「これ、はッ……」
アルド教会に到着したウルフ隊から、開口一番に聞こえたのは、天神のそんな、息の詰まったような声だった。
声にこそ出さない――いや、えずいて言葉を発せられないでいるものの、レイも受け入れがたいようにその光景を見ていた。
その見開いた眼の先にあるのは、アルドの信者どもの死体の山だった。
「やっちゃったね、こりゃ」
その有様を見て、落花が一言呟いた。
先の二人に比べると、あまり動揺はしていないようだ。
どちらかというと、これから起こる面倒ごとを考えて、そちらの方を憂いているように見えた。
「それで、まず聞きたいんだけど、これってニッパーくんとヨーコがやったわけ?」
それとも――と、落花は『それ』がいる方向に顔を向け、続けた。
「あのホムンクルスが?」
彼女が向けた目線の先には、血まみれになって棒立ちしている、一体のホムンクルスがいた。
向ける視線はどこか敵意を感じる。妥当ではあるが。
「あれ、ここに返す予定だった、ライカちゃんが乗り移ってたやつだよね? まさかあの子が?」
まさか、という副詞こそついているものの、落花のその顔は確信をもって言っていた。
死体のほとんどは、明らかに銃で撃たれたであろう傷跡をもって、地に伏している。
駆藤の得物はレーザーブレードだから、彼女がこの虐殺を全て行ったのであれば、この傷跡は辻褄が合わない。
そして、ただのパイロットに過ぎず、更に撃たれて動けない俺に、これだけの数の武装した人間を殺せるはずがないのは、火を見るよりも明らかだった。
となると、考えられることはひとつしかない。
落花はそう思ったのだろう。
「そこで真っ二つになってる野郎ども以外は、そうだ」
「てことは、アンタも殺ってんじゃん……」
しれっと答える駆藤に対して、落花はため息交じりにそう言った。
彼女は駆藤の顔を見て、続ける。
「……んで、その左目の大きな穴は、その時に撃たれたってこと?」
「んー……まあ、話すと長くなるから、また後でな」
「それでぴんぴんしてるのも意味わかんないし、なんだかアンタも結構訳ありそうだね」
めんどくさいなーもう――などとぼやきながら、落花は頬を人差し指で掻く。
なんとなくだが、これに関しては演技ではなく、本心のように思えた。
特に根拠があるわけではなく、本当になんとなくだが。
「ッ……ニッパー、その、怪我……」
すると、先ほどまで呆然と死体の山を見ていた天神が、我に返ったように俺のもとに駆け寄ってきた。
「大丈夫なの、その傷……ええと、ここ、一体何が……」
……いや、我に返ったというのは、いささか早計だったかもしれない。
戦闘時はどんな時でも的確に動く天神らしからず、混乱が尾を引いているようだった。
恐らくだが、人間の死体に慣れていないのだろう。
レイも見た感じ、同様のようだ。
いくら彼女らがトップクラスのフェアリィだと言っても、それはあくまで、対ランバーでの話だ。
人間を相手にしたことも無いだろうし、空で戦っているのだから、死体の山など見る機会もなかっただろう。
特に天神に関しては、マーティネス支社を強襲した時にも見たように、人の死に関しては一等敏感だ。
そんな彼女にとってこの光景は、酷くショッキングなものなのかもしれない。
「落ち着け天神、まず傷に関してだが、今すぐ死ぬってものでもない。応急処置はした。ひとまず問題のない範囲だ」
「そ、そうかもしれないけど、でも……」
天神はそう言って、俺に顔を近づける。
普段の冷静な雰囲気とはかけ離れた、弱弱しい子供のような表情が、そこにはあった。
それは、俺の怪我を案じているだけではないように見えた。
むしろ、助けを求めているような。
そんな風に見えた。
「
すると、まるでそれを責めるように、落花の冷たい声が聞こえた。
彼女は天神が自分に振り向いたことを確認すると、その先を続けた。
「気持ちはわかるけど、一応今は作戦行動中だよ。ちゃんと立って」
「……そう、ね。ごめんなさい」
「大丈夫、ちゃんと支えるからさ」
落花はそう言って、笑顔をしてみせた。
それを見ると天神は、自分の頬をぴしゃりと叩いて、立ち上がる。
その顔から、数秒前までの弱々しい雰囲気は鳴りを潜め、いつも通りの天神へと切り替わっていた。
「全員傾聴。今回の作戦目標である、ウルフ4及びドギー1の生存確認は取れた。アルド教会のこの状況については、デブリーフィング時に
「りょーかい」
「り、了解……」
天神の指示に、落花は軽く、レイは相当グロッキーに、それぞれ答えた。
「……大丈夫、レイ?」
天神がそう聞くと、レイは苦しそうな表情をして、口を開いた。
「……すいません、こういうの、初めて見て」
「無理そうなら空に上がっててもいいわ。今のところ、危険は無さそうだし」
「……いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
レイは天神にそう返事をすると、ボディカメラを起動し、現場の記録撮影を始めた。
「リリア」
と、天神は無線で大羽を呼び、続ける。
「アナタも、上空からの記録映像を撮影してから、ラヴェルに報告して。彼らの判断を仰ぐ必要がある」
「ウルフ4、
と、上で監視している大羽が、指示の了承ついでに、そんなことを聞いてきた。
「なんだ」
と、駆藤。
「ちょっとさ、上のほうを見てくれない?」
「あん?」
意味がわからないといった具合に言いながらも、駆藤は大羽に言われた通り、上空を見上げた。
「ヨーコ、今食べたいものってある?」
「なんだ、藪から棒に? ……そうだな、スシとか?」
「珍しいね、甘いものが好きじゃなかったっけ?」
「……いろいろあったんだよ、『いろいろ』な」
「……そっか」
駆藤の答えに対し、大羽はどこか寂しそうに、それだけ答えた。
そこにどんな思いがあったのかは、俺には知りようもない。
ただひとつ、恐らく大羽は、今の会話で察したのだろう。
駆藤の中から、大羽の知っている『駆藤ヨーコ』が死んだことを。
自身の願いが、形はどうにしろ叶ったのだ、と。
大羽が今の状況を良しとするのか、それとも公開するのかは、俺にはわからない。
そこは俺の考えるべき領分ではない。
どうにしろ、俺は大羽の依頼を果たしただけなのだ。
あとは、彼女ら二人の問題だろう。
「まあ、どうにしろ、しばらく美味い飯は食えなさそうだ」
と、駆藤はそう言いながら、俺のほうを見て、続けた。
「だろ?」
「……そうだな、しばらくは臭い飯になりそうだ」
これだけのややこしい事態になったのだ。間違いなく、ラヴェルから詰められるだろう。
俺はこれから起こる面倒を想いながら、もはや抜け殻となったホムンクルスを見た。
……どんな結果になろうと、ライカだけは必ず守らなければいけない。
もし、だめなら。ラヴェルが敵対することになったら、その時は……。
そう思いながら、俺はぽっかりと開いた天井から、空を見上げた。
陽が昇りかけていて、僅かに明るくなっている。
なぜかそれは、酷く遠くに感じた。
次回投稿は12/2予定となります。
2024/12/01 追記:
投稿遅れます、毎回毎回本当に申し訳ございません……。
今週中には更新できるようにいたします。
2025/2/21 追記:
遅くなってしまい大変申し訳ございません。
現在細々と書き続けております。
もう少々だけお待ちいただければ幸いです。