「こちらフェンリル1より、レーヴェン1」
暗闇の中、花火のように光っては消えるラヴェルの戦火を遠巻きに眺めていると、天神から無線が入った。
「パッケージの確保が完了した。これより
「レーヴェン1よりフェンリル1へ。了解。LZへ向か――」
「もう終わったの、ナナ?」
天神の報告に返事をしている最中に、落花の無線が割って入ってきた。
後ろの方から、激しい銃撃音と飛行音が聞こえる。
戦闘の真っ最中らしい。それにしては余裕がありそうな口調だが。
「ええ。そっちは大丈夫なの、ミサ?」
「余裕。今来てるのが、ラクーン隊、フォックス隊、ディンゴ隊……そんなに練度の高くない子たちと、UAVがちょっかいかけてる程度……おっと」
そう言いながらも、落花はちょくちょく回避行動を取っているようで、近距離で弾丸が通り過ぎる音が聞こえる。
「ま、向こうがこっち見て悲しそうな顔してるのは、ちょーっち罪悪感かな?」
「悪いことしたわね……それより、ミサ」
「わかってるよ」
しかし、何か引っかかることが、天神にはあるらしい。
それは落花もわかっているようで、少しシリアスなトーンになって、続けた。
「ハウンズとコヨーテスがいない」
ハウンズ、コヨーテス。
このラヴェルで二番目、三番目に練度の高い連中が、
元ウルフ隊というのは連中もわかっているはずで、そんな状況で出し惜しみする理由もないはずだ。
となると、おおよそ察しはつく。
「……えっと、ニッパーさん、それって何か悪いんですか?」
すると、レイが俺にそう聞いてきた。
別に落花に聞けばいいと思うのだが、まあそれはいいだろう。
「陽動に気づいてる可能性が高い」
「そういうこと」
俺の言葉に、天神が同意した。
彼女は言葉を続ける。
「恐らく、彼女らは
「こ、交戦は避けられないってことですか?」
「そう思っていた方が良いわね」
天神の言葉に対して、レイが唾を飲み込む音が聞こえた。
「話は後だ。今はさっさとニッパーたちと合流しないか?」
「ヨーコに賛成。このままじゃ、パッケージが起きちゃうよ」
駆藤の言葉に、大羽がそう答えた。
どうやらパッケージであるメイヤーズは眠らされたらしい。
まあ、起きてたらいろいろ面倒だろうし、フェアリィの膂力を考えれば、連れまわすより背負った方が早いか。
「では各員、LZに集合。ハウンズとコヨーテスがどこから来るかわからない。十分に注意して」
天神のその言葉に、全員が了解と返したことで、無線はいったん終了した。
さて、LZに向かおう。
「よし、ライカ。周辺の索敵をしてくれ。こっちが見つかってないことを確認次第、目標地点へ――」
向かおう。そう言おうとしたが、それは叶わなかった。
彼女が、俺の言葉に被せてこう言ったからだ。
「バンディット、インバウンド。50」
「……なんだと?」
「スパイク。スパイク」
俺の言葉も無視して、ライカはそう続けた。
スパイク……つまり、こちらが既に敵レーダーに捕えられているということだ。
どういうことだ。距離を考えると、ラヴェルに居る連中じゃない。それはあり得ない。
「レーヴェン1よりフェンリルへ。敵の増援がインバウンド。数50」
考えるより先に、俺はフェンリル隊へ今の状況を共有した。
「なん……!?」
「ご、ごじゅう!?」
さすがにこれは予想外だったようで、天神とレイから驚愕の声が聞こえた。
無理もないだろう。いくら何でも、こんな数の増援は、予想外だ。
そう思いながら、俺は更新されたレーダーを見る。
「レーヴェン1オペレーターから各員へ。バンディットの内訳を確認。ランバー40、フェアリィ10」
そこに映っているものは、ライカの言う通り、多数のランバーと、10人のフェアリィ。
フェアリィの識別は、言うまでもなかった。
あまり見たくなかった文字列が、そこに表示される。
HOUND――
THE THIRD ASIA R.A.V.E.L UNIT
302 FIGHTER WING SQUADRON
COYOTE――
THE THIRD ASIA R.A.V.E.L UNIT
303 FIGHTER WING SQUADRON
「聞こえるか、
聞いたことのある声が聞こえてきた。
俺たちにも聞こえるということは、オープンチャンネルで喋っているらしい。
「げ、レナ……」
「早速登場ってわけだ」
落花と駆藤が、それに応えた。
星美レナ。コヨーテ・リーダー。
「久しぶりね。ナナ」
「エリサ……」
次に無線から聞こえたのは、ハウンド・リーダーの、来栖エリサであった。
心なしか、気まずそうな声色だった。
「……アナタがランバーと、仲良く飛んでいるのを見る日が来るとは思わなかったわ」
「彼らは敵じゃない。敵対行動を取らない、人間の味方のランバーよ……そう言って、マーティネス社が寄越して来たわ」
「本当に信じているの? アナタが、そんな話を」
その言葉に、返事はなかった。
ただ何か、来栖のうめくような声が数秒続いた。
「ッ……私は、私だって――」
「どうでもいいんだよ、んなことよォ」
しかし、来栖を遮って、星美がそう言ってきた。
「私は楽しく飛べりゃそれでいいのさ。強いやつと喧嘩して、好きに空を駆けまわれるなら、他に何もいらねえ。ナナ、お前が敵に回ってくれて嬉しいぜ」
「相変わらず拗らせてるな……」
星美の言葉に、駆藤が舌打ちしながら悪態をつく。
だがそれは、余裕がないことの表れでもあるだろう。
強がってはいるが、今の状況はあまりに悪い。
天神と大羽は満足に空戦ができるようなSUではない。
他の三人も兵装を消耗している。
俺のナイトストリクスも、ドッグファイトの性能はお世辞にも良いとは言えない。
ハウンズとコヨーテスを含めたフェアリィ隊であればなんとかなっただろうが、40機ものランバーも同時となると、さすがに分が悪すぎる。
うかつだった、と言わざるを得ないだろう。
ラヴェル圏であれば、ランバーは来ないとタカを括っていたのだ。
甘く見ていた、連中のなりふりの構わなさを。
「タリホー。ブルズアイ290/10、エンジェル4」
ライカから追加の通信。
敵を目視確認。方位290、10マイル先、高度4千メートル。
速い……。
「どうするリーダー? 逃げてみる?」
「いや、それだと彼女らが送り狼になる。ストームルーラーの位置を知られるのはまずい」
「じゃあ戦うの? 相当厳しいよ」
「わかってるッ……格闘用のSUを手に入れて私もすぐに上がるから、それまで何とか……!」
「……わかったよ、やるだけやって――」
落花が天神の懇願に応えようとしたその時、ライカの声が、遮ってきた。
「レーヴェン1オペレーターより、提案がある」
「ラ、ライカ? どうしたの?」
天神が困惑してそう聞くと、ライカは続けた。
それは、耳を疑う内容だった。
「フェンリル隊はパッケージを連れて、戦域から離脱。レーヴェン1がしんがりとなり、敵の追跡を阻止する」
その言葉に、俺を含めた全員が言葉を失った。
「ら、ライカちゃん?」
「あのねえライカちゃん! それができたら苦労しないの! 今のアンタはいつもの戦闘機じゃないでしょうが!」
少し間を開けて、レイと落花が反応した。
落花に関しては少しキレている。
無理もないだろう。
いつものトラスニクならともかく、ナイトストリクスで戦うというのは、かなり厳しい。
ましてしんがりとなれば、なおさらだ。
「大体、アンタらが残ったらどうやって帰るのさ! もう母艦に戻る燃料なんてないんだよ!」
「ナイトストリクスに乗って帰還して」
「はぁ!?」
ライカの言葉に、落花はとうとうそれしか返せなくなっていた。
なんだ、どういうことだ?
ライカは何が言いたい?
「……ん?」
そう思った刹那、レーダーに何かが映った。
敵の増援かと思ったが、違う。
IFFでは、明確に味方となっていた。
いや、待て、これは……。
まさか……。
「ナイトストリクス、オートパイロット起動。目的地設定。LZを経由、フェンリル隊とパッケージを回収後、RTB」
ライカの言葉を後ろに、俺はレーダーに映る点を確認する。
それは、凄まじい速度で俺たちに近づいてきた。
「こちらハウンド2! アンノウンが超高速でこちらに……きゃ!?」
「な、何!? なにか、通り過ぎて……?」
オープンのままらしい星美の無線から、そんな声が聞こえてきた。
レーダーを見ると、それは来栖たちをパスし、真っすぐと俺たちに向かう。
俺は、それを知っていた。
どうしてここにきているのか、どうやってきているのか。
それはわからないが、恐らくライカがまた、言うことを聞かずにやったのだろう。
どうでもいい。
とにかく、やるべきことはわかった。
「20秒後にリソースを
ライカの言葉に呼応するように、ナイトストリクスの速度が下がる。
まるで、これからくるものに備えるように。
「おい、何だ今の?」
「……あのマーク、まさか」
星美と来栖の無線が聞こえた。
困惑しているのだろう。
俺だってそうだ。
だが、間違いなくこれは、こちらにとって好都合だ。
「……レーヴェン1よりフェンリル・リーダーへ。ライカの指示に従う。しんがりを務める」
「どういうこと? ニッパー、アナタの今の機体じゃ……まさか――」
天神が察したようだ。さすがに勘が良い。
「姿勢制御、速度同期。接続可能範囲まで減速」
ライカがそう言った瞬間、機体に触れるか触れないかというほど、近く真横に『それ』は現れた。
「……マジか」
「え、うそ、あれってひょっとして……」
遠巻きに見えていたのだろう、落花とレイの声が聞こえた。
「……こっちからは見えないけど、大体察した」
「私は来ると思ってたぞ。留守番なんかするタマかよ」
同じように、大羽と駆藤の声。
主翼に大きく描かれた『花飾り』のマーク。
カナード翼を携えた、大型の戦闘機。
AFX-78 トラスニク
それぞれのキャノピィが開く。
失速ギリギリの速度になったとはいえ、それでも一歩間違えれば倒れそうな風だ。
肉体が改造されてなければ、立つことすらままならなかっただろう。
「ッ……作戦のプライオリティ変更! あの戦闘機を撃墜しなさい!」
来栖の言葉から、狙いをこちらに定めたのがわかった。
大急ぎでトラスニクに飛び乗る。
なんとか落ちずに、コクピットに乗って、キャノピィを閉じる。
隣のナイトストリクスを見る。
ライカは……いや、ホムンクルスはもはや、何も言わなかった。
それもそうだろう、
<YOU HAVE CONTROL [SIG-T-NO:28]>
トラスニクのメインディスプレイに、そう表示される。
「レーヴェン1、エンゲージ」
アフターバーナーを点火。
ロールをして、バンク。
ピッチを上げ、ラヴェルの真上へ。
今度は俺たちが陽動する番だ。
トラスニクが、サーチライトに煌々と照らし出される。
そして、マークが白いからだろう。
それはライトに反射し、闇夜に一段と目立って見えた。
「花飾り……」
それは偶然か、どっかの間抜けがオープンチャンネルで話しているのか、
誰が言ったのかはわからない。
だが恐らく敵の誰かが発した声が、無線越しに聞こえた。