最強催眠種付けおじさんvs女魔族   作:アリマリア

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 前回のあらすじ:フリーレン氏と一緒に、アウラ理解らせにイクゾ-!





最強催眠種付けおじさんvs『服従させる』女魔族

 

 

 

 意外なことに……あるいは、フリーレン氏からすれば想定通りに。

 アウラによって服従させられた傀儡兵たちは、通りかかる我輩たちに剣を向けることはなく、むしろ一歩退いて道を開けてきた。

 

「魔族だねぇ」

「うん、魔族だ」

 

 我輩たち理解り手(わかりて)は、短い言葉でアウラの無警戒に呆れる。

 

 何故アウラが、その数多の手勢によって我輩たちを攻撃してこないのか。

 答えは簡単だ。

 アウラが、自らの魔法に、絶対的な自信を持っているから。

 

 今ここにいるのは、アウラよりも魔力がかなり少ないらしい魔法使いが1人と、そもそも魔力を殆ど持っていないらしい催眠種付けおじさんが1人。

 一度天秤にさえ乗せてしまえば簡単に服従させてしまえると、アウラはそう判断しているのだろう。

 

 実際のところは、フリーレン氏には何か伏せた札があるようだし……。

 我輩に対しても、もはやその魔法をかけることは不可能なのだが。

 

 まぁでも、そうして過小評価してくれる分には助かるね。

 その油断に乗じて、ささっとこの戦いを終わらせてしまおう。

 

 

 

 足を進める内に視界を塞ぐ傀儡兵の数は増えていき、いつしか我輩たちは、ソレらに取り囲まれるような状態になっていた。

 我輩たちが先に進もうとすれば、兵たちは進めるだけのスペースを開ける。

 けれど、恐らく戻ろうとすれば……退いてはくれないのだろうね。

 アウラへの直送便、あるいは大魔族理解らせ(わからせ)への片道切符というわけだ。

 

 歩く速度に合わせて左右に分かれる兵たちに、なんだかモーセの奇跡を見ているようだ、などと吞気なことを思っていると……。

 不意に、目の前の傀儡兵たちが消えた。

 

 何百何千という傀儡兵たちがひしめき合う中にあって、唯一ポッカリと空いたスペース。

 どうやら、ようやく目的地に到着したらしい。

 

 

 

 前を見れば、数えきれない傀儡兵の中に、1匹の魔族が立っている。

 

 綺麗に結った紫の髪に、魔族の証たる2本の角。

 酷薄な嘲笑を浮かべたその顔は、その所業には不相応な程可愛らしい。

 礼服と鎧とドレスを合わせたようなへそ出しドスケベ装束に身を包み、その手には魔法で使うのだろう、著しく傾いた天秤を持っている。

 

 見た目だけで歳を測れば、15、6歳程度の年若い少女に見えるが……。

 フリーレン氏曰く、既に500の歳を数えた長寿な大魔族。

 

 あれが……七崩賢、断頭台のアウラ。

 この最低な状況を作り上げた、元凶か。

 

 

 

 よし、既に事を終えているかもしれないリーニエ君を心配させるのもなんだし、ちゃちゃっと終わらせてしまおう。

 そう思い、我輩は口を開きかけたのだが……。

 

「久しぶりだね、アウラ」

「そうねぇ。80年ぶりかしら、フリーレン?」

 

 それより一瞬早く、魔法使いと魔族による、言葉の応酬が始まってしまった。

 

 ……うーん、どうしよう、これ。

 一応、かつて戦った因縁の敵同士の会話みたいだし、遮らない方がいいかな。

 我輩って3か月前にこの世界にやってきたばかりの新参だし、やはりこの世界を長く生きて思い入れも深いであろうフリーレン氏の邪魔はすべきじゃないか。

 

 虫相手に話してどうなる、と思わないでもないけど……。

 ぬいぐるみに話しかけて、自己分析を測ったりするケースもある。

 彼女の胸につっかえるものがあるとすれば、魔族との会話でそれを晴らすというのも一興かな。

 

 よし、それではひとまず、会話が終わるまでは待つとしよう。

 

「この先の街に行くつもりでしょ。引き返してくれるとありがたいんだけど」

「嫌よ」

「なんで?」

 

 その言葉と共に、2つの傀儡兵がフリーレン氏に襲い掛かる。

 咄嗟に対処しようと思ったけど……フリーレン氏は勇者パーティの魔法使い、相手が本気を出してきてない内は、手を出さない方がいいか。

 

 襲い来る剣と斧の斬撃。

 けれどフリーレン氏は、それを見事な身のこなしでかわしてみせた。

 小柄でどこか頼りない印象はあれど、彼女は『葬送のフリーレン』。リーニエ君曰く、この世界で最も魔族を殺した魔法使いだ。

 たった2つの傀儡で倒せるわけがない。

 

 勿論、アウラの方も本気で勝負を付ける気で差し向けたわけじゃないのだろう。

 攻撃は程々に切り上げさせ、フリーレン氏を見下すように笑った。

 

「私の方が、圧倒的に優勢だから」

「……そう」

 

 言葉を交わす1人と1匹の間には、重く凍て付く、緊迫した世界が広がっている。

 

 ……え、我輩?

 我輩は……どうやら完全に無視されているみたい。

 

 魔族は魔力第一主義。

 魔力を殆ど持っていない我輩は、とんでもないクソ雑魚に見えているのだろう。

 多分、銃を持っても戦闘力5のゴミみたいな扱いなのだろうね。

 

 いつでも殺せるし、戦況に影響も与えられないだろう変な男のことは放っておこう、という判断。

 それは魔法使いとの戦いでは、殆どの場合において正しいのかもしれないが……。

 残念ながら、我輩は催眠種付けおじさんなんだよなぁ。

 

 

 

 しかし、なんとも嫌な時間だ。

 こんなの早く終わらせて、帰って我輩の女を愛でたいなぁ……と、ぼんやりしている我輩を後目に、フリーレン氏は言葉を紡ぐ。

 

「これ程の数を操るだなんて、魔族の魔法はとんでもないね。人類の魔法技術では想像も付かないほどの高みだ。

 でも、最低に趣味の悪い魔法だ。反吐が出る」

 

 激しく同意する。

 性癖というのは、つまるところ、その人間の嗜好であり志向。

 それを知覚することで強い快楽を得ることができるという、わかりやすい指標だ。

 

 それはつまり、性癖に合わないものを知覚すれば強い不快感を覚える、とも言えるわけで……。

 傀儡兵に囲まれている今の我輩は、スカトロ趣味は全くないのに、その中でもとっておきに濃厚なプレイを見せられてるような気分なのである。

 本当に、文字通り反吐が出そうだ。

 

 

 

 しかし、そんなフリーレン氏の言葉に、魔族は依然余裕の嘲笑を浮かべたまま。

 

「酷い言い様ねぇ。せっかく頑張って集めたのに」

 

 そう、言い放った。

 

 ……集めた、かぁ。

 

 本当にカスだなぁと、思わずため息。

 いやまぁ、我輩の同類(たねづけおじさん)の中には、女を集めるという方向性の者がいないわけではない。

 だから、我輩がそれを否定するのは、あるいは適切ではないのかもしれないが……。

 少なくとも、純愛系催眠種付けおじさんたる我輩からすれば、それは唾棄すべき邪悪なのだ。

 

 恐らくは、フリーレン氏の性癖(せいぎ)もまた、それを否定したのだろう。

 彼女は口を開き、沈鬱な口調で言った。

 

「見知った鎧がいくつかあるね。

 アウラ、やっぱりお前はここで殺さないと駄目だ」

 

 

 

 一旦口を閉じたフリーレン氏は、視線だけを我輩の方に向けて来た。

 

「まだ、時間はかかる?」

「え、何の話だい?」

「あなたの『催眠』」

 

 あれ、フリーレン氏……。

 ああ、そうか、誤解していたのか。

 魔法使いであり、その常識に浸っているが故の誤謬だね、これは。

 

 

 

「我輩、もう、催眠はかけているよ?」

 

 

 

 フリーレン氏に襲い掛かろうとしていた傀儡兵が、崩れ落ちる。

 いや、崩れ落ちたわけではない。

 

 その体を支えていた全ての力を失ったと言わんばかりに、脱力し……。

 アウラに服従した傀儡兵から、魂の抜けた首のない死体に帰したのだ。

 

「……え?」

「は?」

 

 困惑の声は、フリーレン氏とアウラ、両方のものだった。

 

 そこで、改めて察する。

 フリーレン氏は我輩の催眠のことを、魔法と同じように、発動までにタイムラグがあるものと……。

 そして魔法と同じように、強力な結果を生む催眠はそのタイムラグが伸びるのだと。

 そう、誤解していたのだろうな。

 

 勿論、そんなことはない。

 我輩の催眠は、自分で言うのもなんだが、知性体に対してはどうしようもなく最強なのだ。

 

「一応確認するけれど、もうアレは終わらせていいのかい?」

「いいけど……できるの?」

「そりゃあできるよ。我輩、催眠種付けおじさんだからね」

 

 さてと……うん、じゃあすべきことをしよう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 我輩は、魔族に向き直る。

 七崩賢、断頭台のアウラは、我輩に焦点を合わせた。

 今、ようやくその存在に気付いたと言わんばかりに。

 

「……あなた、何なの? フリーレンの連れのくせに、全く魔力を感じないのだけれど」

「我輩は催眠種付けおじさんだよ」

「催眠、たね……? 変わった名前ねぇ」

 

 心底不思議そうに顎に手を当て、さも会話を続けようとするような様子を見せながら……。

 アウラは、彼女の服従させた傀儡を動かす。

 

 槍を持つ2つを、フリーレン氏と我輩の間に。

 剣を持つ1つを、我輩の方に。

 

 成程、我輩を人質にしようというわけか。

 

 これは面白い反応だ。

 先程の異常な状態を見て、我輩の言葉を聞いてもなお、彼女の中ではフリーレン氏より我輩の方が、圧倒的に脅威度が低いのである。

 どこまでも魔力を中心とした強弱の価値観。流石は「魔」族といったところか。

 

 

 

 つまるところアウラは今、フリーレン氏が僅かに動揺した隙を見て、我輩と彼女を分断し、弱者たる我輩のことを人質に取ろうとしているのだ。

 

 ……まぁ、当然。

 そんなことを許すわけもないのだが。

 

 咄嗟に構えるフリーレン氏だが、安心してほしい。

 対処の必要はない……というか、既に対処は終わっている。

 

 バタバタと、我輩たちに襲いかかろうとしていた傀儡兵が崩れ落ち、死体になる。

 

 先程の光景の再演。

 それを見て、アウラは改めて、我輩に視線を向けて来た。

 

「……何をしたの?」

「何もしていないが?」

「は?」

「我輩は何もしていないよ。何かをしたのは君だ。

 君が、君自身の意思で、この兵たちにかけた魔法を解除したんじゃないか」

 

 ピクリと、魔族の眉が動いた。

 

 ふむ……いやはや、興味深いな。

 魔族リーニエもそうだったが、魔族も人間と同じく、認めたくない現実に直面した際には、それを呑み込むのに大層時間がかかるらしい。

 

 やはり魔族にも、理論的な思考自体はあるのだろうな。

 ただ、社会性や道徳、倫理感に連帯感……そして何より、感情を投射し、同情することがない。

 人間を含めた他の種族と寄り添う上で、最も必要とされるものが欠けてしまっている。

 

 個としては桁違いに強く……。

 しかし、あるいはだからこそだろうか、他と協調することがない。

 

 それこそが魔族という種の、最大の長所であり、致命的な欠陥なのだろう。

 

 

 

「……私に、何をした」

 

 先程と同じ問い。

 けれど、そこに含まれるニュアンスは、先程とは大きく異なる。

 

 アウラの、天秤を持つ手が、微かに震えた。

 嫌な予感……いや、微かな死の香りが、その嗅覚を刺激したか。

 

 こうなる前に手を打てばよかったのではないか。

 この男を殺していれば良かったのではないかと、そう感じ始めているのだろう。

 

 まぁ、今更後悔しても遅いし……。

 仮に、最初から全力で来たとしても、結果は変わらなかったのだが。

 

 なにせ、我輩は今回、催眠種付けおじさんとしての誇りも矜持も投げ捨てているのだから。

 

「その疑問に答えることで、この状況への贖罪としようか。

 我輩が君に対して行ったのは、対魔族用の、被認識型無条件催眠。

 我輩という存在を何らかの形で認識・知覚した時点で、対象は強制的に催眠の影響下に置かれる」

 

 虫相手の催眠など、シチュエーションを凝る必要もないのだが……。

 それにしたって、この催眠は最悪だ。

 相手にスマホを見せるだとか、特定のワードを聞かせるだとか、そういった作品の主軸となる要素の1つもない、完全にご都合主義の催眠(デウス・エクス・マキナ)

 

 我輩が最も嫌う、あまりにも遊び心(・・・)のない催眠だ。

 

 ……けれど。

 今回は多くの人命と、死んでいった者たちの尊厳がかかっている。

 

 であれば、手段など選びようもない。

 恥をしのんで、これに手を出そうとも。

 

 

 

「催眠魔法……? 馬鹿な。私の魔力探知は、魔法の発動を認めていない」

「魔法ではないからね。そりゃあ探知などできようはずもない」

「魔法ではない? 何を……何を言っているの? 魔法でなければ、そんなことができるわけがない」

 

 魔族は唇を歪め、どうも困惑しているようだったが……その疑問に一々答える気はない。

 

 先程のフリーレン氏の言葉と同じだ。

 本質的に、ぬいぐるみに話しかけるという行為は、自己分析と内省のためのもの。

 

 自らに進展のない発言をする意味はどこにもないからね。

 

 

 

 フリーレン氏に状況を説明・整理することも兼ねて、我輩は口を動かす。

 

「正直に言って、我輩たちが結界を出た時点から兵を差し向けて来れば、相応に危なかったのだがね。

 君はフリーレン氏に注目するばかりで、我輩の方を見ていなかった。ここまでの接近を許してしまった。恐らくはフリーレン氏を消耗させ、魔法で服従させようと思っていたのだろうね。

 我輩が催眠種付けおじさんでさえなければ、あるいはその判断は正しいものだったのかもしれないが……まぁ、『フリーレン氏が連れてきた一見無力そうな男』という、どう見てもフラグでしかない案件に過剰反応できない時点で、君の敗北は決まっていたようなものだよ」

 

 語る間、周囲の何十何百という軍勢が、我輩の元へ押しかけて来ようとする。

 剣を持ち、斧を持ち、槍を持ち、弓を持ち、あるいは杖を持ち、我輩たちを攻撃しようとする。

 

 しかし、そのどれも我輩たちには届かない。

 攻撃する直前に、我輩たちに被害をもたらそうとするその時に、尽く、傀儡兵にかけられた魔法が解除されるからだ。

 

 そうして兵の数が減る内に、段々とアウラの顔色が変わっていく。

 余裕は、焦燥へ。

 平静は、激情へ。

 

 いよいよ、自分の置かれた立場を理解しつつあるらしい。

 

 

 

 まぁ、それでもやはり、未だ魔法への自信はあるようで……。

 アウラは、その手に持つ天秤を、我輩に向かって掲げた。

 

「いいわ、認めましょう。あなたには、何か特別な力があるようね。

 であれば、それも私が使ってあげる。この断頭台のアウラに仕えることができることを喜びなさい?」

 

 フリーレン氏が杖を向けようとするのを、手で制した。

 

 魔法というのは、最高に画期的なシステムだ。

 魔力を消費することで、本来あり得べからざることを起こす、奇跡の類。

 魔族たちが自信を持つのもわからない話じゃない。正直に言えば、我輩もちょっと憧れるもの。

 

 ……けれど、同時。

 魔法というものには、致命的な欠陥がある。

 

「『服従させる魔法(アゼリューゼ)』」

 

 言うや否や、アウラの持つ天秤に、魔力が集まり、そうして……。

 

 

 

 何も起きない。

 

 

 

「……は?」

「許すわけがないだろう、魔法の発動なんて。

 今、君は魔法を発動できず、また服従させた対象を我輩とフリーレン氏に差し向けることもできない」

 

 魔法というものは、「使おう」という意思があって、初めて使えるものだ。

 逆に言えば、「使おう」という意思を奪われれば、発動できない。

 

 結局、大事なのは、意思なのだよ。

 意思があって、初めて魔法を使うことができる。

 意思があって、初めて傀儡を攻撃に使うことができる。

 

 どれだけ強力な力を持とうと、どれだけ魔法や魔力を磨こうと。

 意思がなければ……何も、できはしないんだ。

 

 アウラ自身が傀儡とした者たちと、同じようにね。

 

 

 

「なっ、私の、私の魔法を──!」

 

 プライドを傷つけられたか、魔族はきっと眉を寄せ、我輩を害そうとしてくるが……。

 その天秤に乗るべき魂は未だ我輩の中からは出ては来ず、彼女の手勢はその数を減らし続けるばかり。

 

「意思を奪われるとはこういうことだよ、魔族。

 お前が積み上げて来たものも、お前自身の想いも、全てが無価値に潰える。

 悔しいだろう、辛いだろう、悲しいだろう。その気持ちは想像するに難くない。

 だが、それこそが君がこれまでにしてきた、誰かの意思を奪うということなんだよ。

 ……こんなことを言っても、何も意味はないのだろうけどね」

 

 思わず、ため息を吐く。

 正直なところ、こういう催眠はあまり趣味ではないんだよね。

 我輩は悲しき孤独な悪役に催眠で無理やり救いを与えてイチャイチャする純愛系種付けおじさん。

 わからせ要素ゼロというわけではないが、主眼はイチャイチャ純愛なのだ。

 

 しかも、対象は人間ではなく虫けら。

 せっかくの催眠だというのに、楽しさを殆ど感じない。

 

 ……よし、そろそろ終わらせよう。

 

 我輩の女たちが帰りを待ってるし……。

 これから恐らく、アウラ()のメンタルケアも必要になるしな。

 

 

 

「さて、それでは……七崩賢、断頭台のアウラ。

 人の世の健やかな続行のため、消えてもらおう」

 

 我輩が近寄ると、アウラは思わず身を引こうとして……できなかった。

 自分の体が、自分の思うように動かない。

 その事実に、彼女は表情を引きつらせる。

 

 だがその恐怖は、今までコレが人類に与えてきたもの。

 業は巡って自分に返る。自業自得というヤツだね。

 

「……ふざけるな。私は500年以上生きた大魔族だ」

「自己紹介どうも。我輩はここ20年で急速に定着した催眠種付けおじさんだよ」

 

 こう言うと、この場では圧倒的に若輩だな我輩。

 年齢不詳、500歳越え、20歳ちょっと。上振れと下振れの差がすごすぎる。やっぱり異世界だなぁ、ここ。

 

 

 

 コトリコトリと、硬質な土を叩く、我輩の靴の音。

 ガシャンガシャンと、やけくそのように押し寄せる軍勢たちが、無為に崩れ落ちる音。

 スゥスゥと、アウラの徐々に荒くなる、浅い呼吸の音。

 

 今この場に響くのは、そのただ3つだけだ。

 

 それが少し寂しくなって、我輩は口を開く。

 

「君もこれまでたくさん殺して来たんだ、逆に命を奪われても仕方ない。

 世界はそういうものだよ。きっと我輩も、いつかはそうなる」

 

 因果は巡る。

 プラスとマイナスは、最後には必ず帳尻が合うようにできている。

 人の心を殺し続けてきたアウラも、人の心を捻じ曲げてきた我輩も、いずれは惨めに死ぬ運命だろう。

 

 そもそも我輩たちに限らず、命はいずれ必ず終わる。

 形あるものは例外なく、崩れゆく運命の中にある。

 

 そんな終わりある人生を、我輩たちは生きるのだ。

 ひとえに、自らの性癖を満たし、この上なく満足できる快感を求めて。

 

 アウラ、お前はこれまで、十分に楽しんだだろう。

 思考の簒奪と、傀儡化。正直我輩には理解しかねる性癖だが、認めよう。

 お前がその性癖を満たすためにしてきた努力を、献身を、全て認めよう。

 

 だが、それは許される行為ではなかった。

 そのために好き勝手した分、報いを受ける時が来たんだ。

 御覚悟を。

 

 

 

「な、何を……私に何をするつもり?」

 

 震える声を上げることしかできないアウラに歩み寄りながら、端的に告げる。

 

「アウラ、今から君を、人間にする」

「はぁ? 何を言って……」

「君の魔族としての精神構造・思考回路・自我。これらを全て、人間のものに書き換える。

 今の君の思考はこの世界から完全に消滅し、新しく人間としてのアウラ君が生まれるんだよ」

「…………、は?」

 

 魔族の表情が、凍り付く。

 

 魔族って人間のこと、心底見下してるものね。

 「今からお前の心は下等種のそれになる」って聞くと、身構えてしまう気持ちはわかるよ。

 

 だが、安心してほしい。

 これで君は、他者を慮れるようになる。

 他者に寄り添い、慈しむ、愛を知ることができるのだ。

 

 こんなに素晴らしいこと、他にあるかい?

 

「人間に……私が、人間に?」

 

 彼女はどうやら、涙を流して恐怖しているようだったが……。

 大丈夫、あと数秒で、その涙は別のものになるのだからね。

 

 

 

 ようやく、アウラの前に辿り着く。

 

 彼女が傀儡にしていた兵は、既に1つ残らず、死体に戻っていた。

 それを確認した我輩は、彼女の額に手を伸ばしながら、別れの言葉を口に出す。

 

「それでは、さようなら、魔族のアウラ」

「あり得ない……あり得ない! この、私が!? 七崩賢の、断頭台のアウラが! こんなわけのわからない下劣な人間に負けるっていうの!? 人間なんかになるっていうの!?」

 

 ……これもまた、面白い反応だな。

 魔族リーニエは最後の瞬間に命乞いしていたが、魔族アウラは違う反応をするのか。

 

 命乞いをするということは、即ち自らの絶望的苦境を認めるということで、彼女はそれができていない。

 自身の強さに絶対の自信があったが故に、唐突に訪れた失墜を認めることができないのだろうね。

 

 そこについて、もう少し考証を進めたいところではあったが……。

 今は、この哀しい生き物を終わらせることを優先しよう。

 

「大丈夫、殺しはしないよ。ただ、『君』でなくなるというだけだ。

 君の培ってきた500年の必死な努力は、これから先、きっと人間のために役に立つ。だから、心安らかに消えてほしいな」

 

 言葉が絶える。

 魔族アウラは、「あ、あ……」と何も言えないまま、その大きく見開いた瞳でこちらを見ている。

 瞳の底にあったのは、絶望と哀願の色で……。

 

 きっとこれまで、彼女がたくさんの首を斬り落とす内、いくつも見逃してきたものだ。

 

「さぁ……『魔族を人にする催眠(ヒトニナーレ)』」

 

 その言葉と共に。

 魔族アウラは、この世界から消え去った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、その体をビクビクと痙攣させた後……。

 アウラ()は、その場にしゃがみこんでしまった。

 

 催眠は、滞りなく成功した。

 彼女は今、魔族から人間へと生まれ変わったのだ。

 

「さて……気分はどうかな、アウラ君」

 

 ひとまずそう声をかけたが、アウラ君の首はガクリと垂れたまま、我輩のことを見はしなかった。

 そうして、その手がゆっくりと、近くに転がっていた元傀儡兵の剣の柄を掴む。

 

 マズいと、直感的に思った。

 

「アウラ君、自害するな!」

 

 反射的に言葉に出して、催眠を行使。

 剣は、彼女の髪を一房裂いて、首の直前で止まった。

 

 ギリギリと……恐らくは魔力を込めているのだろう。

 彼女は自身の首を断つために、剣を持つ手に、持ち得る全力を注いでいた。

 

 

 

 ……自害、か。

 

 そうか、アウラ君……そこまで。

 

「お願い……止めないで。死なせて」

 

 ゆっくりと我輩を見上げてきた目には、光がない。

 その虚無の向こうには、ただ絶望だけがあった。

 

 これまでに成してきた、人間視点での悪行の数々。

 

 それによって、今、彼女の心は圧し潰されかけているのだろう。

 

 

 

 

 だが、それは許さない。

 我輩が生んだ子だ。であれば、その責任は我輩が取るべきなのだから。

 

「大丈夫。君は、魔族アウラではない。人間のアウラだ。前の君は、君じゃないんだ」

「違う、違うわ……あれは、私だった。私が、私が……自分の意思でやったの。

 服従させて、殺して、食べて……何万と、そうしてきたの。自分の意思で」

 

 ……リーニエ君の時とは、重さが違う。

 

 リーニエ君の歳は、推定100歳。

 それに対してアウラ君は、フリーレン氏の言葉が正しければ500歳。

 

 魔法と魔力を磨きながら、魔族アウラは人を殺し続けて来た。

 服従させて自由を奪い、意思を奪うために殺し、食べるために殺し、時には何の意味もなくただの戯れで殺してきた。

 

 500年間、無自覚に悪行を成し続け、それを今になってようやく自覚できたのだ。

 その精神的な負荷は、想像することすら難しい。

 

 我輩にできるのは、精々……。

 細かく震え、魔族であった頃よりもずっと小さく見えるその背中を、ゆっくりと抱き締めることくらい。

 

「それならなおさら、死んで投げ出そうとしちゃ駄目だ。

 君の犯した罪は、たとえ死んでも消えたりなんかしない」

 

 アウラ君の体が、ビクリと震える。

 

 厳しいことを言うようだけれど、あるいは彼女が、その罪に相応しいだけの重い罰を求めているというのなら……。

 それを一緒に背負うのが、我輩の役目だろう。

 

「だから、これからの人生で、精一杯償っていこう。

 そしてもしも、それが1人では背負いきれないほどに重いのならば、共に背負わせてくれ。

 君のことを生み出した責任を、取らせてくれ」

 

 震える、力ない指先が、我輩の背中で何度か空を切って……。

 

 数秒して、彼女の指は、確かに背中を掴み。

 そこに、きゅっと、力がこもった。

 

 彼女の声にならない嗚咽を聞きながら、我輩はその表情を見ないよう、固く胸の中に抱き込んだのだった。

 

 

 







 これ以上ないハッピーエンドだな! ヨシ!

 次回、エピローグ。
 アニメ本編の進行追い越しちゃいそうだし、ネタバレ防止のために18日の投稿になりそうじゃない。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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