最強催眠種付けおじさんvs女魔族   作:アリマリア

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 今回は別視点から送る番外編。催眠種付け要素は(ほぼ)ないです。
 でも個人的にはこういうのもあった方がなんだかんだ楽しめるんですよね。エロゲーの日常パートみたいなモン。





『血を操る』魔族vs『繋げる』少女

 

 

 

 私が、「新しい私(リーニエ君)」として、目を覚ました時。

 

 心が、割れるかと思った。

 

 

 

 人間に向けて来た、腐り果てた思い。

 人間を害してきたこと、その悪趣味な方法。

 そうして……私が、当然のように、食べてきたもの(・・・・・・・)も。

 

 その不自然さが、罪深さが、不快感が、残酷さが、愚かさが、グロテスクさが、最悪の感触が……。

 その全てが、フラッシュバックするように蘇って。

 

 あぁ、私は最低な魔族だったんだと、そう思った。

 

 そうして同時、私は人間になれたんだと、そうも思えた。

 

 

 

 私は知らなかった。

 人間を殺すということの意味。その悪性を。

 

 死は、不可逆的な断絶だ。

 殺してしまえば、その人間が持っていたものは、全て失われる。

 

 叡智、技術、他者との繋がり。

 それらが、この世界にあった確かな価値が、尊いはずの光が、絶たれる。

 寒い冬空の下に灯る仄かな炎のような人の命が、吹き消されてしまう。

 

 それらが悪性じゃなくて、何だって言うんだろう。

 

 魔族は誰も、それを知らない。

 誰かを殺すこと、誰かを害すること。

 それがどれだけ罪深い許されざる行為なのかを、誰一人として理解しない。

 

 だから、簡単に人を殺せるんだ。

 食べるため、生きるためですらなく、ただいたずらに、暇を潰すように、他者を害することができる。

 

 ……かつて、七崩賢直下の首切り役人として、多くの人を殺した、私のように。

 

 

 

 でも、新しい私は、それが駄目なことだってわかる。

 絶対にやっちゃ駄目だったことで。

 そして確かに私がやってしまったことで。

 もうどうしたって覆せないし償うこともできない、永遠に背負うべき罪なんだって、わかる。

 

 わかるように、してくれた。

 教えてくれたんだ、あの人が。

 

 

 

『魔族リーニエとしての精神は、完全にこの世界から消え去った。今の君は、生まれ変わった人間の少女、リーニエだよ』

 

 

 

 最初にかけてもらった言葉は、一文字一句、そのイントネーションまで思い出せる。

 

 おじさんが、私を変えてくれた。

 それはいけないことなんだって、何も知らなかった私に教えてくれたんだ。

 

 自分がどれだけ無知だったのか。

 自分がどれだけ罪深い存在なのか。

 魔族という存在が、どれだけ、他の種族にとっての害悪なのか。

 

 それを理解してしまった私は、かつて自分が魔族であり、数えきれない罪を犯してきたことに、心が割れそうな程痛んで……。

 

 同時、私を変えてくれたおじさんに、深く深く感謝することになる。

 

 だって、おじさんがいなければ、きっと私は永遠に変われなかった。

 魔族の長い寿命が尽きるか、あるいは誰かの刃がこの身を裂くその時まで、何故自分が恨まれるのか、何故殺されるのかすら理解できず、無為に死んでいただろう。

 その過程で、もっともっとたくさんの、数えきれない被害者と悲劇を生みながら。

 

 おじさんは、それを止めてくれた。

 何も知らない私が、間違った道を行くのを、止めてくれたんだ。

 

 

 

『大丈夫。魔族リーニエと、リーニエ君は別の存在だ』

 

 おじさんは、どうしようもなく穢れた、魔族だった私のことを、受け入れてくれた。

 

『その上で君が償いたいと、これまでの過ちを正したいと言うのなら、我輩は力を貸すよ。

 君を生み出した者として……そして、君を愛する者としてね』

 

 おじさんは、私の過去と決意を受け入れてくれた。

 

『大丈夫、君は甘えていいんだ。

 我輩もまた、君に大きなものを押し付けてしまった。その分、せめて我輩に目一杯甘えてくれ』

 

 おじさんは、私が負うべきものを一緒に背負い、共に歩んでくれると約束してくれた。

 

『リーニエ君。君の、我輩を助けようという想いは、嬉しい。

 だがね、君が我輩のことを愛してくれているように、我輩も君のことを愛しているんだ。傷ついて欲しくない、死んで欲しくないと思う気持ちは同じなんだよ。

 だからもう、罪悪感から衝動的に自分を犠牲にすることはやめなさい。いいね?』

 

 おじさんは、また道を間違えた私を、止めてくれた。

 

 

 

 おじさんは、私に全てをくれた。

 

 人としての命と常識。

 道を誤った時の制止。

 確かに感じる罪悪感と、償いたいと思える心。

 辛い道を歩む中で、僅かな時でも寄り添い休める、温かな人肌。

 この心を受け入れ好んでくれる、この上ない、愛。

 

 私に必要だった、ありとあらゆる全てを……。

 おじさんは、私にくれたんだ。

 

 

 

 ……だから。

 

「リーニエ君。……本当にすまないが」

「うん。頑張るね」

 

 おじさんが顔を歪めながら、本当に申し訳なさそうに頼んで来たことを、私は2つ返事で受け入れた。

 

 

 

 

 当然だ。

 

 私は、おじさんに全てをもらった。

 

 だから、おじさんのためなら、何でもやってみせる。

 

 私の命を使ってできることなら……。

 たとえ、死の危険があることでも、尊厳を冒すようなことでも、何でも。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 頭の中が、澄み渡るようだった。

 

 さっきおじさんにかけてもらった催眠、思考能力の増加と、並列思考の処理能力向上。

 それのおかげで、私の頭の中は、これまでにないくらいに冴えている。

 

 おじさんの温かさを感じていない時、常に心を蝕んでいた罪悪感と焦燥感。

 それすらも、今は思考の一部で処理し切れて、私の思考を乱すことはない。

 

 ……そうだ。

 罪悪感も焦燥感も、私が永遠に付き合っていくべきもの。

 だけど、それらに振り回されて、失敗するわけにはいかない。

 

 だって、私は今から……。

 

 七崩賢、断頭台のアウラの部下である首切り役人、リュグナーを殺しに行くんだから。

 

 

 

 目指していた場所に辿り着いた私は、魔法の行使を開始した。

 

 脳内に残る、魔力の流れを想起。

 それを魔法によってコントロールし、自分の体の内で再現する。

 

「……『模倣する魔法(エアファーゼン)』」

 

 ふわりと舞い上がった私の体は、音を立てることもなく、高い木の枝の上に着地した。

 

 

 

 私の……いいや、魔族リーニエの魔法、『模倣する魔法(エアファーゼン)』。

 おじさんにも説明した通り、これは戦士の動きを模倣する魔法だ。

 

 戦士は、魔力を流すことによって体を強化する。

 地面を蹴る時には脚を、武器を振るう時には腕や腰を、そして攻撃を受ける時にはその部位を。

 魔力を込めることで、身体能力や頑丈さは跳ね上がるんだ。

 

 そして、魔力を探知し読み取ることに長けていたリーニエは、その魔力の流れを模倣する道を選んだ。

 戦士の身のこなしと体の強化を模倣すれば、戦士と同じく戦える。

 それをいくつも身につけていけば、いずれ私は……より効率的に、人を殺せるようになる、と。

 

 

 

「…………」

 

 この魔法を使うことに、思うところがないわけじゃない。

 人を殺すために生み出した魔法なんて使うべきじゃないんじゃないかって、私の中の人間の理性は声高に叫んでる。

 

 でも……。

 でも、私は、おじさんにお願いされたんだ。

 

 だから、自分の意志も尊厳も、全部後回し。

 使えるものは使って、なんとか……リュグナーを、殺さないと。

 

 

 

 改めて、木の枝の上から、眼下の景色を見下ろす。

 

 私の視界に入るのは、今もなおリュグナーが滞在している、グラナト伯爵邸。

 巡らせた魔力探知も、リュグナーの強大な魔力が、未だこの中にあることを示している。

 

 それも当然だ。

 首切り役人がアウラから受けた命令は、この街を覆う防護結界の攻略。

 領主に結界を操作させるか、あるいは結界の操作を可能とする魔導書を入手しない限り、その目標は達成できない。

 

 けれど……。

 

「…………」

 

 リュグナーめ、焦ってるな。

 

 数時間前に私が、そして30分くらい前にドラートが死んだ……と思っているからだろう。

 ヤツは普段の余裕ありげな態度を崩し、館の中を歩きながら魔法でそこら中を破壊していた。

 

 ……いや、ただ破壊しているんじゃないな。

 血を細かく巡らせて魔導書がないことを確認し、なかったところは破壊しているのか。

 

 優雅さとか気品みたいなものを重視するリュグナーがあんな荒っぽいことをする以上、事態の急変に対して事を急いているのは間違いない。

 だけど、確かにああやって探していれば、いつかは魔導書を見つけられるだろう。

 

 そうは、させない。

 

 

 

 私が見ている内に、リュグナーの魔力の反応が、動きを止める。

 どこかの部屋で、歩みを止めたらしい。

 

 ……今だ。

 一撃で、決める。

 

 手の震えを、ぐっと握って抑え込む。

 アイツは……魔族は、人間じゃない。

 そう、言い訳するように自分に言い聞かせて、私は魔法を使った。

 

 

 

 頭の中に、私が知り得る限り最強の戦士の姿を。

 手の中に、魔力で練り上げたあの戦士の斧を。

 

 そしてここに、あの日見た、滅びの一撃を。

 

 たったの一撃で10を超える魔物と3の魔族を殺した、最強の戦士の武技。

 その魔力の昂りは体と武器より流れ出てなお迸り、閃光のように天を裂く。

 

 そう、その名は……!

 

 

 

「閃天撃──ッ!」

 

 

 

 私の使えるソレは、かつて見たそれには、遠く及ばない。

 先程のように落ち着いた状態からならともかく、戦いの中で咄嗟に使うようなことはできないし……。

 天を裂く程に立ち上るはずの閃光は、私の斧から流星の尾のように流れ出る程度。

 

 ただ、それでも十分すぎる程に、この一撃は洗練されている。

 

 

 

 館の壁は、絹を裂くように簡単に千切れた。

 

 そうして、リュグナーの体も、また。

 

 

 

 ……左腕だけ、千切れ飛ぶ。

 

 

 

 まずい。

 咄嗟に躱された。

 不意打ちで殺す作戦は、失敗してしまった。

 

 リュグナーの持つ『血を操る魔法(バルテーリエ)』は、自分の体外に排出した血を操る魔法だ。

 剣にもなれば盾にもなるこれは汎用性に秀で、使いようによっては「血で傷口を塞いで止血する」ことすら可能となる。

 

 更に、ある程度戦える魔族は一様に、自身の体を修復する回復魔法を使うことができる。

 魔力を多く消費する上に使用までに時間がかかりすぎるから、戦いの最中に使うのは難しいだろうけど……。

 それが使える以上、左腕を斬った程度では、とても重い傷にはならないだろう。

 

 そしてリュグナーの使う魔法は、身体部位を必要としない。

 致命傷にまで届かなければ、リュグナーはなんら問題なく戦える。戦えてしまう。

 

 

 

 つまるところ……。

 私の必殺のつもりだった攻撃は、ほぼ無意味に終わってしまった、ということだ。

 

 

 

「ッ、『血を操る魔法(バルテーリエ)』!」

 

 咄嗟に伸ばされた血の触手を斧で斬り払いながら、考える。

 

 この勢いのまま攻めるべきか、一旦引いて体勢を整えるべきか。

 

 リュグナーと私の間には、覆せない戦力の差がある。

 魔力量、魔法の練度、そして戦闘経験。その全てで、私はリュグナーに劣ってる。

 まともに戦えば、まず勝つことはできないだろう。

 

 故にこそ、私は不意打ちで殺し切ることを選び、実行したんだ。

 ……結果として、それは失敗してしまったけど。

 

 ここで身を引けば、リュグナーはすぐに事情を察し、冷静になってしまうだろう。

 そうすれば、私の不意打ちによる戦略的アドバンテージは喪われる。

 

 であればせめて、ここは勢いのままに攻め込み、当惑している内に殺し切るべきだろう。

 

 リュグナーの弱点は、脳と心臓。

 これらを破壊しさえすれば、確実に殺すことができる。

 

 ヤツが状況を把握するよりも早く、斧でその胴を断つ。

 

 間違いない、これが最適解。

 再度『模倣する魔法(エアファーゼン)』を展開、脚力に魔力を集中させて──。

 

 

 

 そう。

 

 私は、攻めるべきだった。

 

 それが、間違いなく最適解だった。

 

 

 

 

 

 

 ……後ろに、微弱な人間の魔力を、感じさえしなければ。

 

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 迷っている暇はなかった。

 それどころか、考える暇だってなかった。

 

 私は反射的に、感じ取った魔力の元にまで飛び下がり、伸びて来るリュグナーの血を斬り払っていた。

 

 そうして遅れて、自らのミスを悟る。

 

 

 

 そうだ。

 リュグナーを殺すことに思考を集中させすぎて、私は忘れてしまっていた。

 

 今、この館にいるのは、ヤツだけじゃない。

 

 もう1人、いたんだ。

 この館の、本来の持ち主。

 

 

 

 グラナト伯爵。

 

 

 

 恐らく邪魔をする他の衛兵は殺したんだろう。

 けれど、防護結界の操作方法を知るグラナト伯爵を、リュグナーが簡単に殺すわけがなかった。

 

 昼には、自分より強い魔族相手に毅然と接し、私たちを領内に導き入れた男。

 

 私の横にいる彼は、今。

 四肢を、杭で、椅子に打ち付けられ。

 全身をズタボロに切り裂かれて……意識を失っていた。

 

 

 

 かっと、脳に血が昇るのがわかった。

 

「ッ、リュグナァー!!」

 

 思わず叫ぶ私に対して、リュグナーは既に平静を取り戻し、いつも通りの冷静沈着を装った表情で、私を観察してくる。

 

「リーニエ……死んだものと思っていたのだがな。

 それで、何をしている? 気まぐれに街に出たと思えば失踪して、これまでに何があった?

 いや、今はいい。何があったかは知らないが、この男から防護結界の情報を聞き出すのを手伝え。嬲ってもなかなか口を割らなくて面倒だ」

 

 ……何故。

 何故、誰かを傷つけておきながら、こんなに平然としていられる?

 

 いや、わかってる。わかってるんだ。

 結局、魔族と言うのはそういうもの(・・・・・・)

 今朝までの私と同じように、人間のことを何とも思わない、決して共存できない獣の名でしかない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ベッドの中での、おじさんとの話を思い出す。

 

 おじさんのおかげで、私は人間になれた。

 でも、いつか魔族に戻ってしまうんじゃないかと、そう不安に思って、私はおじさんに訊いたんだ。

 どうすれば人間らしくあれるのか、何が人間らしさなのか。

 

 おじさんは、私の頭を撫でながら、教えてくれた。

 

『そうだね……我輩が考えるに、隣人を愛することだよ。

 誰かに感情移入し、思いやり、共に喜び、共に嘆く。それこそが人間だ。

 それは時に人間に、時に愛玩動物に、家畜に、虫に、そして時には天敵にすら向けられる。

 それが魔族に付け込まれる人間の脆さであり、同時に最大の美徳でもあると思うんだ』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……やっぱり、コイツは……魔族は、違う。

 人間でも何でもない、ただの害獣だ。

 

 私は無言のままに、リュグナーに斧を向ける。

 もう、手は震えなかった。

 

「……驚いたな。まさかアウラ様を裏切るのか? あれ程強い大魔族を?

 それが何を意味しているか、お前だってわからないわけではないだろう?」

 

 誰かを尊び従うのではなく、自らの命を繋げるためだけに仕えるその姿は、言うならば究極の個人主義。

 だからこそ、協調し共生する人間とは、決して分かり合えないんだろう。

 

 コイツを生かしておけば、これからたくさんの人が死ぬ。

 私の背後にいる男も、殺されるだろう。

 

 だから……。

 

「勝負だ、リュグナー」

 

 だから、私は戦う。

 

 

 

 ……たとえ、この戦いに、勝ち目がないとしても。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 結末は、戦う前からわかっていた。

 

 リュグナーの戦闘技術は、私のそれを遥かに超えている。

 『血を操る魔法(バルテーリエ)』はまさしく万能の魔法。魔力によって生み出された血は時に盾となり私の攻撃を防ぎ、時に矛となり読めない軌道で私を狙ってくる。

 対して私の『模倣する魔法(エアファーゼン)』は所詮、かつての人間の技術の猿真似に過ぎない。手数、威力、汎用性、その全てにおいて『血を操る魔法(バルテーリエ)』に勝てはしない。

 

 ……その上、瀕死のグラナト伯爵の存在が、大きな足枷になっていた。

 彼を守らねばならない。その私の方針を読み取ってから、リュグナーは時折グラナト伯爵を狙うようになった。

 いつでも殺せると思っているんだろう、本気で狙うわけじゃない。

 けれど、私の思考を乱すように、時折必殺であろう威力の攻撃を放つ。

 その度に私は、優先して斧で弾かねばならず、そうする度に重い傷が増えていった。

 

 

 

 ただでさえ能力も足りない上、状況まで不利では、戦いになるはずもない。

 

 斬られ、貫かれ、折られ、割られ、千切られ、潰され、蹴られ、叩きつけられ。

 

 私は、そう長く戦うこともなく、無様に壁際に追い詰められていた。

 

「……到底理解できんな。何故裏切る? 何故この男を庇う?

 アウラ様から私を殺す密命でも受けたか? いいや、アウラ様であればこの男を守れとは言うまい。

何がリーニエをそうさせた? 何が目的だ?」

 

 全身の激痛が朦朧とした意識を繋ぐ中で、うっすらとリュグナーの独り言が聞こえる。

 

 コイツの、癖だ。

 自分が優位に立ったら、相手を殺し切ることなく、敢えて独り言を放ち隙を見せる。

 

 自分の方が、圧倒的に優位なのだと、そう言外に示すんだ。

 実力至上主義である魔族の中では、それが一番の示威行為になるから。

 

 ……どうあれ、攻撃の手を止めてくれたのはありがたい。

 私は、折れて消えた斧を魔力で再構築し、壁を頼りに立ち上がる。

 

「……ぐ、ぁ」

 

 べとりと、血の塊が床に落ちる。

 

 痛い。

 痛い、痛い、痛い。

 

 全身の傷が、もう戦いはたくさんだと言ってくる。

 さっさと勝負を捨てて、逃げ出してしまえ、と。

 

 ……そんな、できもしないことを言われても、困るよね。

 できたとしても、やらないけどさ。

 

「もうやめろ、リーニエ。お前では私に勝てない。当然、アウラ様にもな」

 

 あぁ、そうだろう。実際に戦って、嫌と言う程理解できた。

 

 認めよう。

 『模倣する魔法(エアファーゼン)』では、『血を操る魔法(バルテーリエ)』を破れない。

 それどころか、一瞬の隙を作り出すことさえできはしない。

 

 結局のところ、魔族と魔族の戦いは、魔法と魔法の戦いだ。

 どちらの魔力総量が多いか、どちらの魔法の精度が高いか。戦いの勝敗はそこに帰着する。

 

 その面において、魔族リーニエと魔族リュグナーでは、戦いにすらならない。

 単純なスペックの違いがある上に、対人に特化したリーニエと、万能に伸びたリュグナーでは、相性すら悪いのだから。

 

 

 

 ……それでも。

 

「面倒だ、もうこの男は殺して、結界の魔導書を探す。お前は黙って見ていろ、リーニエ」

 

 そう言って、グラナト伯爵に迫るリュグナーを……。

 

 見送ることだけは、しない。

 したく、ない。

 

 

 

 あの人のように……。

 私だって、誰かを、助けるんだ……!

 

 

 

「待、て……!

 私……は、まだ、ここに、立っている……!!」

 

 

 

 満身創痍だ。

 

 右脚は、千切れかけている。

 左腕は、肘から先がない。

 右手は、半分欠損。

 胴体は、一部抉られた。

 

 私が生きているのは、リュグナーが嬲って来ているからだ。

 本気で殺しに来たのならば、今頃私は既に塵になっていただろう。

 

 ……だけど、その油断。

 捕食者が故のプライドと、驕り。

 「自分の方がずっと強く、いつでもコイツを殺すことはできる」という傲慢こそが、魔族の最大のウィークポイントだ。

 

 だから、一瞬でいい。

 たった一瞬でもいいから、その弱点を穿ち……隙を、作らないと。

 

 

 

「……何故理解しない? お前では敵わないと、骨の髄にまで刻んだはずだがな」

 

 理解、してるとも。

 私では、お前に勝てないと。

 そんなこと、やる前から、理解していた。

 

 私は、特別な存在じゃない。

 断頭台のアウラのように、莫大な魔力と強力無比な魔法を持つわけでもない。

 戦士アイゼンのように、誰よりも強いわけでもない。

 葬送のフリーレンのように、不可思議な強さを持つわけでもない。

 ……おじさんのように、誰かを救える人でもない。

 

 私はただ、偶然あの戦いを生き延び、偶然アウラに仕え、偶然ここに来て、偶然おじさんに出会い、偶然救われただけの、何ら特別じゃない存在だ。

 

 

 

 ……けれど。

 その偶然に、運命に導かれて、私は今ここにいる。

 

 

 

 運命とは、何だ?

 運命は、過去から続く、今だ。

 連綿と続いて来た過去、先人の叡智と技術を受け継いだ、今だ。

 

 私は、多くの過去に背を押されて、おじさんに出会った。

 

 私は……組み上がった、過去の色たちに、救われたんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……あの後。

 おじさんに、人間らしさについて聞いた後。

 

 おじさんは、続けて言った。

 

『とは言ってもね、人間らしさなんて、人それぞれで違うんだ。十人十色というヤツだね。

 なにせ人間性とは、それまでに拾ってきた色で描いた、モザイクアートのようなものだから』

『アート?』

『あぁ。たとえば……リーニエ君が誰かに出会い、素敵なところを知って、真似したいと思うだろう? その時、リーニエ君はその人の素晴らしさ……赤色の宝石を手に入れる。

 また他の人と出会い、ここは真似したくないなと思う。その時、リーニエ君はその人の真似しちゃいけないところ……青色の石ころを手に入れる。

 そうして色んな人と出会って集めたたくさんの素材を並べて、君自身の望む「リーニエ君」という絵を作っていくんだ。

 そうして作り上げた、たくさんの人の個性による煌びやかなモザイクアート。

 それこそが、本当の人間性なんだよ』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……魔族として、魔法合戦でリュグナーと戦っても、勝ち目はない。

 

 そんなことは、分かり切ってる。

 

 だから私は、斧を消して、短剣を作り……。

 

 

 

 自分の頭に突き立てる。

 

 

 

「ガ、ぁッ!!」

「……何をしている、リーニエ?」

 

 抉れる。

 痛覚が、悲鳴を上げる。

 

 ……痛い。

 痛い、けど。

 

 駄目だ。

 

 中途半端じゃ、駄目。

 

 思い切り、どこかで見た記憶の通りに、魔力を流して力を込めると……。

 

 バキンと音がして、私の角が、折れた。

 

「…………」

 

 角は、魔族の証。強者である証。

 だからだろう、角を折る私の姿を見て、リュグナーは絶句している。

 

 ちょうどいい、もう1本あるから、手を出されちゃ困る。

 

 口から出る悲鳴を押し殺し、もう1本の角も折る。

 

 身体から分離した角は塵になり、霧散して、消え去った。

 

 

 

 ……これでいい。

 

 私は、魔族じゃなく、人として……。

 偶然(うんめい)に導かれた人間として、魔族と戦うのだから。

 

 

 

 まぶたを閉じて、思い浮かべる。

 

 それは、最強の戦士の姿……じゃない。

 

 1つの(まほう)に拘ってちゃ、コイツには勝てない。

 

 

 

 運命とは、今に続く、過去だ。

 多くの人が作り上げ、受け継いだ、叡智と技術。

 人間はそれを学んで、もっと前に進む。

 

 ……だから、1つを模倣するだけじゃ、駄目なんだ。

 

 学べるもの全てを学んで、使えるもの全てを使って、もっと、もっと、前に進まなきゃ。

 

 これまでにもらったたくさんの色で、私の絵画を描かなきゃ。

 

 

 

 魔法は、イメージの世界。

 だから、思い浮かべろ。

 

 人間としての(リーニエ)の戦い方を。

 

 それぞれの宝石の足りないところを、それぞれの長所で補う。

 色から色へ、技術から技術へ。

 連綿と、流れる川のように……運命のように、技を繋げていく。

 

 故に、その名は……。

 

 

 

 

 

 

「『過去を繋げる魔法(フェアビンデン)』」

 

 

 

 

 

 

 無意識に呟いた言葉に、魔力を乗せる。

 

 右手の中には……槍。

 左腕には……剣の接続された、義手。

 左脚には……仕込み刃の入ったブーツ。

 

 行ける。

 

 大丈夫、今なら、見える。

 

 

 

「ちっ……『血を操る魔法(バルテーリエ)』!」

 

 何十本と迫る血の脈。

 狙いは、私……じゃない。伯爵か。

 

 やらせはしない。

 

 血の束を何本か槍で払うと、素早く柄を絡めとられた。

 指が半分近く欠損していたために握力が足りず槍を奪われ、更には右手も引かれてしまい、踏ん張りが利かずに体勢を崩す。

 

 槍は終わった。次に繋げる。

 

 右に傾いた勢いを利用し、更に地面を蹴り飛ばして加速、ブーツで固まった血を蹴り飛ばす。

 何本か散ったけど、まだ足りない。けど、反動で体勢を整えられた。

 

 蹴りは終わった。次に繋げる。

 

 僅かにできた私の隙に、血の奔流が傷付いた脇腹に食らい付いてくる。

 更に中から炸裂する気配を感じたので、自分の腹ごと義手剣で裂いて切り飛ばし、対処。

 溢れるように血が流れ、激痛に歯を食いしばる。

 

 けれどこれで、リュグナーが放った血は、全て潰えた。

 

 剣は終わった。

 これで、最後の一手に繋がる。

 

 

 

「何を……!」

 

 こちらが向けた視線に、リュグナーは何かを感じたか、咄嗟に魔法を使おうとする。

 

 でも、既にこちらに血を飛ばし、払いのけられてしまったリュグナーは……。

 今、既に血を流している、私には追い付けない。

 

 大丈夫。

 

 しっかり、見えてる。

 

 

 

 リュグナーの、魔法の魔力の流れ(・・・・・・・・)

 

 

 

「『血を操(バルテー)……!」

「『血を操る魔法(バルテーリエ)』」

 

 脇腹の、そして全身の血を一点に集め、射出。

 

 音速を優に越える血の槍は、リュグナーが咄嗟に張った3枚の盾を貫き、その心臓に迫って……。

 

 

 

 けれど。

 あと、ほんの少しのところで、バラバラに散った。

 

 

 

 ……あーあ。

 結局、猿真似だったか。

 

 そりゃそうだ。

 魔法理論の理解もなく、ただ魔力の流れを真似ただけなんだもの。

 長時間持つわけがないし、再現できたことさえも奇跡に等しい。

 

 先人たちの叡智と技術を使わせてもらって、相手の技まで悪用して、それでもまだ届かない。

 結局のところ、私は大して強くもない、運命という川に沈むちっぽけな石ころでしかない。

 

 

 

 ……でも。

 ちっぽけな石ころでも、波紋くらいは作れる。

 

「リーニエ、貴様、私の魔法を──ッ!」

 

 今、リュグナーは、自分の魔法が模倣されたという事実に釘付けだ。

 

 それも当然だろう。

 魔族が人生をかけて探求するそれを、勝手に使われた。

 その上、それで自分が死ぬ寸前にまで追い詰められたんだ。

 

 これ以上ない程、プライドを傷つけられたはず。

 そして、それこそが……怒りで私にのみ視線を向けることこそが、最も大きな隙となる。

 

 ようやく、ヤツに明確な隙を作れた。

 

 これで、勝利条件は、達成。

 

 

 

 後は頼むよ。

 扉の陰からずっと機を窺ってた……戦士の君。

 

 

 

 

 

 

「閃天撃!!」

 

 

 

 

 

 

 横合いから飛び込んできた赤毛の戦士の、一撃。

 

 天に届かんとする程の閃光を放つそれは、一切警戒を向けられなかったリュグナーを、ものの見事に両断する。

 

 私の模倣とは、威力も完成度も美しさも、全てが違い過ぎる、本物。

 

 ……ああ、すごいな。

 これが、本当に運命を受け継いだ、人間の力。

 

 

 

「くッ!」

 

 ……けれど。

 あるいは、彼が戦士として完成されていたが故に、それは致命打にはならない。

 

 右肩から腹にかけての両断。

 それは、相手がただの戦士であれば、確実に殺せたであろうものだ。

 

 でも、あれじゃギリギリ、心臓に届いてない。

 そして、ことリュグナーに対しては、心臓と脳以外のダメージは致命傷にならない。

 

「しッ……!」

 

 声が上がらない。

 喉が潰れたのか、肺が死んだのか、舌が切れたのか、顎が取れたのか。

 わからない。わかるのは、自分がもう動けないってことだけ。

 

 まずい、警告を。

 逃がさなきゃ。

 どうにかしないと。

 せめて彼だけでも。

 

 私はそう焦るばかりで、リュグナーの傷から弾け出た血の奔流が、赤毛の戦士に襲いかかるところを眺めることしかできず……。

 

 

 

「『一般攻撃魔法(ゾルトラーク)』」

 

 

 

 月光のように真っ白な光が、リュグナーの心臓ごと、起こるはずの悲劇を消し去った。

 

 

 

 どちゃりと、リュグナーの体が地面に落ちて……その隅から、塵になっていく。

 

「馬鹿な、どこから……この魔法は……」

 

 ボソボソと呟くリュグナーは……もう、助からない。

 超高圧縮の人を殺す魔法(ゾルトラーク)が、誰も探知できないどこかから、リュグナーに致命傷を与えたんだ。

 

 

 

「終わっ……た……?」

 

 戦いは、呆気なく終わった。

 

 心臓を撃ち抜かれたリュグナーは床に伏せ、ズタボロの私はまだ立っている。

 勿論、知らない戦士と魔法使いの協力はあったけど……。

 それでも、(にんげん)の勝ち、と言っていいはずだ。

 

 おじさんの頼みは叶えられた、ってことになるし……。

 

 なんとか、かろうじて……背後にいる男のことも、守りきれた。

 

 

 

 ……けど、今の魔法、一体、どこから?

 私は相当に、魔力探知が得意な、はずで……。

 

「う、あ……」

 

 ……ぁ、駄目だ……くらくらして、意識が、もたない。

 戦いの終わりに、緊張が解けたのか、全身の力が抜けて……どさりと、その場に倒れ込む。

 

 駄目、だ……考えるべきことは、たくさんあるのに、どうしても、頭が……。

 

 

 

 頑張ってまぶたを開けようとした私が、最後に見ることができたのは……。

 額に傷のある赤毛で強面の戦士と、月を背に降りてきた紫髪の魔法使いが、私を見て、何かを言ってるところまで。

 

 自分は体は魔族だけど人間だとか、敵じゃないだとか、助けてくれてありがとうとか。

 そんな言い訳も感謝もする間もなく、私は意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 ……おじさん、どうかな。

 

 私、頑張ったよ。

 少しくらい、人間らしくなれたかな。

 

 

 







 負傷したフェルン単騎でもリュグナーには勝てますから、フェルンとシュタルクの2人がいれば、別にリーニエ君がいなくてもリュグナーには勝てるでしょう。
 でもリーニエ君がいなければ、この世界のグラナト伯爵は間に合わなかったかもしれません。
 これがリーニエ君という小石が生んだ、決して小さくない波紋です。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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