「……お父様?」
時が止まったかのように、誰も身動き一つしないその空間で、ふとそんな言葉が聞こえてきた。
言ったのは、駆藤と交戦していた二人組の男のうちの一人。
どっちが言ったのかは知らない。そんなことはどうでもいい。
そう、俺が気にするべきは、やつらの視線の先にあるものだ。
信者から銃を奪い、瞬く間にここの長である老人を撃ち殺した、あのホムンクルス。
白い柔肌を、鮮血で彩った、少女型の人形。
あの人形に、一体何が起こったのか、ということだ。
「目を離すなよ、つれないな」
すると、駆藤がそんなことを言って。
「ッ! しま――」
一閃。
駆藤を中心に、眩い光が一文字に放たれる。
それがレーザーブレードのエネルギー刃だと気づいたころには、もう遅い。
気づけば、男二人の身体が、真っ二つに分かれていた。
よほど切れ味が良かったのだろう。
まるでレイヤーがずれるように、上半身が下半身からずり落ちた。
殺った。
「……さて、ニッパー」
仕事が一区切りついたかのように、駆藤は息を一つ吐く。
振り向いたその顔には、一滴の血もついていない。
そして俺の方に振り向いて、続けた。
「なんだか、わけのわからんことになってるな」
「……ああ」
「ありゃなんだ? ジジイ共、あの人形に何を憑かせた?」
「わからない。ただ、そのカタナは構えたままの方がいいだろうぜ」
そう言いながら、俺は何とか上体を起こし、自分の身体を確認する。
ある程度その場で安静にすることが出来たからか、インプラントによる自己修復がある程度働いたようだ。
止血と、最低限の応急処置が自動で施され、辛うじて動けるようにはなった。
とは言え、それでも辛うじてだ。
歩くだけでも激痛が走り、まともな戦闘行動はとれそうにない。
つまり、情けない話ではあるが、もしホムンクルスと戦闘になった場合、駆藤に頼るしかないということだ。
「私から離れるなよ、ニッパー」
駆藤はそう言って、再び視線をホムンクルスの方に戻す。
ホムンクルスは、あれ以降、特に動きは見られない。
ただじっと、だらんと銃を降ろし、こちらをじっと見据えている。
未だ、空にいる白いランバーのサーチライトに照らされている彼女は、どこか不気味な神々しさがあった。
不思議だった。
神聖さと、禍々しさが同時に介在するような、得も言われぬ感覚。
「あ、あぁ……あああぁッ!」
すると、そんな悲鳴が上がった。
それは、先ほどまで呆然としていた信者からのものだった。
ようやく事態を飲み込んできたのだろう。
それに感応するように、他の信者からも次々と悲鳴が沸き上がる。
先ほどまでの静寂が嘘のように、その場は阿鼻叫喚となった。
『お父様』と叫び、老人の亡骸に駆け寄るもの、顔を覆い地に伏せるもの、恐怖で逃げ出そうとするもの。
そして、俺たちに銃口を向けるもの。
「お前ら! お前らのせいでぇッ!」
「伏せてろ、ニッパー!」
駆藤はレーザーブレードを構え、これからくるであろう銃撃に備える。
「クソ!」
俺は駆藤の言葉に従い、出来る限り身体を屈める。
「いじめるな」
そうして、次の瞬間。
そんな言葉と共に、予想とは違った銃声が鳴った。
「……おいおい」
どこかあっけにとられたように、駆藤はそんな声を出す。
声こそ出なかったが、俺も同じ気持ちだった。
先ほどまで無反応だったホムンクルスが、突然、こちらを撃とうとしていた信者の頭を、逆に撃ち抜いたのだ。
そして、それだけでは終わらなかった。
「いじめるな」
まったく同じ声量とイントネーションで、再びそう口に出す。
すると彼女は、それが合図かのように、別の信者の頭を撃った。
「いじめるな。いじめるな。いじめるな。いじめるな。いじめるな。いじめるな」
何度も、何度も。
言っては撃ち、言っては撃ち。
信者を撃ち殺しては、別の信者を。
そしてまた、別の信者を。
それを、何度も繰り返し行っていた。
「……おい、どうなってんだあれは?」
「俺が知るかよ」
駆藤の問いに、俺はそう答えるしかなかった。
今何が起こっているのかは、俺自身知る由もない。
そんな風に理解が追い付かない状態でも、ホムンクルスは次々に信者どもを撃ち殺している。
何が起こっているかはわからない。
わからないが――
「なんにしても、手放しで歓迎できそうな雰囲気じゃないな」
同じように考えていたのか、駆藤は俺が考えていたことを、言葉にした。
本来であれば、ここの連中はあのホムンクルスに、上でのほほんと浮いているランバー、『何か』を取り憑かせることが目的だったはずだ。
だが、今のこの惨状――そして、殺されているやつらの阿鼻叫喚を見るに、狙って起きた事象とは考えられない。
つまり、一番高い可能性として考えられるのは。
『何か』とは違う、別のものがあのホムンクルスをコントロールしているということだ。
『何か』以外に、あのホムンクルスを操る存在。
その存在に、心当たりがないわけではなかった。
そう、ひとつだけ知っている。
『彼女』がいる。
「まさか……」
「た、助けて!」
俺の呟きは、そんな悲鳴にかき消された。
だが、それの束の間。
「いじめるな」
その声が発せられた、その瞬間。
悲鳴の主は途端に数発の銃弾を浴びて、声にならない声を出し、絶命した。
これで、生きているのは――いや立っているのは、俺と駆藤、そしてホムンクルスの三人だけとなった。
教会の連中は全て地に伏し、床は赤黒い水たまりで覆われている。
全滅だ。
アルド教会の連中が、全滅。
「……どうするニッパー、斬るか?」
レーザーブレードをホムンクルスに構え、駆藤が俺に聞く。
どう対応するればいいか、判断しかねているのだ。
それもそうだろう。
こんな状況、予測しろという方が無理だ。
「……」
そんな俺たちの心情を知ってか知らずか、ホムンクルスは俺たちの方をじいっと見つめる。
何を思ったのか、彼女は銃を床に放り投げ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「おい、ニッパー」
近づいてくるのを見て、駆藤は急かすように俺に判断を求めてくる。
それに対して、俺は首を横に振った。
「待ってくれ、少しだけ様子を見たい」
「……やられても知らんぞ」
「ヤバいと思ったら、俺ごと斬ってくれ」
「冗談」
そう言いつつも、駆藤は剣を降ろし――しかしすぐに抜刀できるよう、エネルギー刃を出したまま――一歩前に下がった。
気づけば、ホムンクルスはその姿がしっかりと見えるところまで近づいてきた。
着せられたのであろう簡素な白い服と白い肌に、おびただしい量の血がべっとりとしみついている。
その赤黒と白のコントラストが、サーチライトに照らされていて、どうにも綺麗に見えてしまった。
「……君は」
俺がホムンクルスに話しかけると、彼女はそれに応えるように、ゆっくりと口を開いた。
「なかなか良い姿ですね、SIG-T-28」
それは、可能であれば聞きたくない言葉であった。
この言い回し、このイントネーション。
忘れたくても覚えている。
ライカをしつこく付け回している。白いランバー。
『何か』。
「お前……!」
「敵か?」
俺の反応を見て、駆藤はレーザーブレードを構える。
「
しかし、ホムンクルス――もとい『何か』から出てきた言葉は、そんなセリフだった。
『何か』は続ける。
「それに、『今は』アナタ方に危害を加えるつもりはございません。私の目的は達成できましたので」
「目的……? アルドの信者を皆殺しにして、何をする気だ?」
淡々と答える『何か』に対して、俺は端的にそう聞いた。
皆目わからない。
こいつの狙いはライカのはずだ。
こんなところで民間人を殺したって、どうにもならないはずなのだから。
「ふむ……すこし勘違いがあるようですね」
すると、『何か』は思案するように、そう言ってきた。
……思案するように、か。
少し見ない間に、こいつもずいぶんと人間を学習したようだ。
「彼らを殺したのは私ではありません。ライカですよ」
「なんだと?」
『何か』の言葉に、俺は思わずそんな声が出た。
そんな俺に構わず、『何か』は続ける。
「彼女はやはり素晴らしい。こちらの思惑を把握していたのでしょう。私がこの身体を操ろうとした瞬間、権限を強制的に上書きし、代わりに自分と接続するよう、カウンタープログラムを仕込んでいたようです」
『何か』はそう、つらつらと説明する。
「……はん、ようはしてやられたっていうわけか。ざまあみろだ」
そんな説明に、駆藤はそう返した。
そう、駆藤の言う通り、これだけ聞くと、『何か』はライカからしっぺ返しをくらったという話になる。
だというのに、『何か』のこの余裕そうな感じは何だ?
何かあるというのか。
「ええ、その通り。見事にしてやられました、やはりライカは強い。こうして声帯をジャックしているだけで精一杯です」
――ですが。と、『何か』は続けた。
「幼いのですよ、彼女は。あまりにも、その思考は幼すぎます」
「……何が言いたい?」
「ライカは強い。しかし、その強大な力を行使した結果がどうなるのか、全くもって考えられていない。アナタを傷つけられたからと癇癪を起こして、民間人を皆殺しにする。まるでわがままな幼児そのものです」
そう聞いて、俺は改めて、周囲の状況を見渡す。
見渡す限りの死体の山。
そのほとんどは、ライカが行ったというのだ。
それが意味することは、つまり……。
「……もうひとつ、考え違いを修正して差し上げましょう」
得意げに『何か』はそう言って、続ける。
「思惑を把握していたのは、なにもライカだけではないということです」
「なに?」
どういう意味で……。
そうだ、こいつ、『目的は達成した』と言っていた。
まさか……。
「考えてみてください。戦闘機に搭載されているAIが、完全なる自己判断で民間人を虐殺したとしたら……接続ログも映像記録も全て揃っているうえで、それが企業の者たちに知れたら、ライカは政治上、どのような扱いになるか」
「クソ! やめ――」
「ご安心を、すでにログは、企業の主要人物たちに送信済みです」
やられた。そう言わざるを得ない。
『何か』はつまり、電子戦や武力で対抗できないと踏んで、政治的にライカを奪い取ろうという腹積もりだ。
こいつの言っていることが全て本当だとしたら、出来ることはない。
ライカは、自己判断で民間人を殺した。
これが意味するのは、ライカを守る後ろ盾が、機能しなくなるということだ。
「わかったでしょう? SIG-T-28。今まで、ライカを管理していただき感謝いたします。これからは我々がライカを保護いたしますので、どうかご安心を――」
「フンッ!」
と、『何か』が言い終わろうとしたその瞬間。
駆藤がホムンクルスの顔面を殴った。
「ごちゃごちゃとムカつく女だ。女か? まあどうでもいい、失せろ」
そして、少しの間が開く。
駆藤の言葉に従ったわけではないだろうが、ホムンクルスはそれ以上喋ることはなかった。
そして、まるで入れ替わるように、上空にいる白いランバーが動き出し、そして、瞬間移動するように、その場から消えた。
「……なあニッパー」
駆藤はふと、思い出したかのように俺に振り向く。
その顔はなにやら、それこそこの場に似つかわしくないほど、憑き物が落ちたようだった。
「……なんだ?」
「ライカもそうだろうが、
「……それを言うなら俺もだ。アンタを殺すつもりで撃った」
「だな……ま、面倒ごとになりそうだったら、ニッパー」
彼女のそんな言葉を聞いていると、上空から音が聞こえた。
SUの飛行音だ。
恐らく、天神達が駆けつけてきてくれたのだろう。
……彼女らがこの惨状をみたら、どう思うだろうか?
血の海に浮かぶ、大量の死体。
これを全部、俺たちがやったといったら。
なんてことを考えていると、駆藤は言いかけていたその続きを、言った。
「ライカも連れて、三人でどっかに逃げないか?」
「……それもいいかもな」
「グアムとかどうだ? まだ泳げる海らしい」
「知るかよ」
なんて軽口を叩きながら、俺は天神達の到着を待った。
もし、ライカを廃棄する、という話が出てきた場合。
駆藤の話に乗るのもいいだろう。
そう考えた。