少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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このあとどうしようか

 ああ、これは負けたな。

 

 ニッパーの機銃が発射される間際、ミサは一周回って冷静にそんなことを考えた。

 下手をすれば身体を貫かれるような近距離にまで、トラスニクは迫っている。

 この距離から発せられる機銃を避けるなど、さすがにフェアリィでも無理だ。

 

 アリーナがいくら仮想空間とはいえ、やはりシミュレータである以上、痛みはある程度再現される。

 精神に害が及ばない程度のものではあるが、それでもやはり辛いことには変わりない。

 これから与えられるであろう痛みを予感して、ミサは思わず目を閉じた。

 

 直後、ブザーのような音が、世界に響き渡った。

 

「……ん?」

 

 ミサはニッパーから、無線越しにそんな声を聞いた。

 目を瞑って、すでに何秒か経っている。

 しかし、間も無くくるはずの機銃の音と衝撃が、いつまでも来ない。

 

 それどころか、トラスニクのエンジン音が、みるみる遠ざかってゆく。

 ミサは不思議に思い、閉じた目を開けた。

 

「……あれ?」

 

 すると、目の前にはほぼ触れるくらいの距離にいたはずの、トラスニクの姿が消えていた。

 どうして? と思いながらミサは一旦雲から出て、青空の中を飛んでいるトラスニクを発見した。

 

 その瞬間だ。

 

「タイムオーバー。試合終了」

 

 機械的なアナウンスの声が聞こえた。

 アリーナのアナウンスAIの声だ。

 

「……あ、そっか、時間制限」

 

 ミサはようやく状況を理解した。

 アリーナには時間制限があるのだ。

 前に一試合に何時間もかけたフェアリィがいて、あとがつかえて大変だったから導入したとか、そんな理由だったか。

 

 とはいえ、大体は制限時間前に試合が終わることがほとんどで、ミサに至っては時間超過をしたことなど一度もなかったので、彼女自身、そのことを忘れていたのだ。

 ミサは同時に思い出す。

 たしか、時間経過の場合、勝敗は――。

 

「破損率を確認。ジョン・ドゥ74%。落花ミサ0%」

 

 ――ああ、そうだ。

 そんなアナウンスを聞いて、ミサは思い出した。

 

 

「勝者、落花ミサ」

 

 

 淡々とした機械音声が、勝負の結末を述べる。

 時間経過の場合は、アリーナのAIがプレイヤーの破損率を比較して、それが低い方を勝者とする。

 そういうルールになっているのだ。

 

 つまり、だ。

 この勝負の決着はついた、ということになる。

 

「……そっか、勝ったんだ」

 

 肩の力が抜けたかのように、ミサは呟いた。

 けれどそこには、勝利の酔いも、感慨もない。

 ただ、納得のいってないような、苦虫を噛み潰したような顔だけが、そこにあった。

 

「落花」

 

 と、ニッパーがミサを呼びかける。

 

「……残念だったね、ニッパーくん」

 

 勝ったというのに、どこか拗ねたようにミサは告げた。

 

「でも、勝ちは勝ちだから。約束は守ってね」

「無論だ。天神のことと、お前の要望をなんでも聞く、でいいんだな?」

 

 まるで負けたことなど歯牙にもかけていないように、ニッパーは答える。

 

「……そうだね」

 

 そんな彼の言葉を聞いて、ミサはどこか惨めな気持ちになった。

 

 ――なんだろう、この感じは?

 

 ミサは思うところがあるのか、ふと考える。

 もともと、ナナと何があったかを聞くためだけに仕掛けた勝負なんだ。

 だから、勝ちさえすればそれでいいはずだ。

 万々歳。ざまーみろ。そう思えばいい。

 

 なのに、気に入らない。

 こんなお情けみたいな勝ち方も、それを全く気にも留めないニッパーくんにも。

 本当に私は、ニッパーくん関連のことはとことん気に入らないらしい。

 

 なんで私は、彼がこんなに気に入らないんだろうか。

 確かにあの子は変人だ。私と考えも合わないだろう。

 

 だけど、それだけ。

 ナナとのことだって、別に何かやったことが決まったわけじゃない。

 あっちが突っかかってくるわけじゃないんだから、嫌なら必要以上に関わらなきゃ済む話なのに。

 

 わからない。

 モヤモヤする。

 とにかく、気に入らないのだ。

 彼のあの、私たちのことなんて眼中にないっていう生き方が。

 

「シミュレーションを終了します。お疲れ様でした」

 

 アナウンスの声が聞こえ、ミサは思考を切り替える。

 

「はぁ……よし!」

 

 頬を自分の手で叩き、自分に喝を入れる。

 落ち込んだ顔をしていては、観客のフェアリィたちに心配されてしまうから。

 彼女はそう思いながら、上を向く。

 

「ニッパーくん!」

 

 すると、なるべく明るめに努めた声で、呼びかけた。

 

「なんだ?」

「覚悟しててね。超めんどくさいお願い聞いてもらうから」

「そうか」

 

 そんなやりとりをしていると、青空が黒く染まり始める。

 シミュレータが、アリーナをシャットダウンするための手順を粛々と行なっている証左であった。

 

「ほんと、そっけない」

 

 ミサのそんな言葉は誰に聞こえることもなく、闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

「よう」

「お疲れ、ミサ」

 

 ミサがアリーナの参戦ベースから通路に出てきた時、真っ先に聞こえたのが、自身の仲間――ヨーコとリリアの声であった。

 ミサが顔を向けると、そこにはレイもいることが確認できた。

 

「……なんで来てんのさ?」

 

 唇を尖らせて、ミサは拗ねたように彼女らからそっぽを向ける。

 

「あ、あはは。すいません、気になっちゃって……」

 

 と、レイがどこかぎこちなく笑う。

 気を遣われている。ということをミサは察した。

 どうして気遣うのか、その理由も含めて。

 

「優勝おめでとー」

 

 と、あからさまに意識した棒読みで、ヨーコはミサに言った。

 乾いた拍手もおまけについている。

 

「……絶対本気で思ってないでしょ?」

「当たり前だろ」

 

 ミサの言葉に、ヨーコは即答した。

 どこかからかうような顔をして、彼女は続ける。

 

「客席は阿鼻叫喚の嵐だったぞ。『ミサ様を追い詰めたあのヒコーキはなんなんだー』てな」

「すごかったです。大番狂せって言うんですか? あんな感じなんですね……」

 

 ヨーコの話に乗っかって、レイは会場の様子を思い出した。

 実際、現在も客席はあれに荒れている状態で、ミサがそこに行けばどういう状態になるか、想像に難くない様子であった。

 

「騒ぎが収まるまでは、しばらくここにいたほうがいいかもね」

 

 と、リリア。

 

「てか、負けてないから。番なんか狂ってないし」

 

 レイの大番狂せという言葉が癪に触ったのか、ミサは相変わらず拗ねた様子で、そう反論する。

 けれど、リリアはまるで駄々っ子でも見ているような顔で、ミサを見た。

 

「自分でそう思えないから、そんな不機嫌なんじゃないの?」

「……わかってるよ」

 

 リリアの言葉に、ミサはそう答えるしかなかった。

 そう、確かに勝った。

 だが、勝った『だけ』だ。

 時間制限という、実戦にはない縛りに助けられただけにすぎない。

 

「実戦でもそうだが、勝てると踏んだ途端、油断しすぎなんだよ。お前の悪い癖だ」

「わかってるってば、もう! 二人して畳み掛けないでよ!」

 

 ヨーコに更に言われ、ミサは心底悔しがるように声を上げた。

 

「はぁ……リーダーがここにいないだけよかったよ」

 

 そう言いながら、ミサはこの場にいないナナのことを思う。

 ナナは、こと戦いに関してはシビアな目を持つ子だ。

 勝手に試合して、しかもラッキーで勝ちを拾いました。なんて知ったら、と思うとゾッとする。

 

「もし見られてたら、なんて言われてたことか……」

 

 

「へえ、なんて言ってたと思う?」

 

 

 と、この場の誰からでもなく、そんな声が発せられた。

 先ほどまで緩慢としていた空気が、一気に張り詰める。

 

「えーっと……」

 

 そんな声を出したのは誰だったか。

 ミサたち四人は、非常に嫌な予感を感じ取りながら、ゆっくりと声のした方向に振り向く。

 

 そこには、無表情の天神ナナがいた。

 

「……や、やっほーリーダー。お疲れさまー」

「ええ、そちらもずいぶんお疲れ様ね、ミサ?」

 

 取り繕ったミサの言葉に、淡々とした受け答えをするナナ。

 ただその言葉とは裏腹に、思わず狼狽えてしまいそうな圧を放っている。

 

 もしかしなくても、怒ってる。

 悲しいかな、長年彼女と一緒にいるミサだからこそ、ここから逃げられないという絶望を鮮明に感じていた。

 

「で、勝手にニッパーと試合をしてこんな大騒ぎにした理由を聞いていいかしら?」

 

 ナナの絶対零度のその言葉。

 レイたち他の三人の、御愁傷様と言わんばかりの目線。

 

「……はい」

 

 それらは言外に『観念しろ』と言っているようで、ミサはがっくりと項垂れ、そう答えるしか無かったのだった。

 

 

 

 

 そんなこんなで、ナナはミサがこの試合をするに至った経緯を聞いた。

 ひとしきり聞いたナナは、先ほどの厳格な態度とは打って変わり、みるみると頬を赤らめ、バツが悪そうにしていた。

 ちなみに、ミサとナナ以外の三人は空気を読んでのことか、遠巻きにその様子を眺めるに留まっていた。

 

「そ、そんなに仲良くしてるように見えた?」

「してたよ? 付き合いたてのカップルみたいに」

「カッ……!?」

 

 先ほどとはまるで正反対に、今度はナナが言葉につまり、あたふたとしていた。

 

「……はぁ」

 

 少しの間があき、ナナは諦めたように嘆息する。

 肩の力を抜いて、口を開いた。

 

「本当に何もないわよ、ミサ。そりゃ中東にいた時、一緒にいる時間は当然多かったから、お互い話して仲良くなったりはしたかもだけど」

「……本当に、何もされてない?」

「当然。というか、ニッパーがなんかすると思う?」

「そりゃ、そうかもだけどさ……」

「むしろ、気遣ってくれたわ、私のこと」

「え?」

 

 ナナの言葉が予想外で、ミサは思わず聞き返す。

 その意図を汲んでか、ナナは言葉を続けた。

 

「ちょっと……いや、そうね、中東の仕事相手に、結構嫌なことを言われたのだけど」

「え、大丈夫だったの!?」

「うん、ニッパーが色々、話を聞いてくれたから」

 

 そう聞いて、ミサは信じられないといった気持ちになった。

 あのライカ以外はどうでもいいと思ってる彼が、ナナの話し相手になど、なるのだろうか?

『知るか』とバッサリ切り捨てるイメージしか湧かないけれど……。

 

「ちなみに、なんの話をしたの?」

「……ミサも知ってるでしょ? 私の、ほら、家族」

 

 ナナは言いにくそうに、ミサに言った。

 

「あ……」

 

 と、そこまで聞いてようやく、ミサは気づいた。

 ニッパーがナナに何をしたのか。

 そして、どうしてそれを話さないのか。

 その理由を。

 

「…………あぁ〜っ」

 

 ミサは両手で顔を隠して、悶えるように呻く。

 

 ――つまりだ。

 ナナのプライベートな部分だから話せない、という至極真っ当な理由で、彼はナナと何があったかを黙秘していたわけだ。

 なのに、私は勝手によからぬことをしたと勘違いして、勝手に敵視して、危うく人の繊細なところにズケズケ入り込もうとしていた、ということになる。

 

「え〜……めっちゃヤな奴じゃん、私」

「ふふ、そうね」

 

 罪悪感と羞恥心に苛まれるミサを見て、ナナはおかしそうに微笑んだ。

 

「心配しすぎなのよ、ミサは」

「……ウザい?」

「ううん、助けられてる。今回みたいのはやりすぎだと思うけど」

 

 と、ナナはそう言って、どこか慈しむような目で、ミサを見た。

 

「いつもありがとう、ミサ」

「……うん、どういたしまして」

 

 久しぶりに正面から見た、ナナのそんな表情。

 ミサはそれに、どこか気恥ずかしさと、同時に嬉しさを感じていた。

 

 小さい頃に比べて、ずっと明るくなった。

 それを改めて知ることができて、ミサはとても嬉しかった。

 

「にしてもニッパーくんもさー、そうならそうって言ってくれればいいのに」

 

 話が円満に終わった気の緩みからか、ミサはいつもの調子に戻って、そんなことを言う。

 それを見てナナは、仕方ないな、と言うように微笑んだ。

 

「できると思う? あの無器用に」

「無理そう。でもそういう話なら、それこそそんな気遣いできるなんて話が、信じられないよ」

「そう?」

「いっつもライカちゃんライカちゃん、じゃん。それ以外関係ないって感じで」

「……まあ、それは否定しないわ」

 

 ――けれど、とナナは言葉を続ける。

 

「あの人なりに、私たちのことも気にかけてくれてるわよ」

「本当に?」

「ライカほどでは無いにしろ、だけど……その、言葉ではうまく説明できないけど、仲間として信じれる人だと思う」

 

 そんなふうに、どこか安心したような、けれどどこか寂しそうな顔でそう告げるナナ。

 それを見て、ミサは思うところがあったが、あえて口には出さなかった。

 

「ミサももう少しニッパーのことを知れば、きっとわかるわ」

「知るねえ……」

 

 ――確かにな、とミサは思う。

 今回のことだって、私がニッパーくんへの不理解が招いた事象だと言ってもいいだろう。

 彼とは、考え方も何もかも、自分とはまるで違う。

 でもだからこそ、彼に共感ができないからこそ、どうして共感できないのかは、理解した方がいいのかも知れない。

 そう思った。

 

「なんだ、全員揃ってるのか」

 

 と、そんな声が聞こえて、その場にいる全員が目を向ける。

 すると、ニッパーがこちらに向かっているのが見えた。

 

「お疲れ、ニッパー」

「天神、来てたのか」

「まあね」

 

 と、ナナとニッパーはそんな挨拶を交わした。

 

「遅かったね、ニッパーくん」

「ログの編集をしてたからな。後でライカに統合する予定だ」

 

 そう言って、ニッパーはミサにデータチップを見せてくる。

 ブレないなあ……と思って、乾いた笑いが出る。

 

「それで、落花、約束の話だが――」

「ああ、そのことなんだけど……ごめん、ニッパーくん」

 

 そう言って、ミサは頭を下げた。

 なんだ? と思ったのか、ニッパーが不思議そうな顔をする。

 

「リーダーから聞いたよ。事情も知らないで、勝手なこと言ってごめんなさい。約束のことなら、もう気にしなくていいから」

「……まあ、あんたがいいなら、いいが」

 

 ふむ、とニッパーは顎に手を当て、少し思案した後、言葉を続ける。

 

「じゃあ、本当にいいんだな? いいならこの話はなかったことにするが」

「うん、もち――」

 

 ――ろん、と続けようとした寸前、とある考えがミサの中を巡った。

 

 これはひょっとすると、ニッパーくんのことをもっと知る、ちょうどいいチャンスじゃないだろうか?

 

「……じゃあ一個だけ、いい」

「ミサ?」

「大丈夫、大したことないお願いだから」

 

 疑問に思うナナを静止して、ミサはニッパーにどうかと問う。

 

「ああ、構わない。俺が言い出したことだしな」

 

 と、淡々と彼はそう告げた。

 すると、ミサは少し笑ってみせる。

 それはいつもの、どこか人をからかうような笑みだった。

 

 

「じゃあ、私とデートしようか、ニッパーくん」

「ああ、了解した」

 

 

 そんなごく簡単なやりとりを、この世の終わりのような顔をして見るものが二人。

 ナナと、ついでにレイだった。

 

 そんな様子を、ヨーコは無表情ながらも楽しそうに。

 リリアはこれからのもう一波乱を予測した嘆息をして、それぞれ見守るのだった。

 

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