「あれは、一体……?」
無線越しに、天神のあっけにとられた声が聞こえた。
チャフの影響が、平時よりややノイズがかっている。
キャノピィ越しに彼女の姿を見ると、その目は先ほど現れた、二機の不明機――ライカと同型の、トラスニクに向けられていた。
他のウルフ隊も同様に、状況への理解が追い付かないと言った具合に、フリーズしていた。
突然のことに驚いているのは、何も俺たちだけではない。
「こちらハウンド・リーダー! レーダーが使用できない、IFF識別不可!」
「なんだよこれ、チャフ……? HUDがめちゃくちゃだ」
「
無線から多くのフェアリィたちの声が響く。
どうやら、このチャフはラヴェル全体に撒かれたようで、あっちこっちからレーダーが使えなくなったという会話が聞こえてきていた。
「こちらHQ、混戦による
「こちらコヨーテ・リーダー! ざけんな! ぼうっと指くわえて見てろってのか!」
「歯がゆいのはこちらも同じだ。なんとか見失わないよう、見つけて追いかけてくれ」
向こうはこちらを見失ったうえ、発見しても撃墜できないということらしい。
「……ニッパー、あれは誰?」
すると、天神が聞いてきた。
当たり前だが、ウルフ隊と
「ま、元同居人さ、なあニッパー?」
だというのに、その男――23番は俺の代わりに応えた。
さすがに天神もこれには面食らったようで、驚いたような声を漏らしていた。
「おじさん誰? なんでこの無線の周波数知ってんの?」
と、驚いた天神に代わるように、落花が23番にそう聞いた。
「あー、ミサちゃんだっけ? おじさんってのはやめてくれよ。俺はまだ27さ」
「んなことどうだっていいの、今一番知りたいのは、おじさんが敵か味方かってこと」
「敵だったら、俺はとっくにミサイルを撃って、君たちを魚の餌にでもすると思わないかい?」
「……ニッパーくん?」
そんな問答をした後、落花は俺を呼んだ。
「……研究所にいたころの知り合いだ。味方、でいいんだよな? 23番」
「あぁ、お前らを逃がすためにここに来たんだ」
「逃がす? どういうことだ?」
「そうだなぁ……説明の時間はないし、今は信じてついてきてくれとしか、言えん」
「……天神」
俺は天神の名を呼んだ。
どうするべきか、という判断を彼女に仰ぐ意図だ。
「こちらアローヘッドよりパッケージ。選択の余地はないと思うが」
すると、初めて聞く声が無線に入ってきた。少し年齢を感じさせる、男の声だった。
恐らく、23番と供にいた、もう一機のトラスニクの方だろう。
彼は続けた。
「ここで全員墜ちるか、賭けに出て俺たちについてくるか、どちらだ?」
それは端的に、しかし的確に俺たちの現状を表していた。
このままでは、ラヴェルのフェアリィに数の暴力で撃墜されるのは目に見えている。
よしんば逃げ切れたとしても、全員は無理だろう。
恐らく、何機かは墜とされる。
天神もそれには気づいているようで、苦い顔をしていた。
「いいんじゃないか、別に?」
と、駆藤が声を出した。
「どうせこのままじゃ厳しいのは変わらないんだ。賭ける価値はあるだろう。罠なら、こいつら叩き落せばいいだけだ」
「……最後のはともかく、私も今回ばかりはヨーコに賛成。というか、他に思いつかない」
駆藤の考えに、大羽は珍しく賛同していた。
「私も信じていいと思います! ど、どうせなら、全員が逃げれる可能性にかけてみたいです!」
と、レイもそれに呼応するように言った。
「……あぁ、もう!」
すると天神が、癇癪を起こしたような声を出した。
しかしすぐにそれは収まり、ため息を吐く。
「ミサ」
「私はリーダーに従うよ、どんな選択でもね」
「……『選択の余地はない』か。いつもそうね、私たち」
彼女は半ば諦めのようにそう言って、続けた。
「ウルフ・リーダーより所属不明機へ、誘導をお願いする」
「了解。こちらアーケード隊1番機、アローヘッド」
「同じく2番機。23番……じゃ味気ないから、空ではビックバイパーと呼んでくれ」
その男――アローヘッドと23番は天神に答えた後、機体をバンクし高度を落とした。
俺たちもそれに追従し、ラヴェルの市街地、ビルの谷間を縫うように飛んだ。
「ビルにぶつかるなよニッパー。ライカちゃんはデカいからな」
「わかってる」
23番にそう答えながらも、どうにかこうにか建物と衝突しないように機体を傾けながら、
「もうすぐラヴェルを出る。風に注意せよ」
アローヘッドが言うと、確かに先導機の先に海が見えた。
建物を抜け、海へ。
海風がやや強かったが、許容範囲内だった。
「だ、誰か追ってきてます?」
「……いや、撒けたみたい。今のところはだけど」
レイの言葉に、大羽が答えた。
確かに言う通り――レーダーが使えないのであくまで目視での話だが――周辺に俺たち以外の機影は見えなかった。
「雲に移動する。見失うな」
アローヘッドはそう言うと、機体を上昇させる。
それに追従し、雲の中へと突入した。
ふと後ろを振り向くと、ラヴェルが遠く映った。
妖精の園。フェアリィの巣。
だが、その巣から、こちらを墜とそうと向かってくるものはいない。
ここにいるのは、巣を捨てた者たちばかり。
やがて、その巣も雲に邪魔されて、見えなくなった。
最後まで、こちらに上がってくるフェアリィの姿は見えなかった。
……逃げ切れただろう、今のところは。
「……よし、ある程度経ったらデコイを放出する。これで時間が稼げるだろう」
「デコイ? どんな?」
「後ほど説明する」
天神の言葉に、しかしアローヘッドはそれだけ言った。
まずは――そう言って、彼は続けた。
「我々の『基地』に来てほしい」
そう言って、アーケード隊はさらに高度を上げた。
俺たちはただ、それに追従するしかなかった。
どれだけ上がってきただろうか。
計器を見ると、高度が約10万フィート――つまり、およそ3万メートルと表示されていた。
普通の戦闘機ではまず来ることのできない高度。ライカでも限界ギリギリ。
空が青黒く、宇宙に手が届きそうな、そんな場所だ。
「さっむ~! ねえこれどこ向かってんの!?」
「うぅ、し、死んじゃう……ハックシ!」
落花とレイがそんな文句を言っていた。
こんな高度を生身で飛んで『寒い』で済むのだから、やはりフェアリィというのは常識外れだ。
「そんなに寒い? ヨーコ?」
「いや、別に」
とはいえ、大羽と駆藤は平気らしい。
大羽はAWACSで慣れてるし、駆藤はホムンクルスなので、元からそういう感覚がないのかもしれない。
「……アーケード隊、私たちはどこに向かってるの? いい加減に教えて欲しい」
さすがにしびれを切らしたのであろう天神が、アーケード隊にそう聞いた。
「まあ、この辺だろう……アローヘッドよりビックバイパーへ、『基地』へビーコンを」
「はいよ……ハハ、ニッパー。おったまげるぜ、きっと」
アローヘッドの言葉を聞いて、23番はそう言った。
基地……と言っても、目の前に広がるのは空と雲ばかり。
基地どころか、人工物なんてどこにも――
「……待って、あれは?」
と、天神が言った。
何かと思って、彼女の向いた方向を凝視する。
とは言っても、特に何も……。
「……なんだ、空間が歪んでる?」
その方角を見ると、何やら、空と雲が不自然に歪んでいる部分があった。
まるで、空間そのものが変化していっているような……。
「……え?」
天神は、零すように呟いた。
それはどんどんと大きくなっていき、空間のゆがみはやがて、目の前いっぱいに広がるほどになる。
「な、なな……!?」
「うぇー、マジ……?」
「もはやギャグだな」
「ウソ……」
レイ、落花、駆藤、大羽と、それぞれが言葉を失ったように、その方向を見る。
当然だろう。これはもはや、常識がどうこうという話じゃない。
まるで、古いSFのような景色だった。
何もないと思っていた空間が歪み、目の前にそれは現れた。
巨大という言葉ですら足りない。幾多もの翼が重なった、エイを思わせる全翼機。
街に匹敵する大きさの『航空機』だった。
「ようこそ、航空母艦『ストームルーラー』へ」
少しの笑い声と共に、23番はその名を言った。