さようならです、ゼーリエ。」
「待て、今のは言葉の綾で──────」
言い訳を言い切ることなく空中に落下していくゼーリエ。
そして地上からそれを冷めた目で見送るのは大魔法使いのティーフェ。
ティーフェはローリエと共にミュートスの一番弟子の座を争う魔法使いであり、エルフの里の長の娘でもある。
そして現在上空に小さく見える天脈竜に向けて落下していくゼーリエ。
仮にあの竜に当たらなければ、ゼーリエはこのまま大気圏を超えて絶命するだろう。
だが彼女を落としているのは大魔法使いであるティーフェだ。
彼女はゼーリエの落下軌道を巧みに操り、見事に天脈竜の腹に当てた。
そして巨大な竜の腹の下で立ち上がるゼーリエ。
彼女が今どのような状態にあるか、それは彼女の尊厳のためにも割愛しよう。
しかし足場を確保して安心したのも束の間。
ご立腹のティーフェは容赦なく魔法を解除した。
するとどうなるか。
答えは非常にシンプルで、ゼーリエは重力に従って再び地面に向けて自由落下の旅を開始した。
今回はティーフェの魔法で死ぬことはなくとも、当分は立ち直れない心の傷を負うゼーリエであった。
口は災いの元。はっきりわかんだね。
◇
ローリエは無事に故郷であるエルフの里に到着した。
妹のゼーリエや友人のティーフェは旅に出ていて不在だったが、もう間もなく里へ戻るどのことだった。
実はローリエはひとりで故郷へ向かったわけではなかった。
妊娠した事を伝えたせいか、ゼレフが供の者を連れていけと言って聞かなかった。
しかし出立するまでに人を雇える目処は立たなかった。
そのためゼレフは機械人間を作り、それをローリエの旅の足役と護衛として同行させたのだ。
そうして生み出されたのがワールという機械人間だった。
彼は本体と同性能の分身を複数生み出すと、それをローリエの護衛として同行させた。本体はゼレフからの魔力供給のため、常に傍に控えている。
そのためローリエは体に負担をかけることなく、無事に里へと期間を果たしていた。
旅の中で不満があったとすれば、ワールがまだ人間のような受け答えが出来ないことだろうか。
ゼレフ曰く自我は時間が経つ内に成長するとの事だったが、ローリエの旅路はワールの自我を格段に発達させられるほど長いものではなかった。
しかしそれ以外は快適な旅だった。
数年ぶりに故郷に戻ったローリエだったが、里で迎えられた彼女は劇的な歓迎を受けたわけではなかった。
彼らからすれば彼女が旅立ったのはついこの前で、ゼレフと過ごした期間の濃さから少し時間感覚がズレていたローリエとしては奇妙なものだった。
とはいっても同胞の反応ではなく、自分が故郷を少し久しぶりだと感じたことに対しての感想だが。
その後両親と再会した彼女は妊娠したことや、旅先での思い出話にふけった。
そんな時でも彼女の脳裏に浮かぶのはゼレフだった。
彼にはもう血の通った家族がいない。
自分は今幸せに両親と談笑しているが、こんな日常も彼にはもうないのだ。
今すぐ帰って傍に寄り添いたいローリエだったが、里の同胞と共にゼレフの両親達の仇でもあるアクノロギアを討伐するためにまだ帰れない。
こうして故郷で決戦に向けての戦力の結集を待っていたローリエは、妊娠していた子供を無事に出産した。
母子ともに健康であり、子供は男の子だった。
エルフのように長い耳ではなく人間の耳だったが、髪色は母親のローリエと同じく美しく淡い金髪だった。
「オーガスト、あなたはオーガストよ…」
母親の胎内からの記憶を持つオーガストは、おぼつかない思考の中でひたすらに母親を探した。
未だに明るいことしか感じられない世界で、必死に伸ばされた手を掴んだのは彼の探し人であるローリエだった。
オーガストはそのまま母親の腕の中で眠りにつき、それを確認したローリエも疲労から間もなく眠りについた。
ちなみに父親は研究を続けながら、配下として生み出したワールにローリエが担っていた雑事を任せていた。
しかしローリエのような配慮をするほど人格が成長していないワールは、機械的な対応しか出来なかった。
それが1人である寂しさを助長させ、ゼレフはローリエの出来る限り早い帰還を心の底から願っていた。
だが孤独を紛らわせるために、更に研究に没頭したことで魔法は完成の寸前という段階にまで迫っていた。
ゼレフが死者の蘇生の魔法を使うまであと少し。
どうも作者です。
3話を投稿するにあたって、長たらしい2話の後書きを削除しました。
今後も後書きが少し長い場合は次話を投稿すると同時に削除するので、いつまでも放置することはないです。
あと流石にもうあんなに長いのは書きません…。
また長い後書きをご不快に思われた方や、作者の人間性を嫌いになった方も少なくないと思います。その方々に対しては大変申し訳なく思います。
ではでは。
作者も予定が立て込むので、今のところどのくらい執筆時間を確保できるのか不透明です。
なので以前にも言っていた設定集の進み具合と、作者の時間と相談して書いていこうと思います。
今回も読んでくれた皆さん、本当にありがとうございます。