少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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とんだばけもの

「そうだな、どこから話したらいいものか……『駆藤ヨーコ』という人間は、そもそもはリリアの友達だったらしい」

 

 駆藤は隣に座った俺を見ず、どこか遠くを見つめるような顔をしていた。

 それはまるで、自分の中にある何かを、探り探りひも解いているようにも見えた。

 

「お互い小さい頃に親がアルド教会に入信して、そこで知り合ったみたいだ。教会の教えなんかどうでもよくって、駆藤ヨーコはリリアと会って遊ぶことだけが楽しみだったようだな」

「……随分と他人事みたいに話してるが、覚えてないのか?」

「バーカ、覚えてるから話せてるんだ。だが、他人事のような気がしてならんのは、確かだな」

 

 駆藤は俺に言って、続けた。

 

「まあ、厳密に言えばその通り他人なんだが……」

「どういう意味だ?」

「うーむ、映画の演者、という表現が近いかもしれん」

「ふむ」

「駆藤ヨーコの好きなものを好きになるよう。嫌いなものを嫌いになるよう。怖いものを怖くなるよう。そうプログラミングされているんだっていうのが、否応なしに自覚させられるんだ」

 

 なるほど。

 映画の視聴者というよりも、演者をやらされている、ということか。

 つまり言ってしまうと、自身の感情をプログラムによって支配されているということだろう。

 

「そして、それを自覚したホムンクルスは、例外なく発狂した。私も含めてな」

「つまり……」

「自分が『自分もどき』だと気づくと人は発狂する。もっとも、人じゃないが」

 

 そう言って、駆藤はシニカルな笑みを浮かべる。

 それに対するレスポンスも思いつけないまま、俺は黙って、ふと考えた。

 

 例えば、俺という人間は既に死んでいて、今の俺は元の人格をコピーしただけの別人だ、と言われたとき。

 その時俺はどう思うのだろうか。

 

 想像もつかない、というのが本音だ。

 今の俺自身はどうでもいいと思っている。ライカの部品としての役割を果たせるのなら、俺が人間だろうとホムンクルスだろうと、ランバーだろうとどうでもいい。

 部品のスペアが安定して用意できるのなら、むしろいいことじゃないか、とすら思う。

 

 だがそう思えるのは、今の俺が確固として、自分を自分として認識できているからこそなのかもしれない。

 自分だと思っていたものが、自分ではない。

 自己の存在そのものを否定されたとき、人間は果たして正気のままでいられるのか。

 

 それを考えると、発狂したホムンクルスは、しっかりと元の人間を引き継いでいたのかもしれない。

 引き継いだからこそ、自己の否定に発狂したのだ。

 

「おい、なに黙ってる?」

 

 そう言いながら、駆藤は俺の頬を引っ張ってきた。

 

「むぐっ」

 

 思わずそんな声が出てしまった。

 

「……はなひてくえ(離してくれ)

「なんだ、ようやく可愛げのある反応したじゃないか」

 

 駆藤はそう言いながら、ようやく俺の頬を放す。

 結構強くつねられたみたいだ。少し痛い。

 

「ふふん、人の話を無視するからそんなことになるんだ」

 

 言って、駆藤はニヤリと笑う。

 その姿は、平時のときと全く同じだった。

 つい数時間前まで、アルド教会の連中に怯えていた彼女が、嘘だったんじゃないかと思えるくらいだ。

 ……ん? ちょっと待て。

 

「駆藤、ちょっと聞いていいか」

「なんだ?」

「『連中』に怯えていたアンタは、人格データで強制された動作ってことか?」

 

 俺がそう聞くと、駆藤は目を見開いて、驚いたような表情をしてみせた。

 ふと、疑問に思ったのだ。

 

 駆藤は先ほどまで、アルド教会の連中に異常に怯えていたのに、今は打って変わって平静だ。

 あそこまで怖がるような連中の巣の中に未だに居るのに、ここまで冷静さを取り戻せるものだろうか。

 

「へえ、思ったより他人を見てるんだな、お前」

 

 すると、彼女はどこか寂しそうに、続けた。

 

「……お察しの通り、連中に怯えているのは、私というよりも『駆藤ヨーコ』の人格模倣によるものだ」

 

 駆藤は言いながら、自分の手をしげしげと眺める。

 今聞いたことを踏まえたうえで、俺は浮かんだ疑問をようやく彼女にぶつけた。

 

「じゃあ『アンタ』は、誰なんだ?」

 

 話していて、ずっと違和感があった。

 駆藤が『駆藤ヨーコ』の人格を受けついだホムンクルスなのであれば、あそこまで他人のことのように話さないはずだ。

 それに、いくら自分が人格をコピーしたスワンプマンだと自覚したところで、あくまで人格は本人であるのだから、さっきと今でここまで態度が豹変することへの説明にはなっていない。

 別の何かがあるはずだ。

 

 俺が聞くと、駆藤は無表情で、じっと俺を見つめる。

 数秒の静寂。

 それが終わると、彼女は観念したように口を開いた。

 

「……さっき言ったろ? 私も発狂してるんだって」

「それが今の話と、どうつながるんだ? 第一ずっと言いたかったことだが、今のアンタはどうにもそんな風には見えん」

「そりゃ光栄だな」

 

 そんな軽口を叩いてから、駆藤は続ける。

 

「発狂っていうのは、何もアッパラパーになって死ぬのだけが能じゃない。元の人格でいられないくらいヤバい時に、防衛本能で発生する事象だ」

「というと?」

「多重人格、とでも言えばいいのだろうか」

 

 多重人格。

 聞いたことはある。たしか極度のストレスを受けたときに発生する、自己解離の一種だったはずだ。

 人格が目に見えて変わるものもいれば、自分のことを第三者のように感じるものもいるらしい。

 駆藤の場合は、どっちなのだろうか。

 

「……まあ、勿体付けないで言ってしまうとだな――」

 

 そう思っていると、駆藤は察したのか、どこか寂しそうに笑って、続けた。

 

「『駆藤ヨーコ』が発狂して壊れた後、『私』という人格データが生成されたんだよ」

 

 ……どうやら、どちらでもなかったらしい。

 駆藤はなぜプロトタイプ・ホムンクルスの中で、唯一生命活動を続けられているのか。

 なぜ彼女だけ、プロトタイプ・ホムンクルスの中で唯一生き残れたのか。

 答えは簡単だった。

 

 生き残れてなど、いなかったのだ。

 『駆藤ヨーコ』はとっくの昔に狂って壊れ、代わりに『彼女』が生まれた。

 

 ようやく合点がいった。

 なぜ駆藤が、自分を自分として見れないのか。

 当然だ。だって彼女は『駆藤ヨーコ』ではないのだから。

 

「あれはいつぐらいの話だったか――」

 

 と、駆藤はとうとうと話し始める。

 

「なにやら駆藤ヨーコには、巫女だか何だかになる才能があるって、母親が教会で言われたらしい。泣きじゃくって嫌がる我が子の手を引っ張って、ホムンクルスへの転生手術なるものを受けさせた」

 

 彼女は、おもむろに上を見上げた。

 照明が眩しいのか、僅かに目を細めている。

 

 ホムンクルスへの転生手術。

 それはひょっとして――。

 

「笑えるだろ? 人格データの移行が終わった瞬間、母親は嬉々としてナイフで子供の心臓を抉って、殺したんだ。肉体からの解脱どうこう言ってな」

 

 ……予想はしていたが、やはりそういう話だったか。

 ホムンクルスへのデータ移行を『転生』ととらえているのであれば、抜け殻であるはずの本人がまだ生きているのは、理屈に合わないことになる。

 

 だから、合わせたのだ。

 無理やり、殺してでも。

 

「さっき連中に呼ばれてた。『専用4号』っていうのは……」

「そうだ――」

 

 俺が聞くと、彼女はそう言って、続ける。

 

「ホムンクルスの中でも、特別な巫女への呼び番号さ。もっとも、私以外はもう死んだがな」

 

 そこまで聞いて、ようやく理由がわかった気がした。

 『駆藤ヨーコ』が何故あそこまで連中に怯えているのか、なぜ嫌っているのか。

 

「そして、どういう伝わり方をしたのかは知らないが、あの時のリリアは、ホムンクルスを生み出すために、駆藤ヨーコが殺されたと思ったらしい」

 

 駆藤は言い終えて、深呼吸をして、また続ける。

 

「……はん、よっぽどショックだったんだろうな」

 

 自分の手を開いて、閉じて。

 何かを確かめるかのように、駆藤はそんな動作を続けていた。

 

「『駆藤ヨーコ』の最後の記憶は、リリアの怯え切った顔と、そこから発せられた言葉だ」

「……それは俺が聞くべき話じゃない」

「聞け、ニッパー。ここまで話したんだ、お前には最後まで付き合う義務がある」

 

 そう言って、駆藤は俺の方に顔を向けた。

 平時の仏頂面とも、『駆藤ヨーコ』の顔とも違う。

 初めて見る表情だった。

 

 

「『ヨーコを返して』、そう言ってた」

 

 

 駆藤は言うと、手を握りしめて、それをじっと見つめていた。

 心なしか、その拳は僅かに震えているような、そんな風に見えた。

 

「あとは、簡単だ。晴れて『駆藤ヨーコ』は発狂して壊れ、バグか何かか、『私』が生成されたってわけだ」

 

 そう言い終えると、駆藤はため息を一つして、口を閉じる。

 それは、彼女の話が一通り終わったことを示していた。

 

「……なあ、ニッパー」

 

 と、少し間をおいて、駆藤は俺を呼ぶ。

 どこか、無理やりな笑い顔で。

 

「……なんだ?」

「知ってるか? 『駆藤ヨーコ』は甘いものが好きだったんだ」

 

 駆藤はそんなことを言ってきた。

 突然、何のことだろうか?

 そう思っていると、彼女は言葉を続けた。

 

「だから、『私』もお菓子が好きだ。けれど、脳の奥から『好きになれ』と、命令されてる気がしてならない」

 

 そのまま、駆藤は続ける。

 

「『私』は戦うのが好きだ。けれどこれは『駆藤ヨーコ』のものではなく、教会がそう調整したからだ」

 

 駆藤は続ける。

 

「シンプルなのが好きだ。けれどこれは、命令に余計な考えを持たないよう、教会が調整したからだ」

 

 続ける。

 

「教会の連中が怖い。けれどこれは、『駆藤ヨーコ』のもので、教会も都合が良いから、その気持ちを残しているだけだ」

 

 駆藤はそれらを言い終えると、口を閉じて顔を俯かせた。

 その時間が、静寂が、いやに長く感じた。

 恐らく、十秒ほどしかたっていないだろうに、何時間にも感じられた沈黙。

 

 けれど、そんな沈黙が過ぎた後。

 駆藤は、口を開いた。

 

 

「ニッパー、『私』は誰だ?」

 

 

 その瞬間、ドアからノックの音がした。

 

「お客人、そちらに4号が来ておりませんか?」

 

 そんな声が聞こえた。

 恐らく、駆藤を探しに来たのだろう。

 

「……思ったより、早かったな」

 

 そう言うと、駆藤はベッドから腰を上げ、ドアの方に近づいていった。

 このままでいいのかと思い、俺は駆藤を呼び止めようとした。

 

「ニッパー」

 

 が、俺が口を開く前に、駆藤はこっちを見ずに、俺を呼ぶ。

 

「さっき言ったことは、忘れてくれ。世迷言だ」

 

 彼女はそう言うと、俺の返事も待たずに、ドアから出て行った。

 ドアの外で二、三話し声が聞こえると、遠のく足音が聞こえ。

 そして、静寂が部屋を支配した。

 

「……なんだってんだ」

 

 なぜ駆藤は、俺にあんなことを話したんだろうか。

 なんで、最後にあんなことを聞いたのだろう。

 

 わからない。

 だが、わからないで終わらせていいものではない気がするのは、なぜだろうか。

 

 とはいえ、今日のところは、とりあえず寝よう。

 明日も何が起こるかわからない。

 万一に備え、睡眠がとれるうちに、取っておかねば。

 そう思いながら、俺はベッドに横になる。

 

 ……自分が誰か、か。

 

 そんなものを知ったところで、どうしろというのか。

 その解も出ないまま、俺はただ、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 ――この時はまだ、予測するべくもなかった。

 翌朝の夜明け時、俺を起こしたのは、避難区域全域に響き渡る、けたたましいサイレンだった。

 そのサイレンが意味するところは、ただひとつ。

 

 ランバーの襲来だ。

 

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