最強催眠種付けおじさんvs女魔族   作:アリマリア

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 前回のあらすじ:強襲のフリーレン

 たくさんの読者様にお読みいただけて嬉しいです。
 やっぱりみんな魔族の尊厳破壊イチャラブ純愛モノ好きなんですね~。





『模倣する』少女vs魔族殺し

 

 

 

「っ、杖を下ろせ。人質、わかるでしょ」

 

 マズい、と思った。

 

 我輩は今、魔族の体と人間の心を持つリーニエ君──この言い方をすると、なんとも主人公らしい属性を持っているな──の腕に拘束され、首の横には斧の刃が突きつけられている。

 そして、そんなリーニエ君に対しては、白銀ツインテのエルフ君が杖を向けている……というのが現在の状況だ。

 

 外から見れば、この光景が思わせるところは1つ。

 邪悪な魔族が我輩を人質に取り、エルフ君はそんな魔族を狙っている、ということになるだろう。

 

 だが、事実はそれと異なる。

 

 リーニエ君は我輩を強く拘束しているように見えるが、実際には少し違う。

 どこかで『模倣』したのか、リーニエ君の腕は我輩の動きこそしっかりと止めているものの、その実拘束自体は全く痛みを感じない程優しいものだ。

 

 更に言えば、彼女の腕はこれまでになく震え、指先は真っ白で冷たくなってしまっている。

 人を傷つけ殺すことを恐れる彼女は、目の前のエルフ君と敵対する以前に、今こうして我輩を人質に取るフリをしている時点で恐怖に怯えてしまっているのだ。

 

 つまるところ、リーニエ君に我輩を傷つける意思など、最初から欠片たりとも存在しないのである。

 

 彼女の狙いは、疑うまでもなく、我輩を被害者にすること。

 目の前の魔族滅殺主義エルフ君に対し、「我輩は魔族に騙されていた被害者」であり、「この場において悪いのは魔族1人である」と印象付ける。

 それを以て、エルフ君の殺意の対象から我輩を外し、最悪の場合でも自分のみが殺されて終わるようにしているのだ。

 

 

 

 リーニエ君は、その目をエルフ君から離すことなく、こっそりと我輩にのみ伝わる声量で呟く。

 

「ごめん、おじさん。でも、おじさんだけは、絶対に守るから」

「リーニエ君、誤解を解こう。それが一番適切だ」

「駄目。おじさんが危ない」

 

 ぴしゃりと拒絶される。

 今の彼女にとって、自身が誤解され狙われることよりも、我輩が傷つく可能性こそが最も忌避すべきことなのだろう。

 

 我輩に懐いてくれたことはこの上なく嬉しいが、同時、こういう時には難しさも感じる。

 

 彼女は我輩のことを清廉潔白な救世主のように思っているのかもしれないが、そんなことはない。

 我輩は、良くも悪くも催眠種付けおじさん。女性の心を好き勝手に書き換え、性癖の赴くままに仲良しこよしするおじさんだ。そこに罪がないわけがない。

 

 故に、我輩は自分が殺されることは、まぁ自業自得というか、仕方ないと思えるのだ。

 実際、前の世界でダンプカーにプレスされた時も、死の恐怖や喪失感を覚えるのではなく、ただ残すことになってしまった女たちの幸せを願うばかりだった。

 

 故に、今ここでリーニエ君を守るために死んだとしても、我輩としてはそう悪い気はしない。

 これまでにしてきた罪悪の清算の時。そこに否は付けようもないし……。

 自分の女のために死ぬのだ、男としてこれ以上の死に様はないだろう?

 

 勿論、街に残してしまう女たちには申し訳ないとは思うが……そこに関しては、どうしようもない。

 「自分の女のために死ぬわけにはいかない」なんて言いながら女を死なせる男に、女性を抱く権利があるわけもない。

 

 だが一方で、我輩が命を投げ出すことは良くても、逆にリーニエ君にそうさせるのは頷けない。

 一度我輩の女にした以上、勝手な独断専行は許さない。

 彼女たちは1人残らず、この上なく幸せに生き続けなければならないのだから。

 

 

 

 そういう意味では、エルフ君の誤解が深まったことは、非常によろしくないのだが……。

 しかし同時、リーニエ君の行動は、ある意味で状況を変えてくれたとも言える。

 

 今、目の前のデーモンスレイヤーエルフ君は、相変わらず感情の読みにくい無表情ながら、目の前の事実を見て1つの結論に至ったはずだ。

 やはり自分が正しかった。人間の男(わがはい)魔族の女(リーニエくん)に騙され、人質にされてしまった、と。

 

 そしてもう1つ、推測できることがある。

 今この瞬間に魔法を放たず、その杖の照準を僅かながら下に落としたことから考えて、彼女はどうにかして我輩を救出しながらリーニエ君を無力化しようと考えているのだろう。

 少なくとも、今この瞬間にリーニエ君が殺されるようなことはない……はずだ。

 

 状況としては、ピンチでもあるが、チャンスでもあるかな。

 

 先程も思った通り、エルフ君の誤解を深めてしまったのは、かなりマズい状態だが……。

 エルフ君が状況への理解を進めた今ならば、先程と違い、他にできることもあるかもしれない。

 

 諸事情から、このエルフ君に対して催眠を使うことはできない。

 言葉を投げかけても意味はないだろう。彼女の魔族への憎しみは非常に深く、今はそれがリーニエ君に向いてロックされてしまっている。

 故に我輩は、何らかの行動を以て、エルフ君に「リーニエ君はもう魔族ではないのだ」と伝えなければならないわけだ。

 

 しかし、リーニエ君の腕力は悲しいことに我輩よりもずっと強く、無理やり拘束から脱出することは不可能だろう。

 つまりは、我輩が行動を取ることはできない。

 

 行動によって正義を示さねばならないが、その行動が取れない。

 一般的に見れば、詰みの状態だろう。

 

 だが、こんな状況すらも、一手で覆すことができる。

 そう、催眠種付けおじさんであればね。

 

 

 

 よし、と我輩は腹を括り、口を開いた。

 

「エルフ君、よく見ていてくれ」

「おじさん、何を……ッ!?」

 

 リーニエ君の瞳の中で、赤色の飛沫が舞う。

 

 我輩が首をぐりんと動かし、添えられていた斧が、思い切り突き刺さったからだ。

 

「な、なん、なんで……!? おじさん、そんな、私回復は……!!」

 

 リーニエ君は慌てて拘束を解き、我輩の体を抱き上げる。

 斧を取り落とし、エルフ君から視界を切ってまで、我輩のことを優先してくれたのだ。

 

 そうして彼女は、首が半分千切れ、血塗れになった我輩を……。

 

 見なかった(・・・・・)

 

 当然だ。我輩は別に首を動かしたわけでもなく、出血したなんていう事実もない。

 ただリーニエ君がおかしな思い違いをして、勝手に拘束を解いて斧を手放しただけなのだから。

 

「血! 血が……あれ? 今、血が……!」

「よしよし、大丈夫、リーニエ君。今のは幻覚だよ」

 

 リーニエ君の拘束から脱した我輩は、困惑する彼女の頭を撫でる。

 

 それでも息が荒くなるくらいには動揺していたリーニエ君だが、我輩の首をぺたぺたと触って無事を確かめると、ようやく少し落ち着いてくれた。

 

「お、おじ……さん、大丈夫、なの?」

「ああ、大丈夫だよ。無傷だ。すまない、怖がらせたね」

 

 先程よりもなお一層冷たくなった彼女の手を握り、その震える背を抱き寄せる。

 

 ……人を殺すこと、人が死ぬことに恐怖を感じる少女に、あの光景は酷だっただろう。

 しかし、ショック療法をしてでも、分かって欲しいことがあったのだ。

 

「リーニエ君。君の、我輩を助けようという想いは、嬉しい。

 だがね、君が我輩のことを愛してくれているように、我輩も君のことを愛しているんだ。傷ついて欲しくない、死んで欲しくないと思う気持ちは同じなんだよ。

 だからもう、罪悪感から衝動的に自分を犠牲にすることはやめなさい。いいね?」

「う……ん、ごめんなさい、おじさん……」

 

 リーニエ君は先程の光景が忘れられないのか、我輩の胸の中で、小さく震えるばかり。

 ……うん、後ほど、しっかりと甘やかして復活させてあげねば。血の色なんて思い出せないくらいに幸福と悦楽を教えてあげよう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、これでまた状況が変わったことになる。

 我輩はリーニエ君を抱き締めながら、事態を静観してくれた女性に声をかけた。

 

「……手を出さずにいてくれてありがとう、エルフ君」

「状況を見ていただけだよ」

 

 エルフ君は、下げていた杖を構え直し、今もなおこちらに向けている。

 ……ただ、リーニエ君が視線を切り斧を取り落とした今もなお、攻撃せずにいてくれるのだ。

 先程よりは、多少なりとも態度が軟化したと見ていいはずだ。

 

 なにせ今、彼女は目の前で見たのだ。

 魔族であれば、まず決して取らないはずの、リーニエ君の態度を。

 

 魔族に憎しみを……言い換えれば関心を持つ彼女だからこそ、それを気にせずにはいられない。

 

「今、何をしたの?」

「この子の脳内に、我輩が斧の方に首を動かして大量出血するイメージを流したんだよ。

 そもそもこの子が我輩を人質に取るフリをしたのは、我輩のことを生かすための策略だ。……とまぁ、わざわざ語らずとも、今の彼女の様子を見てもらえばわかるだろうことだけれどね」

 

 リーニエ君が取り落した斧は粒子状に霧散し、今はもう、彼女の手には得物が握られていない。

 その手が握っているのは、我輩の手と、服の背だけだ。

 

 魔族という人間を殺すことに特化した害獣が、自分に悪意を向けている人間を前にして、戦う以前から武装を放棄している。

 それが何よりも、彼女の異常性を表している。

 

 それを直接目にした今ならば、あるいはエルフ君にも言葉が届くかもしれない。

 

「改めて、話していいかな。彼女が……リーニエ君が今、どのような状態にあるかを」

「……いいよ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ひとまず、今日のことを話す。

 

 我輩が路地裏でリーニエ君に出くわしたこと。

 咄嗟に催眠を使い、リーニエ君に敵と認識されて襲われ、対魔族にチューニングした催眠を行ったこと。

 今の彼女の精神構造・思考回路・自我が人間のものであること。

 

 エルフ君は眉1つ動かさずそれらを聞いて、感情の読み取りにくい瞳をこちらに向け、訊いてきた。

 

「……その催眠は、催眠魔法と違うの?」

「残念ながら我輩は催眠魔法について詳しくないのだが、恐らくは別だろうね」

「魔力がなくても使えるんだ」

「催眠種付けおじさんだからね」

「催眠、たね……?」

 

 エルフ君は軽く首を傾げている。

 そんなにおかしな名前だろうか、催眠種付けおじさん。

 

 

 

 さて、エルフ君は気を取り直したように質問を再開してくる。

 

「……リスクはないの?」

「リスク、というのは……」

 

 今度は我輩が首を傾げると、胸元のリーニエ君が顔を埋めたまま、涙声で呟く。

 

「魔法の、縛りみたいなもの。制限をかけると、魔法は強くなる」

「ありがとう」

 

 リーニエ君の頭を撫でながら、考える。

 我輩の能力の縛り、かぁ。

 

「あると言えばあるし、ないと言えばない、かな。

 我輩は無制限に、あらゆる形、あらゆる結果を生む催眠術を使える。けど……」

「けど?」

 

 エルフ君が聞き返してくれるのに応じて、我輩は改めて居住まいを正す。

 

「そうだね、せっかくだから、ここで自己紹介といこうか。

 我輩の名は、催眠種付けおじさん。正式な名称(ジャンル)で言えば、【悲しき孤独な悪役に催眠で無理やり救いを与えてイチャイチャする純愛系種付けおじさん】だ」

「…………」

 

 エルフ君は、何とも言い難い表情でこちらを見ている。

 うん、まぁいきなり言われても「???」となるよね。

 

 だが、ここに関してはそういうものだと受け入れて欲しい。

 これ以上の説明は難しいのだ、年齢制限的に。

 

「そして、この名称こそがある意味で、我輩の唯一にして最大の縛りでもある。

 時に、フリーレン君。物語は好きかい?」

「程々には」

「そうか。では理解してもらえると思うが、ジャンル詐欺は大罪だとは思わないかい?

 純愛を謳っておきながら寝取られ(NTR)、凌辱を騙りながらイチャイチャ。それらは存在すべきでない、この世の咎の煮凝りだ」

 

 まぁ、そういうところから新たな性癖の目覚めが発生する可能性もあるが……。

 基本的には、ジャンルというものは決して破ってはならない枠、それこそ縛りのようなものなのだ。

 

「殊に我輩たち催眠種付けおじさんは、ナイーブで複雑なジャンルだ。ジャンル詐欺というものはあってはならない。

 故にこそ、【悲しき孤独な悪役に催眠で無理やり救いを与えてイチャイチャする純愛系種付けおじさん】である我輩は、【悲しき孤独な悪役に催眠で無理やり救いを与えてイチャイチャする純愛】以外の用途で催眠種付けを行うことができない。

 それが、我輩にとっての最大の縛りと言えるだろう」

 

 まぁ、その最終的な目標のために使わねばならないのなら、ある程度まではオラッ催眠もできるのだが……それは今は伏せておこう。エルフ君の思考のノイズになる。

 というか、多分現時点でエルフ君の思考はいっぱいいっぱいなのではないだろうか。明らかに瞬きの数が多いし、瞳も僅かに揺れているのだが。

 

「行動と存在が定義の外に出られない縛り。概念の結晶体か受肉体か? あるいは概念の憑依体……?」

 

 何やらブツブツ言っているが、別に我輩はそんな大したものではない。

 ただの悲しき孤独な悪役に催眠で無理やり救いを与えてイチャイチャする純愛系種付けおじさんである。

 いや、本当に長いよねこの概念。誰か良い感じの名称なり略称を作って欲しい。リトルベートーベンなのだよ今の我輩。

 

 

 

「さて、そういうわけで安心してほしい。我輩は君に対して、一切の催眠を使わないことを約束しよう」

 

 そう言うと、エルフ君はピクリと眉を動かした。

 

「……なんで?」

「なんでって、君は確かに悲しい存在ではあるかもしれないが、孤独ではないし、悪役でもないだろう」

 

 我輩には見えている。

 その瞳の奥底には、彼女の信じる仲間の存在と、彼女自身の善性が確かにある。

 

 そして何より……。

 

「我輩の担当(ジャンル)は、あくまで純愛だ。NTRは趣味ではないのだよ」

 

 強く、賢く、誰よりも勇気を持った男の、鮮烈な後ろ姿。

 

 彼女の中でそれが生きている限り、我輩がエルフ君に手を出すことはあり得ない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「さて、改めて。

 我輩はリーニエ君の中身を人間のものに書き換えた。今の彼女は、ただの人間の少女だよ。

 それはもう、君もわかっているのではないかな?」

「そうだね。確かにそれ(・・)が魔族らしくないことは確かだ」

 

 しかし、その言葉とは裏腹に、エルフ君は改めて杖をこちらに突き付ける。

 

「でも、魔族らしくない魔族はいないわけじゃないし、演技の上手い魔族はその何十倍もいる。

 それ(・・)があたかも人間らしい演技をして、催眠にかかったと言ってあなたを騙してる可能性は、どうやったって否定できない」

 

 うーむ、然り。

 そこを詰められると、我輩としては非常に弱い。

 

 結局のところ、人間は自らの視点しか持たず、相手の言葉や態度が真実か確かめる手段はない。

 我輩がリーニエ君に施した催眠も、実は1度目の催眠のように何らかの要因で防がれていて、彼女が我輩に取り入るために人間の演技をしているかもしれない……と、そう疑うことは容易だ。

 

 だが、これは悪魔の証明ならぬ催眠成功の証明とでも言うべきもので、いくら疑っても疑心暗鬼になるばかりで何も生まない。

 結局のところ、人間関係というのは、相手を信じるところからしか始まらないのだ。

 

 ……と、そんな正論をぶちかましたところで、魔族憎しで動く彼女が止まるわけもなし。

 さて、どうしたものだろうか。

 

 

 

「困ったな。

 我輩としては、我輩の女であるリーニエ君を傷つけられるわけにはいかないんだよね」

「悪いけど、私も魔族を見逃す気はない」

 

 そう言うや否や、エルフ君の背後に、何やら魔法陣のようなものが現れる。

 腕の中のリーニエ君が、ビクリと震えた。

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)。当たれば死ぬよ」

「やめて!」

 

 その言葉に弾かれたように、リーニエ君が腕の中から一歩前に出る。

 その手には斧はなく、ただ横に広げて……。

 

 ああ……君は。

 

「やっぱり、駄目。殺すなら、私1人にして」

「リーニエ君、駄目だ」

「ごめん、おじさん。でもやっぱり、こうすべきだと思うから」

 

 思わず名を呼んだ我輩の方を、彼女は振り向いた。

 その瞳には、我輩への深い愛情と……重い重い、罪悪感が宿っている。

 

「私は今まで、何千人、何万人と、人間を殺してきた」

「それは君じゃない。魔族リーニエのした行動だ」

「それでも、『前の私』がやってしまったことだ。もう変えられない、償いようもない、罪だよ」

 

 だから、と。

 彼女はエルフ君の方に、視線を戻した。

 

「だから、私が殺されるのは仕方ない。むしろここで殺されるのが、当然なのかもしれない。

 でも、おじさんは違う。おじさんは、たくさんの人を救える人。ここで死んじゃ駄目だよ」

 

 先程、反射的に悪役になろうとしたものとは違う。

 魔族であった頃の自分の人生の罪を量り、そのせめてもの償いとして、ここで死ぬことを選ぶ……。

 

 それは、文字通りの自決だ。

 自らの人生の意味を、決する行為だ。

 

 故に、否定できない。

 それが彼女にとっての、1つの救いになると言うのならば……。

 

「私は、おじさんに救ってもらったから。今度は私に、おじさんを救わせて」

 

 彼女を生んだ人間として、それを見届けるべきなのではないか、と。そう思ってしまう。

 

 

 

 我輩が逡巡する内に、リーニエ君はジリジリと横に動いた。

 後ろにいた我輩と射線をずらすために。我輩に誤射されることがないように。

 

「そう。そういう選択を取るんだ」

 

 エルフ君はそう呟き……杖の先に、魔力というヤツだろうか、何やら力が集まる。

 

 ゾルトラーク。

 文脈からして、我輩や彼女を殺し得る魔法なのだろう。

 

 我輩は止めることもできず、さりとて彼女を送り出すこともできず、唇を結ぶばかりで。

 

 そんな我輩に、リーニエ君は言う。

 

「おじさん、ごめんね、ありがとう。数時間だけど、幸せだった」

「リーニエ君……」

「それと、この人のことを、責めないであげてね」

 

 その横顔から垣間見えたのは、まるで桜のような、温かで、儚い笑顔。

 自分の短い人生にも、確かに幸いがあり、意味があったのだと、彼女はそう認めていた。

 

「約束して。私を殺したら、この人に危害は加えないって」

「……いいよ」

 

 エルフ君の杖に集まる魔力が、目に見えて、臨界点に到達する。

 

 

 

 ……元より。

 我輩にとって、リーニエ君という存在は、あくまでも目的のために発生した副産物であった。

 

 我輩の女に被害をもたらすかもしれない害虫を排除する際に、それ以外に方法がなかったが故に発生した、1つの新たな命。

 けれど彼女が、生み出した命が、我輩を求めてくれるのならば……彼女はもう、我輩の女の1人で。

 

 …………だからこそ。

 彼女の選択を、我輩のエゴイズムで、蔑ろにはできない。

 

 ここで彼女を止め、庇うのは、彼女の決断を──生まれ落ちた1つの命を、穢すことを意味する。

 彼女は我輩の玩具ではなく、我輩の女なのだ。

 どんな畜生外道に堕ちても、自分の女の尊厳くらいは守らねばならない。

 

 それが、純愛系催眠種付けおじさんの、最後の矜持なのだから。

 

 

 

「さよなら」

 

 そう言ったのは、エルフ君だったか、あるいはリーニエ君だったか。

 

 杖から、閃光が走る。

 

 リーニエ君は、一瞬後に来る衝撃と消滅を、強く強くまぶたを閉じて待ち。

 我輩はせめて、その時を目に焼き付けようと、懸命に目を凝らし……。

 

 

 

 

 

 

 ……しかし。

 

 その時はいつまでも来なかった。

 

 ゾルトラークの光は、彼女に直撃する直前でグリンと直角に曲がり、天井を突き抜けて消えた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 我輩は瞠目するばかりで、何も言えず。

 数秒遅れて、リーニエ君はゆっくりとまぶたを開く。

 

「あれ……?」

「魔族は、最期には絶対に人間より自分たちを優先する。例外なく、演技は続けない。

 ……けど、その子は避けなかったし、防がなかった。中身は人間だっていうのは本当なんだろうね」

 

 エルフ君はそう言って、杖を下に向ける。

 

 ……試されていた、のか。

 

「許して……くれるのかな。彼女のことを」

「魔族は人の言葉を話すだけの獣だ。でも、その子はそうじゃない。あなたと真っ当に話せていたし、最後に人間を優先した。

 魔族でないなら、殺す必要性がない。それが人類だっていうのなら、殺すわけにはいかないでしょ。

 勿論、問題を起こしたらその時は殺すけど……そうじゃない可能性があるんだから」

 

 目線を下にやる彼女は、努めて感情を抑えようとしているようだった。

 自分の中にある魔族への憎しみと、リーニエ君を切り離そうとしてくれているのだろう。

 

「なんで……そこまでしてくれるんだい?」

 

 正直なところ、撃たれるだろうと思った。

 彼女の中の魔族への憎しみは非常に強く、言葉も行動も、結局彼女の心を変えるには至らなかった。

 

 そして、「魔族である可能性がある」という時点で、エルフ君の殺意の対象となってしまうのだ。魔族であった過去を持つリーニエ君は、どうしたってそこから逃れられない。

 

 実際、魔族リーニエはこれまでにたくさんの人を殺してきたわけで、それを人間となったリーニエ君に向けるのは……多少八つ当たりに近いところがあるとはいえ、筋が通っていないわけではないのだ。

 

 故に、その行動を止めることはできないと、半ば諦めていたのに……。

 それなのに、何故彼女は自らを抑えてまで、リーニエ君のことを信じてくれたのか。

 

 尋ねた我輩に対し、彼女は少し考えた後、ため息を吐いて答える。

 

 

 

「……ヒンメルなら、そうした。新しい可能性を、信じただろうから」

 

 

 

 もうそれで痛い目を見たことはあるんだけどね、と付け加えるエルフ君。

 

「ヒンメル?」

 

 一方で、聞き覚えのない名前に、我輩が首を傾げていると……。

 いつしかその場にぺたんと座り込んでいたリーニエ君が、ボソリと呟く。

 

「勇者ヒンメル……あなたはやっぱり、あの時の」

「え? 勇者? ……え?」

 

 困惑し、視線を2人の顔の間で行ったり来たりさせる我輩に、エルフ君は仕方なさそうに言った。

 

「……遅れたけど、自己紹介を返すよ。

 私は、フリーレン。魔法使いフリーレン」

 

 役職と名前のみの過小な自己紹介に、リーニエ君が付け加える。

 

「80年前に魔王を討ち果たした、勇者パーティの魔法使い。

 そして、史上最も多く魔族を滅ぼした魔法使い──『葬送のフリーレン』、さん、です」

 

 ……エルフ君、想像の100倍くらい大物だった。

 歳のこともあるし、流石に君付けは失礼だろうな、これは……。

 

「そ、そうなんだね。なるほど、ありがとう、フリーレン氏」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなこんなで、我輩とリーニエ君はなんとか生き繋いだ。

 

 改めて、2人してベッドの上に座って──正確には、リーニエ君が座ったのは、ベッドに座った我輩の膝の上なのだが──深くため息を吐く。

 

 当然ながら、催眠種付けおじさんである我輩は、戦いとは無縁の一生を送ってきた。

 ああいや、勿論修羅場とか女の戦場的な意味では数多の戦いを渡り歩いてきた猛者である自負はあるのだが、本当の戦いなどしたことはなかった。

 

 それはある意味で、リーニエ君も同じなのだろう。

 先程の手の震えからもわかるように、人間である彼女は可能な限り誰かと命のやり取りは避けたいようだからね。

 

 なんとか戦闘を……それも、勇者パーティの魔族撲滅派魔法使い(異名持ち)との戦いを避けられたのは、我輩たちにとってこの上ないくらいの僥倖だったと言っていい。

 

 いやぁ良かった良かった、これで万事解決ですね……、と。

 そう思っていた時。

 

 

 

「でも、あなたたちを信じるのに、1つ条件を付けさせて欲しいんだけど」

 

 当然のようにまだそこにいたフリーレン氏は、すごく平然と言い放った。

 

 

 

「その催眠っていう技が本物なら、アウラを無力化してほしいんだよね」

 

 

 







 本作のオリ催眠種付けおじさんは純愛派なので、ヒンフリやシュタフェルには手を出しません。手を出すのは相手のいない子と元害虫だけです。NTR滅べ。

 それと、実際フリーレンがこの状況で魔族(?)を認めるかは微妙なところなんですが、もうちょっと先で色々わかったりわからなかったります。しばしお待ちを。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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