少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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姉妹の謀略

 フェアリィ達の養成機関であるラヴェルは、ほとんどの場合、どの国家にも属さない海上に設置されている。

 その役割を十分に果たすため、その場所は、一つの島と呼べるほどに広大かつ、幾重にも層が重ねられている、巨大なプラットフォームとなっている。

 

 その巨大さに違わず、そこにはフェアリィとその関係者を支えるための、施設と物資が豊富に備わっている。

 フェアリィ用の学園や兵器関連施設は言わずもがな。

 さらに言えば、映画館や運動場、商店などの娯楽施設も多く建設されている。

 この時世においては、下手な国家に帰属するよりも裕福な暮らしができる、とさえ世間で言われている程だ。

 

 現在、ニッパーとウルフ隊たちが足を運んでいる大型ショッピングモール、『ドッグランド』は、まさにそんなラヴェルの在り様を象徴しているかのような場所だった。

 

「はー、でっかいねえ、こりゃ!」

 

 昼下がりのショッピングモールを目の前にして、ミサはそう嘆息した。

 その場の6人全員が、彼女の意見に内心で同意した。

 

 彼らの視界に納まりきらない程の、巨大で真新しい建造物。

 ただの買い物をするのに、こんな大きなものを建てる必要があるのだろうか。

 なんていうことを、ナナは思った。

 

「人もすごいね……オープンしたてだから当たり前だけど」

 

 少しゲンナリとした顔をしつつ、リリアはそう言った。

 彼女の言う通り、その周辺は人でごった返している状態だ。

 

 フェアリィはもちろんのこと、それ以外にも家族連れやカップルなどの一般人がみるみるうちに入口へと吸い込まれてゆく。

 遠目に見るとまるで波のようにすら見える。

 

「酔いそう……」

「いい加減慣れろ、情けない」

 

 辟易としているリリアに、ヨーコは呆れた顔をして言った。

 大羽リリアという少女は、人の大群というものに対して、お世辞にも良い感情を持っているとは言えなかった。

 チームワークに則った動きや、編隊飛行というものが苦手だったために、フェアリィにおいては単独でできるAWACSを選んだほどだ。

 

「……で、俺はここでなにをすればいいんだ?」

 

 と、ニッパーが横にいるナナに聞いた。

 

「なにって……まあ、適当に、一緒に回ればいいんじゃない?」

「なんだ、決まってないのか」

「だって、今日は私、隊長でもなんでもないもの」

 

 当のナナは、少しヘソを曲げたように、そう答えた。

 

「そんなこと言われたって、知らないわ。好きなようにすればいい」

 

 そう言われると、ニッパーは面食らった顔をした。

 

「……そういうものか」

「そう。勉強になった?」

「ああ、学習した」

「大きな赤ちゃんね、まるで」

「なに?」

「フフ」

 

 どこか困惑しているニッパーを見て、ナナは思わずと言った具合に笑う。

 普通ならば、ふざけていると思うところだが、ことニッパーに限っては本気なのだろう。と、ナナは考えていた。

 

 本当に、変な人だ。

 ライカに乗ってる時は、恐ろしいくらいに冷静で、強いのに。

 一度陸に降りてしまえば、子どもみたいに何にでも新鮮な反応をするのだから。

 

 俗世離れしているというか、単にぼうっとしているというか。

 今朝のことだって――。

 

「あッ……!」

 

 と、ナナはそこまで考えて、あることを思い出すに至った。

 脳裏にフラッシュバックするのは、今朝見てしまった、下着一枚のみ身につけた、ニッパーの姿。

 

「ムッツリ」

 

 と、いつの間にかナナのすぐ後ろにいたミサが、ナナの耳元で囁いた。

 

「ちが……や、ミサ!」

「いやあ、リーダーも色を知る年になったんだねえ、私は嬉しいよ」

「同じ学年でしょ!」

 

 ムキになって食いかかるナナに、彼女はケタケタと揶揄うように笑っていた。

 

「……うーん」

 

 と、そんな中、レイだけは一人、眉をひそませながら、唸っていた。

 難しい顔をしながら思い出すのは、今朝、ここに出かける直前のこと。

 何か買ってきて欲しいものはないかと、姉のシズクに聞きに行った時のことだ。

 

 

 

 

「ニッパーさんが女の子に興味を持つようにして欲しい?」

「そう」

 

 怪訝な顔で姉の言葉をオウム返しする自分に、お姉ちゃんはそれだけ答えた。

 そう、と言われても、こちらとしてはなにがどうなのか、さっぱりわからない。

 

「順を追って説明してよ。お姉ちゃんって、いつもそういうの省くんだから」

「ああ、ごめんなさい! えーとね――」

 

 手をワタワタと振りながら、慌てて説明の言葉を探し始めるお姉ちゃん。

 久しぶりに見たそれは可愛らしくもあったけど、今は頭に浮かぶ疑問符で、それを楽しむ余裕はなかった。

 一旦咳払いを挟んで、お姉ちゃんは続けた。

 

「まあ、つまり、ニッパーってほら、あんなんじゃない?」

「あんなんって言い方はあんまりじゃない?」

「あら、否定できる?」

「……いや、うん、そうだね」

 

 『あんなん』という、その四文字が何を意味するのかは、場合によって変わるわけだけど。

 けれども、今その言葉が指す意味は、私たちの中で共通しているのが、言われなくてもわかった。

 

 つまりは、普段のニッパーさんのことだ。

 空に上がれば、今どき珍しい、凄腕の戦闘機パイロット。

 でも、一旦陸に降りてしまったら、その側面は鳴りを潜めてしまう。

 

 陸にいる時の彼は、なんていうか、ぼうっとしている。

 いっつも無表情だし、何考えてるかわからないし、鈍いし、こっちの話に共感してくれたことなんて一回もない。

 この間なんて、『この漫画の男の子、すごいかっこいいんですよー!』と、お気に入りの秘蔵恋愛漫画を読ませたところ――。

 

『……面白いな、なんかこう、彼らの生態が』

 

 と、ものすごく難解なものを見るような眼で言ってきたのだ。

 生態って何? 何目線なの?

 言葉の端々から、ちゃんと気を遣って感想を言ってくれてるんだとわかるのが、余計に腹立たしかった。

 

 まあ、何が言いたいかというと、こういう話に枚挙がないくらいには、ニッパーさんは『あんなん』だということだ。

 

 そりゃァ、まあ? たまには? 悲しい時に傍にいてくれたり? 命がけで守ってくれたりしたこともあったりして? カッコよく見えるときもほんの時たまありますけれど?

 だからって、そんな簡単にニッパーさんが『あんなん』から脱却できるわけでもないので。

 ええ、本当に。 

 

 ふとお姉ちゃんを見ると、私を見ながら苦笑いをしていた。

 顔に出ちゃっていたかも。

 

「あはは……まあ、レイの考えている通り、あの子あの調子じゃない? 将来のこと考えると、心配で……」

「将来?」

「ライカがいなくなった時のことよ」

「え……?」

 

 その言葉を聞いた私は、一瞬だけ、あっけにとられてしまった。

 お姉ちゃんはそんな私を見て、慌てて続ける。

 

「いやいや、近いうちにどうこうっていう話じゃないわよ。ニッパーがおじいちゃんになっても、ライカと飛び続けられるわけじゃないでしょ?」

「ああ、なんだ、そういう……」

 

 お姉ちゃんから訂正の言葉を聞いて、私は内心ほっとした。

 これでライカちゃんを破棄する、だなんて言い出したら、それこそニッパーさんが何するかわかったもんじゃない。

 あの人のライカちゃんへの入れ込みようと言ったら、もう――。

 

「あ……」

 

 と、そこまで考えて、気づいた。

 間抜けな話だけど、ここに至ってようやく、私はお姉ちゃんが言った最初のお願いの意味を、理解したのだ。

 

「……そういうことよ、レイ」

 

 お姉ちゃんは、困ったような顔をして、そう言った。

 そう、つまり、ライカちゃんを失ったら、ニッパーさんは生きていけないのだ。

 

 あの人は、自分のことをライカちゃんの部品だ、と言っていた。

 その言葉は決してハッタリなどではない。

 普段のあの人を見ていればわかる。

 彼女の性能を最大限に引き出すために、自分の命なんて全く勘定に入れてないような、そんな戦い方をしている。

 

 飛んでない時ですら、何かにつけライカちゃんだ。

 きっと彼は最期の最後まで、イジェクトレバーなんて引かないだろう。

 ライカちゃんを堕として生き残るくらいなら、迷わず彼女と心中するだろうことは、簡単に想像できた。

 

 ニッパーさんは、そう、ライカちゃんに対して、一途すぎるのだ。

 文字通りあの人は、彼女のために生きていると、言ってもいい。

 

 つまり、それは逆に言えば、ライカちゃんがいなければ、あの人は死んでしまう、ということで。

 彼女が消えれば、それはあの人にとって、生きる理由が消えるのと同義だ。

 それは、確かに危険だ。

 

「まあ、このお願いの理由を、総括するとね――」

 

 お姉ちゃんは頭を無造作に掻く。

 ヘアセット乱れるからやめなって、昔から言ってるのに。

 なんて、思っているのをよそに、言葉を続けた。

 

「ニッパーには、ライカ以外にも、所謂生きる理由を見つけて欲しいわけよ」

「うーん、なるほど……」

 

 確かに、そんな風に言われてしまうと、断る理由もない。

 ない、けれど、引っかかることがあった。

 

「それはわかったけど、なんで女の子? 恋愛じゃなくて、友達とかじゃダメなの?」

 

 そう、ライカちゃん以外にも大事な人を――というのであれば、別に恋人とかじゃなくてもいいはずだ。

 わざわざ限定する意味なんてないはずだけど。

 そう考えていると、お姉ちゃんはなんでもないように答えた。

 

「そりゃあ、あれよ。妹の恋路を応援してあげようと思って」

「は?」

「好きなんでしょ? ニッパーのこと」

「はあ!?」

 

 いきなりこの愚姉は何を言っているのか。そう思わざるを得なかった。

 ちょっと異性同士の中がいいだけで、好き認定するのは勘弁してほしい。

 

 まあ確かに空を飛んでるときはカッコいいし頼りになるし、無愛想で不器用だけどだからこそ時折見せる優しさは良いなとは思うし、普段ライカちゃんにゾッコンなくせに不意打ち気味にこっちのことも時折気にかけてくれるのは卑怯だし――いや、じゃなくって!

 

「まあ、というのは冗談として」

「お姉ちゃん?」

 

 こっちはもう一度大喧嘩したっていいんだよ?

 なんてことを考えていると、お姉ちゃんは誤魔化すように咳払いをして、話を進めた。

 

「実際の話、恋愛っていうのは、友達関係より『縛り』が強いのよ。心情的にも、制度的にも」

「……まあ、それはわかったけど。ていうかそもそもニッパーさんって、女の子に興味あるの?」

「ないことはないはず。ライカのことを女性視してるし……あと、ついでに生殖機能も問題ないし」

「な、なんでお姉ちゃんがそんなこと知ってるの!?」

「誰があの子の身体メンテしてると思ってるのよ」

 

 しれっとそんなことを言う実の姉を見て、私は何だが、知らないうちに置いてきぼりにされたような気分になった。

 もちろん、あくまでパイロットとサポートの研究者という関係なだけで、何もやましいことはないのは知っているけれど……本当にそれだけだよね?

 ちょっとだけ、気まずい沈黙が流れる。

 

「と、とにかく、ちょうどいい機会だから……ニッパーがライカ以外にも興味を持つきっかけが欲しいの」

 

 と、お姉ちゃんはそう言ってきた。

 正直な話、これは私としてもやぶさかではなかった。

 ニッパーさんの大切なものが増えるっていうのは、私としてもうれしいし。

 それに、いつもすまし顔で、私の話をつっけんどんに聞いてるあの人に、意趣返しをするいい機会だ、なんて。

 

 ただ、ひとつだけ、確認したいことがあった。

 人によってはなんてことはないけど、私からしたら、大切なこと。

 

「お姉ちゃん」

「ん?」

「それは、ニッパーさんに対する、罪滅ぼし?」

 

 私の言葉を聞いた瞬間、お姉ちゃんは口を閉じて、目を見開いた。

 少しだけ、沈黙が流れる。

 時間にして、数秒程度。

 すると、お姉ちゃんはゆっくりと口を開いて、こう答えた。

 

「……いいえ、私の個人的なわがままよ」

 

 そう言うお姉ちゃんの顔は、優しかった。

 いろんな罪を背負って、少しやつれちゃったけど。

 その顔は変わらない、私のお姉ちゃんだ。

 

「……ん、わかった。やってみるよ」

 

 私は、お姉ちゃんの答えに笑って、そう答えた。

 

 

 

 

 ――と、そんな図り事を姉妹間で交わしたレイだったが、ここにきて、ごく基本的なことを考えていた。

 

 とは言え、一体何をすればいいんだろうか、と。

 

 シズクにもこの質問をしたわけだが、返ってきた回答は『て、手を繋ぐ……とか?』などという有用性のかけらもない案だった。

 レイは思う。

 そもそも自分もお姉ちゃんも恋愛経験など皆無なのに、いい案が出るはずがないじゃないか。

 ひょっとしてこれは、最初から無謀な計画だったのではないか、と。

 

 確かに、今すぐ行動して結果が出るようなことでもない。

 とは言え、何もしなかったら普段と一緒だ。

 どうすればいいんだろうか。

 どうすれば――。

 

「桂木」

 

 と、そんなレイに、ニッパーが不意に話しかけた。

 

「うわ、は、はい!?」

「……体調でも悪いのか? ずいぶん唸ってるみたいだが」

「い、いやあ、その……来月の中間テストのこと考えて、憂鬱だなあと」

 

 と、誤魔化すためにそんなことを言ったが、ミサとヨーコがそれに辟易とした表情をした。

 

「げえ、こんな時に思い出させないでよ」

「忘れてしまえ、全部」

 

 そんなことを言っているのを、レイはなお誤魔化すために、苦笑いするしかなかった。

 そんな3人を見て、ナナは仕方ない、と言ったようなため息をつく。

 

「ほら、今は買出しに集中。ただでさえ人が多いんだから、はぐれでもしたら――」

 

 すると、その時だ。

 彼女らを横断するように、大勢の人間が移動を始めた。

 

「きゃ!?」

 

 それは果たして誰の声だったか、もはや定かではない。

 ひとつ言えることは、ニッパーとウルフ隊の6人は、人の波にさらわれ、散り散りになってしまったということだ。

 

「うわ、うわわ!」

 

 大勢の人間に押され、レイはただそうやって唸ることしかできなかった。

 どうしよう、抜け出せない、苦しい。

 そんな風に思っていた、その時だ。

 不意に、誰かが手を掴んできた感触が、レイを襲った。

 誰のかわからない、男の手だ。

 

「あ……」

 

 だがレイは、不思議とそれを嫌とは思わなかった。

 それに何か声を発する暇もなく、掴まれた方へずるずると引っ張られていく。

 やがてそれにつられ、強引に人波から出られたとき、その手の正体がわかった。

 

「ニッパーさん……」

 

 レイが一息ついてから見た顔は、ニッパーだった。

 いつもと変わらず、無表情で、そっけないような顔をしている。

 

「無事か?」

 

 と、淡々と彼は、レイに聞いた。

 

「あ、はい、ありがとうございます」

「ならいい」

 

 それだけ言って、彼は手を離した。

 

「すまない、不躾なことをしたな」

「え……」

 

 レイはその返答に困った。

 少し考えて、自分の手をつかんだことだと思い至ると、勢いよく頭を横に振った。

 

「い、いいえ、全然! い、いやじゃ、ないですから……」

「そうか――とにかく、天神達と合流しよう。連絡してみる」

 

 と言って、ニッパーは携帯端末を取り出し、ナナ達に向けてメッセージを送る。

 それを見てレイは、なんとも煮え切らないような気持になった。

 これを見るに、今のも、本当になんとも思ってないんだろうな、と。

 

「……ズルいなあ、いろいろ」

「何がだ?」

「いいえ、なんでも」

「そうか。まあとにかく、今メッセージが来た。雑貨店に向かうから、そこで合流しよう、だと」

 

 レイの話に疑問を残しつつも、ニッパーは粛々とナナからきた指令を共有する。

 二人が雑貨店がある方向に目を向けると、それははるか遠く、無数の人の群れを隔てたさきにあった

 

「……これはだいぶかかりそうですね」

「俺もそう思う」

 

 レイは苦笑いして、ニッパーは淡々と、それぞれそんな所感を述べた。

 

「時間制限があるわけじゃないんだ。確実にいけばいい」

「まあ、そうですね、せっかくだし、ゆっくり行きましょう」

 

 最初ははぐれたことに焦っていたレイだったが、ニッパーの態度に毒気を抜かれたのか、その気持ちはすっかりと落ち着いていた。

 

「じゃあ、いきましょう」

「ああ」

 

 2人はそれぞれそう言って、その場からは移動を始めた。

 最初にハプニングはあったけれども、せっかくのショッピングモールなのだ。

 できる限り楽しむことにしよう。と、レイは気持ちを切り替えることにした。

 

 レイは思う。

 そうだ、せっかくなんだから、ちょっとだけ寄り道して、服とか見てってもいいのではないだろうか?

 ちょうど、ニッパーさんもいるんだから、試着を見てもらったりして、二人で――。

 ……二人で?

 

 と、ここでレイは、あることに気づく。

 そのせいで、ようやく落ち着いた鼓動が、急速に早まるのを感じた。

 

 ――今、二人きりだ。

 

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