少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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お茶会はシャワーの後で

 アリムとの面会を終えた俺たちは、用意されていたホテルへと足を運んだ。

 チェックインを済ませ、それぞれの部屋に荷物を置きさえすれば、今日の予定はほぼ終了したといってもいいだろう。

 

 今日はまだ何も口にしていないし、ホテルに着けば早速飯にありつきたいところだ。

 が、そういうわけにもいかない。

 今日の顛末を、天神と共に芹沢理事長に報告しなければいけないことになっているのだ。

 

 着替えとシャワーを済ませ次第、すぐに行うことになっている。

 疲労感はあるが、やらないわけにもいかないだろう。

 ミーティングは天神の部屋でやることになっているため、部屋にカメラとマイクが無いことをチェックした後、俺は簡単にシャワーと着替えを済ませ、彼女の部屋へと向かった。

 

 天神の部屋は俺の部屋のすぐ隣だ。

 無論時間など少しもかかるはずもなく、俺は到着してから一分も経たないうちに、彼女の部屋の前に立つ

 

 ノックしようとして、しかし寸でのところで手を止めた。

 部屋の奥の方から、水の出る音が聞こえたからだ。

 どうやら、まだシャワーの最中らしい。

 少し待った方がよさそうだ。

 そう思い、ドアのすぐ横に寄りかかって、待つことにした。

 

 シャワーに混じって、何やら声が聞こえた。

 声――というより、歌だ。鼻歌。

 あの天神が。

 

「意外だな」

 

 なんてことを、思わず呟いてしまった。

 ただ、聞こえてきたその歌は、お世辞にも陽気とは言える曲調じゃなかった。

 穏やかだが、妙に物悲しい雰囲気を漂わせる。

 その歌声も相まってか、上機嫌だから歌っている、というわけでもなさそうだ。

 だから何だ、という話ではあるが。

 

 そんなことに意識を向けていると、携帯端末から通知音が聞こえた。

 何かと思って端末を取り出すと、そこには新着メッセージが来ていることが記されていた。

 差出人は、『アイシャ』と書かれていた。

 

 どういうことだろうか?

 俺の端末のIDは、彼女には教えていないはずだが。

 ラヴェルの入場検査の時にでも漏れたのだろうか?

 そんな疑問を持ちながら、メッセージに簡単なウィルスチェックをかけてから、開く。

 

『帰りはご一緒できず寂しかったです、ニッパーさん。もしまだその気がございましたら、いつでもお部屋にお呼びください! ニッパーさんカッコいいから、特別サービスもしますよ?』

 

 などという文面の下に、アイシャの写真が添付されていた。

 胸元を強調した、いかにもな撮り方だ。

 

 しかしわからない。

 なぜ、彼女はここまで俺に取り入ろうとするのか?

 金払いのよさそうな客だと思っているのだろうか。

 いや、だとしても、ここまで食い下がるのは少々不自然だ。

 

 ひょっとすると、こいつも何か、裏の狙いがあるのではないか。

 それこそアリムと結託して、ライカを手にするために画を描いていないとも限らない。

 ……考えすぎだろうか?

 いや、しかし――。

 

「何を見てるの?」

 

 と、不意に後ろからそんな声が聞こえた。

 完全に意識の外のことだったので、思わず身体が強張ってしまう。

 後ろを見ると、その声の主――天神がいた。

 シャワーを浴びた直後のためか、ほんのりと温かい空気を纏っている。

 

 しかしながら、その顔はそれに全く似つかわしくない程、冷たい目を携えていた。

 視線の先は、俺の携帯端末。

 アイシャのメッセージが表示されている、その画面だった。

 

「天神、もういいのか?」

 

 暗にもうシャワーと着替えは済んで、俺はもう部屋に入っていいのかを聞いたのだが、彼女はそれに答えなかった。

 

「質問に答えてニッパー。何を、見てたの?」

 

 代わりに天神が言ってきたのは、一言目と同じ内容だった。

 なにやら、いやに不機嫌になってしまっているようだ。

 一体、どうしたというのだろうか。

 そう思いながらも、俺は素直に彼女の質問に答えることにした。

 

「アイシャからのメッセージだ。特に重要なことは書いてない」

「重要かどうかは私が決める、見せなさい」

「何を怒ってるんだ?」

「怒ってない」

 

 と、拗ねたように言う天神。

 別段断る理由も無いので、俺は端末を天神に渡した。

 

「……ニッパー、この返事、どうするつもりだったの?」

「返事って――そのメッセージにか?」

「そう」

「どうするも何も、返事するつもりなんてないさ。下手に反応するのも、リスクがありそうだしな」

「それを聞いて安心した」

 

 そう言うなり、天神はなにやら、端末の画面をタップする。

 何をしているのかと思っていると、どうやら終わったようで、端末を俺に返してきた。

 

「はい、ありがとう」

 

 しれっとした顔で端末を差し出す天神。

 それを受け取って画面を見ると、アイシャのメッセージ欄に『ブロックユーザー』という文字が表示され、以降のメッセージ送受信が出来なくなっていた。

 まあ、そもそもやり取りするつもりもないのだし、構わないのだが。

 

「困らないんでしょ?」

 

 天神は確認のように、そんなことを聞いてきた。

 聞いてきた――と言ったが、その口調は有無を言わせないという意思を感じる。

 

「ユーザーのブロックくらい、言えばこっちでやるのに。なんでわざわざ?」

「別に、ただ私がやりたかっただけ」

「そうか――部屋に不審なものは?」

「問題なしよ。カメラやマイクも見当たらなかった。ほら、入って。ミーティングを始めましょう」

 

 そう言う天神の顔は、先ほどに比べ、幾分か上機嫌になっているように見えた。

 なにやら、してやったり、という感じの顔だ。

 何で不興を買ったのかもわからず、まして何で機嫌が直ったのかもわからない。

 やはり俺はまだまだ、フェアリィの心理が理解できないようだ。

 

 

 

 

 俺と天神は、専用の通信端末で理事長とコンタクトを取り、アレイコム・ラヴェルに来てから今までの顛末をひとしきり話していた。

 

「……そうか、そんなことが」

 

 報告を聞いた理事長はそう呟きながら、顎に手を当てて考えるそぶりをする。

 やはり何か、思うところがあるようだ。

 彼は続ける。

 

「危険な目に合わせてしまったようで、すまなかった。連盟には俺から話をしておこう」

「どれだけ効果があるかはわからないけどね……」

「そうだな。残念ながら、それは否定できん」

 

 ため息をしながらネガティブなことを言う天神に対し、さすがの理事長殿もそう言うしかないようだった。

 無理もない、と言ってしまえば、その通りかもしれない。

 

 ラヴェルやフェアリィが如何に人類最後の希望だと持て囃されようと、結局この世の実権を握っているのは企業だ。

 ましてアレイコムの会長のような、巨人の如く権力を持った相手に、真っ当な抗議が通用するかと言われると、期待値の低さは察して余りある。

 これだけの人を動かせる理事長でさえ、中間管理職の苦労からは抜け出せないようだ。

 

「……とは言え、妙だ。俺も何度かやつとは話したが、そんなあからさまに無礼を働くような人物ではなかった」

「相手によって態度を変えているのかもしれないわね。本当に腹が立つ」

 

 理事長が言った疑問に対して、天神がそう答える。

 あの時のことを思い出しているようで、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 

「お前はどう思う、ニッパー?」

 

 と、理事長は俺にそう聞いてきた。

 一瞬何のことかわからなかったので、素直に質問返しをすることにした。

 

「どう、とは?」

「アリムの態度だ。何か、不自然な点はないかと思ってな」

「……聞く相手を間違えてませんか? よりによって、俺に」

「お前だからこそだ。他人の気持ちなんぞ歯牙にもかけないお前なら、何か見えるんじゃないかと思ってな」

 

 なるほど、要は別視点での意見が欲しい、ということだろう。

 

「言いたいことはわかるけど、その言い方はちょっとないんじゃないかしら。彼なりに気を遣ってくれてるところもあるわよ?」

「珍しいな、天神。お前がそんなフォローを入れるとは」

「……別に。で、どう、ニッパー?」

 

 理事長の返答に天神はそれだけ答え、彼女は俺に先の質問の回答を促してきた。

 一瞬、目を逸らした意図は図りかねるが、それはまあ、問題ではないだろう。

 

「悪いが、俺にはさっぱりわからない」

「まあ、そうよね……」

「第一、アリムがあんな事をしてきた理由もわからないんだ。メリットがあるようにも思えない」

 

 そう言うと、理事長はこめかみに手を当て、思案するそぶりを見せる。

 そのまま数秒、沈黙。

 

「何か気になることでも?」

 

 それを疑問に思ったのか、天神が理事長に声をかける。

 すると、少し間をおいて、彼は自分の考えを話し始めた。

 

「メリットがあるとしたら、どうする?」

「え?」

 

 彼の言葉に、天神は思わずと言ったようにそう発した。

 それに構わず、彼は続ける。

 

「お前たちを憤らせ、脅迫まがいに傷をつけることで、奴が得する何かがあるとすれば、あるいは」

「ちょっと待って、じゃあ何? 全部打算でやってたっていうの? そんなはずは――」

 

 と、途中まで行ったところで、天神の言葉は止まる。

 理事長の推測に引っかかるところがあったのか、口元に手を置いて目を険しくし、沈黙した。

 数秒経って、彼女は続きの言葉を発する。

 

「……あいつがただの快楽主義のサディストなら、私たちにやったことも一行で説明できるわ」

「だが、ただの快楽主義のサディストは、あの若さで四大企業の会長になど成れない。自分の地位に胡坐をかいて放蕩するような奴なら、とっくの昔に棺桶に入っているはずだ」

 

 理事長の言ったことに、天神は頷く。

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 

 アリム・サレハは、やり手であると同時に、後ろ暗い噂も多い。

 逆に言えば、どんな容疑も噂だけに留まる程度には、尻尾をつかませない男ということだ。

 そんな抜け目のない奴が、自分の享楽のためだけに、言ってしまえば外交対象である俺たちに対して、あんな態度を取るだろうか?

 

 曲がりなりにも一大企業の会長だ。

 世論が敵に回るようなことは御免こうむりたいはず。

 にも拘わらず、彼らはあからさまに、少なくとも表の世界では控えるべき手法で『歓迎』をしてきた。

 

 となると、辻褄を合わせるとしたら、やはりあるのだ。

 世論を敵に回して構わないようなメリット――あるいは目的が。

 

「……でも、だとしたら何だ? そのメリットは」

 

 俺が言うと、理事長はため息を吐く。

 

「すまないが、まだわからん。何か、こちらの知らない情報を握っていると考えるべきだろう」

「どうにしろ、何か企んでるとは考えた方がいいかもね」

 

 理事長の言葉を補足するように、天神がそう付け加える。

 

「警戒するに越したことはないでしょうね。ただの考えすぎならそれで済むわけだし」

「……改めて、すまない。予定外の面倒ごとに巻き込んでしまったな」

 

 天神が言うと、理事長は罪悪感でも感じたのか、頭を下げた。

 彼女からしてもあまり見慣れない光景みたいで、どこかバツが悪そうにそれを見ている。

 

「や、やめて。別に気にしてないわよ」

「詫びというわけではないが、旅費に関しては多めに入れてある。空いた時間に美味いものでも食ってくれ」

「変な気を遣わないで。このくらいで挫けるような弱い人間じゃない」

「しかしだな、フェアリィのもっとも重要な生存戦略とは――」

「如何にメンタルを健全に保つか、でしょ? 何度も聞いたわよ」

 

 先ほどよりもやや騒がしい感じで、天神と理事長はそんな応酬を繰り返していた。

 天神の表情は怒っているような、しかしむず痒そうな、いかんとも言い難いものだった。

 ウザがっている――というやつだろうか。

 俺もレイからあれやこれや言われたとき、こんな顔をしていたのかもしれない。

 どうでもいいが。

 

「わかっているのなら、いい。味方のいない他所の土地だからこそ、自身のメンタルケアには一層気を遣え」

「ハァ……わかったわよ。ありがとう」

「ニッパー」

 

 天神の返事を聞いた理事長は、今度は俺の名を呼んだ。

 

「はい」

「すまないが、天神を頼むぞ。エスコートしてやれ」

「……できるだけやってみます」

 

 護衛ならいざ知らず、エスコートなんぞ何をすればいいかわからないが、理事長直々の命令とあれば、聞かぬわけにもいかないだろう。

 

「もういいでしょ? 切るわよ」

「ご苦労。何かあったらまた報告しろ」

「了解」

 

 天神の返事を最後に、理事長との通信は終了した。

 

「全く、心配性なんだから……」

 

 などと言いながら、伸びをして体をほぐす天神。

 と、同時に、どこからともなく、唸りのような音が聞こえた。

 

 瞬間、天神の動きがフリーズする。

 数秒の静寂。

 

「空腹なら、ルームサービスでも頼むが」

 

 俺が言うと、彼女はバツが悪そうに目を逸らした。

 

「……アナタはなんで鳴らないのよ」

「インプラントの影響だな。高Gで嘔吐しないために、装着されたやつのはずだ」

「へぇ、そう」

 

 拗ねたように彼女はそれだけ答えた。

 彼女は咳ばらいをし、勢い良く席を立って、俺のほうを向く。

 

「理事長にもああ言われたことだし、せっかくだから外に食べに行こう」

「それはいいが、大丈夫なのか? 外に出るのはリスクが高いんじゃ……」

「ここもどうせアリムの手の中よ。さすがに部屋にはマイクとカメラがついていなかったからって、ルームサービスで何出されるか、わかったもんじゃないわ」

「ふむ」

 

 確かに、このホテルもこちらのラヴェル――すなわちアリム側で用意されたものである以上、油断はできないか。

 さすがに食事に毒を盛るようなことはしてこないと思うが、念には念を入れた方がいいだろう。

 

「了解した、行こう」

「うん、そうしようか」

 

 そう言いながら、彼女は薄手のアウターを羽織り、携帯端末を取り出す。

 ……一瞬だが、端末の画面に『アレイコム・ラヴェル レストラン おすすめ』と検索しているのが見えた。

 本当は楽しみにしていたんだろうか?

 と思ったが、聞くのはよしておこうと思う。

 なぜだか、そうした方が良さそうだというのが、最近わかるようになってきていた。

 

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