少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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リリアの頼み事

 件のブリーフィングが終わって、しばらく経った頃。

 俺はライカを一旦シズクに預け、ラヴェルの商業区を歩いていた。

 

「……ギリギリだな」

 

 携帯端末に表示されている時刻を見ながら、思わずそう呟いた。

 空を見上げてみると、すっかりと陽が沈みきっているのが確認できる。

 当然そんなことあろうはずもないのだが、それでもその夜の帳は、俺の遅刻を言外に責め立てているように見えた。

 

 実際のところはもう少し早く出るつもりだったのだ。だが、出かけようとするなり、何を思ったのかライカが引っ付いてきて、全く離してくれなかった。

 いくら何でも彼女を連れて外に出るわけにはいかないため、シズクと二人で引っぺがそうとしていたら、いつの間にかこんな時間になってしまったわけだ。

 

「この辺か?」

 

 なんてことを独り言ち、俺は少し前に送られて来た、あるメッセージを開く。

 差出人は大羽。

 内容は簡潔なものだった。

 

 『ここに、この時間に来て』

 

 メッセージにはそんな文章だけが添えられ、あとは時刻と座標だけが記載されているのみであった。

 指定時間は午後の七時。

 もう間もなくだ。

 そろそろ示された店に入らないと、大羽にどやされてしまう。

 そんなことを思いながら辺りを見回す。

 

 すると、目当ての店が見つかった。

 座標の位置も間違いない。

 

「……意外なチョイスだな」

 

 その店を見つけて、俺はついそんなことを言ってしまった。

 夜の暗闇にネオンの看板が煌々と輝き、店の前に立っただけでも聞こえるくらいに、中から重低音の音楽が聞こえる。

 

 そこはいわゆる、ナイトクラブと呼ばれる施設だった。

 

 

 

 店に入り、騒々しい音楽ではしゃいでいる人の群れをかき分けてカウンターにたどり着くと、そこには大羽がいた。

 他の客とは対照的で、酷く物静かにテーブルに身を預けている。

 

「や、迷わず来れた?」

 

 なんてことを宣いながら、彼女は手に持っているグラスを掲げる。

 挨拶代わりなのだろう。

 

「ああ、大丈夫。ただのジュースだよ、これ」

「別にそんなことは気にしてない」

 

 軽いやり取りをしてから、大羽の隣に立つ。

 

「なに飲む? 奢るよ」

「いやいい。本題に入ろう」

「ダメだよ、お店に入ったら最低一品は頼むのがマナー」

「……オレンジジュースを」

「オーケー」

 

 すると、大羽はカウンターの店員に俺のオーダーを通していた。

 随分と慣れている様子だった。

 

「この店には、よく来るのか?」

 

 なんてことを、思わず聞いた。

 言った瞬間に、なんでこんな意味のない質問をしたのだろうかと、自分で少し驚いた。

 大羽がプライベートでどこに行こうと、俺の知ったことではないだろうに。

 

「まあ、ね。フェアリィ(子供)が来るような場所じゃないっていうのはわかってるんだけど、つい」

 

 そう語る大羽の顔は、どこか遠くを見ているようだった。

 

「いろいろ思い詰めちゃうときには、この場所で好きな音楽に包まれるんだ。私の知ってる限りじゃ、ここはラヴェルで一番セトリのセンスが良い」

「……アンタが思い詰めてることっていうのは、俺を呼んだことと何か関係があるのか?」

 

 そう聞くと、大羽は苦い表情をして、俺に顔を向けた。

 それは俺の質問が是であることを、端的に表現しているように思える。

 

 そうしていると、頼んでいたオレンジジュースが、俺の目の前に置かれた。

 

「とりあえず、乾杯」

 

 少々乱れた心を取り繕うように、大羽はグラスを俺に近づけた。

 それに倣い自分のグラスを持って、彼女のものと軽くぶつける。

 喧騒の中で、しかし硝子の甲高い衝突音が、僅かに聞こえた。

 

 お互いグラスを傾け、一息。

 少しの間。

 それが過ぎると、大羽はぽつりぽつりと口を開く。

 

「……ニッパーがどう思っているかはわからないけれど、この場所に誰かを呼ぶのは、君が初めてなんだ」

「何が言いたい?」

「他言無用ってこと。これから私が言う頼み事(・・・)は、全部君の胸の中だけに留めておいて欲しい」

「頼み事だと? 天神や理事長にも秘密にしたい、頼み事?」

「そう、誰にも知られちゃいけない、頼み事」

「ばれたらどうなる?」

「君はどうなるかわからないけれど、少なくとも私は、フェアリィとしてのライセンスがはく奪されるだろうね」

 

 それは、あまりにも突拍子のないセリフだった。

 そんな俺の胸中を無視するように、大羽は真っすぐと俺を見据え、真剣な表情をしている。

 冗談や酔狂で言っているわけでもないようだ。

 

 なるほど、もし彼女の言っていることが狂言でないのなら、ナイトクラブ(この場所)を選んだのも、そこらへんに理由がありそうだ。

 騒々しくて誰かの話し声なんて、至近距離にでもいなきゃとても聞こえないこの場所。

 フェアリィ関係者も居らず、学園のような施設と違って、監視の目もいくらでも誤魔化せる。

 密談には、これ以上ない場所だろう。

 

「……悪いが、ヤバい話なら断らせてもらうぞ」

 

 当然ながら、俺は面倒ごとに巻き込もうとしている大羽に、そう返した。

 だが、それはやはり想定内の反応だったようで、表情一つ変えずに、携帯端末を取り出した。

 

「まあ、最後まで聞いてよ」

 

 言いながら、大羽は端末を操作。

 すると、そこにはなにやら資料のようなものが表示された。

 

「読んでみて」

 

 彼女は端末を俺の目の前に置き、そう促してきた。

 俺はそれに従い、画面をスワイプしつつ資料を読み込んでいく。

 

「……なんだと?」

 

 そこに書かれている内容は、あまりにも予測の外にあるものだった。

 酷く荒唐無稽で、ともすれば都市伝説や陰謀論と言われても栓のないような内容。

 

 けれど、これが冗談でないことは、大羽の表情が何よりも物語っていた。

 いや、しかし、だが……。

 

「これを俺に教えて、大丈夫なのか? 下手するとこれは――」

「けれど、これで下手に断れなくなった。そうじゃない?」

 

 俺の言葉に被せるように、大羽はそう返した。

 なるほど、やられた。

 読んだ時点で、理解してしまった。彼女が、俺にどんな依頼を出すつもりなのかが。

 

 ハッキリ言って今読んだ情報を、大羽がでっち上げた嘘八百だと断ずるのは簡単だ。

 いや、ここまで突拍子のない内容なら、むしろそっちの可能性の方がずっと高いだろう。

 

 だが、万が一これが事実であった場合、そして事実であった上で、俺が彼女の頼みごとを蹴った場合。

 ライカにリスクが生じる。

 決して無視できない、リスクが。

 

「……何をすればいい。いや――」

 

 この質問の仕方は相応しくない。

 そう思い、言い直した。

 

 

「誰を殺せばいい?」

 

 

 俺がそう言った途端、大羽の顔が歪んだ気がした。

 思うところがあるのだろう。

 だが、それだけ。

 それだけだ。

 そこに迷いや逡巡は、一切と見受けられない。

 

 騒がしい店の中、俺にだけ聞こえるような声量で。

 彼女はただ、その名前を言った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 翌朝、午前の8時前。ハンガーの中にて。

 僅かな朝霧が立ち込める中、すでにホットスタンバイ状態になっているトラスニク――ライカの横に、俺は立っていた。

 整備に使用されているロボットを除けば、ここにいるのは俺と、そしてもう一人だけ。

 

「準備はできたか?」

 

 後ろから、そんな問いかけが聞こえた。

 人が二人しかいないからか、その声はよく透って聞こえる。

 声の主の方向に振り返る。

 

 コウモリのような羽と、ロングブーツを思わせるユニットを併せたSU。

 それを装着した駆藤が、そこにはいた。

 

「ああ、いつでも飛べる」

 

 そう言いながら、俺はライカのハードポイントに取り付けられているカーゴを軽く叩く。

 その中には、今回の輸送任務の目的……昨日までライカが取り憑いていた、ホムンクルスが入っていた。

 

「一応聞くが、まだライカは人形の中に?」

 

 駆藤のそんな疑問に、俺は首を横に振った。

 

「もう中身は空っぽだ。これから飛ぶんだから、いつまでもホムンクルスにリソースは割けないだろ」

「なんだ、意外だな」

 

 相変わらずの無表情さで、けれど面白そうに駆藤は言って、続けた。

 

「ずいぶんとあの身体を気に入ってたみたいだったからな。もう少しごねると思っていたが」

「ごねられたさ、散々」

 

 俺の答えに、駆藤は面白そうに『ほう』と言った。

 

「どこかに不備があったらしい。ライカのデータをホムンクルスから引っぺがそうとしてもやれシステムエラーだの例外処理だのが立て続けに起こってな……結局、俺もシズクも寝たのは午前様だ」

「いつでも外せるんじゃなかったのか?」

「そのはずだったんだがな」

 

 実際シズクが何度も検証して、ライカからホムンクルスの制御を剥がすのは容易なはずだったのだ。

 何度もテストしたはずだった。

 だが、本番になると往々にしてアクシデントが起こるのは、一体どういう因果なのか。

 人類が未だ解明できない、コンピュータの謎だと個人的には思う。

 

「まあ、何にせよ間に合って何よりだ」

 

 すると、駆藤はそう言いながらSUを起動する。

 どこかファンタジーめいた、独特な機動音が響いた。

 

「時間だ、もう行こう」

 

 駆藤は端的に言って、その翼を広げる。

 離陸準備だ。

 それに倣い、俺もライカのコクピットへと急ぐことにした。

 ラダーを降ろし、それを掴んだ。

 

「ニッパー」

 

 と、その瞬間、駆藤が俺を呼んだ。

 俺は一旦昇るのをやめて、彼女の方に顔を向ける。

 

「なんだ?」

「……昨日、リリアから何か聞いたか?」

 

 そう聞く駆藤の表情は、普段とは少し違っていた。

 普段の、飄々としたシニカルなポーカーフェイスではない。

 

 無表情ではあるが、どこか不安げな、危うい雰囲気を孕んだ表情。

 昨日、ブリーフィングで見せた表情と、それは似ていた。

 

「何かって、なんだ?」

 

 俺はそれに対して、ただそう答えた。

 そう答えるしかなかった。

 

「……いや、なんでもない。行こう」

 

 そう言った途端、駆藤はスラスターを起動し、ふわりと浮いた。

 

「先に空で待ってる」

 

 すると、彼女はスラスターの出力を上げ、甲高いエンジン音と共にハンガーの外へと、文字通り飛び出していった。

 

 ……駆藤と大羽。

 あの二人の関係は、いったいどういうものなのだろうか。

 

 大羽の依頼も、そしてそれを察しているような駆藤も、決して普段は険悪そうには見えない。

 やはり、昨日大羽に明かされた、あの話が……

 

「……いや、よそう」

 

 俺がこんなことを考えたって、しょうがないことだ。

 俺がやるべきことは一つだけ。

 ライカを飛ばし、ライカの障害を排除する。

 それが、俺の至上目的のはずだ。

 ブレてはいけない。

 

 ラダーを登り切り、コクピットへ。

 ラダーを収納してから、キャノピィを閉じる。

 それだけで、外界から断絶されるような、そんな気がした。

 

 そうだ、俺はこれでいいはずだ。

 ライカと飛んで、敵を堕として、そしていつか堕とされる。

 それが俺の全てだ。

 

「行こう」

 

 タキシングに入る。

 目的地は、アルド教会日本支部。

 

 本日の天気は霧あり。

 視界不良に、注意されたし。

 

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