矛盾の呪いをかけられて   作:ブリッジ

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6話の更新をしたので、後書きを削除しました。





5話

 

 

 

オーガストが10歳になった時、人生の転換期を迎える事となる。

 

父親であるゼレフを探してはや9年。

未だに尻尾も掴ませてくれない父の事を、オーガストは尊敬するようになっていた。

 

だって全く見つからないのだ。

記憶の中にあった父の故郷に向かったものの、どこにもいなかった。

 

その後もオーガストはゼーリエ達に記憶の中の地名の場所に行きたいと願い、両親が共に過ごした家すらも見つけた。

自分はここで最初に誕生したのだと、そう思うと全てが輝いて見えた。

 

放置されて数年は経っていたようだが、家の中は綺麗なままだった。

自分もゼーリエやティーフェから魔法の指導は受けているので、家に魔法がかけてあったことは感知できた。

恐らく家を維持するための魔法と、掃除をする魔法がかけられているのだろう。

 

ゼレフが家族の思い出の家を大事にしている事を知ったオーガストは、ゼーリエ達が笑顔になるほどに上機嫌だった。

家の中には自分の部屋も用意されていたが、子供部屋と書かれているだけで自分の名前は無かった。それによく見てみると、子供部屋は二つある。男の子用と、女の子用。

 

もしかしたら父は自分の事を把握していないのかもしれない。

 

ここに来てようやく、オーガストはその可能性に行き着いた。

しかし思い直すと、それも仕方がないだろう。母が父に出産以降手紙を送った記憶はないし、わざわざお付きのワールに密告厳禁と念押ししていたのだ。

 

ならどうやったって、ゼレフが自分の存在を知る術がない。

だがその事実は、今だけはオーガストを安心させた。

 

なんせゼレフは性別もわからない我が子の部屋を用意してくれていたのだ。

少なくとも愛する準備はあったと考えられる。これから探す上では不安事項になる可能性だったが、今この時に限っては朗報だった。

 

 

そしてオーガストはある事に気付いた。

視線を感じるのだ。それも自分だけに、集中的に。

 

しかしおかしい。感知結界を何重にも敷いているはずだが、何もかからない。

未熟な自分だけならまだしも、ティーフェやゼーリエも何も反応していない。

そうなると自分の勘違いである可能性が高くなってくるのだが、幼い彼の勘は第三者の存在を訴えていた。

 

視線を感じた方をみると、そこには両親の部屋があった。

先ほどまでは一切視界に入らなかったが、今は認識できる。

まるで急にそこに部屋が現れたかのような感覚だった。

 

オーガストは恐る恐る部屋に入ると、そこには自分に背を向ける黒髪の男がいた。

表情は見えないが、手には何かを持っているようだった。

この部屋に入ってから探知が一切使い物にならないことから、オーガストは相手が凶器を持った格上だと仮定した。

 

本来なら今すぐ部屋の外に出て2人を呼ぶべきなのだが、体がいう事を聞かなかった。

部屋から出ようとすると、金縛りに遭ったかのように動けなくなる。

 

オーガストはこの感覚を知っている。格上の魔物と遭遇した時に動けなくなるのと同じだ。

つまり自分は目の前の存在に恐怖している、という事になる。

 

男が動き出す気配はなく、オーガストは必死に部屋を見回して脱出に使えそうな道具を探す。

しかし何もなく、視線も目の前の男から離せない。

 

 

「その魔力…。そうか、君がそうだったんだね。」

 

 

それまでは無言で佇んでいた男が、突如喋りはじめた。

聞き覚えのない声だった。しかし心は高鳴っている。

 

理性は今すぐここから逃げるべきだと警鐘を鳴らし続けているが、感情が体の自由を奪って動いてくれない。ここにいたいと、そう主張して止まない。

 

 

「君がオーガスト、か。」

 

 

振り返った男は、見覚えがあった。

部屋に飾られている、ローリエと共に写真に写っている男。

 

今目の前にいる男と、写真の男は全く同じ顔をしていた。

写真の中より少し成長すているようだが、間違いなく同一人物だ。

そこで彼は初めて目の前の男が誰なのか理解した。

 

 

「─────父上?」

 

 

オーガストの問いにゼレフはわずかに眉を上げると、部屋の写真を見てすぐに納得したような表情を浮かべた。

 

 

「そうだね。僕は君の父親だ。だけど驚いたな、まさか10年越しに会えるとはね。」

 

「父上、ずっと探しましたよ。」

 

「そっか。難しかったかい?」

 

「とっても。叔母上やティーフェと10年かけても見つけられませんでした。」

 

「やっぱり下にいるのはゼーリエだったか。」

 

「はい。赤ん坊の自分を助け出し、育ててくれたのは彼女達です。」

 

「なら感謝しないとな。」

 

「ええ、ですが父上─────」

 

「悪いなオーガスト、もう時間だ。」

 

「え?」

 

ゼレフの言葉を理解する前に、突如部屋の中から彼の気配は消失した。

何が起こったか全く理解できなかったオーガストは、ゆっくりとゼレフが立っていた位置に移動した。

 

そして同じ位置に立ったその直後、部屋のドアが破られた。

壊したのは当然、ゼーリエとティーフェの2人だったが、その顔には粒の汗が浮かんでいる。

まるで当人達がティーフェの魔法で空に落ちた時みたいだ。

 

 

「オーガスト無事か!?」

 

ティーフェが見たこともないほどに取り乱している。

普段のオーガストなら驚いて声のひとつでも上げているはずだが、今の彼はひどく落ち着いていた。

 

「大丈夫、大丈夫です。」

 

オーガストは2人を落ち着かせるため、穏やかな気持ちで答えた。

2人を少しでも落ち着かせるために。

 

「この部屋で何があった?」

 

「父上がいました」

 

「なっ」

 

返答を受けたティーフェの顔色は、ドアを破った時よりも更に悪い。

もしかすると、未だに探知が未熟な自分には分からなかったナニカを探り当てていたのかもしれない。

 

その後落ち着きを取り戻したティーフェの提案により、家を出て外で寝ることになった。

この日を境に、オーガストは魔法の鍛錬に更に熱を注ぎ込むようになる。

 

 

 

 

 

 

なにも感じなかった。

 

僕は彼を前にしても、何も感じなかったのだ。

 

嬉しいはずなのに、心は空っぽなままだった。

 

どうしてだろう。これがローリエの言っていた、矛盾の呪いなのだろうか。

 

分からない。なんにも、僕には分からない。

 

 

 

 

 

 

オーガストは30歳になった。

 

あの日以来、父であるゼレフと会うことはなかった。

探してはみたのだが、やはり見つける事は出来なかった。

どれだけ痕跡を辿っても、行き着くのは既に放棄された拠点のみ。

 

オーガストは年齢の割に若々しく、30代のおじさんよりも10代の少年といった方が納得の容姿をしている。

 

この事態をゼーリエとティーフェは訝しんだ。

だが彼の母親はエルフのローリエなのだ。人間の容姿をしていながら、寿命がエルフのようになっていてもおかしくはない。

 

確信は持てないが、今のところオーガストの身体的な成長は遅れている。

10歳までは適切なはやさで伸びていた身長も、過去20年においてはゆるやかに伸びるだけだった。

ならばエルフの特徴である長寿を引き継いでいる可能性もある。

 

容姿が完全に人間だったこともあり、ゼーリエ達は自分達の仮説が間違いないか確信することは出来なかった。

だがいつまで考えても答えは出ないので、今は様子見に徹しておこうと結論付けられた。

 

身長とは裏腹に、魔力量と魔法の技術は驚くほどに進歩した。

未だにゼーリエ達には及ばなくとも、人間の魔法使いとしては最上位の使い手の1人へと成長している。

 

時には人語を用いる異形の魔物と戦い、ティーフェ達の下で修行を積み、貪欲に魔法を鍛え続けた結果だ。

 

いつしか大陸でも名の知れた魔法使いとなり、士官の誘いなどを受けるようになっていた。中には貴族の家庭教師のような職もあったが、オーガストは全てを断って魔法の研鑽に全神経を注ぎ込んだ。

 

オーガストがここまで魔法にのめり込んでいるのには、父であるゼレフが絡んでいた。

 

ゼレフの名も大陸では有名なものとなっていた。

オーガスト達とは違い、ゼレフのそれは悪名だったが。

 

 

別にどこかの街を焼いたりしたわけではない。

ゼレフは現在大陸でも最強格の魔法使いとして名が通っており、様々な国が自陣営に引き込もうと策を巡らせていた。

 

しかしゼレフがどこかの国に囲われることはなく、彼は魔法の研修など全て個人で済ませていた。

 

だがある時ゼレフに1人の使者が訪れた。

新興国である大陸の南の王国からの使者であり、要件は戦争に手を貸してほしいというものだった。

 

ゼレフは初め興味を示さなかったが、使者と話す内にある事を思い付く。

それは自身が開発していた魔法のひとつであり、効果があまりにも強すぎた事で最終段階の実験が出来ず完成させる事が出来なかった魔法。

 

その魔法の威力を戦場で敵を相手に試そうと考えたのだ。

 

使者に了承の返事を行い、戦場に出たゼレフは予定通り魔法の実験を行った。

結果は大成功であり、王国軍は1人も兵を失うことなく戦争に勝利した。

 

対照的に敵国は出陣していた王太子や一般兵を含めて例外無く全てが死亡してしまった。

彼等が陣を敷いた場所の周囲は、広範囲でまるで溶け落ちたかのように地形が完全に変形していた。

 

これを目撃した民衆や兵士達は恐怖し、ゼレフが敵を生贄に悪魔を召喚した、敵の魂を使って自分の傷を治した、ゼレフが笑いながら敵を鏖殺したなど様々な噂が流れることとなる。

 

実際には魔法を一発放った後に1度灰になり、数日後に完全に再生したのだが。

 

国王を初めとする新興国の中枢の多くがゼレフの灰となる場面を目撃していたため、誰もが彼は死んだのだと思っていた。

しかし数日後にそのゼレフが約束の報酬を求めて王城に現れたため、恐怖で震え上がった国王はゼレフの処刑を命じた。

 

最初は受け入れて大人しく刑を執行されたゼレフだったが、彼は首が跳ねられても死ぬことはなかった。

そして切断された首を魔法で操作された胴体が拾い、生首が残念そうに話す場面を何千もの国民が目撃することとなる。

 

この日からゼレフは不死身の魔法使いとして大陸にその名が知られる事となる。

また人間には理解の及ばない邪悪な魔法を使うことから、黒魔道士という異名がつけられた。

 

最後の部分以外を客観視すると、ゼレフは何か重大な罪を犯したわけではない。

無論やりすぎたのは間違いないが、特段外道な事をしたわけでもない。戦争とは、内容がどれだけ酷かろうと結局勝てば官軍である。

ゼレフはただ強力な魔法を依頼主の敵に放ち、全てを倒す事で依頼を完遂しただけ。

 

だが彼が生き返った理由や、なぜあのような魔法が使えるのかということをハッキリと説明できるものはいない。

理解が及ばぬものは恐怖を呼び込み、ゼレフは瞬く間に恐怖の象徴にまで上り詰めることとなる。

 

オーガストは父にかけられた悪名の謎を解明し、それを世に知らしめることでゼレフの悪名を打ち消そうと考えていた。

そのためにティーフェ達に日夜魔法の指導をしてもらい、四六時中魔法と関わる事をしながら生きていたのだ。

 

初めは2人ともがその方法にいい目をしなかったが、最後はオーガストに根負けして協力してくれるようになった。

 

オーガストが行っていたのは、自身が生み出した「相手の魔法を複製する魔法」の強化だった。

これでゼレフの使用した魔法を複製し、理解する事で魔法の詳細を公表するつもりでいた。

だが今のままでは複製できる魔法に制限があり、その制限を取り払うためにオーガストは研鑽を続けた。

 

だが死んだはずの父が首が胴体から離れた状態だ歩いていた話を聞き、自分の策が意味のないものだと悟った。

オーガストは父が灰になった事も、処刑された事も知らなかった。

 

だからゼレフが大陸で恐怖されるのは、大軍を1人で消し飛ばすほどの詳細不明の魔法のせいだと思っていた。

魔法の詳細が判明したとしても、その埒外の魔法を行使できるというだけでゼレフは恐怖の的となるのだが、魔法の使えぬ一般市民とほとんど接したことのないオーガストにはそこまで考えが及ばなかった。

 

彼がこれまで接してきたのはゼーリエとティーフェを除くと、2人の知人など戦闘を生業とする者や魔法使いのみであった。

だから一般人の思想に触れたことはないし、興味を抱いた事もない。

彼は市井に一切関心がなかった。

だから魔法の研究や修行のために人里を避け、関わりを断っていた。

 

だからこそ、自分の思惑が如何に無意味か知る機会もなかった。

 

そんなオーガストであっても、流石に死んだ人間が動いていたら恐れられるという事くらいは容易に想像出来た。

そして今更魔法を魔法の詳細を発表しても手遅れであるという事も理解した。

 

どうしたものか…。1度父上に会うべきか?

 

オーガストはしばらく自分の研究室で今後について、ひとり静かに考える事にした。

 

 

 

 

 

 

ティーフェはゼレフの事が好きではなかった。

 

友人が過ごした北部の家でゼレフの気配を探知したが、その気配は人と呼べるものでは無かった。

 

神々の大戦にいた醜悪な種族だと言われた方が納得のいく、そんな気配だった。

 

 

ゼーリエも似たような事を感じ取ったらしく、彼等の初対面の際は2人ですぐにオーガストのところへ駆け上がった。

しかしオーガストのいる部屋には結界が張られており、解除に僅かに手間取ってしまった。

 

部屋の中の気配からは殺意を感じないが、同時に生気も感じない。

そんな人外にオーガストが何をされてしまうかわかったものではない。

 

数分が経過し、ようやく結界を解除した時には遅かった。

あの気配はすでに消えており、部屋の中には呆然と立ち尽くすオーガストのみがいる。

 

 

オーガストは父がいたのだと教えてくれた。

つまりあの気配は友人の想い人であり、弟子であり、オーガストの父であるゼレフだったのだ。

 

ローリエはあれのどこに惚れたのだろうか。

本当に惚れていたのだろうか。惚れていた頃はまだ、ああはなっていなかったのだろうか。

というかゼレフ本人で間違いないのか?他人な可能性もある。

 

そもそも、何をすれば人間がああなるのだ。

 

想像にも出来ないような、悍しいナニカを行ったのだろうか。

 

 

ゼレフと出会ってからオーガストは変わった。

以前からのめり込んでいた魔法に更に傾倒するようになった。

 

この子もああなってしまうのだろうか。

そんな事を考えると、魔法を教えるべきではないのではと思いそうになる。

 

だがその度に強く自分に言い聞かせる。あの子は父親ではないのだ。

なら自分がああならないように手伝ってやればいい。

 

 

そんな日々が20年ほど続いた時だった。

ゼレフの悪名が大陸を駆け巡ったのだ。何でも、数万の軍勢を単独で葬り去ったらしい。

そしてゼレフは戦後に処刑され、首と胴が泣き別れても死ななかったのだという。

 

そして彼女はようやく合点がいった。

そうか、あの醜悪な気配は神の罰を受けた結果というわけか。

 

恐らく死者の蘇生や、不老不死に関する魔法を造ったのだろう。

そして生き返ったとの噂や、神の罰があったと仮定すると、その魔法の開発には成功しているらしい。

 

 

オーガストは埒外の天才だが、それは父親のゼレフからの遺伝も大きいようだ。

 

 

ティーフェはこの日からゼレフを恐れるようになった。

自分が神の罰の気配を感じたのは20年以上前だ。つまりゼレフはそれ以前の段階で、既に神が危惧するレベルの魔法の構築に成功しているという事になる。

 

自分は神々の大戦を経験した幾人もの怪物達を見てきたが、その中に神から罰せられるような大罪を犯す事ができるような存在はなかったのだ。

それを人間であるゼレフが実現させたのだ。

自分の100分の1も生きていない人間が、自分の知る誰よりも神に近いという事になる。

 

自分ではそのような魔法を生み出すことは不可能だろう。

どれだけ生きようと、成し遂げる自分の姿は見えなかった。

 

だからティーフェはゼレフを恐れる。

恐れながらも、父親の才を引き継ぐ弟子を今も導いている。

 

願わくば、この子が父親とは別の道を歩みますように。

ティーフェは閉じられたオーガストの部屋の扉を眺めながら、心の中で切に願った。

 

 

しかし彼女が正気を保てるのも、そう長くはない。

3人の旅路は、確実に終わりの時が近付いていた。

 

 

 

 

 

 

ゼーリエは気分が高揚していた。

 

ゼレフが自分と同い年であることは分かっていた。

姉がゼレフと共に過ごした家に置かれていた彼女の日記には、ゼレフの誕生日や彼の年齢に関する記録も遺されていたから。

 

ゼーリエもティーフェと同じく、本能的にゼレフが神から呪いを受けていることは理解していた。

彼女にとってゼレフは義兄ではあるが、同時に同い年の魔法使いでもある。

そして互いにローリエから指導を受け、今では互いに強者へ成長していた。

 

そんなゼーリエからして、ゼレフは自分の先を行く存在だった。

今の自分に禁忌の魔法を生み出すだけの力はなく、それを実現しているゼレフはエルフの自分よりも現段階では高みにいると言っていい。

 

ゼーリエは割と好戦的な性格だ。

そんな彼女の前に、今の自分よりも優れた魔法使いがいるのだ。

 

今はオーガストの手前抑えているが、いつか手合わせぐらいはしたいと思っていた。

それに噂が事実ならば不死に至っている可能性が高い。

 

ゼーリエは自分が不死になる事に魅力は感じないが、不死の魔法使いとは戦ってみたいと思っている。そんな格好の獲物が親族にいるのだ。

これを逃す手はないだろう。

 

不死身ということは、自分がどんな魔法を使っても死なないわけだ。

これほど戦いづらい敵はいないだろう。しかしそんな敵と戦って勝てた時、自分の魔法は更なる高みへと至れるに違いない。

 

だからゼーリエは決めた。ゼレフを発見したら絶対に戦おう、と。

 

 

 

 

彼女の望みは、割と簡単にかなう。

なんなら、頻繁にやり合う事になるのはまだ少し先の話である。

 

しかし彼女がゼレフに対し完全な勝利を飾るには、まだいくつもの時代を通過する必要がある。

 

 

 






こんにちは、作者です。
迷いながら隙間時間に暇つぶし感覚で書いていると、少し書けました。

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