少女たちが戦う世界で戦闘機に愛を叫べるか?   作:生カス

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夜のちょっとしたイタズラ

 お茶会という名のプリ・ブリーフィングはまだ続いていた。

 今回の作戦の規模、敵の種類と数、攻撃手順、装備。

 俺が特に天神に細かく聞かれたのは、ライカ――もとい『AFX-78 トラスニク』のカタログスペックと、対応できる武装についてだった。

 

 ひと段落付き、天神はコーヒーを口につける。

 冷めてしまっていたのだろうか、眉をひそめていた。

 

「けれど、驚き入ったスペックね」

 

 天神は言いながら、話しながら書いていたメモを眺める。

 そこに書いてあるのは、俺から聞いたライカのことだ。

 

「新機軸の3次元推力偏向ノズルに、超低速からあっという間にスーパークルーズへの移行が可能な高出力エンジン。おまけにそれが可能にした15tを超えるペイロード――重攻撃機なのか高速戦闘機なのかわからないくらい」

「その気になれば空中で止まって撃てるんじゃない?」

 

 落花がからかうように、マドラーでコップを叩きながらそう言った。

 

「シミュレータでの確認だが、短時間のホバリングもどきならできる。さすがにそれで敵を狙うのは、現実的じゃないが」

「……マジ? よく平気で飛ばせるね」

 

 落花は目を丸くする。天神も同じく。

 驚く、というより、引いてるように見える。

 

 このオーバーとも言える性能は、桂木たちがトラスニクを設計する際のコンセプトによるものだ。

 単独作戦での殲滅力と継戦力を最重視した、圧倒的な強さの戦闘機。

 普通戦闘機というのは――というより兵器は、他の味方との連携や、量産する際のコスト、運用目的等々を視野に入れた設計を行うものだ。

 

 トラスニクは違う。

 プロトタイプ故のことか、ランバーを圧倒するにはこれが性能として求められる最低値なのか、それとも支援してたお偉いさんが調子に乗って予算度外視の発破をかけたのか。

 出来上がったものは、およそ人が潰れるであろう超高機動と、類稀な火力を両立した、狂気じみた性能を持つ戦闘機だった。

 

 設計した時点で桂木は、この機動力と火器管制の複雑さは、人が扱える限界を超えていると気づき、それを破棄しようとしらしい。

 それは当然だろう、どんなに優れていても、それが使えないというんじゃ意味がない。

 

 UAVにする案も無論挙がったそうだが、ランバーのジャミングにより、通信が行えなくなる可能性が高いとのことで、却下。

 そのため、なるべくスタンドアロン――それもオフライン状態で作戦遂行能力が低下しないことが要件とされた。

 となると、やはり人間が必要だった。

 

 しかし、性能は下げられない。お偉いさんがそれを良しとしない。

 ではどうするか?

 俺のこの身体が、その答えだ。

 

 人間の限界を超えたGに耐える改造人間と、ライカという、複雑な火器管制をやすやすと制御する、優秀なコンピュータ。

 トラスニクは単座式でありながらも、パイロットとフライトオフィサが同時にいる、奇妙な戦闘機となったわけだ。

 

「でも」

 

 レイが、横から会話に混ざる。

 

「わからないのが、なんでランバーはその――ライカちゃんを狙うのかってことですね」

「ライカちゃん?」

 

 思わず、俺は聞き返した。

 

「あれ、間違ってました? 戦闘機の名前って、ライカちゃんで合ってますよね? あれ、トラス……いや、シラス?」

「……いや、ライカで合ってる」

「ああ、よかった! もう、不安にさせないでください」

 

 ライカ『ちゃん』ね。

 彼女のことをそんな風に呼ぶ奴は初めてだ。

 

「ニッパー、何か心当たりはない?」

 

 と、天神に聞かれる。

 

「ない。強いて言うなら、ランバーの前で飛べるライカを、敵と見なしたか……」

 

 俺はそう推論したが、正直自分で、これは根拠には弱い気がした。

 同じ条件ならば、今目の前にいる、フェアリィたちだって該当する。

 なのに、ランバーは彼女らを無視してまで、全力でこちらを狙いに来たのだ。

 ご丁寧に、通信でライカの名前まで出して。

 

「そうよね、私も何が何だか。こうも立て続けに不可解なことばかりだと」

 

 天神は頭を掻き、嘆息した。

 

「最強の妖精が、こうも嘆くとは」

「……誰のせいだと思ってるの、ニッパー? あなたが来たおかげで、また出撃メンバーの編成プランを考え直さなきゃいけないし――ハァ、面倒臭い」

 

 恨めしそうな眼で、天神が俺を睨む。

 とは言え、それは俺に言われても仕方のないことだ。

 文句なら、作戦変更を出したあの理事長様に言ってもらいたい。

 

「そう考えれば」

 

 と、大羽。

 

「なんで理事長は人数を変更したんだろう? ニッパーとライカに手伝ってもらいたいだけなら、単に最初から決まってる2、30人の中に、ニッパーを追加すればいいだけなのに」

「そりゃあ、お前――んむ」

 

 大羽の疑問に、駆藤がケーキの最後の一欠けらを口に入れ、答える。

 

「ニッパーにやらせて、フェアリィに楽させてくれるってことじゃないか」

「昨日初飛行したような試作機に?」

「む? そう言われると……」

「むしろ、イレギュラーを考えると、余計減らすのは不味い気がするけど」

「ふむう……」

 

 大羽の反論に、駆藤は何も思い浮かばなかったのか、そのまま黙って次のケーキに移った。

 

 言われてみれば、確かに不自然だ。

 俺もライカも、ここに来たばかりだ。

 そんな、いわゆるテンダーフットに、デカい作戦の一端を任せるようなことをして、果たしてあの老人に何の旨みがあるというのか。

 

 ライカに興味があると言っていた。

 それはまあ、理解できる。

 だがそれだけでは、説明がつかない。

 

 まあ、俺が気にしても仕方がないが。

 やるべきことをやるだけだ。

 

「ついにボケが始まったとか?」

「それだ」

 

 落花のそんな言葉に、駆藤が即効で反応した。

 

「余計あり得ないよ」

 

 と、大羽が一蹴する。

 

「……まあ、あの人の言うことが理不尽に聞こえるのは、決まって言葉が足りないときよ。明日また聞いてみる」

 

 天神は書いたメモを淡々とまとめながら言った。

 彼女は一区切りだ、とでも言いたげに息を吐く。

 

「もうそろそろ寮の門限だし、帰りましょう」

「これ、食ってからでいいか?」

「……ハァ、少し急いでね」

 

 と、天神の言葉を聞くと、駆藤は最後のケーキをかきこみ、あっという間に食べ終えた。

 

「ニッパー、あなたはどうするの?」

 

 と、天神。

 ふむ、どうするか。

 もう本屋は間に合わないだろうし。

 

 ……いや、そういえば、もう一つ、行ってみたい場所があったか。

 少し離れているが、歩いていける距離ではある。

 見に行くくらいなら、最終バスまでには間に合うだろう。

 

「俺は少し行くところがある」

「ん、わかった。じゃあ――」

「ライカちゃんのところにでも行くつもり?」

 

 さようなら。

 恐らく天神がそう言おうとしたとき、落花がそんなことを被せてきた。

 しかも、当たりだ。

 別に隠してるわけでもなかったが。

 

「ああ、ちょっと様子を見にな」

「今って確か、特別航空格納庫でしょ? 入れるわけないじゃん」

「別に入れなくてもいい。ただ、どういう場所に入ってるかだけでも、見ておきたいだけだ」

「私が入れるようにしたげよっか?」

 

 と、落花は突然そんなことを言い出した。

 始まった……とでも思っていそうな顔を、天神がしていた。

 他のメンツも、面食らった顔をしている。

 呆れたような顔で、天神は落花のほうを見た。

 

「ミサ、何言いだすの? そんなとこ行ってたら、確実に門限に遅れるじゃない」

「硬いこと言わないでよ。門限なんて、いっつも遅れてるじゃん。昨日だって」

「あれは作戦中。今とは状況が全然違う」

「リーダーは気にならないの? ニッパーくんがあれだけご執心のライカちゃんが、近くで見たらどれだけスゴイのか」

「……ミサ、アナタひょっとしてだけど、ニッパーに言われたこと、根に持ってるの?」

 

 天神のその言葉で、落花は押し黙ってしまった。

 図星だったのだろう。

 しかし、一体何に根を持ったというのだろう?

 先ほどの問答で、果たしてそんな、恨み節を買うような行為をしたのだろうか。

 

 ……とはいえ、こちらとしては都合がいい。

 それもまた事実だった。

 

「落花」

「……なに?」

「本当に入れるのか?」

「もちろん」

 

 落花は拗ねたように言った。

 決まりだ。

 

「よし、来てくれるってんなら来てくれ」

「ちょっと、ニッパー?」

 

 天神が少しだけ焦った顔を俺に向けてきた。

 すまないとは思うが、ライカがどんな状態で保管されているのか、見れるのならば見ておきたい。

 落花は飲み物分の金を出して、席を立った。

 

「ごめん! みんなは先に帰ってて。じゃ、また明日!」

「ちょっと、待って、ミサ!」

 

 天神の制止も聞かず、落花は出口の方へと速足で向かっていった。

 さて、俺も続かなければ。

 落花と同様、金をテーブルに置き、席を立とうとした。

 

「待ちなさい。ニッパー」

 

 その瞬間、圧のある声が聞こえた。

 天神のものだ。

 その声のトーンには怒りを感じられた。

 彼女の気苦労を考えると、当たり前ではあるが。

 

「……はぁ」

 

 彼女は大きくため息を吐いて、続けた。

 

「私も行くわ」

「な、ナナさん!?」

 

 天神の言葉に、レイは思わずと言ったように席を立つ。

 

「ど、どうしてナナさんまで――」

「監督責任。このバカ2人がバカやらないか見張るためよ。まったく、ミサは言い出したら効かないんだから……」

 

 天神はどこか、諦観したように呟いた。

 それはどこか、昔を懐かしんでいるようにも見える。

 間もなく席を立ち、残りのウルフ隊の3人を見る。

 

「アナタたちは先に寮に戻ってて。いい?」

「「了解」」

「り、了解!」

 

 状況についていけないレイとは対照的に、大羽と駆藤は慣れたようにその指示を聞き入れた。

 ウルフ隊では落花がああいう行動をとることは、割と頻繁にあるのだろうか?

 ふと、そんなことを考えた。

 

「じゃ、行きましょう。ニッパー」

「了解、助かる」

「ぬけぬけと……」

 

 俺と天神は落花を追って、店から出た。

 シャツだけだからか、夜はまだ少し肌寒い。

 外のその寒さを、久しぶりに感じた気がした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「あそこだ」

 

 ニッパーとナナ、ミサの3人は、先ほどのカフェから少し離れた、特別航空格納庫にきていた。

 この場所は本来、企業がテスト運用という名目でラヴェルに貸し出している、フェアリィ援護用のUAV等の新兵器を、一時的に格納する場所である。

 

 この場所は先ほどのような商業エリアではなく、端っこではあるが、SUや火器などを一括管理する保管エリアとなっている。

 その様相は先ほどまでとは違い、静謐とした、足音が遠くまで響くような空気感が漂っている。

 

「ほら、あれ」

 

 そう言って、ミサが指をさす。格納庫のゲート付近。

 その先には、警備員がいた。

 当然、いる。

 

「それで、どうするんだ?」

「変なことしないでよ、ミサ」

 

 ゲートから少し離れた場所で、ニッパーとナナはミサにそう聞いた。

 すると、ミサは面白がるように笑った。

 

「任せときなって」

 

 そう言うと、彼女は警備員に近づいて行った。

 

「なにするつもりなんだろ」

「バックスタブとか?」

「まさか」

 

 2人はそんなことを言い合いながら、ミサを見続けている。

 するとなにやら、ミサは警備員に話しかけているのが見えた。

 時間にして十数秒ほどか。

 会話が打ち切られ、ニッパーたちの下へ戻ってきた。

 

「オッケー! 入っていいって」

「……ちなみにだけど、なんて言ったの?」

 

 少し嫌な予感がし、ナナはミサに聞いてみる。

 

「理事長に『機体の様子を見てこい』って言われた、て言ったら、すんなり通してくれたよ!」

「ばれたら反省文ね……」

 

 警備員が芹沢に連絡しないことを、ナナは切に願った。

 

「行こう」

 

 ニッパーの言葉を皮切りに、全員が格納庫の中へと入っていく。

 大きな半円状の、筒が半分地面に埋まったような建物。

 その横にあるドアを開き、その内部へと足を踏み入れる。

 

 格納庫の真ん中に、ライカはいた。

 着陸後に、最低限の機体チェックと、清掃が行われた形跡がある。

 それ以外は、ニッパーが乗っていた時のままだ。

 ニッパーはそれを見て、安堵した。

 

「これは……」

 

 初めてライトの下で間近にライカを見て、ナナは思わずそんな声が出た。

 声こそ出ていないものの、ミサも同様の様子だった。

 

 これは本当に、ただの戦闘機なのか?

 2人は思う。

 UAVではあるが、ミサもナナも、戦闘機は過去に散々見た記憶がある。

 今まで見たそれとライカは、別段見た目が大幅に違っているというわけでもない。

 

 ライカはむしろ、特に奇特な形をしているわけでもない。

 一般的とまでは言えないが、エンテ型の戦闘機という形状から、逸脱してはいないのだ。

 

 だというのに、なぜか2人は、<彼女>を見て形容し難い『何か』を感じていた。

 これは、果たして人が触れていいものなのかと、そう思った。

 

「ねえ、ナナ」

 

 ミサがナナに話しかける。

 

「なに?」

「これが飛んでた時って、こんな感じだったっけ?」

「いや、もっと――」

 

 もっと?

 もっと、何だ。

 怖くなかった。

 いや、まて。

 つまり、なんだ。

 私は今、怖かったのか? この戦闘機を見て。

 

「ニッパー」

 

 なにやら言いようのない不安を払拭しようと、ナナは思わずニッパーのほうを見た。

 ニッパーは、ライカに触れていた。

 それだけのはずだった。

 

「え?」

 

 ナナは一瞬、ニッパーが感知できなかった。

 いや、違う。そうではない。

 見えなかったのではない。

 視覚的に、彼がそこにいて、ライカに触れているという、ただそれだけの情報は入ってきていた。

 

 だというのに、ナナは、そこにいるのがニッパーではない気がした。

 先ほど見ていたライカの、この大型戦闘機の、部品の一部だと、一瞬錯覚したのだ。

 

 

 俺は、彼女のパーツだ。

 

 

 彼の言った言葉を、ナナは思い出していた。

 その言葉の意味が、ようやくわかった気がした。

 

 ナナは思う。

 理事長は、この底が抜けたような心細さを感じたのだろうか?

 あの人は異常に勘がいいところがある、私に感知できて、彼にできないということはないだろう。

 

 だから、それでふと、思い出した。

 今朝の召集。定期的にコロニー破壊作戦の人員削減。

 

 『10人にしろ』と彼は言った。

 『10人でいい』ではなく、『しろ』と。

 その人数を指定するように。

 この作戦で、向こうがぴったり何人にしろ、と指示したことなど、かつてない。

 では、これが意味することとは――。

 

「ミサ」

 

 ナナは抑揚のない声で、ミサを呼ぶ。

 それにミサは何も言わず、ただナナのほうを見た。

 

「今度のコロニー破壊作戦の10人、私たちウルフ隊全員と、ハウンド隊全員で埋めよう」

「え?」

 

 ミサは思わず声が漏れる。

 ハウンド隊とは、このラヴェルの2番隊で、ウルフ隊と同じく5人構成で編成されている小隊だ。

 実力は折り紙付きで、ラヴェル内ではこの2つの隊が、頭一つ抜けて強い。

 つまり今回の編成は、このラヴェルの最高戦力部隊ということだ。

 

 これは異例であった。

 これまでのコロニー破壊は人数こそ多いものの、実力は中堅クラスのフェアリィが大半で、そこにウルフ隊やハウンド隊から2、3名ほど選出し、そして彼女らが先導する――という形式だった。

 

 今回はそうではない。

 芹沢はそれを確かに感知したのだろう。

 イレギュラーが発生するとしたら、このレベルの戦力でなければ対応できないような、なにかだと。

 

 作戦決行まであと、2週間と6日。

 ハウンド隊に、作戦の打診をしなければ。

 ナナは考え、明日のスケジューリングを脳内で行った。

 

 目の前の戦闘機を、なるべく意識しないように努めて。

 

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