――時間は少々さかのぼり、ラヴェル内にある飛行場にて。
UAVが上空でせわしなく動き、管制の航空無線が息継ぐ間もなく飛び交う中。
そんな忙殺した背景をしり目に、来客用に開けられた滑走路へ、悠然と着陸するマーティネスの航空機が一機、
とはいえ、ナナとエリサは警戒任務の合間の顔見せのためにいるだけなので、SUと武器を身に着けたままではあるが。
「あら、わざわざ値の張るプライベートジェットでご登場。企業人らしいわね」
「そういうことは口に出すな、来栖」
小声で芹沢に諫められたエリサは、不機嫌そうに「失礼」とだけ答えた。
どうにも気に入らない、そんな表情だった。
そんな中、エリサは横にいるナナに目をやった。
彼女から見たナナは、どこか遠い目をしていた。
さっきだって、皮肉のお小言はむしろナナからくると思っていたのに、口を開くどころか、聞こえてすらいないかのように無反応だった。
やはり、ニッパーとヨーコの一件が、まだ尾を引いているのだろうと、エリサは予想した。
無理もない、とも彼女は思った。まして聞いた話では、ニッパーは処刑が決まっているという。それでいつも通りでいろという方が無理な話だろう。
「ちょっとナナ、大丈夫なの?」
エリサが少し声を張って言うと、ようやくナナに届いたらしく、顔を向けた。
「……何?」
「何じゃないわよ。ずいぶんと覇気がないじゃない。体調が悪いのに無理されても迷惑なのだけれど」
「あぁ、別に平気よ。お気遣いありがとう」
「な、心配してるわけじゃッ……じゃあ、なにをぼうっとしてたのよ!」
予想外の返答をナナにされて、エリサはつい照れ隠しのために、そんなことを聞いた。
するとナナは、前に向き直して、少し間を開けて、口を開いた。
「考え事をしてたのよ。これからのこと」
それを聞いて、エリサは口を噤んだ。
言葉が出なかった。という方が正しいかもしれない。
エリサが、ウルフ隊の現状を知っているからだ。
件のことがあったおかげで、今のウルフ隊はボロボロだ。
ヨーコは言わずもがなで、レイもはや、まともに戦える精神状態ではない。
実際のところ、先日の警戒任務のブリーフィングに来たウルフ隊は、ナナを除けば、ミサとリリアだけ。
そのリリアだって、かなり衰弱しているのが目に見えてわかるレベルだ。
ウルフ隊はもう、隊としてやっていけない。
間近で見たエリサは、そんな確信を持った。
これから、ナナはどうするのだろうかと、エリサは思った。
隊を解散して
それとも、もしかして。
これをきっかけに、フェアリィそのものを――
「出てきた」
エリサの思考を断ち切るように、ナナの声が聞こえた。
意識を現実に戻したエリサが前を向くと、なるほど確かに、プライベートジェットが出入り口と一体型のラダーを降ろし、その中から人が出てきたのが見えた。
金髪ですらっとした体形、細いオーバルの眼鏡をかけた、いかにもな女性。
マーティネス社のヘレン・メイヤーズだ。
「お出迎えご苦労様です、ミスター芹沢。こうして直接お会いするのは初めてですね」
言葉遣いは丁寧だが、節々からどことなく滲み出る、人を見下したような態度。
間違いなくヘレン・メイヤーズ本人だ。
ため息を吐きたくなるような心境で、芹沢はそう確信した。
「お会いできて光栄だ、メイヤーズ殿」
「えぇ……後ろのフェアリィが、今回の警備担当ですか?」
ヘレンが言うと、ナナとエリサはそれぞれ姿勢を正した。
「ウルフ隊隊長、天神ナナです」
「ハウンド隊隊長、来栖エリサです。以後お見知りおきを」
「しっかり働いていただきますようお願いします。私の護衛はもとより、例の機体の引き渡し時に、万一もトラブルが無いよう。特に――」
ヘレンはナナに顔を向けて、続ける。
「
「ッ……あの!」
どこか勝ち誇ったように宣うヘレンに、エリサは思わず食って掛かる。
「エリサ」
が、そこから先の言葉は、ナナに名前を呼ばれることで阻まれた。
「ナナ、でもあなた――」
「いいのよ、過程はどうあれ、本当のことだもの」
そう言って、ナナはエリサを制止した。
「……ヘレン・メイヤーズ様、この度は、私の隊員がご迷惑をおかけしました。この場を借りて、お詫び申し上げます」
すると、ナナは言いながら、深々とヘレンに頭を下げた。
その所作のひとつひとつに、淀みや迷いは一切見られない。
エリサはそれにどこか違和感を感じつつも、その正体を言語化することはできず、ただナナを見守ることしかできなかった。
「理事長と違って、ここのフェアリィはしっかりと教育が行き届いているようですね」
頭を下げるナナの姿を見て、ヘレンは満足したように呟いた。
芹沢はそれに無反応だ。エリサのみが、睨みつけるようにヘレンを見ていた。
「本来は、お詫びで済むような話ではありませんが、まぁいいでしょう。これからもしっかりと企業に従えば、いくらでも汚名の返上はできますよ」
「寛大なお言葉、感謝します。今後は、可能な限りご迷惑をかけないよう、善処します」
調子づいたヘレンの言葉に、ナナはそう返した。
相変わらず、不自然に淀みのない返答だったが、ヘレンはそれに気づくそぶりもなかった。
「それは実に結構です。今後も企業のため、ひいては人類のため、より励みなさい」
それもそうだろう、ヘレンは今、有頂天と言ってもいい状態だ。
長いこと目の上のたんこぶだった芹沢を、アジア圏第三ラヴェルを、ようやく屈服させることが出来た。
加えて、今までのらりくらりと躱されたライカを、ようやく手に入れることが出来た。
あとはライカを輸送し、ランバーの元まで送り届ければ、晴れてすべての問題は解決する。
そうなれば、ヘレンはこのまま芹沢のラヴェルを手に入れ、マーティネス社での地位がより盤石なものになる。
権威に照らされた道がようやく見えてきたのだ。安全に贅沢に生涯を暮らせる、そんな夢のような道が。
この日のために彼女は、やりすぎと思えるほどの兵力を用意させ、万全に準備もした。
あのライカのパイロットも、今頃は檻の中か、でなければもう銃殺刑が済んでいることだろう。
障害はすべて排除した。
万に一つの失敗もない。
ヘレンはそう、確信していた。
だからだろう。目の前の
「……ん、どうしたの?」
突如、エリサに無線が入った。
言わずもがな、現在、空中で警戒任務を行っている、ハウンズの隊員からだった。
「こちらウルフ1、何かあった?」
ほぼ同時に、ナナにも無線が入った。
同じく空中にて哨戒を行っている、ミサからだ。
「……え?」
「どういうこと?」
すると二人は、それぞれそんな声を出した。
そのトーンは、
「ハァ……なんですか、何か問題でも?」
すると、面倒ごとは勘弁してくれと思っているのだろう。
明らかに不機嫌そうな表情をしたヘレンが、二人に聞いた。
「理事長、問題が発生したみたいです!」
先にそう口を開いたのは、エリサであった。
「なんだ?」
「哨戒中のUAVが複数機、パターンにない行動を取り始めたようです。哨戒ルートを外れ始めたようで――」
と、エリサが理事長に話した。
その時だった。
耳をつんざくようなジェット音。
衝撃波。
突風。
それらが一気に、その場にいる全員を襲った。
「なッ!?」
「ひ、ひぃ!? な、なんなんですか、一体!?」
エリサとヘレンが声を上げた、その瞬間。
真上に、機影が見えた。
複数機、アフターバーナーを焚いて、猛スピードでラヴェル内部に向かっている。
『こちらハウンド2! エリサ、UAVが市街地に向かってる! このままじゃ危険だ!』
『どうなってんのよ!? あいつら急に暴れ出して!』
『こちらコントロールタワー! 何がどうなってる!?』
『た、隊長! は、早く上がってきてくださいィ!』
エリサの無線から、仲間や管制からの混乱した声が響く。
その混乱を肯定するかのように、ラヴェルの中で、サイレンが鳴り響いた。
「ど、どういうことですか!? 何が起きて……!」
「ッ……理事長、高飛車女――じゃないメイヤーズさんを安全な場所に連れて、避難してください!」
混乱するヘレンをよそに、エリサは即座に状況に対応し、芹沢に指示を出す。
彼女自身、状況を完全に理解できているわけではない。
それでも、あのUAVを止めなければならない。ということは、直感でわかったのだ。
「……わかった、お前も気をつけろ」
「言われなくても」
芹沢はそれだけ言って、パニックになっているヘレンを連れて、その場を後にした。
「ナナ、行くわよ!」
そう言って、エリサはナナの方に顔を向ける。
「……ナナ?」
だが、なんだろうか、様子がおかしいことに、エリサは気づいた。
普段のナナであれば、一も二もなく、真っ先に飛び立ってもおかしくないのに。
今はなぜか、UAVが向かった先をじっと見て、何かを考えているようなそぶりを見せている。
「向こうは、確か……ニッパーがいる……そっか、やっぱり」
「ナナ! 何ぼうっとしてるのよ、異常事態なのよ、わかってるの!?」
「……そうね、異常事態。ミサたちに、知らせないと」
やはりおかしい。
なぜナナは、ここまで落ち着き払っているのか。
まるで、予測していたような……。
いや違う。
「ナナ! アナタ――」
「ウルフ2、ウルフ4に報告、作戦を変更」
「ライカが動いた、援護する」
その瞬間、エリサが銃を、ナナに向ける。
「なッ……!?」
しかし、向けた先には、すでにナナはいなかった。
目標は、はるか上空に。
凄まじい速さでSUを起動して、UAVの後を追うように、飛び立った。
その直後だ。
ラヴェル内部の方から、衝撃音と、鈍い地鳴りが響いた。
それは、何かが墜落したことを示唆するのに、十分な情報だった。
音の方向は、ニッパーとヨーコが捕らえられている建物がある場所と、ちょうど同方向であった。