最強催眠種付けおじさんvs女魔族   作:アリマリア

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 前回のあらすじ:害虫を駆除して人間が1人生まれた。

 3、4話で完結の予定だったんですけど、全然終わらなそうなので6~10話弱になるかもしれない。ならないかもしれない。予定は未定。





最強催眠種付けおじさん&『模倣する』少女

 

 

 

 性癖、という言葉がある。

 意味は……もはや語るまでもないだろう。

 

 人は必ず、性癖を持っている。

 それが目覚めている者目覚めていない者、その性癖への拘りの大小、性癖自体の業の深さといった違いこそあるが、とにかくそれが存在することだけは間違いなく共通している。

 

 それで言えば、まだ人間として生まれついたばかりの彼女もまた、例には漏れないのだ。

 

 

 

「おじさん、おじさん」

「なんだい、リーニエ君?」

「なんでもない」

 

 彼女は薄く微笑み、我輩の体を抱き締めた。

 無論、大して力を入れることなく、抱擁と呼べるレベルで、だ。

 

 しかし改めて、元魔族の体というのはすさまじいな。

 肌触りは柔らかく滑らかで、その温かさは心を深く落ち着かせる。

 どこまでも人間を誘う声、容姿、体……もはやサキュバスにすら近いと思ってしまう程だ。

 

 しかし、そうして人を誘う妖艶な様子をしていながら、むしろ彼女の性癖はその真逆。

 

 何かを与える側ではなく、与えられる側。

 施し誘うのではなく、受け入れられ癒されることを望む質。

 

 それが魔族から人間になった少女、リーニエ君の嗜好であるようだった。

 

 ……まぁ同時に、どこか奉仕体質じみたものも芽生えてしまっているようだが。

 本能では甘えたいと思い、しかし理性がもっと頑張らねばと止める。そういう非常に人間らしい矛盾が彼女の中に生まれているようで、おじさんは嬉しいよ。

 

 

 

 ツインテールを解いた彼女の桜色の髪を、ゆっくりと撫でる。

 普通、少女の髪を触るという行為は、肉親レベルで親しい場合を除いて、禁忌だ。

 手の油が付いてしまうし、せっかく彼女たちが整えたヘアスタイルを崩してしまいかねない。

 そしてそもそも、頭を撫でるという行為は決定的な程に男性上位な行動だ。それが対等な男女関係であるのなら、気軽にすべきではないわけで。

 

 しかし、彼女に対してだけは、それが許される。

 何故なら……つまるところ、彼女が我輩に求めているものが「父親」であるからだ。

 

「温かい」

 

 彼女は頭を何度か往復した我輩の手を取り、ゆったりと自分の顔にまで下ろした。

 その頬に手をすりすりと擦り合わせ、互いの体温を感じ合う。

 

 まるで親にじゃれる子猫のようなその様は、まさしく子供そのもの。

 いいや、実際、彼女は子供なのだがね。

 なにせ彼女は、この世界に生まれ付いてから、まだ数時間しか経っていないのだから。

 

 今我輩の腕の内にいる少女は、つい先程まで、ただの魔族に過ぎなかった。

 しかし我輩がかけた催眠によって、1人の心優しい少女として生まれ変わったのだ。

 

 ……ただし。

 魔族としての体と、魔族であった頃の記憶を引き継ぐという、重すぎる宿痾を負って。

 

 だからこそ、我輩は彼女を甘やかす。

 彼女を生んだ父親として、そして彼女の心を支える男として。

 

「よしよし」

「んふ」

 

 思わず、といった感じで吐息を漏らすリーニエ君。

 すごく懐いた子猫、あるいは親離れできていない子供のようで、非常に可愛らしい。

 

 

 

 我輩の『魔族を人にする催眠(ヒトニナーレ)』は、魔族の精神構造・思考回路・自我を人間のものへと書き換える催眠だ。

 しかしながらこれ、流石に人格や性格を一から作って上書き保存しているわけではない。

 魔族だった時代の個性や精神の方向性を基に、その常識や倫理を人間の物にコンバートし、最後に整合性を確認して再度調整する、という形で行っているのだ。

 

 まぁアレだ、簡単に言えば善堕ちみたいな状態と思って欲しい。

 別に人格全部書き換えたのではなく、あくまで元になった人格が人間ライズされただけなのだ。

 

 そしてリーニエという少女と、その元になった魔族は、どうやらクール系の子だったらしい。

 あまり感情を表に出さないし、自分から喋ることも少ない、自己主張の少ないタイプ。

 しかしながら、それはあくまで彼女の表面上の情報でしかない。

 

 実のところ、リーニエという少女はどうやら、面倒くさがりで自堕落寄り、興味のないことには無関心で消極的な子らしい。

 我輩が先程催眠に失敗した際に命乞いが通ったのも、ひとえに彼女が我輩やその命に興味がなかったが故だろう。

 「こんなヤツいつでも殺せるし、今殺してリュグナー様に怒られるのも面倒だな」というわけだ。

 

 逆に言えば、興味を持ったことにはなかなかに全力な少女でもあるみたい。

 熱しにくく冷めにくいと言おうか、火が付くことはなかなかないが、一度付くと止まらない。

 それこそリンゴなんかは典型的で、家に帰って来る途中に買ってあげるとそれはもう喜んだ。

 

 当然人肉食への嗜好は消して忌避感を入れてあるけど、リンゴなどの人間の一般的な食事への嗜好は残してある。それもまた、彼女の大事な個性だからな。

 これから少しずつ、彼女の好みの味を探っていかなければ。

 

 

 

 ……で、だ。

 

 生まれたばかりの幼児性、重すぎる罪からの逃避、1つ1つの事柄への執着、そして我輩の催眠による誕生……。

 これらにより、リーニエ君は大して催眠を使うまでもなく、我輩に非常に懐いてしまった。

 

 いわば、「催眠種付けおじさんラブ」という、なかなかに厄介な性癖に覚醒してしまったのだ。

 

 

 

 実際今も、ぐりぐりとその頭を我輩の胸に擦り付けて……いたた。

 

「あ、ごめん、おじさん」

「構わないよ」

 

 リーニエ君の頭には、角が生えている。

 その体が魔族のものである証が。

 彼女の髪の感覚はこそばゆく気持ちいいのだが、どうしても角が引っかかってしまうのが悩み物だ。

 

 まぁ、その程度のことでいちいち文句を言う催眠種付けおじさんではないのだけれどね。

 むしろ、与えられる痛みもまた1つの愛として受け入れるくらいの度量はあるつもりだ。

 

「大丈夫、君は甘えていいんだ。

 我輩もまた、君に大きなものを押し付けてしまった。その分、せめて我輩に目一杯甘えてくれ」

「……うん」

 

 彼女はその顔を隠すように、きゅっと我輩の背に回していた手に力を込めた。

 

 

 

 彼女に体を明け渡した魔族が、果たしてどの程度の人間を殺してきたかはわからない。

 だが、間違いなく、十や二十ではきかないだろう。

 

 勿論、今のリーニエ君には関係のないことだ。

 現在の彼女の意思とは全く関係のない場所で起こってしまった、事件とすら言えること。

 

 それなのに、彼女はそれを背負い込んでしまっている。

 あるいは「リーニエ」としての人生を歩む上で、それは必要不可欠なことなのかもしれない。

 けれど、とてもではないが、それは1人で背負うには重すぎる積み荷だ。

 

 罪を背負った状態で彼女を生み出してしまった我輩もまた、それは共に背負うべきもの。

 故に、我輩は彼女を甘やかす。でろでろに甘やかす。溶ける程に甘やかす。

 

 それがある種、我輩の性癖でもあるしね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……と、そんな風に、2人で甘い時間を過ごしていた時。

 

「!」

 

 ビクリと、リーニエ君が、震えた。

 

「どうした、リーニエ君」

「……ドラートの魔力が、消えた」

「ドラート?」

 

 一瞬かけて、それが彼女の基となった魔族の仲間、和睦の使者の名であったと思い出す。

 

 そう、確か領主と交渉する主役の名がリュグナーで、その連れがリーニエとドラート。

 しかし、ドラートの魔力が消えた、とは……?

 

「えぇと、それはどういう……」

 

 我輩が困惑と共に呟く間に、リーニエ君は素早い身のこなしでベッドから飛び起き、サイドテーブルに畳んであった2人の服を持って来る。

 

「おじさん、準備して。面倒になるかも」

「わかった、わかったから、準備する最中にどういうことか説明してもらっていいかな?」

「いい、けど……嫌いに、ならないでくれる?」

「何度でも言うが、魔族のリーニエと人間のリーニエ君は別の存在だよ。だから魔族が何をしていたとしても、我輩が君を嫌うことはない」

「……うん、ありがと」

 

 

 

 さて、それから服を着たり最低限の荷物を纏めながら、彼女から事の次第を聞いた。

 

 リュグナー、リーニエ、ドラート。

 この街との和睦交渉に訪れた3人の魔族は、80年程前に存在した魔王の直属の部下、七崩賢の一員である「断頭台のアウラ」の配下。

 

 そしてこの和睦交渉は、元より成功させる気のないものだった。

 リュグナーらの目的は、和睦交渉を進めるフリをして、この街を守るフランメ魔導士の防護結界を解除、あるいはその対象からアウラを外させること。

 そうすれば、強力な魔法を使用でき、多数の軍勢を従えるアウラは、いともたやすくこの街を滅ぼせるだろう……という算段だったらしい。

 

 ……危なかった! 本当に危なかった!

 これもしもリーニエ君に会えなかったり自分から行動起こさなかったら、多分我輩普通に死んでたね!

 

「……酷い話。人の善意に付け込んで……我ながら、本当に最悪」

「大丈夫。今の君はそれを否定している。少なくとも、それを否定できる君は最悪じゃない」

 

 

 

 改めて、先程リーニエ君が慌てた理由は、ドラートの魔力が感知できなくなったからだった。

 

 魔族は魔力第一主義。故に、基本的に魔力を隠さないらしい。

 つまるところ、それが感知できなくなったということは、ドラートが気配を消して何かをしようとしているか……。

 あるいは、死んだか。

 そのどちらかになる。

 

「ドラートは、死んだ。アイツは私……『前のリーニエ』より若くて、自分の実力に自信があって傲慢だった。わざわざ魔力を隠して潜入する、なんてことはしない」

「リュグナーが命令している可能性は?」

「……多分、ない。リュグナー様……いや、リュグナーは、好戦的。そんな面倒なことになるなら、実力行使してると思う」

 

 なるほど……ようやく、彼女が焦った理由がわかってきた。

 

「盤面が動いた、ということだね。

 誰かがドラートを殺した。そして、魔力探知? というモノで、リュグナーはその事実を感じ取ることができるわけだ」

「それに加えて、私もおじさんに催眠をかけてもらったタイミングで、魔力制限で気配を消してる。

 リュグナーの魔力探知はあんまり精度が高くないから、私のことは死んだと思ってるはず」

「それは、マズいね」

「うん、マズい」

 

 我輩は彼女と頷き合う。

 

 リュグナーから見れば、数時間前にリーニエが死に、そして今ドラートも死んだことになる。

 

 どんな原因で、誰が下手人かは、この際どうでもいい。

 街に潜入した魔族3人の内、2人が死んだ。

 

 この状況におかれれば、リュグナーが実力行使でこの街を落しに来ても、なんらおかしくはない。

 

 となれば……やはり、そのリュグナーを無力化すべきか。

 

 

 

「情報がほしい。君たちの戦力について聞いても?」

「魔族は基本的に、生涯で探求した1つの魔法で戦う。その魔法の質と精度が、そのまま戦力になる。

 私の魔法は、『模倣する魔法(エアファーゼン)』。相手の戦闘技術を模倣できる。80年前に見た、勇者パーティの戦士の技術も覚えてる」

「えぇ……それ、強すぎない?」

 

 すさまじい魔法を使う魔族に対抗して必死に体を鍛えたら、それをコピーされてお出しされる。

 更に聞くに、別にコピーの種類に際限はなく、彼女が覚えられる限りは何十でも何百でも技能のコピーストックが可能で、使う得物までも魔法で再現できるらしい。

 つまり、相手の得物との相性が悪ければ、他の戦士の技と武器にスイッチできるわけだ。

 

 なるほど、これが「人間とは比べ物にならない魔法」。殺意が高すぎる。

 炎を出すとか氷を作る程度じゃ戦いにすらならないのも道理だ。

 

 だが、その強さに感心する我輩に対して、リーニエ君は首を横に振る。

 

「強い……つもりだったけど、今思うと、模倣できるのは『技術』であって『戦闘力』じゃない。

 私は魔法と魔力の鍛錬ばかりしていたから、膂力や脚力が不足してる可能性がある。実際のあの戦士程の実力は出せないと思う」

「あぁ、そうか。体が付いて来ないのか」

「魔力を流せば動きの再現はできるけど、どうしても攻撃の威力が落ちる。……と思う」

「思う、っていうのは」

「猿真似でも、あの戦士の動きで……その、これまで、負けることはなかったから」

 

 ……なるほど。

 流石は勇者パーティの戦士、多少威力が落ちようが、現存人類では対抗できなかったか。

 

「であれば、戦力としては期待していいかな」

「うん。おじさんの剣にも盾にもなる。なりたい」

「我輩は平和主義だからね。できれば避けたいけど……その時には、よろしく頼むよ」

「うん」

 

 ぐっと拳を握るリーニエ君。可愛い。

 

 

 

「では、リュグナーの魔法は?」

「『血を操る魔法(バルテーリエ)』。体外に排出した血液を操作して、槍や鞭、盾みたいに使うことのできる、攻防一体の万能魔法」

「これまた強そうな……いや、体外に排出ということは、上限があるとか?」

「魔力を血液に置換できるし、一度体外に出しても戻せば問題ない」

「なるほど……」

 

 うん、強そうだ。多分。

 我輩、催眠種付けおじさんなので、当然ながらバトルスキルなんて持ってはいない。

 故に、それがどれだけ強力なのかは判別が付かないのだが……。

 

「仮に、リュグナーとリーニエ君が1対1で戦ったらどうなる?」

「真っ当にやれば、私が負ける。姑息に勝ちを狙えば、相討ちにはできるかも」

「むぅ」

「えっと……リュグナーの方が、魔力の量も操作も上。近づこうとしても、血を壁にされると破るより早く展開され続けちゃうから、その、近接系では相性が……」

「あぁ、大丈夫、責めてるわけではないよ」

 

 なるほど。

 とすると、リュグナーとの戦いを、彼女に任せることはできない。

 当然、我輩が出ればオラッ催眠! で勝てるのだが……。

 

 それでは、一手足りない可能性があるのが問題となる。

 

 

 

「では最後に……今街の外で控えているという、断頭台のアウラは?」

「……『服従させる魔法(アゼリューゼ)』。相手と自分の魂を天秤に乗せ、魔力の多い方が少ない方を無条件で服従させ、操り人形にする。

 アウラ、は、500年魔力を増やす鍛錬をしてるから、誰も魔力量では勝てない。勿論、私やリュグナーも」

「我輩はどうかな」

「おじさんは……おじさんからは、魔力を全然感じないから……」

「まぁ、そうだよね。じゃあリーチはわかる?」

「多分、制限がない。認識できていればそれで」

「うわぁ」

 

 なんだそれ、無敵かな?

 というか、害獣の分際でマインドコントロール(わがはいのとくいわざ)とか卑怯では? 他種族との消極的共存も目指せない畜生未満ならば、せめて正々堂々と戦ってほしいものだ。

 

 ……いや、問題はそこではないな。

 

「それは、思考回路を書き換えるものかい? それとも思考をそのままに行動を制限するもの?」

「後者、かな。昔、強い意志を持つ人間が、一時的に支配の中でもアウラに反抗してた。

 だからアウラは、その後は服従させた者の首を切り落として、思考もできない傀儡にしてた」

「なるほど。つまり我輩の催眠術との相性は最悪、か」

 

 例えば、リーニエ君にアウラの足止めに行ってもらったとする。

 しかし、魔力で勝てない以上、リーニエ君はアウラの魔法で傀儡と化すだろう。

 これが思考の書き換えであれば、我輩の催眠と競合し、あるいは防ぎ弾くこともできたかもしれないが……思考回路はそのままに行動を操るものでは、難しい。

 対処できないわけではないが、確実に問題ないとは言えないだろう。

 

 かと言って、我輩が単騎で赴いたとすれば、今度はアウラを守る軍勢が問題となる。

 我輩がアウラに催眠をかけるのが早いか、軍勢に攻撃され死ぬのが早いか。

 もしも我輩がアウラを認識できない、広域催眠すら届かない遠さで守備を展開していれば、それで死亡確定。

 思考すらなくなった傀儡には当然催眠が効かないので、我輩には抵抗の手段がない。

 我輩が最強なのは、あくまで自分のフィールドで戦える時だけなのだ。いやまぁ皆そんなものだと思うのだが。

 

 勿論、我輩とリーニエ君2人で行くのは最悪だ。

 リーニエ君は望まぬ形で傀儡と化し、我輩を殺そうとするだろう。

 その際は意識障害系か認識災害系の催眠で切り抜けられるだろうが……恐らく、リーニエ君の心が持たない。

 幼気な少女の心を傷つけるのは最悪だ。決して選びうる選択ではない。

 

 

 

「困ったな」

 

 整理しよう。

 

 現状、この街の脅威は、大きくわけて2つ。

 領主邸宅にいるだろう和睦(笑)を持ちかける魔族、『血を操る魔法(バルテーリエ)』のリュグナー。

 街の外で結界の解除を全裸待機している七崩賢、『服従させる魔法(アゼリューゼ)』のアウラ。

 

 この内前者は、我輩とリーニエ君2人がかりで赴けば、どうとでもなるはずだ。

 リーニエ君は魔力の探知に長けているようだし、魔族の気配は掴める。

 後は我輩がリュグナーを認識さえすれば、ちょちょいのちょいっと害獣駆除からの善良な人間一丁上がりという寸法だ。

 

 だが、問題は後者。

 同じく我輩の認識範囲にさえ入ればエッチコンロ点火準備ヨシ! なのだが、そこに踏み込む方法がない。

 ここに関しては、リーニエ君が来れば逆にマズい事態になる。だが我輩単体で赴いても、ほぼ間違いなく殺されて終わってしまうだろう。

 

 そして、我輩たちはこの2つの問題を、同時に片付けねばならない。

 何故なら、リュグナーは死ねば、それを悟ったアウラが結界の解除を諦め、力尽くで街を攻めて来かねないから。催眠の効かない相手が何百何千と街に攻めてくるなど、最悪の展開と言えよう。

 逆にアウラの侵攻に備えリュグナーを放置すれば、今度はいつ後ろから血の槍が飛んでくるかわからない。流石に内患を取り除く方が優先だろうな。

 

 リュグナーは無力化する、即座にアウラもわからせる。

 両方やらなくてはならないというのが、催眠種付けおじさんの辛いところだな……。

 

 

 

 街の安寧……はさておき、街に住む我輩の女と、新たに我輩の女になったリーニエ君の安全は、何よりも優先して守らねばならない。

 

 だが、どうにも手数が足りない。

 各種催眠ハッピーセットの使える我輩、武芸百般の『模倣する魔法(エアファーゼン)』が使えるリーニエ君。

 アウラという悪い魔族(メスガキ)をわからせるために……あと一手、足りない。 

 

「どうしたものかなぁ」

「……ごめん。私がもっと強ければ」

「いやいや、リーニエ君は人間基準だとバチクソ強いからね? 恥じる必要はないよ?」

 

 

 

 

 

 

 ……当然と言えば当然だが、我輩は催眠種付けおじさん。未来予知おじさんではない。

 

 故に、わからなかった。

 

 我輩たちが考えていた策を上から下までひっくり返せる死神が、我輩たちの元に迫っていることなど。

 その時の我輩たちは、知りようもなかったのだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 2人してこれから先の相談をしていた時。

 

 リーニエ君が、ふと何かに気付いたように目を見開く。

 

「この魔力……あの時の」

「あの時?」

 

 我輩が首を傾げ、それを尋ねようとした時。

 

 確かに施錠していたはずの、この家の入り口の方から、声が聞こえた。

 

 

 

「珍しく魔力を制限してるから念のために見に来たら、人質を探してたの?

 やっぱりいつの時代も、魔族は変わらないね」

 

 

 

 振り向いた先にいたのは、美しい白銀の長髪をツインテールにした、少女。

 

 ……いや、少女か? 本当に?

 

 両手で構えた杖をこちらに向けている彼女の瞳には、殆ど感情がない。

 何か痛烈な経験をしてそこまでに培った経験を洗い流されたような、あるいは長い長い時を過ごす内に全てが摩耗してなくなっていったような、すさまじく希薄な色。

 

 しかし、よくよく見れば、そこには1つの感情が見える。

 

 憎悪。

 

 底知れない、殺意。

 

 これを、こんな感情を、年若い少女が抱けるものか?

 

 いや……ああ、あまりにも独特な瞳の感情に気を取られて、目が向かなかった。

 彼女の耳は長く、尖っている。

 ファンタジー種族筆頭、長寿種族のエルフ。

 なるほど、見た目よりもその精神はずっと高等というわけだ。

 

 

 

 しかし……さて。

 この状況、どうしようか。

 

 言動と、そこから察することのできる感情から推察するに、この一般通過不法侵入女性、魔族に対する並々ならぬ敵意を抱いている。

 リーニエ君の異変に気付き、様子を見に来た。そしておかしなことをしているようなら、殺すつもりだったのだろう。

 ……その積極的な姿勢からして、ドラートを殺したのは彼女か、彼女の仲間なのだろうな。

 

 そして今、彼女は油断なく杖をこちらに向けている。

 即座に撃たないのは、魔族と言葉を交わすスタンスなのか、我輩のことを人質だと思っているのか。

 

 まぁ何にしろ、彼女は会話の後に開戦し、リーニエ君を殺すつもりだ。

 

 

 

 あぁ、震えている。

 リーニエ君は、咄嗟に手から魔法の玉のようなものを生み出しているが、その手は小さく震えていた。

 

 今の彼女の精神構造は、魔族のものではない。善良で一般的な、普通の少女のものだ。

 だからこそ、戦いに……「相手の命を取るか、こちらの命を取られるか」という状態そのものに恐怖を覚えているのだろう。

 

 ……いや、違うか。

 彼女はずっと自分を責めていた。多くの人類を殺してきた自分を。

 リーニエ君が恐れているのは、また無為に命を奪ってしまうかもしれない自分自身、か。

 

 

 

 その恐怖に身を侵されてもなお、リーニエ君は、相手がその気なら応戦しようとしている。

 一歩前に踏み出し……我輩を守るようにして。

 

 このように可憐で健気な少女を、傷つけさせるものか。

 

 

 

「待ってほしい、エルフの君! この子は違うんだ、魔族じゃない!」

「魔族だよ。角があって、人類には使えない魔法を使い、人質を取る。魔族だ」

「いや、違うんだ! この子はもう人間で……」

「なるほど、『そういう人質』か。魔力制限といい、変わり者の魔族なんだね、お前」

 

 駄目だ、言葉が通らない。

 過去に何があったのかは知らないが、彼女の魔族の定義は強く強く固定されている。これから何があろうと、決して覆らない程に。

 

 であれば……どうする。

 どうすれば、この局面を切り抜けられる?

 

 言葉が届かなければ、使える手段は2つ。

 行動か、催眠だ。

 

 しかし今回に関しては、我輩の代名詞である催眠は使えない(・・・・)

 

 であれば、行動を以て彼女が人間であると信じてもらう他ない。

 しかし今、エルフの彼女から見れば、角があり、魔法を使い、そして我輩のことを人質にしようとしている、とリーニエ君が魔族である状況証拠がわんさかある。

 果たしてどのような行動を取れば、その不信感を拭い切り、彼女を説得、あるいは無力化できるか……?

 

 

 

 そう、必死に思いを巡らせていた我輩は、思い至らなかった。

 

 この局面の打開策を考えているのが、我輩だけではないことに。

 強い強い罪悪感を抱き、自らの命すら軽視してしまう少女がいることに。

 

 リーニエ君が、我輩のことを、本当に想っていてくれたことに。

 

 

 

 ぐん、と。

 視界が揺れた。

 

 次の瞬間には、我輩はリーニエ君の腕の中。

 そして、我輩の首のすぐ横には……。

 

「……わぁ」

 

 リーニエ君の握る、大きな斧の刃がこんにちはしていた。

 

 

 







(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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