矛盾の呪いをかけられて 作:ブリッジ
本日2度目の更新になります
悩んだ末にオーガストが出した答えは、ゼレフと合流する事だった。
父に何があったのか。何故不死になったのか。何をして過ごしているのか。
聞きたい事はたくさんあったが、会わなければ始まらない。
ならば合流を目指すしかない。
それがオーガストの下した決断だった。
そして翌朝、朝食の席でオーガストは2人に提案した。
ゼーリエは特に悩むことなく受け入れ、ティーフェは僅かに考え込んだ末に承諾した。
こうして一行の次の行き先は決まった。
決まったといっても、今からゼレフの居場所を探る必要があるのだが。
しかしオーガストにとっては、今回の旅で父と再会できる確信があった。
◇
ワールは機械魔人だ。
ゼレフの手で30年前に創造され、経験を積むことで自我が発展するゴーレムのような存在としてこの世に生まれ落ちた。
そんなワールにはひとつ、決して薄れる事のない記憶がある。
その記憶を実際に現地で体験したのはワールの分身だが、その記憶が焼き付いて離れなかった。
その記憶とは、主人の1人であるローリエの姿だった。
ワールの分身3体を犠牲に張った結界の中で、自身の魂までをも魔力に変換する主人の姿を、ワールはただ側で控えて見ていることしかできなかった。
自身が展開している結界の維持を主人であるローリエから命じられ、彼女の体が徐々の灰になっていくのをただ側で眺める事しか出来なかった。
そして最後まで主人の勇姿を見る事なく、分身は死亡した。
だからワールは主人とその子息がどうなったか、知る事ができなかった。
そして本体である自分は殺された分身の影響を強く受け、復旧するまで長い時間を必要とした。
しかし復旧が完了した時、創造主であるゼレフはどこにもいなかった。
家の中を探しても、修行場を探しても、2人のお気に入りの場所を探しても、故郷の跡地を探しても。どこにもゼレフはいなかった。
いつまで待っていてもゼレフが戻る事はなく、ワールは自分がどうするべきか悩んだ。
そこで彼の意識に浮かんだのは、ローリエの姿だった。
彼女も自分の主人だ。ならば彼女の安否を確認するべきでは?
そう考えたワールは、家に3体の分身を配置してから旅立った。
以前に分身とローリエが通った道を辿り、エルフの里を目指す。
人目を避けるために迂回路を用い、数ヶ月かけて到着した場所には何もなかった。
記憶の中で記録した場所を巡っても、どこにも人里の気配はない。
むしろ捜索隊だと思われる人々に魔物と勘違いされ、襲われるだけだった。
必死に逃げながら探しても、最後に見た彼女がいた場所へ行っても、何もない。
ワールは理解した。
自分は与えられた使命を全う出来ず、主人の最後さえも看取れなかったのだと。
そして敬愛する主人の子息も見つけられず、ただ傷を負って逃げ回る自分を恥じた。
これでは自分が何のために生み出されたのか、分からなくなってしまいそうだ。
ローリエ様を守れと、そう命令されたはず。でもその守るべき主人はどこにもおらず、創造主でさえ姿を隠してしまった。
残ったのは与えられた仕事を全う出来なかった、無能な機械のみ。
ワールはこの時、涙を流した。
両眼からとめどなく涙が溢れ、声を押し殺して泣いた。
ここで声を上げれば自分を探し回っている捜索隊に見つかり殺される。
今は魔力で自分の存在を隠しているのだ。
自分はこんな時でさえ、声を上げて泣くことさえも許されないほどに弱い存在なのだ。
もうエルフの里でできる事はないと悟ったワールは、重い体を引き摺って家へ帰った。
そこで何年もゼレフを待ち続けた。帰る気配のない主人を、ただの機械のように与えられた仕事を熟して1人で待ち続けた。
その仕事も、自分が生み出される前はローリエが担っていたものだ。
行く前に注意事項など、様々な事を念入りに指導された。
数年の間、ワールはローリエの教えに従って家を維持した。
侵入を試みる野盗や、家を破壊し得る魔物の討伐を行いこの家を守ってきたのだ。
そしてワールは10年ぶりに主人の魔力を感知した。
何度も自身の不具合を検証し続けたワールだったが、答えが出る前に何者かに攫われてしまう。
一瞬警戒するワールだったが、魔力をみた瞬間に警戒心は離散した。
彼の前にいたのは創造主。最後にあった頃と一切変わらぬ、創造主ゼレフだった。
主人の健在を確信した次の瞬間、彼の口から漏れたのは懺悔だった。
彼は全てを打ち明け、その場で跪きながら咽び泣いた。
幸いな事に、ゼレフはワールの懺悔を受け入れた。
こうしてワールは主人の下に帰参を果たし、更に篤い忠誠を誓った。
そんなワールが消えた家では、オーガスト達がいた。
ワールはその時にオーガストと再会する事はなく、ただ彼らの存在を感じるだけだった。
あれから30年が経過し、ワールはオーガスト達と対峙していた。
側にはゼーリエとティーフェも控えており、戦闘になれば間違いなく負けるだろう。
しかし両者の間に険悪な空気はない。
むしろオーガストはワールとの再会を喜んでいたため、比較的穏やかな空気が醸し出されていた。
ティーフェは警戒を隠そうともしないが、ゼーリエはワールなど眼中にないとでもいうかのように彼を見ていなかった。
ワールが今与えられている役目は訪問者の選別であり、所謂門番というやつだった。
だからこの場にはゼレフはおらず、訪問者である一行にワールが単独対応していた。
「久しぶりだな、ワール。また会えて嬉しいぞ。」
「はい。私もお会いできて嬉しいです。
そして若様が御立派に成長為されたようで、嬉しいです。」
「相変わらず硬い物言いだな。」
「そう設定しております故。では主人の下へ案内致します。」
初めての会話だった。
最後に2人が直接会ったのは40年以上前であり、当時のオーガストはまだ乳飲み子だったので会話ができたはずもない。
そして何より、彼に覚えられていた事実がワールにとっては堪らなく嬉しかった。
だが同時に、自分が主人を守れなかった事実を知られてもいる事を意味するため、複雑な心境だった。
しかしその事をオーガストに咎められる事は無かったため、ワールは居心地が悪かった。
ゼレフの研究室まで会話はなく、ただ黙々と先導を行う。
そして研究室の前に到着し、ワールは3人に向き直った。
「若様。再びお会いできたこと、このワールにとって無上の喜びに御座いました。ではこちらの部屋にゼレフ様がおられます。」
言い終えたワールは、振り返ることなく外へと向かった。
彼の心の中は複雑だった。だがその感情は、彼の自我を発展させ続ける。
◇
ティーフェは約50年ぶりに1人だった。
ゼーリエはゼレフの魔法に関心を抱き、オーガストは父の側にいたいと願った。
だから2人はゼレフの下に残ったのだが、ティーフェは旅を続けると言って出てきた。
ゼーリエと旅をする前は、ほとんど一人旅だった。
だがいつしか、人と旅をする事に慣れてしまっていた。
だから1人で歩く山道も、懐かしく感じる。
夜営の準備をすると、思わず3人分を今も出してしまう。
思っていたよりもあの旅を楽しんでいたらしい。
余分に採取してしまった山菜を見て、ティーフェは苦笑した。
旅を続けるとは言ったものの、目的は特になかった。
故郷はもうないし、家族ももう誰も生存していない。
あそこを出てきたのも、あれ以上ゼレフの近くにいたくなかったからに過ぎない。
どうしようか。しばらく火を囲んで悩むティーフェだったが、結局思い浮かぶのは家族のことばかり。
皮肉な事に、死者に関する専門家は彼女が避けたゼレフだ。
何とか彼を頼らずに死者に会う方法を考えるティーフェだったが、そういえば師匠が最北の地には「
死者の魂はそこに還るらしいので、そこに行けば家族に会えるのかもしれない。
しかしエルフの間では、魂に関して有名な話がある。
アクノロギアは敵の魂を吸収し、直接魔力として吸収する。
そして自身の家族は、全てがあの日里にいた。
アクノロギアに吸収されず、無事に還っている事を祈るしかない。
とりあえず次の目的地は「
1人で向かうと10年近くかかりそうだが、時間は彼女にとって大した問題にはならない。
意識すると不安な気持ちが抑えられず、少しづつ抑えていた気持ちが漏れ出てくる。
オーガスト達と共に過ごす事で蓋していた傷が、1人になった事で徐々に開きつつあった。
早く精神を安定させたい彼女は、無茶な強行軍で「
◇
時の都ミルディアン。
それは時の神クロノスを祀る都であり、神々が戦争を開始する以前から存在する都市だ。
かつては巨神に味方したこの都市は、旗頭である巨神の敗北と共に地図から消える運命にあるはずだった。
しかし機を見た神殿の長は、未来視で視た情報を敵である神々に伝える事で消滅を免れた。
眷属の功績で神クロノスも幽閉を見逃され、生き残る事に成功したのだ。
だが巨神と共に戦った大戦の生存者にとって、彼等は卑劣な裏切り者に他ならない。
そのためミルディアンは日々大戦の残党の襲撃に遭っており、大きな被害はなくとも神殿騎士達が穏やかに過ごせる日は極めて稀だった。
神殿騎士団の隊長を務めるアンヘル・イエスタは、今日も異形の生物を切り捨てている。
今年で49歳になるアンヘルはもう異形達と戦い続けて40年が経過していた。
「年々異形共の活動は活発になるばかりだな」
「ですね。死傷者が増えるばかりで、回復が間に合いませんね」
副官のグレゴリーと共に、陣地の内部に戻ったアンヘルは先ほどの戦いを思い出す。
自分が一人前の神殿騎士になって少しした頃から、異形達の活動が劇的に増えてきた。
当時は下っ端でしかなかった自分は連日駆り出され、都市の近郊に出没する異形の討伐に従事し続けていた。
はじめは抑え込めていたのだが、最近は死傷者が多く出ることが増えてきていた。
都市では裏切った罰ではないかと騒ぐ者まで出る始末だ。
表では否定していても、裏では誰もが巨神の残党の報復に恐怖しているのが現実だった。
アンヘルは悲観的とはいかなくとも、徐々に精神的にクるものがあると感じていた。
慣れればいいものだったが、慣れる前に敵の規模が上がっていく。
どこからあのような数が増えているのかも甚だ疑問だ。
何度か偵察隊を出しても成果はなく、正直八方塞がりだった。
それに神殿騎士団にも派閥は存在する。極力関わりたくないアンヘルだったが、関わらねば任務で必要な補給もままならないとなれば関わる他ない。
そのためアンヘルは日々憂鬱だった。
崇める神も神格が大戦後に弱まり、以前ほど強力な加護を多くの信者に与える事ができていない。
そこに増え続ける敵の数と、安全な都市に戻っても泥沼の権力闘争が待っている。
最近の楽しみはすっかり大きくなった孫のヘルツと戯れる事ぐらいだった。
天幕の中で1人で孫の絵を眺めていると、伝令が到着した。
「隊長、前方に新たな敵の集団が出現したとのことです。」
「わかった。すぐに行く。」
部隊の最高責任者らしく、威厳たっぷりに応えるアンヘル。
しかし周囲から人の気配が消えると、深いため息をついた。
ヘルツの絵を箱にしまうと、愛用の武器である大剣を背負ってアンヘルは天幕を出た。
彼は死が迎えにくるその日まで、戦場で相棒の大剣を降り続ける事になる。
迎えがくるのは今から50年後。実に半世紀後の出来事である。
◇
エーヴィヒは見習いの魔法使いである。
故郷の村が竜の襲撃で滅び、運よく生き延びたエーヴィヒは1人で廃墟となった村を彷徨っていた。
そんな時に出会ったのが、ゼレフだった。
どうやらゼレフは村を襲撃した竜に用がある様で、1人佇むエーヴィヒにいくつか質問をした後に村を立ち去った。
この際に情報の対価として数日分の食料を渡された事で、エーヴィヒは餓死せずに済んだ。
それ以前は魔法で水を出す事で、かろうじて死なずにいられた。
ゼレフが村を立ち去った翌日、竜の死体の一部を持ったゼレフが再度村を訪れた。
彼曰く竜は討伐したらしく、一応村人の敵討ちをしてくれたようだった。
最も、それが彼の主目的というわけではなかったが。
その後廃墟でゼレフと共に焚き火を囲み、無事に翌日の朝を迎えた。
その際にゼレフからは、魔法の才があると称賛された。
彼曰く、自分と似たところが少しあるらしい。それを聞いたエーヴィヒは反応に困ったが、行くあてもないのでダメ元で弟子にして欲しいと頼み込んだ。
あっさりとゼレフが受け入れると、エーヴィヒは正式にゼレフの弟子となった。
これがゼレフにとって、初めての正式な弟子である。
数日間旅をすると、ゼレフの拠点に到着した。
そこにはいくらか人がいて、うち数人はまるで機械のようだった。
ゼレフの拠点に滞在する者達に紹介されると、エーヴィヒは緊張で固まっていた。
旅の道中には多くの魔物に襲われたが、ゼレフはその全てを難なくなぎ倒して行った。
そんなゼレフと拠点を同じくする魔法使い達だ。
きっと恐ろしい、魑魅魍魎のような連中に違いない。
エーヴィヒの予想は当たっていた。
紹介の場にいたのはゼレフ、オーガスト、ゼーリエ、ワール、そしてエーヴィヒとは長い付き合いとなる、
そう、悪魔がいたのだ。
ゼレフも普段通りの平坦な声音で最後に紹介したため、しっかりと注目して彼が人外である事を理解するまで存在に気付くことが出来なかった。
なんでも、ゼレフが自分で生み出した悪魔らしい。
何でだよと問い詰めたが、答えは修行のためだと告げられた。
この日からエーヴィヒは
エーヴィヒと、拠点の周辺に生息する魔物の複製体と戦う日々の始まりである。
午前中はゼレフから魔法の指導を受け、午後は
最悪だったのはゼレフが妥協をしなかったことだ。エーヴィヒは容赦無く魔物の複製の群れの中に叩き込まれ、強制的に乱戦の中で狡猾に立ち回りながらも、徹底的に敵の攻撃の躱し方をその身に教え込まれた。
そしてエーヴィヒの成長と比例するように、魔物の危険度も上昇して行く。
エーヴィヒは被弾しても、ゼレフが特に助けてくれない事は過去の経験で承知済なので、徹底的に敵の攻撃の回避を鍛え続けた。
実戦では敵の攻撃を躱しながら魔法を撃ち込むスタイルをとり、着実に成長していくエーヴィヒ。
その優れた才能もあるが、鬼畜な環境で生き延びたエーヴィヒはわずか3年で大きく成長していた。
それこそ並の魔法使いを凌ぐ程度には進歩していた。
しかしエーヴィヒは自信がなかった。
なんせ身の回りの魔法使いは皆、並の魔法使い達が束になっても勝てないような怪物達だ。
魔物との戦いで成長は感じられても、対人戦で自身の成長を感じる事は出来なかった。
周りが強すぎた弊害である。
特にゼレフとゼーリエは別格で、
あれでもまだ魔法使いの頂点ではないというのだから、更に自信をなくしてしまう。
後世では賢者と呼ばれるほどに大成するエーヴィヒは、幼少期は割と苦労人だった。
しかし同時に、その程度の苦労では折れず迷わない心の強さを持ち合わせた魔法使いだった。
誤字報告本当にありがとうございます。