フリーレン複製体、そして
私の構築した『
私はそれを確認してすぐさま、即座に
ひとまずそのまま、何もさせないよう命令して、放置する。
……本当は、
今の私に、そんな余裕はない。
だって、私の無二の仲間が、今、攻撃に晒されたんだもの。
「リーニエ!」
かつて私が配下としていた、元魔族。
そして私とほぼ同時期に、おじさまのおかげで人となった少女。
今は手のかかる妹のように、しかし時には頼れる姉のように思っていた、あの子。
リーニエの体が、ぼとりと、壁から床に落ちる。
複製体の放った黒い閃光によって……。
その胸から上は……消えていた。
魔法によって部位の欠損を再生できる魔族にとって、多少の怪我は重傷にならない。
それこそ腕の1本や2本は、ものの5分で治ってしまうんだもの。
故にこそ、魔族の魔法使いや戦士に傷を恐れる者は少なく、多少の負傷は負傷とすら思わない。思えない。
……けれど、ただ2つ。
全身に血と魔力を巡らす核となる、心臓。
体に命令を送り込む、脳。
この2つの欠損だけは、取り返しが付かない。
そして、今。
リーニエの体は、その両方を、喪っていた。
「リーニエ」
あぁ……。
思考が、回らない。目が霞む。足がふらつく。
脳がぐつぐつと煮え滾るような、同時にどこまでも凍て付き凍るような、おかしな感触。
どうして?
どうして、こんなことになったんだろう?
何故彼女は、死なねばならなかったんだろう?
目的達成のために必要だった?
死者を減らすためには仕方なかった?
彼女自身の望みだった?
ふざけるな。
ふざけるな!
私は、彼女を死なせるためにここまで来たわけじゃない!
彼女と共に、私たちの罪を贖うために、ここまで来たのに……!
「リーニエ……!」
……わかってる。
本当は、わかってるのよ。
悪いのは私だって。
そもそも私が、マハト討伐を目指さなければ。
そもそも私が、彼女を巻き込んだりしなければ。
そうすれば、きっと今も、リーニエは笑っていた。
おじさまの傍で、おじさまに向ける、あの屈託のない笑みを浮かべていたはず。
それを壊したのは、私。
私の個人的な贖罪に彼女を付き合わせたから。
私が……。
私が、リーニエを、殺したようなもの。
それなのに、「どうして」と、その言葉が脳から消えてくれない。
どうしてこんなことになったのか、って。
わかりきった疑問が、溢れて、溢れて、止まらない。
これが、悲しみなんだろうか。
人が、共に生きる者を、愛する者を……家族を失った際の、悲しみ?
だとすれば、世界は、人の心は、どれだけ残酷なんだろう。
魔族だった頃は、同族が死んでも、何も思わなかった。
ただ自分の使える手札が1枚減ったような、そんな感覚。
悲しいと言うよりは残念に近しく、残念と言うにはあまりに他人事だった。
そんな私が、人となって愛を知り、おじさまやリーニエと細くも温かい繋がりを持って……。
……その繋がりがプッツリと切れてしまえば。
こんなにも、心を潰されるような、掻き毟られるような感覚に陥るなんて。
得たからこその、喪失の苦しみ。
温かさを知ったからこそ知る、虚無の冷たさ。
こんなことなら……。
こんなことなら、愛なんて知りたくなかった、って。
そうは、思えないし、思ってはならない。
それは、おじさまからもらった人生の否定で、私とリーニエの新たな人生の否定だから。
でも、そう思いかけてしまう程に。
胸が裂けるように、痛くて、痛くて、痛くて。
私は、胸から下のみを残したリーニエの体を抱き締めて、呻く。
「リーニエ……リーニエ、リーニエ、リーニエ……っ!」
ただ、彼女の名を呼んだ。
言うべきだと判断して言った言葉ではなく、誰かに何かを伝えるべく吐いた台詞でもない。
ただ私の喉からは、壊れたように、もう二度とは会えない彼女の名前が溢れ出て……。
「何? そんなに人の名前呼んで」
背後からかけられた声に、きゅっと元栓を捻られたかのように、止められた。
「……え?」
振り向いた先にいたのは……。
淡い桜色の髪をツインテールに結び、呆れたような目でこちらを見ながら歩み寄って来る……。
リーニエ。
ついさっき死んだはずの、彼女だった。
「あ、え……? リーニ、エ……?」
「は? え、ホントに気付いてなかったの? アウラ、大丈夫?」
彼女は怪訝そうな目でこちらを見てくる。
その瞳は、深い群青色。
頭には既に角はなく、耳にはおじさまからもらった耳飾り。
リーニエ。
リーニエ……よね?
彼女は確かに、私の知るリーニエの姿を取って、声を出し、雰囲気を纏っていた。
真正面から向き合ったのは、たったの半年だけれど、それでも断言できる。
彼女は、間違いなく、リーニエだ。
複製体でも、偽物でもない。
何が……どうなって?
だって、そう、私が抱き締めてるのは……。
……複製、体?
いつの間にか、私が抱えていたはずの負傷したリーニエの体は、その形を崩し始めていた。
魔力が漏出して、霞のように消えるこの現象、覚えがある。
つまり、これは……魔法によって作った、複製体?
いえ、けれど、彼女の複製体がここにいるわけがない。
だって、これには確かに色があるし……何より私、最奥に入る前に彼女と言葉を交わしたもの。
だから、このリーニエの体は、少なくとも
それなら、これは一体……?
唖然として自分を見つめてくる私に、リーニエは軽く指を振るう。
それに合わせて、私の腕の中にあったリーニエの体は、完全に魔力を散らして……消えた。
「これ、ラント二級魔法使いの魔法だよ。実体を伴う分身を作り、操る魔法……ある意味じゃ
許可も取らず申し訳ないけど、かなり便利そうな魔法だし、見て盗ませてもらったんだ。
……とは言っても、まだまだ模倣の精度が甘くて、分身は1つまでしか出せないし、近くにいないとコントロールもできないんだけどね」
事も無げに、リーニエは語る。
「ほら、花弁の壁に隠れた時にさ、フリーレンの魔力探知が一瞬途切れたよね。
その時に分身を作って飛び出させて戦わせて、こっちの本体は壁に隠れてたんだよ。
私が本気のフリーレンとやり合うのは流石に分が悪すぎるし、いざと言う時の布石を打っておくか思って……まあ結局、アウラが力技で終わらせたから使わなかったけ、どっ!?」
リーニエが言えたのは、そこまでだった。
彼女に抱き着いた私に驚いて、口を止めたから。
「リーニエ……良かった。本当に良かった。もう、会えないかと思った」
「……心配させてごめんね、アウラ」
自然と、涙が流れた。
冷たいものじゃなく温かいもの。悲しいものじゃなく嬉しいもの。
ぽん、ぽん、と。
温かい、確かに命の宿る手が、そんな私の後ろ頭を軽く撫でた。
* * *
「でもこんなこと言っちゃなんだけど、アウラが私の戦法察しないのが悪くない? 私の魔法の特性知ってたでしょ」
「最奥突入前の作戦会議で相談すれば良かったじゃない! なんで言ってくれなかったの!?」
「いや、相手はあのフリーレンの複製体だよ? アウラが完全に絶望した表情してくれないと『あれ? なんか違和感あるしこれ罠か?』って気付くかもしれないじゃん。敵を騙すにはって奴」
「そっ、それは……いやでも! そもそもリーニエ、いつラントの魔法なんか見たのよ!? 第一次試験では関わりなかったって言ってたし、今回も別パーティだったじゃない!」
「……え? アウラ、気付いてないの? ラント二級魔法使い、初めて会った時からずっと分身体だよ」
「は!? え、嘘、普通に気付かなかったのだけれど……」
「アウラ、歳の割には魔力探知下手だし、思い込み激しいし、真面目な顔して結構ポンコツだよね。もしあの日おじさまがいなかったら、なんかすっごい典型的なミスしてフリーレンに瞬殺されてそう」
「……いまいち否定しにくい仮定はやめてくれる? いやそうじゃなくて! 私がどれだけ心配したと思ってるの!?」
「そこに関しては本当にごめんなんだけど……でもこうでもしないとフリーレン複製体の隙は突けなかったと思うし」
「それはそうだけど! そうだけど!! もうっ、本当に驚いたんだから!!」
わやわやと言い合いながら、私たちは最奥の間で、自身の体を治すことにした。
リーニエは作戦転換前に複製体の攻撃でいくつか傷を負っていたし、私の方は複製体の切り札で全身ボロボロで血まみれの状態。
まぁ中身は見た目程ダメージを受けてはいないのだけれど、それにしても折れてしまった骨もあるし、早く治さないといけない。
変な癖が付いて、おじさまに気を遣わせたら申し訳ないしね。
その点、魔族の体と魔法は便利ね。これくらいの傷なら、5分もあれば治せるし。
やっぱり人類の生存率を考えると、人間社会にこれを広めるべきかしら。
ただ、これを使えるのが魔族特有の脳構造によるものなのか、それとも単純に人類の魔法技術がそこまで辿り着いていないのかわからないのよね……。
少なくとも、もう少し私が現代魔法を学ばなければ立ち行かないかしら。
そうして、私たちが向き合ってぎゃいぎゃい言いながら体を治している内に、最奥に1人の受験生が戻って来た。
それは、私たちのよく知る相手。
「フリーレン」
私の複製体の相手をしてくれたはずの、フリーレンだ。
彼女の姿は、つい先程別れた時とは大きく異なっていた。
髪を纏めていた紐は解け、長い髪は垂れ下がり。
好んで着ているらしい純白の服は、所々千切れ、埃と血に汚れている。
感じる魔力量や体力的な余裕も、だいぶ削がれてしまったように見えた。
「……その様子だと、私の複製体が迷惑をかけてしまったみたいね」
「お互い様でしょ。そっちもズタボロじゃん」
「まぁ……ええ、正直あなたの言っていた『切り札』を切られた時は、死を覚悟したけれど」
「え、あれ受けて生きてるの? どうやって?」
「逃げ切り勝ちよ。リーニエが圧倒的MVPだったわね」
「照れる」
「すごい無表情だけど」
ともあれ、フリーレンもそこまで重傷を負うことなく時間を稼げたようで何より……。
……と、目を背けたいところなのだけれど。
彼女の体表からは僅かに私の複製体の魔力の残滓が感じられた。
その負傷具合も、想定よりもはるかに大きい。
その目にも疲れが滲んでいたし、想定外の事態が発生したことは明らかだった。
「……フリーレン、もしかして、私の複製体と真っ向から戦ったの? 逃げながら時間稼ぎする予定だったんじゃ」
「アウラの複製体、私が少しでも逃げの姿勢を見せたら、すぐ他の受験生を狙おうとしたからね。仕方なかったんだよ」
ため息交じりにそう言うフリーレンに、私は一瞬、唖然としてしまった。
何故かと言えば……。
最奥に潜る直前まで、そんな発想は全く浮かばなかったというのに、フリーレンの話を聞いてすぐ複製体の意図を理解できてしまったから。
フリーレンは、愛を知る人類だ。
同族がむざむざ死ぬところを無視して作戦を続けるなんて、できない。
だから、少しでも逃げ腰になれば他を狙うフリをすれば……彼女はどうしたって、真正面からの戦闘を強いられてしまう。
……なんて、唾棄すべき邪悪。
けれど、考えてみればすぐにわかる、思いつくべきだった単純な策だ。
「ごめんなさい、フリーレン。自分自身のことなのに、読み誤ってしまった」
「いいよ、わざとじゃないみたいだし、よくあることだ」
事もなげに言うフリーレンだけれど、その気だるげな様子や全身の傷は彼女の苦戦を克明に表している。
……どうしよう。本当に、彼女に合わせる顔がない。
そう、思ったのだけれど……。
「それに、なかなか面白かったしね」
「面白い? 何が?」
「『物を動かす魔法』。いくら迷宮と一体化してる状態とはいえ、あそこまで汎用性と火力を同時に出せるのは興味深い。
やっぱり魔力の消費量さえなんとかできれば、より単純で対象を絞らない魔法が厄介になるね。シンプルこそが最大の脅威って意味では、
……フリーレンは、どこか楽しそうに今回の戦闘を振り返っていた。
「ええと……戦うのが楽しかった、ということかしら」
「戦うのは楽しくなんてないよ。特に私は強い敵との戦いは嫌いだし、魔族との殺し合いなんて作業みたいなものだし。
ただ、それはそれとして、魔法の探求は楽しいからね。人間らしい戦い方をしてくるアウラの複製体との戦いは、学びがあった。面白いものも見れたし」
「面白いもの?」
私がおうむ返しに訊くと、フリーレンはむふーと満足そうに言う。
「
そういう意味じゃ、なかなかない体験ができた」
「えぇと……良かった、のかしら?」
「うん。二度とはやりたくないけどね」
二度とはやりたくないし、楽しくはなかったし、むしろ嫌い。
けど、面白くて珍しい体験はできたから、悪くなかった、と。
……まぁ、彼女が楽しめたというのなら、良いのだけれど。
正直に言って、なかなか理解しがたい感覚ね。
「アウラは? 私との戦いはどうだったの?」
「ヒヤヒヤしたわよ。何度も死ぬかと思ったし……リーニエが殺されてしまったかと思ったわ」
私の読みの鈍さもあり、リーニエの詰めの甘さもあり、私たちは窮地へと追いやられてしまった。
リーニエがラント二級魔法使いの分身魔法を使っていなければ、あるいは私の
私たちは、まず間違いなく負け、殺されていたでしょう。
そう考えると、今もなお、震える程恐ろしい。
そして同時、そうやって恐ろしいと感じられるということは、今も私は生きているということで……。
であれば、今すべきは反省し次につなげること。
「今回は反省すべきところがたくさんあった。それを次回に繋げないと、とは思うわ。
でも……やっぱり私、戦いは好きになれないわね。可能なら戦いじゃなく、別の形で魔法の研鑽を積めればと思う」
戦いになれば、互いに死のリスクが生まれる。
どちらかが生きて、どちらかが死ぬ。
この乱世の時代、それは仕方のないことなのかもしれないけれど……。
……それでも、避けられる分は避けたいと思うのは、おかしなことではないはず。
こういう思考を、臆病、と言うのかしら。
だとすれば、私は魔族アウラであった時代から、生まれついて臆病だったのでしょう。
戦いを避け、戦略性を排除し、一方的に勝利する魔法……それが私の魔法、
この魔法を習熟しようと決めた時点で、私の中には確かに戦いへの恐れがあったのだと思う。
そしてそれは、人間となった今も変わることはない。
可能ならば、もうこんな強敵との戦いなんてしたくはない、というのが本音。
「……でも、みんなのこと、助けたんだよね」
フリーレンの言葉に、「それはそうでしょう」と返す。
「私はもう、戦いたくないわ。格上だろうと格下だろうとね。
でも、『したい、したくない』の上に、『しなければならない』がある。
私はこの
……いいえ、助けたいと、そう思ったのかもしれない」
結局のところ、私の心の核心はそこなのだと思う。
どれだけやりたくなくとも、面倒でも、辛くても。
それでも、私は人を助けたいと思うし、そんな自分から目を背けられない。
それが今の、人間としての、魔法使いアウラの行動指針。
「……そう」
フリーレンは静かに、納得したように返してくる。
その表情は、穏やかで落ち着いたもので……。
「よしよし」
「あ、あの、なんで頭を撫でるの?」
「頑張った人は褒めるものだからね。私が褒めてあげよう」
微妙に子ども扱いされているような気もするけど……。
それでも、錯覚でなければ、また少しだけ。
フリーレンに、信頼してもらえた……ような気がした。
リーニエ君死亡確定(詐欺)シーンは本当は前回の終わりにやって、今回はリーニエ君復活ッ!! から始まる予定だったんですけど、本作としてはちょっと心理的負担が強すぎるかなと思ってやめました。
これにて第二次試験はおわり! 長かった(本音)
おじさんがいないとどうしてもシリアス過剰になりますね。早く帰って来てくれ……!