戦場の噂
――今際の際というのは、正にこういう時を言うのだろう。
企業への反抗勢力『イレギュラー』に所属している、とある義勇軍に所属する男は、目の前に広がる景色を見て、そんなことを考えた。
瓦礫と区別がつかないような一軒家に隠れながら、男は外の方に目を向ける。
目に映るのは、もはや人がいなくなって久しい、廃墟と化した欧州の街。
男の曾祖母の故郷らしいが、もはや瓦礫の山だ。
そして、そんな瓦礫の山に蔓延る、自分たちを追ってきている自立型ドローンの群れだった。
数十はいるだろうか。
ドローンには、四大企業のひとつ『ローレライ・インダストリー』のエンブレムが刻印されている。
ランバーがいる中で、我が物顔で地上を踏破し、こちらに迫る鉄塊ども。
ランバーが化けているわけではない。まして、ランバーに操られているわけでもない。
正真正銘、企業が、いや人間が、明確な意思をもって人間を殺しにかかっている。
「こちらブギーマン2-2! 包囲されている! 近接航空支援を求む!」
「モルヒネを、モルヒネを打ってくれ……誰かッ……」
「撃て! 弾幕を張れ!」
そこかしこから、部隊の仲間の怒声が聞こえ、そしてそれをおびただしい銃声がかき消していく。
だが男にとってそれは、どこか遠いことのように聞こえた。
爆撃で耳をやられたからだろうか。恐怖心からくる逃避行動か。
どちらにしろ、今の男は、ただ茫然と立つことしかできなかった。
少しでも動けばパニックになってしまうと、どこかで冷静に分析してる自分がいた。
「支援はまだか!? イレギュラーからの応答はないのか!」
「あと数分で着くとのですが、途中で通信が切れました!」
「こっちはあと数秒持つかもわからないんだぞ!」
部隊長がそう叫ぶ。
そもそもなんでこんなことになったのだろうか、そう男は考えてしまう。
最初の予定としては、ローレライの本社に潜入し、ランバーとの通信記録を奪取し、それをイレギュラーに渡す。それだけの任務だった。
当然、ある程度の交戦は覚悟していたし、それに耐えうる準備もしてきたはずだった。
だがそれでも、男は甘く見ていたのかもしれない。
企業に盾突くとは、世界に反逆するとは、どういうことかを。
その結果が、今の状況なのだ。
「くそったれ何人残ってるんだ!」
「もう俺たちだけだ」
「近接航空支援はまだか!」
その叫びが聞こえた瞬間、近くで爆発が起こった。
大きな衝撃。今ので何人やられただろうか。
そんな風に冷静に考えているような自分は、地獄に落ちるだろうか。
茫然とそう考えながら、男は反射で爆撃の熱風を吸い込まないよう、息を浅くした。
自分の仲間だったものが、何人か壁にへばりついたのを見た。
次の攻撃で、恐らく自分がああなる番だろう。
男はもはや、生存をあきらめていた。
男は考える。
――ここで死ぬとして、俺は天国に行けるだろうか。
道半ばではあったが、正しいと思うことに殉ずることができたのだ。
天使くらいは迎えに来てくれたっていいだろう。
空を見てみよう。もう地上の敵を見たって無駄なのだから。
……あぁ、どうやら神様は、俺の働きを認めてくれたらしい。
ほら、天使が、こっちに向かって――
「こちらレーヴェン1、近接航空支援を実行する」
無線から、聞き慣れない識別コード。聞き慣れない男の声。
だが、僅かな疑問はすぐに吹き飛んだ。
次の瞬間、ドローンの群れがいた場所が、轟音と共に爆発に覆われたからだ。
「うぉ!?」
「今度はなんだ!?」
同じような轟音が二度、三度と続き、いつの間にか音は鳴り止んだ。
気づけば、銃撃や爆発音すら、聞こえない。
「……あれは?」
だからだろう。か細い呟きでも、ハッキリと聞こえる。
男が振り向くと、その言葉は、いつも声の大きい部隊長であったことがわかった。
「戦闘機……? 今の爆撃は、アイツが……?」
部隊長が向いている方向を、男も見る。
それはつい先ほど、男が天使と見間違えたシルエットだった。
遠くで詳細はよく見えないが、すぐにそれとわかるような、特徴的な形。
カナード翼を携えた、大型の戦闘機。
「ブギーマン、聞こえますか、ブギーマン2-1?」
すると先ほどとは違う、また聞き慣れない声が無線に入る。
凛とした、けれど鈴のような少女の声。
部隊長を呼んでいるようだった。
「こちらはフェンリル1、天神ナナです。お待たせして申し訳ない。そちらの要請に応じ、我々フェアリィ部隊のフェンリル隊と戦闘機のレーヴェン1が支援に入ります。露払いをしますので、脱出の準備を」
無線の少女は淡々と、けれど緊張をもってそう伝えてきた。
「あ、あぁ、わかった……支援感謝する」
「準備ができ次第連絡を。アウト」
部隊長の言葉に少女はそれだけ言って、無線を切った。
「……お、俺たち、助かったんですかね?」
「……そのようだ」
部隊長の返事に、しかしそれを聞いた隊員は事態を飲み込みきれないようだった。
ただ、命が助かったということは理解したようで、生き残った隊員たちの間に、安堵と緩慢の空気が漂い始めた。
「油断するな! まだ終わったわけじゃないんだ!」
部隊長だけは咳ばらいをして、そう叫ぶ。
彼にも多少の安堵は顔に出ていたが、それ以上に、仲間を大量に失ったことを、今になってようやく実感しているような面構えだった。
きっと、他の隊員たちも、男も、全て終わったときに喪失感に苛まれるのだろう。
だがそれは、今ではない。
今は、散った者の死を無駄にしないためにも、任務を果たさなければならない。
誰が言うでもなく、皆同じような気持ちで、だから粛々と、脱出の準備を進めた。
「ほら、何をぼうっとしてる! お前も早く動け!」
男は部隊長にそう声をかけられ、肩を叩かれた。
そこでようやく我に返り、「了解」とだけ言って、脱出準備に入った。
そんなとき、上空から音が聞こえた。
響くようなジェット音。
男はふと、音の方向を見た。
そこには、先ほどの戦闘機がいた。
先ほどの爆撃は、本当にあれがやったのだろうか?
そんな疑問を持つほど、それは曇り空の下を、まるで泳ぐように、優雅に飛んでいた。
そして、それはまるで、その美しいシルエットを見せびらかすかのように、男たちの真上をパスして、遥か彼方へと飛んで行った。
それを見て、その機体の主翼のマークを見て、男は呟く。
その時に見た光景を、彼は生涯忘れないだろう。
「……花飾り?」
それからしばらく後、イレギュラーに参加している勢力の間で、ある噂が流れる。
戦場で死にそうになったら、空で『花飾り』を探せ。
見つけられれば、生き残れる。
そんな、花飾りの戦闘機の噂だった。