「……ほう」
私が紫の耳飾りを外すと……。
ゼーリエは静かに呟き、目を細めた。
「魔族……断頭台のアウラか、お前」
「違うわ。元、断頭台のアウラ。今はただの魔法使いアウラよ」
ゼーリエの凍えるような視線は、正直とても怖かったけれど……。
それでも、否定はする。
断頭台のアウラは、もういない。
あのグラナト伯爵領近郊で、死んだ。
私は生まれ変わった、魔法使いのアウラ。おじさまに新たな命と人生をもらった少女。
それ以上でも以下でもないから。
そして、せっかくだもの。
この際、ゼーリエには私が人類を害する存在ではないことをしっかりわかってもらわないと。
「今はもう、人類に敵対しようなんて思ってない。逆に、可能な限り人類の助けになれればと思ってる。
疑わしいなら、私の記憶を見てもらっても構わないわ。抵抗しないから」
リーニエが第一次試験でエーデル二級魔法使いから信頼を得られたのは、彼女がその記憶を覗き、おじさまのオラッを追体験しかけたから、らしい。
であれば、ゼーリエにもそれを覗いてもらえば、信頼も得られるかと思ったのだけれど……。
「いいや、しない。お前の精神性が既に魔族のものでないことはわかり切っている」
残念ながらというか、幸運なことにというか、ゼーリエは首を振った。
「そ、そうかしら……? 信じてもらえるのは嬉しいけれど」
「お前を信じているわけではない。ただ、魔族は自分の角を落としたりしない」
角……?
ああ、そういえば私、おじさまに折ってもらうまで、頭に角が生えてたのよね。
生え際を綺麗に削り取って以来、特に再生することも気にかけることもなく半年くらい経ってしまって、私はもはやその存在自体を忘れつつあった。
そんな私の表情を見てか、ゼーリエは不敵に笑みを浮かべた。
「……くく。角の存在自体を忘れる魔族か。そんなものはあの子が魔族という分類を作って以来一度も観測されていない。
確かにお前は、見た目と能力はどうあれ、その心は人のものなのだろう」
その言葉から感じられる彼女の頭の回りの速さ、思考の柔軟さに、舌を巻く。
魔族が、その心を人間のものに改める。
リーニエの追体験をしたエーデル二級魔法使いは例外として、これはそう簡単には信じがたいことであるはずだった。
実際、長く生きているフリーレンでさえ、私が「そう」であることを理解し呑み込むのに、相当時間がかかったみたいだもの。
魔族と戦闘を繰り返す魔法使いたちは、そして特に魔族との戦争の時代を経験した魔法使いは、魔族との共存などとても考えられないはず。
それなのに、ゼーリエは僅かな時間でそれを呑み込んだ。
殆ど在り得ないはずのそれを、けれど確かに今現実にあるものとして……。
流石、と言うべきなんでしょうね。
魔法研究家としても飛び抜けているゼーリエの理解の早さや合理性は、他の人間より何段階も先を行っているらしい。
……けれど、それはこちらにとっては好都合。
「それならっ……!」
それなら、一級魔法使いの資格が欲しい。
北部高原に赴き、マハトを討ち取るために。
そう言いかけた私の言葉を……しかし、ゼーリエの言葉が無情に遮った
「不合格だ」
「え……?」
……正直に言えば。
私には、元魔族であるという不安要素を除けば、まず試験に落ちないだろうという、慢心があった。
この前参加した第二次試験でも、そこにいた魔法使いの中では、私が2番目に強かったと思う。試験官である一級魔法使いも含めて、だ。
変に慢心するつもりはないけれど、同時に自分が持つ能力を過剰に卑下するつもりもない。
500年を魔法研究に費やした魔法使いアウラの力は、短い寿命しか持たない人間のそれに対し、多少なりとも大きかったはずだ。
だから、実力主義のこの試験において……。
元魔族という身分バレ以外の要因で、私が落とされることはそうそうないだろう、と。
そう、高を括ってしまっていた。
だからこそ、ゼーリエの言葉に対して、私は上手く思考を動かせない。
「それは……不合格の理由は、私が、元魔族だから?」
思考そのまま口に出したような私の疑問に対し、ゼーリエは……。
「いいや。それが動物であろうが虫であろうが元魔族であろうが、魔族と戦う強き魔法使いであれば、私は受け入れる」
彼女は、私から興味を失ったように視線を花畑に戻しながら、言う。
「だが……この部屋に入って来た時、お前は私を目にして、何を考えた?」
「何を? ええと……」
特に、何かを言い繕おうとは思わなかった。
まるで
「これからどうしよう、逃げられない、救援も呼べない、戦ったら死ぬ。だからせめて2人を守るために話し合いをしないと……って」
「あぁ、そうだろうな。実に理論的で善性の強い、人間的な考え方だ。お前は確かに人間になっている」
ゼーリエはそう言いながら、ゆったりと花畑の中の一輪、紫色の花に手を伸ばし……。
「だが……そう、
きゅっと拳を握り、その花を、摘み取った。
「今のお前は、並みの人間よりも人間らしい。
だからこそお前は、一級魔法使いになり多くの戦場に出ることになれば、容易く死ぬだろう。
魔族は人間を騙し、殺すことに特化しているからな。そのやり方はお前のような『人間らしい』者には良く効く。
……お前は、自らが獲得した尊い善性によって死ぬんだ」
ゼーリエがその手を開くと、乱雑に摘み取られ握りつぶされた花弁が、ハラハラと地に落ちていく。
その様は、綺麗ではあるけれど……散らされた花弁は、もはや二度と花に戻ることはない。
「魔法使いアウラ。お前は強くなっただろう。人としての戦い方を知り、かつてよりも抜け目なく戦えるようになっただろう。
だが同時に、対魔族に関しては、この上なく弱くなった。付け込まれる大きすぎる隙を作ってしまった。
そして、私は弱い魔法使いに興味はない。故に不合格。以上だ」
……私は。
私は、彼女の言葉に、反論しようとして……。
…………結局、何も言えなかった。
* * *
落ち込んで面会部屋から出て来たアウラによると……。
どうやらアウラは、試験に合格できなかったらしい。
正直、信じられなかった。
だって、アウラは私とは違って、特別な人間だ。
500年を生き抜いた力と幸運、それによって高められた魔法技術と魔力総量を持っていて、それでもなお魔法の研究を怠らず、今は現代魔法戦にもある程度適応してる。
他者の模倣でしかないとはいえ、魔法使いとしては近接戦闘に特化してる私が近距離スタートで模擬戦しても、100回やって100回負ける。
それが、魔法使いアウラだ。アウラの、圧倒的な強さだ。
そんなアウラが、戦いや実力を重視する試験で……不合格になった。
もしかして、ゼーリエは誰も合格させる気がないんだろうか。
アウラが合格できないのなら、まず私が合格できるわけがない。
……どうしよう。
北部高原に入るためには、一級魔法使いの資格が必要だ。
それなのに、今回はどうやらそれを得られそうにない。
確か、一級魔法使い選抜試験は、3年に1回。
私やアウラからすれば十分待てる時間ではあるけど、おじさまの時間は無駄にはできない。
次の試験を待つような悠長は、できない。
こうなったら、お金で解決するしかないかな。
一級魔法使いを雇うのってどれくらいかかるんだろう。
おじさまはいつも頑張ってくれてるし、私とアウラで何か仕事して稼がなきゃ。
一応5級魔法使いの資格はあるし、討伐依頼とか受けられないかな。
あ、というかこの試験、フリーレンなら受かるかも。
だったら彼女たちに同行させてもらう?
いくらくらいかかるんだろう。タダだったら嬉しいけど……。
それに、フリーレンパーティのあの戦士、シュタルクの戦技は気になる。
あの夜に見た、大きな月の如き閃光。
恐らくは、私のようにただ盗み見て模倣した偽物ではない、正当に継承した本物の戦技。
改めてそれを見て、模倣精度を上げたい……というのは、高望みかな。
そんなことを様々に思いながら、私もゼーリエの待つ面接部屋に入った。
そこは、綺麗な一室だった。
綺麗に整えられた花畑の中に、金髪を垂らしながらしゃがみ込むエルフ、ゼーリエの姿があった。
まるで箱庭のような、内に閉じて完成した、美しい小世界。
私はその中で、彼女に歩み寄りながら……。
「…………」
直前までの思考など、全て吹き飛び。
ただ、感嘆し、瞠目していた。
だって……あまりにも、綺麗だったから。
「……はぁ、またか。今年は本当にどうなってる」
ゼーリエは立ち上がって、私の方を見てくる。
けれど、私たちの視線は交わらない。
だって、私の目は……。
「お前、何を見ている?」
私の目は、ゼーリエの体を巡る、そして漏れ出る魔力に、惹き付けられていたから。
「綺麗な、魔力制御」
私の呟きは、ゼーリエの声に答えたものじゃなかった。
ただ、目の前のあまりに流麗な魔力の動きに見惚れて、思わず独り言のように呟いてしまっただけ。
けれどそれが、何よりの回答になったのかもしれない。
ゼーリエの目の色が、変わった……気がした。
「……私の魔力の揺らぎが見えるのか?」
「見えない。あなたの魔力制御は完璧。少なくとも私の目じゃ、欠片も」
「では何故魔力を制御していると思う」
そんなの、簡単だ。
「だってあなたの魔力の流れ、
生物の体から漏れ出る魔力は一定って言われがちだけど、実際には誰でも、その時の感情とか興奮とかで、僅かに魔力の流れに揺らぎが出る。不安定に不規則に、全く綺麗じゃない揺らぎが。
それなのにあなたの魔力は、すごく綺麗に、僅かの乱れもなく乱れている。まるで、そうやって故意にコントロールしてるみたいに」
一言で言えば、整い過ぎて、逆に不自然なんだ。
ゼーリエの魔力の流れ、漏出には、一切の無駄がない。
完璧に、完全に、一欠片に至るまで、その魔力が制御されている。
こんなにも綺麗な魔力の流れを見たのは、初めてだった。
アウラの魔法も、いつか見た黄金郷のマハトの魔法も、フリーレンの化け物じみた魔力制御でさえ、目の前のこれには届かない。
静かで、満ち足りて、完全で……あまりにも綺麗で。
だからこそ、私はじっと、ゼーリエのその魔力の動きを見た。
それを模倣して、戦いに活かせるように。
もっともっと、自分の戦いの技を培うために。
既に私の脳内には、これが試験である事実なんてなくなって、ただ目の前の美しい御業に夢中になってしまっていて……。
だから。
「合格」
ゼーリエが言った言葉も、その歪んだ笑みが意味するところも、理解するまでにだいぶ時間がかかってしまった。
次回、一旦の最終回。
投稿は多分土曜日。