少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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04.休日の買い物
お休みの日


 あの作戦が終わって、数日が経った頃だろうか。

 

 懐かしい、今はそんな気分だった。

 仰向けで、硬い手術台に寝転がりながら、そんな感傷を抱いている。

 

 部屋の周りには、大小さまざまなコンピュータ。

 それらが所狭しとひしめいていて、稼働していることを表すように、静かに点滅している。

 天井に吊るされた、手術に使うような大きな照明。

 コンピュータのファンの音と、時折聞こえる、金属音。

 

 ふと、寝ている自分の身体を見る。

 そこにあるのは、普段の姿とは少し違っていた。

 様々な部分が切られ、開かれ、大量のケーブルでコンピュータに接続されている。

 改造された部分を、調整している真っ最中だ。

 

「どうしたの、ニッパー?」

 

 と、横から、俺の身体を調整している本人が、話しかけてくる。

 桂木だ。

 桂木シズク。

 

「いや、なんでもない。久しぶりだったから、つい」

「ならいいけど……痛かったら、すぐに言ってね?」

「ああ、わかった」

「そういえば、初めてかもね。ニッパーが”久しぶり”なんて言うのは」

 

 桂木はそう言って、表情を少し綻ばせた。

 そうだったろうか。

 とは言え確かに、ノスタルジーに浸れるような記憶もないから、そうなるか。

 

 なぜ桂木がここにいるのかというと、簡単なことだ。

 あの作戦の後、結果的に桂木は、マーティネスを退職し、正式にラヴェルの配属となったのだ。

 とは言え彼女曰く、やはりと言うかなんというか、退職するときはひと悶着あったようだが。

 

 無理もないだろう。

 なんせ彼女は、『フェアリィ達を意図的に攻撃しました』なんていう、マーティネスの致命的なイメージダウンに繋がりかねない事件の、関係者の一人なのだ。

 そんなどんな情報を持っているかもわからない人間を、社員という命令できる立場に留めておきたいと考えるのは、企業側としては当たり前かもしれない。

 

 しかし最終的には、芹沢理事長がいろいろと便宜を図ってくれて、無事退職できたとのことだった。

 なぜ理事長がそこまでやってくれるのかは、桂木もわからないらしいが。

 

 単純に、彼女の能力を買ってのことだろうか。

 はたまた、何か別の狙いがあるのか。

 

 まあ、俺としては、理事長殿がどんな画を描いていようが、どうでもいい。

 結果として桂木はラヴェルに来て、俺とライカは、こうして再び彼女にチューニングしてもらえるようになったのだから。

 

 彼女が来たおかげで、俺たちはいつでも、最適化して飛ぶことが出来るようになるのだ。

 文句の付けようもないだろう。

 

「……これは、思ってた以上にガタガタね」

 

 桂木が俺の身体を見ながら、呟いた。

 だろうな、と思った。予想通りだ。

 

EAPS(緊急推力増強システム)を使ったからな。急激なスクラムで、だいぶイカレた」

「あの加速は、やっぱり使ってたのね……あの時は仕方ないにしても、元々有人飛行のテストはできてないんだから、あまり無茶しちゃダメよ?」

 

 桂木はそう言いながら、PCのモニタを覗く。

 そこに映っているのは、リアルタイムでチェックされている俺のバイタル情報だ。

 この膨大な情報と睨めっこしながら、移植されているインプラントの調整を適宜しているわけだ。

 

「でも、それだけじゃないわ。長いことメンテできてなかったから、いろんなところでズレが出ちゃってるのも大きい」

「直せるか?」

「誰に言ってるの」

 

 そう言いながら、桂木は少し得意げに笑った。

 

「ちゃんと責任をもって、ラヴェルに来た時よりも、良くしてあげるわよ」

「助かる」

 

 そう言って、彼女は無言でうなずき、再び作業に戻った。

 

 会話は一旦、それで途切れた。

 部屋に静寂が訪れる。

 時たま聞こえる、工具の硬い音や、電子音が静かに鳴り響いている。

 子守唄に、ちょうどいいかもしれない、なんて思った。

 実際には、子守唄なんてものは聴いたことがないから、これといった根拠はないが。

 

 そんなことを考えながら、時間は果たして、どれくらい経っただろうか。

 顔を横にして、備え付けの時計を見ると、数十分ほど針が進んでいた。

 

「……そういえば」

 

 と、桂木が話しかけてきた。

 なにやら神妙な顔をして、続ける。

 

「レイに話したわ。私が研究所で、何をやってきたか」

 

 どうやら、あの夜に俺に言ったことを、実行したらしい。

 

「もう言ってよかったのか? まだ公開されてない情報のはずだろう」

「理事長さんが、ウルフ隊の子たちだけには、話したらしいわ。ショッキングな内容だけど、彼女達もいい加減、無関係ではいられないだろうし」

 

 それを聞いて、なるほどな、と思った。

 確かに、もはやマーティネスと戦った彼女達に、別段隠す必要もないだろう。

 

 あまり大っぴらに喋れる内容でもないが、彼女達は曲がりなりにもベテランのフェアリィだ。

 作戦内容に関係があることを、言いふらすような連中ではない。

 

 であれば、変に隠すよりも、ある程度そういう情報は開示したほうが良い。

 正確な情報を多く共有するほど、連携はスムーズになるのだから。

 

「……それでなんだけど」

 

 すると桂木は、静かなトーンで俺に言った。

 

「聞いてくれる?」

「ああ」

 

 彼女ら家族のことについて、俺が別にどうこうできることはない。

 だからそんな報告を受けても、意味がないとは思う。

 

 しかし、桂木にとっては違うのだろう。

 他人に話すと言う行為そのものが、思考や感情の整理に役立つということを、何かの本で読んだことがある。

 これは、恐らくその一環なのだろう。

 あくまで、予測でしかないが。

 

「……結局ね」

 

 その言葉を皮切りに、彼女はポツリポツリと話を続ける。

 

「すっごく怒られたわ。当然よね、実の姉が犯罪に手を染めてたんだから――私が謝ったとき、レイなんて言ったと思う?」

「なんて言ったんだ?」

「”謝る相手が違う”って――言われて、ようやく気付いたわ。結局のところ、私がやってることって、罪悪感を誰かに押し付けてただけだったのね」

 

 そう言う桂木は、話の内容に違わず、お世辞にもポジティブとは言えない表情だ。

 しかし、何というか、そう、ただ曇っている、というのでもない。

 それはどこか、抵抗することをやめたような。

 前に会ったときに感じた、何かを振りほどこうとしている、足掻きみたいなものを感じなくなったというか。

 なかなか言葉にするのが難しいが、そんな、何かを受け入れたような顔つき。

 

「それで、でもね……ひとしきり怒った後――」

 

 話を続ける彼女は、ほんの少しだけ柔和な雰囲気になった。

 研究所でこんな顔をしていたのを、思い出した。

 

「”それでもお姉ちゃんの味方だから”って、言ってくれたの。いつの間にか、あの子、あんなに強くなったのね」

 

 その口調は、寂しそうだが、柔らかい。

 そうだ、思い出した。

 研究所でも、レイの話をしたとき、桂木はこんな感じだったっけか。

 

「私もいい加減、逃げるのをやめなきゃね。自分の過去を背負って、やるべきことをやるしかない」

 

 そう言って桂木は、静かに微笑んだ。

 

「アンタのやるべきことってのは、何だ?」

「決まってる」

 

 俺のその疑問に、彼女は淀みなく答える。

 

「アナタとライカを、飛ばすことよ。誰よりも、遠くまで。レイ達を守ってもらうためにね」

 

 それを聞いて、俺は内心、安堵した。

 これで死んだ実験体に対して、贖罪しながら生きていくなどと宣ったら、どうしようかと思っていたが、杞憂だった。

 

 実際のところ、彼女の言い分には、俺もおおよそ同意できた。

 例えばここで、桂木が罪の意識に苛まれて、贖罪に一生を捧げる選択をするとしよう。

 

 その場合、彼女はどうするべきか。

 死んだ実験体の連中は、俺含めて遺族なんてもんもいないから、償う者なんていないだろう。

 では、仮にいたとして、どうするのか。

 彼らを悼んで、一生賠償金でも払いながら、喪に服しでもすればいいのか。

 それとも、自殺でもしろというのか。

 

 金なら別にいい、いくらでも、桂木が満足するまで払えばいいだろう。

 だが、贖罪で研究をやめたり、ましてや自殺などしようというなら、俺はあらゆる手段をもって止める。

 

 当然だろう。

 だって、そうなっては誰がライカを調整してくれると言うのだ。

 ライカを最高の状態にできるのは、俺の知る限り桂木しかいないのだ。

 俺は別に、いくらでもスペアの人間を造れるだろうからどうでもいいが、ライカは違う。

 彼女が十全以上に飛ぶためには、桂木が必要なのだ。

 

 極端な話、桂木が悩んでいる遠因であろう倫理観や罪悪感など、俺にはどうでもいい。

 ライカの存続の障害となるのであれば、そんなものは無視してほしいとさえ思う。

 

 だから俺にとっては、桂木はいい落としどころで、自身の悔恨にケリをつけてくれたと言える。

 結果として、ライカのサポートに力を入れてくれさえすれば、こちらとしては万々歳なのだから。

 

「なんにせよ、悩みが解決したみたいで、何よりだ」

「これでライカに専念してもらえるから――でしょ?」

 

 なぜか桂木は俺の思考を読んだかのように、そう答えた。

 

「よくわかったな、言ってもないのに」

「ニッパーが私で喜ぶことといったら、ライカ関連に決まってるわ。研究所の時からそうじゃない」

 

 そう言われて、そう言えばそうだったかと思い直す。

 研究所時代では確かに、彼女の話で喜ぶときは、ライカの話のときだけだったか。

 本当にそうだったか?

 確か、それ以外の話でも――ダメだ、ライカ関連以外に、彼女と何を話したかいまいち思い出せない。

 

「ニッパーはいつもライカ、ライカね……ねえ、女の子に興味とかは、ないわけ?」

 

 と、桂木はそんなことを聞いてきた。

 先ほどまでの重苦しい雰囲気は鳴りを潜め、どこか面白がっているような感じだ。

 

「興味?」

「例えば、ウルフ隊で気になってる子とか、いないの? かわいい子ばっかりだし」

「恋愛的な観点で――という意味か?」

「そう」

「ないな、考えたこともなかった」

 

 と言うと、桂木はため息を吐いた。

 

「まあ、ニッパーはそうよね……よしっと」

 

 と、桂木は持っていた手術用具を片付け、俺に着けられているセンサ類を外す作業に移った。

 メンテナンスが終わった、ということだ。

 

「メンテ終わり。どう?」

 

 全てのセンサを取り外してから、桂木はそう聞いてくる。

 台から起き上がって、腕や手を動かしてみる。

 次に立ち上がって、足の感覚、動きを確認する。

 異常なし。

 いや、それどころか、重りが外されたかのように体が軽い。

 さすが、というべきか。

 

「好調だ。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 言いながら、彼女は体を伸ばし、一息つく。

 さて、今日はこの後は、特にこれといった予定もない。

 メンテナンスも終わったことだし、ライカのオーバーホールでもやるか。

 

 なんてことを考えていると、部屋に電子音が響いた。

 部屋に備えついている、インターホンの音だ。

 誰か来たのだろうか。

 

「どうぞ」

「え、待ってニッパー、服――」

 

 と、桂木が何か言う前に、部屋の自動ドアが開いた。

 

「お邪魔するわ。ニッパー、いるかしらッ――!?」

 

 入ってきたのは、天神だった。

 それは良いのだが、何やら俺を見るなり、目を見開いて絶句していた。

 

「あれ、ナナさん、どうし――うわ!?」

 

 と、続いてレイが入ってきた。

 が、天神と同じく、俺を見てフリーズ。

 二人とも顔が赤い。

 何があったというのか。

 

「に、ニッパーさん、服! 服着てください!」

「……ああ、なるほど」

 

 レイに言われて、自分の今の格好を思い出した。

 つい先ほどまで体をメンテナンスされていたわけだから、必然的に服を脱いでいるわけで。

 つまり言うと、今の俺は下着一枚以外、何もつけていない状態だった。

 天神達はその状態がお気に召さないらしい。

 

「桂木、俺の服どこ?」

「ほら、これ。もう、しっかりしなさい」

 

 呆れながら桂木が、ジーンズとシャツを渡してくる。

 

「すまない、お目汚し失礼した」

 

 渡された服を着ながら、俺は天神達に謝罪する。

 一体何にこんな狼狽しているのかは皆目わからないが、何かしら気に障ったのだろう。

 動揺っぷりを見る限り、それも相当。

 

「い、いや別に、私は……嫌じゃないと言うか――」

「な、ナナさん!?」

「いや、ちがッ!」

 

 しかし、何やら場はまだ収まっていないようで、天神とレイが何か言いあっている。

 結局、何の用なのだろうか?

 

「ふむ、良い身体じゃないか」

 

 と、また別の声が聞こえた。

 声がしたほうを見ると、そこには駆藤がいた。

 見ると、落花と大羽もいる。

 ウルフ隊が全員だ。

 

「はえー、本当に改造人間なんだね」

 

 俺の身体を眺めながら、落花が感心したように言う。

 そういえば、研究所のことを聞かされたのか。

 

「意外か?」

「いんや、むしろ納得かな。生身であんな変態機動に耐えてる方がホラーだよ」

 

 まあ、落花の言う通りだ。

 生身でライカの動きに対応できる人間がいたら、そいつはもう人間じゃないだろう。

 もっともな感想だ。

 

「……あのさ、話進めない?」

 

 と、ある程度静観していた大羽が、ため息をついてそう言った。

 

「ほら、そこの2人も」

 

 大羽が、未だになにやら言い合っている天神とレイに呼びかける。

 すると2人はようやく気づいたようで、大羽のほうを見て、バツが悪そうにしながらも、会話を中断した。

 

「……で、用件は?」

 

 服を着終わった俺は、手術台に腰を下ろして、聞く姿勢をとった。

 

「え、ええ、それなんだけど――」

 

 と、天神は一旦咳払いをして、続ける。

 

「買出しに、ニッパーも一緒に行かないかな、と思って」

「買出し?」

「そう」

 

 天神の言葉に疑問を持っていると、落花が割り込んできた。

 代わりに回答してくれるようだ。

 

「いつも休日お部屋かガレージに引きこもってる、かわいそうなニッパーくんに、特別に私たちとデートする権利をあげよう――ていうリーダーからの粋な計らいだよ」

「……そうなのか、天神?」

「ミサ、黙ってて」

 

 天神の様子を見るに、全然違うらしい。

 ため息を一回はいて、彼女は続けた。

 

「近日中に、フェアリィ訓練生の修了記念パーティーを行うんだけど、それの飾りつけとか、パーティーグッズとかの買出しに、今日行こうと思ってて」

「ふむ」

「それで、良ければニッパーも一緒に、どうかなと思って」

「俺が行っても役に立つか?」

「いや、役に立つ立たないじゃなくて、ええと……」

 

 なにやら天神は言いあぐねていた。

 何だと言うのだろうか。

 

「仲間をショッピングに誘うのに、特別理由もいらないでしょ」

「それに、荷物持ちにもなる」

「こら」

 

 大羽と駆藤が、天神の代わりとばかりにそう補足した。

 なるほど、要は、彼女たちなりのご厚意、ということか。

 

 天神はそれに何か反論するでもなく、どこかやりづらそうに、顔を少し附せ、上目で俺を見る。

 しかし、その厚意を無碍にするようで申し訳ないが、今日はライカのオーバーホールをしようと思ってたのだ。

 彼女らには悪いが、この話は断ろう。

 

「これからライカの整備をするんだ。すまないが――」

「いいじゃない、行ってきなさいよ」

 

 すると、桂木がそんなことを言い出した。

 なぜかと思っている俺をよそに、彼女は続ける。

 

「ニッパー、ライカのオーバーホールをするつもりなら、今日は無理よ。一回診断プログラムにかけなきゃいけないから、それまではお預け」

「いや、しかし――」

「仲間と交流を深めることは、空を飛ぶうえでも有効よ。巡り巡って、それがライカのためにもなるはず」

「……そういうものか?」

「そうそう」

 

 と、柔和な笑顔で言う桂木。

 なにやら言いくるめられてる気がしてならなかったが、桂木はこと研究に関しては嘘は言わない。

 彼女が言うなら、まあそうなのだろう。

 

「わかった、同伴しよう」

「え、チョロ……」

「お姉ちゃん、手慣れてない……?」

 

 なにやら落花とレイがぶつぶつ言っているが、特に反応しなくても問題なさそうな内容だ。

 

「で、どこに行くんだ?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 そう言うと、落花はどこに持っていたのか、紙切れを一枚取り出して、こちらに見せてきた。

 チラシだ。

 

 内容は、だいぶ端折って説明すると、少し前にラヴェルに大型ショッピングモールが開店したというものだった。

 かなり大きな施設だ。ラヴェルというものの広大さを、改めて実感する。

 ただ――。

 

「『ドッグランド』! ここで決まり!」

 

 その名前はどうなんだ?

 というのは、口には出さず、思うだけに留めておこう。

 はしゃぐ落花を見ながら、そう決めた。

 

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