少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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フェイク・フェイサー

 ところ変わって、アリーナの観客席。

 ミサの試合を一目見ようと押し寄せたフェアリィたちで席は埋まり切っているそこは、真ん中の巨大な空間を囲むような円環状に作られている。

 

 真ん中の空間に映し出されているのは、アリーナが屋内であることを忘れてしまいそうになるほどの、見事な積乱雲がかかった真夏の青空。

 そして、戦闘機が一機と、フェアリィが一人。

 ニッパーとミサの試合を映し出すための、ARシステムだ。

 

 そして、参加者をよりフォーカスするための別カメラなのか、ニッパーとミサをより近距離で映している大きなホログラム・モニターが、ARを囲むように数点。

 観客のフェアリィたちは皆、そこにミサの顔が映るたびに、黄色い声をあげていた。

 

 そして、試合開始のブザーが鳴った。

 妖精たちの歓声は最高潮になり、アリーナ全体が揺れるかのように響き渡る。

 

「うわぁ、始まっちゃったよ……」

 

 と、そんなテンションに反比例するように、レイは買ったジュースを片手にそう呟いた。

 帽子を少々深く被り、アリーナの端部分を歩いているため、他のフェアリィは彼女に気づいていない。

 

 ウルフ隊に入った直後は、まさか自分がこんな有名人まがいのことをするとは、と恥ずかしがっていたレイだった。

 が、流石に慣れたのか、こういったお忍びスタイルをすることに何の抵抗もなくなっていた。

 

「こんな大騒ぎになっちゃって……大丈夫かな、後でナナさんに怒られそう……」

 

 そう言いながら、彼女はため息をひとつ。

 と、そんな不安を抱いているレイではあるが、この状況に全く高揚していないかといえば、そんなこともなかった。

 

 彼女とて入隊するまではここのフェアリィたちと同様、ウルフ隊に憧れていたクチだ。

 いや、入隊した今でも、ナナたちに対して憧憬や羨望の感情を持っている。

 

 そんな、いわゆる憧れの先輩たちの格好いいところをじっくり見れるのだから、テンションが上がらないはずもない。

 なんだかんだと言いながら、ちゃっかり観戦に来て飲み物まで買ってることが、その証左だ。

 

 ただ今回に限って言えば、レイのテンションが密かに高い理由は別のところにある。

 

「へえ、あれがミサ様の相手なんだ」

「男の人っぽいね。なんか生意気」

 

 そんな観客たちの声が聞こえて、レイは思わずモニターを見た。

 そこにはニッパーが映っていた。

 キャノピィ越しで、さらにはヘルメットを着けているが、前を見つめるその目だけで、レイにはすぐにわかった。

 

「……本当、ああいうときはカッコいいのに」

 

 ボソリと呟いた直後、レイはしまったと言わんばかりに口を塞ぎ、周囲を見渡す。

 ひょっとして聞かれたのではないかと思ったが、周りが試合に夢中で何の反応も示していないことを確認し、安堵の息を漏らした。

 

「でもさ、何であんな時代遅れがミサ様の相手なわけ? 一瞬で終わっちゃうじゃん」

「あ、私もそれ思った。なんか空気読めてなくない?」

「ね、何かのテストなのか知らないけど、あんな私でも倒せそうな雑魚なのに。ミサ様も迷惑してそう」

 

 と、不意にそんな話し声が聞こえ、レイは思わず眉を顰めた。

 声の方向を見ると、まだ訓練生であろう三人のフェアリィたちが、モニターを見ながらわやわやと話していた。

 

「あんなの相手にしなきゃいけないなんて、ミサ様可哀想」

「これが終わったらアンタがあれの相手してあげれば?」

「ダメだよ〜私ってイキってる奴はいじめたくなっちゃうからさ〜。あのパイロットにトラウマ植え付けちゃうかも」

「キャハハ、ドSじゃん! これからボロ負けする相手に追い討ちやめたげなって」

 

 そんなことを言い合いながら、ニッパーを見て可笑しそうに嘲る三人。

 それを後ろから聞いているレイの心中は、お世辞にも穏やかとは言い難い。

 

 ――何にも知らないくせに。

 

 レイは、心の中でそう思わずにはいられなかった。

 あの人が戦ったところを見たこともないくせに。

 空にいる時のあの人を何も知らないくせに。

 好き勝手言って。

 

 私でも勝てる? じゃあ戦ってみればいいんだ。

 相手の力量を碌に知ろうともしないで、ヤジを飛ばして舐めているような訓練生には絶対勝てないと思うけどね。

 彼女はそう考えながら、ヤジを飛ばした三人組がニッパーに撃墜されるシーンを、五回ほど想像していた。

 

「……何やってるんだ、レイ?」

 

 すると、不意にそんな声が聞こえて、レイは思わずその方向に顔を向けた。

 

「あ、あれ、ヨーコさん? リリアさんも」

 

 そこには、不思議そうな表情のヨーコと、リリアがいた。

 ちなみに、リリアは伊達メガネをかけたレイとは違うお忍びスタイルだが、ヨーコは普段のままだった。

 

「ヨーコさん、顔隠さないで大丈夫なんですか? 騒がれません?」

「大丈夫だ、問題ない」

「問題あったでしょ、ついさっき……」

 

 レイに答えるヨーコに、リリアは疲れたような顔で言った。

 それを見て、レイはここに来る前に一悶着あったことを察し、苦笑いで応えた。

 

「ほら、これでいいから、早くつけて」

 

 リリアがカバンから丸型のサングラスを出し、ヨーコに渡す。

 ヨーコはそれを素直に受け取り、装着してポーズをとった。

 顔は無表情のままだが、いわゆるダブルピースというやつだ。

 

「いえーい」

 

 なんだかんだノリの良いヨーコを見てレイは、この先輩可愛いな――なんてことを思った。

 

「それで、どうしたのさ? なんか怖い顔してたよ?」

 

 と、リリアは気になっていたことをレイに聞いた。

 やってしまった、とレイは思いながら、どうにか言い訳で取り繕おうと、頭を回転させる。

 

「え、いや、ええっとですね――」

「大方、ニッパーの悪口でも聞いたんじゃないのか?」

 

 ……どうしてこの人は、こういう時に限って妙に鋭いんだろうか。

 ヨーコが食い気味に図星を言ってきたことに、レイはそう感じずにはいられなかった。

 

 いつもポーカーフェイスで、マイペース。

 食べることと寝ることと、レーザーブレードを振って戦うことが大好きな、ウルフ隊の突撃隊長。

 そんな、子供のような体躯からは想像もできない豪胆な性格。

 なのに時々ドンピシャで図星を指してくる、不思議な人。

 

 それがレイの中での、ヨーコの人物像だった。

 改めて考えると、ニッパーと少し通ずるところがあるかもしれない。なんてことを彼女は思った。

 

「どうだリリア、当たったみたいだぞ」

 

 レイがしばらく沈黙していたことを肯定と受け取ったらしく、ヨーコは得意げにリリアに言った。

 レイは少し悔しそうな顔をして、顔を赤らめる。

 

「ういやつよのう」

「あんまり後輩をからかわないの」

「いて……むう」

 

 リリアが諌めるように、ヨーコの頭を軽くチョップした。

 

「……まあ、気持ちはわかるよ。ライブコメント見ると、私ですらちょっと腹立つもの」

 

 そう言いながら、リリアは顔をわずかに顰める。

 口調こそ穏やかではあるが、不機嫌さが見え隠れしていた。

 

「ライブコメント?」

 

 と、リリアが言ったワードにレイは疑問を持った。

『ライブコメント』というモノ自体が何かは、レイも知っている。

 とはいえ使ったこと自体は全くないため、馴染みはなかった。

 

 アリーナの試合は手元の媒体でも見れるよう、ラヴェルのローカルネットワーク限定でライブ配信されている。

 その配信内でリアルタイムにコメントをすることができる機能があるのだが、それが『ライブコメント』だ。

 

「ほら、見てみなよ、これ」

 

 リリアが端末を取り出して、その画面をレイに見せた。

 

「どれどれ……うわぁ」

 

 すると、レイは思わずそんな声を出してしまう。

 そこに書いてあるコメントは、綺麗に二極化していた。

 

 ひとつは、ミサに対しての熱烈なファンメッセージ。

 そしてもうひとつは、ニッパーに対する圧倒的なブーイングだ。

 内容としては、レイが聞いた三人組の話とほぼ同じだった。

 

「なんですかこれ、フーリガン?」

「流石にそこまでじゃないけど、にしたって……て感じ」

 

 リリアはため息を吐いて、続ける。

 

「全く、ミサもアリーナを選んだのは軽率だよ。他の子たちからのニッパーの評価は知ってるんだから、こうなることくらいわかってるはずなのに」

「言うほどわかってるか? アイツ」

「……ちょっと自信無くなってきた」

 

 そんなリリアとヨーコのやりとりを聞きながら、レイは他のフェアリィから聞いた、ニッパーのことを思い出した。

 大多数のフェアリィからのニッパーの評価は、彼がきた当初から今日に至るまで、悪評と呼べるものだった。

 

 やれフェアリィの戦いに男がしゃしゃり出てくるなだの、使えない旧時代の兵器しか乗れないくせに割り込んでくるなだの、おおまかにはそんな内容。

 無論実際に共闘したウルフやハウンズは違うが、やはり実戦経験のない訓練生や、ニッパーの戦いを見たことがないフェアリィなどには、その評価を疑うものは全くと言っていいほどいなかった。

 

 ――ライカちゃん以外はどうでもいいっていうニッパーさんは平気かもだけど、もし私だったらメンタルやられちゃうかもな。

 

 自分がもしニッパーの立場だったらと想像して、レイは身震いした。

 

「笑い事じゃないんだよ? 真面目な話、これでニッパーへのヘイトが表面化して、イジメとかに繋がっちゃったら……」

 

 と、そんなリリアの懸念を聞いて、レイも同じような不安に駆られた。

 確かにそうだ。今は皆、遠巻きに陰口言ってるだけだからまだいいけど、もしリリアさんの言う通りになったら――。

 

 

「なるわけないだろ、そんなこと」

 

 

 と、何でもないように、ヨーコは言った。

 本当に、何をトンチキなことを言ってるんだ? とでも言うような表情で。

 それに対して、レイとリリアは呆気に取られてしまう。

 

「……何でそう言えるのさ?」

 

 少しの間をおいて、リリアはヨーコに聞いた。

 

「だってだぞ? お前の話を聞くに、要はニッパーが舐められてるから、他の奴らに嫌われてるわけだろ」

「舐められてるっていうか……まあ……」

「じゃあ舐められないようにすればいいんだ。ちょうど力を示すのに、うってつけな場があるんだから」

「……ミサに試合で勝てって言うの?」

「リリアと同じ考えだよ、多分」

 

 それを聞いて、リリアは黙った。

 少し悔しそうな表情をしている。

 数秒の沈黙の後、リリアは口を開いた。

 

「わからない。VRは実戦と勝手が違う」

「実戦だとどうなんだ、AWACS殿?」

「ニッパーが勝つ。紙一重だろうけど」

 

 リリアは即答した。

 それを聞いて、ヨーコは思わず笑う。

 

「な、何で言い切れるんですか?」

 

 流石に予想外の答えだったようで、レイは動揺したように、リリアに聞いた。

 

「別にミサがニッパーより弱いってわけじゃない。ただ、実戦で一対一の状況だと、きっとミサには相性が悪い」

「どういうことです?」

「……ま、観てればわかるよ」

 

 そう言って、リリアはモニターに顔を向ける。

 画面ではいつの間にか、両者が目視圏内に入っていた。

 互いの火器がその役割を果たすまで、あと数秒。

 その静寂さと相反するように、アリーナの歓声はより一層華やかに、賑わしくなっていった。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 先ほどの三人組の一人が、自分の携帯端末を手に、ふとそんな声をあげる。

 

「なになに、どしたの?」

「なんかあった?」

 

 他の二人は疑問に思ったようで、彼女の端末を両端から挟むように覗き込んだ。

 

「ちょ、狭いって!」

「いーじゃん。で、なに?」

「いや、なんかライブコメントに変なのあってさ」

「変なの?」

「うん、なんか文字化けみたいなやつ」

 

 そう言って端末をスワイプし、件のコメントを見つけようとするが、一向にそれが出てくる気配がない。

 

「あれ〜? 見間違いかな」

「幽霊じゃない? 最近はネットに出るって言うし」

「や、やめてよも〜!」

 

 そう言いながら、やはり気のせいかと思い、少女は端末を置いて試合に目を向けた。

 他二人も同じように判断し、そのコメントに意識を向けるものは、誰一人としていなくなった。

 

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