大羽からデータリンクされた情報を確認するため、レーダーを見る。
そこに映っているのは、大羽以外のウルフ隊を示す、4機のALLYと、もう一つ。
まだその姿を見ていない、IFF・アンノウン。
こいつが、件の敵機で間違いないだろう。
ボギーに指針を取る。
気づけば、ライカのエンジン音だけが、悠然と街に響いていた。
まだ遠くにいるのか、街はいま、銃弾ひとつ飛んでいない、静かな状態だ。
「敵機位置、確認。真正面、プレゼント・エンジェル」
スロットルをミリタリーに切り替え、加速する。
風はない。
このまま真っすぐ行けば、ヘッドオンとなるだろう。
レーダーの真正面に、敵機のシンボルが、制止して煌々と光っていた。
静かなその輝きは、まるでこちらを、待ち受けているようだ。
「……妙だ」
思わず誰に言うでもなく、コクピットの中でそんな風に呟いた。
違和感があった。
コクピットの計器は全て正常だ。
ライカは異常なしと、そう言っている。
現状は、オールグリーン。
だが、何故だろうか。
まるで気づかずに鮫の腹の中に入ってしまったような。
言いようのない不気味な気配を感じた。
虫の知らせ、というやつか。
危険は迫っていない。
じゃあ、一体俺は何に、違和感を感じているのか。
すると、レーダーに突然、激しいノイズが走る。
更新が途絶え、敵機の位置も自分の位置も、何もわからなくなり。
ホワイトアウトのように、真っ白になった。
「なんだ?」
思わずそう呟く。
解析をしてみたが、ECM攻撃を受けた形跡はない。
原因不明のノイズだ。
「こちらドギー1から、ウルフ4」
異常の原因は何なのかを探るため、大羽へ無線を入れる。
よしんばそれがわからないにしても、レーダーが使えない以上、大羽に敵機位置を教えてもらわなくちゃいけない。
「レーダーが使えない、恐らく敵のジャミングを受けていると思われる。再度敵機の座標確認を頼む」
こちらの情報を端的に伝え、大羽からの返信を待った。
数秒間、沈黙が流れる。
返事が来ない。
無線もノイズが酷いから、ひょっとすると届いていないのか。
「ウルフ4、大羽。聞こえるか?」
再度無線で呼びかける。
すると、先ほどまで聞こえていた無線のノイズが、嘘のようになくなり、静かになった。
「聞こえるよ、ドギー1」
無線の先から、大羽の声が聞こえた。
嫌に抑揚のない、淡々とした声色。
まただ。
また、違和感。
なんなんだ、一体。
何が俺に、この感覚を与えているというのか。
「……ジャミングを受けていて、敵機の位置がつかめない。ボギー・ドープ」
「その必要はない」
「なんだと?」
どういうことだ。そう疑問に思っていると、横から音がした。
甲高いエンジン音。
ライカのではない、別の。
まさか――。
「既に目視圏内。ヘディング045」
大羽の言う通り、まさに言葉通りの方向、真横にそれはいた。
一目でわかる。
ランバーだ、それは間違いない。
レーダーが使えないので断定はできないが、状況的に件の敵機とみて間違いないだろう。
だが――。
それは、今まで見てきたランバーとは違った。
金属的なその質感は変わらないが、特筆すべきはその色だ。
こんな夜でもわかるくらいの、雑誌か何かで見た、ブーケのような、純粋な白色。
まるで天使を彷彿とさせる、白いランバー。
それが、いつの間にかライカの隣にいて、ランデブーをしていた。
「回避行動を取る必要はない」
大羽は突然、そんなことを言った。
確かに、見た瞬間、反射的にバンクをしようとした。
だが、何故大羽がそんなことを言えるのか。
「どういうことだ。なぜここまで接近しているのに、知らせない?」
「声量が上がっている。異常か?」
俺の問いに対して、見当違いな返事をする大羽。
そうだ、この感覚は、覚えがある。
ここでようやく俺は、違和感の正体に気づいた。
まるで、そう、これは、出来の悪いAIと話しているような。
人工知能が、無理やり自然言語でコミュニケーションを取ろうとしてるようなチープさ。
こいつは、大羽じゃない。
大羽の声をサンプリングした、誰か。
いや、何かだ。
「なんだ、お前は?」
コンタクトを取ってきた『何か』に、俺はそう問う。
沈黙が流れる。
聞こえるのは、2つのエンジン音のみ。
「何故」
その声はもはや、大羽ではない。
大羽の声も混じっている、様々なサンプリングが混じりあったような声。
「なぜ拒む、ライカ」
瞬間、白いランバーが急減速。
ライカの後ろに着いた。
アラートが響く。
レーダー照射。
「その有機部品が、原因?」
操縦桿を引き、機首を上げる。
左にロール。
バンクして、試みる。
その間に、マスターアームを起動。
武装確認。
「ライカ、それは要らない。それが無くても、君は飛べる」
作戦が作戦だったから、大した武装は積めちゃいないが、近距離のドッグファイトなら、むしろこっちの方が都合がいい。
目視で後ろを確認する。
追ってきてる、当然か。
「それといる限り、君はここの重力にとらわれたままだ」
AAM 2 RDY
GUN 1359 RDY
いつでも撃てる。
これで、いつでも。
「ライカ――」
「エンゲージ、迎撃する」
誰に言うでも、無線の声を遮るように、俺はそう言った。
やかましいんだ、さっきから。
黙ってるのをいいことに、ベラベラと。
ライカは確かに、俺がいなくても飛べるのだろう。
今はそうでなくとも、替わりなんぞいくらでも作れる。
ライカは唯一無二だろうが、俺はそうではない。
俺はライカがいなくちゃ何もできないが、ライカは俺なんぞいなくても、何の問題もなく機能する。
無線の主が言うまでもなく、俺はいつか、ライカにとって必要ではなくなる。
そうなれば、俺は機能を全うしたということで。
即ち、死ぬだけだ。
何の問題もない。
だが、それがどうした。
どっちにしろ、やることは変わらない。
奴らがどんな狙いを持ってようが、未来に何があろうが、関係ない。
今、俺たちがするべきことは、飛んで、そのための障害を排除すること。
俺たちの邪魔をするなら、殺す。
最後の最後まで、それは変わらない、至上目的だ。
<YOU HAVE ALL FCS CONTROL:[SIG-T-NO:28]>
ライカからメッセージ。
ジャミングのせいでIFFもレーダーも機能しない今、ライカは目が見えないのと同じ状況だ。
となると、全てマニュアル操作で火器を扱うしかない。
火器管制、マニュアルモードに移行。
お前の判断で、敵を殺せ。
ライカはそう言っているのだ。
急減速。
コブラ・マニューバ。
白いランバーが、前に出る。
12時方向、目の前。
AAM、ロックオン。
「何故だ、ライカ。その有機部品は、不要だ」
無線から、抑揚のない声。
取った。
そう思い、ボタンを押す――。
「……ここまでか」
その直前、突如、目の前の白いランバーから、凄まじい閃光が発せられた。
閃光と、ヘルメット越しでも耳をふさぎたくなるような、轟音。
まるでフラッシュ・バンを目の前で浴びせられたようだ。
「なんッ!?」
思わず目をつむる。
視界と聴覚が、一時的に働かなくなる。
まずい。
このままでは、やられる。
しかし、およそ数秒ほど経ったか。
一向に何も起こらない。
不思議に思っていると、耳と目がようやく回復し、急いで状況を確認する。
白いランバーが、いない。
いつの間にか、レーダー及び、各計器も直っている。
なんだ、何が起こっている?
そう思いながら、レーダーを見て、先ほどの敵機がどこにいるのかを探す。
しかし、レーダーに映っているのは、見方を示す、ALLYが4機のみ。
先ほどのボギーは、跡形もなく消えていた。
「……どうなってるんだ?」
そんなことを思わず呟く。
すると、無線から接続するときの小さいノイズが聞こえた。
少し身構えて、無線に意識を集中する。
「こちらウルフ4、ニッパー、聞こえてる?」
すると、その声の主は大羽だった。
焦ったような感じだ。
少なくとも、声は。
「……ああ」
「無事なの!? 急に君とランバーが、レーダーから消えたんだ。誰からも連絡がつかないし……何があったの?」
先ほどに比べて、声の抑揚もある。
音声をつぎはぎしたような感じもしない。
ダメ押しに、もう一つ確認してみる。
「大羽」
「え、なに?」
「アンタの声は、安心するな。好きな声だよ」
「……え? なん……あ、ありがとう」
困惑か、それとも不快さ故かはわからないが、今のセリフで感情の変動を起こした。
となれば、恐らく人間、本物だろう。
「……ニッパーって、レイにもそういうこと言ってるの?」
「どういうことだ、少なくとも今のは、大羽にしか言っていないはずだ」
それはそうだろう。
そもそも、こんなケース自体初めてなのだから。
大羽以外に言う理由がない。
すると、大羽は呆れたようにため息を吐いた。
「いつか刺されないことを祈るよ」
「俺がか、誰にだ? 殺されるなら、刺殺よりも銃殺とかのほうが、可能性としてあり得るんじゃないか?」
「はぁ」
と、大羽は再びため息。
何だというのか。
いや、そんなことより、今は聞かなければいけないことがある。
「それより、ボギーはどこに行った?」
「……それが、レーダーから反応がきれいさっぱり消えちゃったんだ」
「確かか?」
「間違いない。
「……いや、わかった。信じよう」
大羽の優秀さは、今まで一緒に出撃してきて、十分に理解しているつもりだ。
それに、空気感で、なんとなくわかる。
ここにもう、敵はいない。
あのヒリつく感覚が、全くなくなってしまったのだ。
「不完全燃焼な感じはするけど、オーダー・クリア、かな?」
大羽が少し脱力したように、そう言った。
まだ天神が作戦終了を宣言していないから、厳密には違うかもしれないが。
残りは、民間人の救助や、その他諸々の処理のため、ラヴェルに連絡を入れるくらいだろうか。
確かに、俺たちの役割はあらかた終わったと言っていいだろう。
彼女の言う通り、すこし引っ掛かりが残るような、幕引きではあったが。
「こちらウルフ1、ニッパー、聞こえる?」
大羽との会話から、数分ほど経った頃だろうか、
少し気が抜けたところに、天神から無線が入ってきた。
「こちらドギー1、聞こえる、感度良好」
「無事なのね? よかった……」
天神はそう言って、息を吐いた。
しかし、その声色には、どこか懸念があるように感じる。
いや、というよりは、悔恨、といった方がいいのか。
とにかくそんな、ネガティブな声色。
「……ウルフ1、何か気になることでもあるのか?」
「え?」
「なにか――そう、奥歯にものが挟まったような感じがしたから、聞いた。勘違いなら、すまない」
「あ、ごめん……わかっちゃうものね」
少し言いにくそうに、天神は小さく呟く。
沈黙が、少し。
すると、彼女は意を決したように、口を開いた。
「……キール・セルゲイの乗ったヘリが撃墜された。ごめんなさい、取り逃がした」
ヘリの墜落を報告する天神は、無線越しでもわかるくらいには、沈んだ声色だ。
「死体はまだ確認できていない。生きていると、思う?」
「いや、ゼロに近いだろう」
彼女の問いに、そう即答した。
機体が爆発したうえに、結構な高度から墜落したらしいのだから。
よほどのことがない限りは、死んでいると考えるのが妥当だ。
死体を確認できていないのは、まだ見つかってないか、わからない程原型をとどめていないかのどちらかだろう。
「そう、よね……」
「何か気がかりでもあるのか?」
どこか後ろ髪を引かれているような彼女の返答が気になった。
今回の作戦において、キールは救出対象の一人ではあるわけで、それが死んだということは、今回の民間人の救出という任務は、一部失敗したということになる。
それを悔いているのだろうか?
「いえ、ただ私、ヘリが撃墜されたのを、この目で見たの。人が死ぬところを、その……間近で見たのは、初めてで……」
「つまり――なんだ、それで、ショックを受けた。そういう話か?」
「有体に言えば、そう。ごめんなさい、こんな時に、こんな話」
俺の予想は外れだった。
天神は作戦どうこう以前に、人間が目の前で殺害されたという事実そのものに、心理的な負担を感じたのだ。
先ほどのキールの生存に対しての疑問は、いつも素早く的確な判断を下す天神らしくないものだと感じたわけだが、その理由が、今の一連の問答でわかった気がした。
つまり、本当に生きている可能性を考えていたわけではなく、目の前で起こった死を受け入れるための、彼女なりの儀式だったのだ。
俺は、最強のフェアリィとされる彼女が、人の生死にここまでナーバスになっていることを意外に思った。
しかし考えてみれば、それは当然のことなのかもしれない。
彼女達フェアリィは、人類の敵とされている、ランバーを撃破するために存在するのであって、それはつまり逆に言うと、彼女達の矛先が人類に向けられることなど、全く想定されているはずもないのだ。
今回のような、人間と敵対に近い状況になることなど、稀も稀なケースのはずだ。
となれば当然、人間が死ぬことに慣れる必要などないわけである。
言うなれば人間の死に対して、彼女達は慣れていないということだ。
命を懸ける覚悟はあっても、他人の屍を踏みしだく心持は持っていないわけだ。
現に、フェアリィとしてはベテランの域にいる天神が、面識のない他人の死に対して、必要以上にショックを受けている。
それは何だか、彼女達の在り方そのものを、示しているように感じた。
少女のメンタリティを持つ、最高級の兵器という、どこかアンバランスな存在。
ぼんやりと感じていた彼女達の特殊さが、ハッキリと形になったような感覚だった。
「アナタは――」
「なんだ?」
「アナタは冷静ね、ニッパー。平時と何も変わらない。目の前で誰かが死ぬことは、怖くないの?」
「それは――どうだろうな。人間の死はたくさん見てきたが、考えたこともない」
「ライカでも、自分でも?」
そう聞かれ、俺は一瞬、言葉に詰まった。
あの謎の無線の主に言われたことを、思い出した。
「……ライカが死んだら、俺も役割を失って死ぬも同然だ」
天神の問いに、俺はそう答えるしかなかった。
「……誰がどうなっても、アナタは変わらないの、ニッパー?」
「センチな質問だな、どうも」
「どうなの?」
「わからない。少なくとも、今考えて、答えの出ることじゃないのは、確かだ」
もう敵もいないとはいえ、曲がりなりにも作戦中だというのに、随分と天神らしくない、悠長な質問だ。
いつもはこういうことを、叱責する側だというのに。
それだけ、彼女は人の死に恐怖しているのかもしれない。
「じゃあ、私が死んだら、どう? 泣いてくれる?」
「……なんだって?」
彼女には珍しい、か細い声での質問だった。
予測しなかったそれが出てきて、俺は思わずそう聞き返した。
少し間を置くと、ハッという、我に返ったような声が、無線越しに聞こえた。
「ごめんなさい、急にこんな……ホントにどうかしている、作戦中に」
「……これ以上は、帰投した後で構わないか?」
「え、ええ、もちろん……ごめんなさい、本当」
「いや、いい」
なんだか、珍しい時間だ。
彼女の情動を見たのは、初めてかもしれない。
トップクラスのフェアリィである彼女にも、ああいった不安定性があるのだ。
それを知れた気がする。
兵士として機能するにあたって、それは良くはないことなのだろうが。
10代の子供である以上――いや、人間である以上、どこかにそう言った、機能不全が必ず備わっているのだ。
機械でない、その限りは。
「と、とにかく」
そんなことを思っていると、天神は咳ばらいを一つして、続けた。
「今回は救助もあるから、事後処理も多い。一旦、近くに着陸しましょう」
確かに天神の言う通り、まだミッションは終わってはいない。
事後処理中に増援が来る可能性もなくはないので、俺だけ帰投するわけにもいかない。
だが、燃料も予想以上に消費しており、ずっと飛び続けられるほど、余分な量もない。
となると、彼女の言う通り、素直に近場に着陸し、補給を受ける必要があるだろう。
「了解した。燃料は貰えるのか?」
「ニッパー、私たちが守った場所はどこ?」
そう言われて、俺はマーティネス支社のビルを見る。
様々な航空UAVを製造している会社の、アジア拠点。
近場に試験用の敷地もあって、資金力は折り紙付き。
なるほど、愚問だったかもしれない。
「話はつけといたから、指定するランディング・ゾーンに着陸して」
天神が言うと、すぐに着陸地点の座標が送られる。
その方向に顔を向ける。
暗がりに
「アプローチできるようになったら報告を。リリアが誘導する」
「了解」
そう言って、指針を滑走路へと取る。
月のない夜の街は、ただその灯を暗闇に放っている。
そこで起きたことなど歯牙にもかけないように、機能を全うすべく、煌々と。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回で今年の投稿は最後となります。
次回投稿はお正月明けの1月4日を予定しております。
お待たせして申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い申し上げます。
それでは皆様、良いお年を。
【追記】
諸都合により、更新を1月5日に延期させて頂きます。
大変申し訳ございません。