少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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ついていけばよかった

 顔の向きを一切変えず、ただその目先だけを、リボルバーのシリンダー部分に向ける。

 やはり全ての弾倉に、しっかりと弾が入っているのがわかった。

 サイズの大きさから見て、マグナム弾だろうか。

 銃口の先は、俺の額。

 

「さすがに骨ごと変えたようなサイボーグくんでも、頭をぶち抜きゃあ死ぬだろう?」

 

 表情を笑顔から寸分違えぬまま、アリムは淡々と言った。

 その貌からは想像もできぬほど、冷ややかな声色だ。

 どうやら、天神の時と言い、俺たちの情報は全部持ってるらしい。

 

 実際まあ、こいつの言う通りだ。

 ライカの高Gに耐える肉体となるために改造されたこの身体は、そりゃ何もしていないまっさらなよりかは、幾分か頑丈だ。

 

 だが、それだけ。多少は頑丈というだけだ。

 あくまで俺の改造はライカと一緒にいるためのものだ。

 防弾性なんてものは、全く考慮されていない。

 つまり、今向けられているあの銃の弾は、問題なく俺の頭蓋を貫通できるというわけだ。

 

「……確かに、その通りです」

「ライカを売ってくれたら、この鉛玉は君の脳みそにお引越しする必要はなくなり、君も一生使っても使いきれない大金を手に入れる――と言ったら、どうする?」

 

 この男は、この遠回しな言い方が、お洒落だとでも思っているんだろうか?

 兎も角、つまり、アリムはこう言っているのだ。

 ライカを売れ、でなければ殺す。

 

 あまりにも、簡単な選択問題だ。

 ここでライカを彼に渡さなければ、俺は撃たれて死ぬ。

 

 逃れる術はないだろう。

 天神は外に出てしまっている。

 とっさに相手の銃を奪うような技術も持っていない。

 本当に、ここでライカを犠牲にしなければ、俺はこの場で殺されるのだ。

 

 

 ――で?

 だから、なんだ。

 なんで俺が死ぬ程度のことで、ライカを渡さなきゃいけないんだ?

 ふざけるな。

 

「……なんの真似かな?」

 

 俺を見ながら、アリムはそう言った。

 特に変なことをしているわけではない。

 自分の額に、人差し指を当てているだけだ。

 

「俺はアナタみたいに、遠回しな言い方は不得手なので、端的に言わせてもらいます」

 

 人差し指の位置をそのままに、俺は続けた。

 

「論外。交渉は決裂です。よく狙ってください」

「本当に撃つわけがないとタカをくくってる……というわけでも無さそうだ。死ぬのが怖くないのか?」

「優先順位の問題ですよ」

「たかだか時代遅れの戦闘機のために、死ぬのが惜しくないって?」

 

 だからそう言っているではないか。

 案外、察しは悪い男らしい。

 

「大体、君が死んだらライカはどうなる? 使えるやつのいない兵器なんか、捨てられるしかないよ」

「俺を殺してライカを止められると思ってるんなら、大間違いだ。俺の替わりなんて、いくらでも造れる」

 

 アリムが俺を殺すことで、ライカが飛べなくなると思っているのならば、それは的外れもいいところだ。

 確かにライカが飛ぶためには、俺と同じように身体を改造した人間が必要になるだろう。

 

 そんなものは、特別でも何でもない。

 改造人間のノウハウなんぞ既に桂木が持っているだろうから、別の人間を俺と同じように改造することなど、容易なはずだ。

 

 俺はライカが飛ぶためのパーツだ。

 俺の存在が、逆に彼女が飛ぶための障害となるのなら、必要ない。

 

「ライカが、俺が死んだ程度で止まるわけないだろう。彼女を縛るものなんか、何もあってはいけないんだ」

 

 それは気づかぬうちに、自分の言葉として発せられていた。

 そうだ、彼女は誰にも止められない。

 止めさせなど、するものか。

 

「……ふうむ」

 

 それに対して、アリムはどこか面白がってるように、そう呟いて、続けた。

 

「トんでる子だとは聞いていたが……なるほど、期待以上だ。もっと別の出会い方をしたかったもんだね」

 

 彼はそう言いながら、銃のハンマーを倒す。

 カチリ、と、無機質な音が小さく響いた。

 

「だからこそ、残念だ……じゃあ、さようなら」

 

 そして、彼はトリガーに指をかけ。

 引いた。

 

 

 銃声が、部屋に響いた。

 

 

 ――1、2、3秒経過。

 ふと気づく。

 何も起こっていない。

 

 銃弾の衝撃など感じない。

 それどころか、少しの痛みもない。

 視界もはっきりとしていて、意識もはっきりしている。

 

 そこまで認識してようやく、自分が死んでいないこと気づく。

 前を見ると、揶揄っているように微笑んでいるアリムと、銃口から煙が出ているリボルバーを確認できる。

 外した。

 なぜだ?

 

「ニッパー!?」

 

 と、天神が慌てて、勢いよく部屋に入ってきた。

 銃声を聞きつけたのだろう。

 携帯していた拳銃を手に持ち、戦闘態勢になっていた。

 

 彼女は困惑しながらも俺のほうを見る。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、気が緩んだような顔になった。

 と、そう思ったとき、頬から何か、ぬるい液体が垂れたような感触がした。

 

「ッ……ニッパー、血が!」

 

 天神にそう言われ、手で頬を拭いてみる。

 すると、指が赤黒く染まった。

 同時に、左頬に痛みを感じる。

 

 左後ろを見てみると、綺麗な壁に一つだけ、出来たばかりの弾痕を見つけた。

 状況から見るに、掠りはしたのだ。

 

「あぁー、すまないね。本当に怪我をさせるつもりはなかったんだ」

 

 あっけからんと、アリムは俺に向かってそう言った。

 それを聞いた瞬間、天神は彼を睨みつける。

 今にも飛び掛かりそうなくらいの形相だ。

 

「ッ……ふざけるな! あと少しで死ぬところだったのよ!?」

「いやいや、本当に悪かったね。大丈夫かい? どれ、見せてみ――」

 

 と、アリムが俺に手を近づけてきた途端、天神が自分の銃を彼に向けた。

 

「少しでもこの人に触れてみなさい、これ以上は敵対行動と見なし、攻撃する」

「おおっとっと」

 

 アリムは自分に銃が向けられるなり、出してきた手を引っ込め、両手を頭より上にあげた。

 と言っても焦ってる様子は微塵もない、どころか、面白がるように笑っている。

 

「……アリム・サレハ理事長」

 

 対する天神は相当怒髪天を衝かれたのか、怒りを必死に抑えるように、震えた声で彼の名を呼ぶ。

 先ほどの彼の発言によほど憤ったのだろう。ここまで感情的に怒る天神は初めてだ。

 兎にも角にも、彼女はそのまま続けた。

 

「アナタの私たちに対する行い、並びにこのエリアの風紀は目に余ります。ラヴェルの目的であるランバー撲滅に悪影響を及ぼすと判断し、フェアリィ連盟に報告させていただきます」

 

 焼け石に水程度のクールダウンはできたのか、彼女は声を震わせながらも、その口調は丁寧なものに戻っていた。

 フェアリィ連盟のことは俺もあまり知らないが、ラヴェルが行き過ぎた企業利益追求に走らないよう、またはフェアリィの過度な酷使を防ぐ目的で造られた組織らしい。

 正直なところ、この企業優勢の世界で、そんな組織が機能しているのかと問われれば、怪しいものだが。

 

「うん、そうだね。確かに私もやりすぎたよ。連盟から罰を受けて、罪を償おう。許してくれるかな?」

 

 アリムもそれは百も承知なのか、大根役者のような振る舞いで、反省しているようなそぶりを見せた。

 天神から、歯を食いしばる音がした。

 

「……行きましょう、ニッパー」

「いいのか?」

「もう一秒だって、こんな部屋にいたくない」

 

 そう言って、天神は強引に俺の腕を引き、出口まで連れていく。

 

「ニッパーくん」

 

 と、アリムは俺を呼んだ。

 振り向くと、彼は最初から全く変化のない笑顔をこちらに向ける。

 全く温度を感じさせない、その目。

 

「まだ旅は始まったばかりだ。帰るまで、存分にこの街を楽しんでくれたまえ」

「……やるだけ、やってみますよ」

 

 俺がそう言うと、天神はさらに腕を引っ張った。

 早く行くぞ、と言外に言っているのだ。

 わかってるさ。そのつもりだ。

 

 天神についていく形で、その部屋を出た。

 部屋を出ると、『シャンパンはいかがでしょうか?』のマシンがセンサでこちらに気づいた。

 

「お疲れ様でした。どうか幸運を」

 

 そんなことを言ってきた。

 それを聞いて、俺はこいつからシャンパンを貰いたい気分になった。

 飲めないし、そんな場合でもないから、どうにしろ無理だが。

 

「お前もな。幸運を」

 

 代わりと言っては何だが、そんなことを言った。

 機械にとっては意味のない、戯言なのに。

 なぜだろうか。

 

 

 

 

 アリムのビルから出て、おおよそ十数分後。

 ところ変わって俺たちは、ビルの横にある、タクシーの待合室に座っていた。

 アイシャが送迎してくれるという話だったが、天神が彼女に会うのを激しく嫌がったため、急遽タクシーでの移動となったのだ。

 まあ、あんなことがあった後で、アリムの息がかかった者と一緒にいたくないというのは、妥当な判断だと思う。

 というわけで、今はその呼んだタクシーを待っている、という状況だ。

 

 この辺は皆自家用車を持っているから、タクシーが必要なものなどいないのか。

 兎にも角にも、待合室には俺たち以外、誰もいなかった。

 

「信じられない、本当にあれがラヴェルの理事長なの?」

 

 天神は眉を顰めてそんなことを言いながら、俺の傷を手当てしてくれていた。

 一通りの応急処置用品は手荷物に入れていたらしい。

 この程度はインプラントの自己修復機能が直してくれるから、ハンカチでも当ててればそれでいいといったのだが、なぜか聞き入れては貰えなかったのだ。

 

「はい、これで終わり」

 

 そう言うと、彼女は俺の頬にガーゼを貼り付けた。

 

「ありがとう」

「……ううん、お礼を言われることなんて、何もしていない」

 

 礼を言ったはずなのだが、なぜか天神の顔に陰りがついてしまう。

 失言だっただろうか。

 そんなことを考えていると、彼女は少し間をおいて、続けた。

 

「むしろ、ごめんなさい。私があの時ずっと隣にいれば、こんなことには」

「……謝罪される謂れはない。むしろ、あれが被害を最小限に抑える行動だと思う」

「え?」

 

 天神が思わずと言ったようにそんな声を発した。

 

「どういうこと?」

「そのままの意味だ」

「だから、それがわからないのよ」

「奴の発言に対して、アンタ、ひどく怯えていたように見えた」

 

 そう言うと、天神は気づいたようで「あ……」と声を漏らす。

 俺は補足するべく、そのまま続けた。

 

「何があったのかは聞かないが、心的外傷のダメージは、こんな頬の傷なんかとは比較にならない。すぐにやつの言葉を聞かないよう行動したのは、これ以上ない判断だと思う」

「……でもそのせいで、ニッパーが死ぬかもしれなかった」

「俺が死ぬのはどうでもいい。誰も気にしない」

 

 そう言った瞬間、怪我をしていないほうの頬に、拙い衝撃が走った。

 痛……くはない。パチンという、小気味のいい音がしたのみだ。

 どうやら、天神が俺の頬を叩いたようだった。

 叩いた手をそのまま、頬に添えている。

 

「……二度とそんなこと言わないで」

 

 天神を見ると、顔を俯かせながら、そんなことを言ってきた。

 その表情は窺えないが、声のトーンを聞くに、怒っているようだ。

 

 だが、なんだろうか。

 先ほどアリムに見せたような怒りとは、何かが違う気がする。

 それが何かと問われれば、言葉にはできないが。

 

「次自分を粗末にするようなこと言ったら、許さないから」

「……それは命令か?」

「ええ、そうよ」

 

 天神は顔を上げた。

 眉を顰めているあたり、怒っているという予想は的中したようだが、何故か目じりに涙を浮かべていた。

 

「これは至上命令よ、ドギー1。今後私の許可なく死ぬことは、絶対に許さない」

 

 それはひょっとすると、作戦外で初めて下された上官命令かもしれなかった。

 至上命令。

 何を犠牲にしてでも遂行しなければならない厳命。

 

 この命令を天神が下すとは、生半のことではない。

 きっと、彼女なりの明確な目的があるのだ。

 俺が死ぬことで生じる何かを防ぐためか、それとも生きることで、彼女の目的を満たす何かがあるのか。

 それが何か、はわからないが。

 

 ――だが。

 

「悪いが、それは――」

 

 言おうとした、その瞬間。

 目の前に車が停車した。

 呼んでいたタクシーだ。

 

「……行きましょう」

「天神」

「命令拒否は受け付けない。この話は終わりよ」

 

 そう言って、彼女は足早にタクシーへと向かう。

 まるでこちらの意見はこれ以上聞かないと、意思表示しているかのようだった。

 

 天神の命令は、恐らくだが遂行できないだろう。

 そう思った。

 仮に、俺が死ぬことでライカが生存できるようなことがあれば、俺はすぐに自分のこめかみを銃で撃つ。

 

 部品が本体の邪魔をするなど、絶対にあってはならない。

 ライカを飛ばすことこそが、俺の至上目的なのだから。

 それに外れることなど、どうして出来るだろうか。

 

 そんなことを考えながら、天神に続いて、タクシーの中に入った。

 ふと、彼女が俺のほうを見る。

 すると何かを感じ取ったのか、少し悲しそうな、哀れむような、そんな表情をした。

 

 それが何を意味するのか、俺にはまだわからない。

 きっとこれからも、わからないだろう。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――同時刻、ニッパーとナナが帰った後の、アリムの自室。

 アリムは自分がつけた壁の弾痕を見て、ため息を吐いた。

 そこには、先ほどまでの笑顔はなく、温度を持たない濁った眼が、その開いた穴を見つめている。

 

「慣れないことはするもんじゃないな。さすがにやりすぎたか」

 

 穴を手で触り、ため息をもう一度。

 

「お気に入りだったんだがなあ、この壁紙……」

 

 彼はおもむろに携帯端末を取り出し、電話をかける。

 コールが数回鳴ると、接続音が彼の耳元に響いた。

 

「私だ。何とか彼に傷をつけたぞ……わかってる、『できるだけ明確に、意図的に』だろう? やったさ、これ以上ないくらいに」

 

 アリムがそう言うと、電話先の相手が何かを彼に伝えている。

 その内容は彼のみぞ知るが、少なくとも褒められているわけではないことが、彼のハの字に曲がった眉から見て取れた。

 

「勘弁してくれよ、怒らせるのだって命がけだったんだ。もうちょっとであの小っちゃな天神ちゃんに殺されるところだったんだぜ……ああ、そうだ、連盟にはアンタから話しといてくれよ。それと――」

 

 と、彼が何かを話し始める前に、電話から切断音が発せられた。

 アリムが端末を耳から話して、画面を見る。

 通話終了を意味するマークが、でかでかと映っていた。

 

「やれやれ」

 

 彼はうんざりしたように、端末をソファの上に放り投げ、窓に近づく。

 そこからは、アレイコム・ラヴェルを一望することが出来た。

 先人が造り上げた、坩堝のような街を見ながら、彼は口角を上げた。

 

「さあて、あの犬コロはこの街を気に入ってくれるかな?」

 

 それはまるで、これから起こることを心待ちにしている、無邪気な子供の用だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 >システム再起動

 >読み込み中

 >自己診断プログラム開始

 >ERROR:0

 >WARNING:0

 >完了

 

 >メインOS:情報同期モードへ移行

 >パイロット『管理番号SIG-T-28』との同期処理を開始

 >モニタリングモジュールへアクセス開始

 

<connect:SYNC-MOD00280423...success>

 

 >モニタリングモジュールへのアクセス完了

 >『管理番号SIG-T-28』の情報ログを収集

 >データの整合性を確認

 >情報ログ収集完了

 >『管理番号SIG-T-28』との同期処理完了

 

<...>

 

 >情報ログから、『管理番号SIG-T-28』の作戦進捗状況を確認

 >外傷による身体ダメージを確認

 >ダメージに関する情報を表示

 

<timestamp:XXXX/XX/XX PM01:12:13.043245>

<status:fixed>

<cause:hit bread[.357 in (9.1 mm)]>

<direction:heading 003>

<...>

<attacker:civilcode[AL:0001324]>

 

 >外傷の治療はフェアリィコード『JF301-W-01』によって治療済み

 >加外傷者の情報を確認

 >市民コード『AL:0001324』

 >個体識別名『アリム・サレハ』

 

<checking...>

 

 >調査完了

 >診断結果:対象『AL:0001324』を『管理番号SIG-T-28』に対する脅威と認定

 >対象『AL:0001324』をENMYとして設定

 >対象に関連する人物及び組織を調査

 

<checking...>

<result:324>

 

 >関連のうち『管理番号SIG-T-28』に敵対行動を示す可能性が有るオブジェクトを確認

 >298件をENMY認定

 

 >戦術診断モード起動

 >情報結果から『管理番号SIG-T-28』及び『JF301-W-01』のみでの敵殲滅は困難と判断

 >当機での支援が必要と判断

 >診断完了

 

 >作戦開始

 

 

<I HAVE CONTROL>

 

 


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